320 / 378
第7章 ~エマヌエーレ国編~
―58― 岐路(3) まだ五十手前の年齢であったにもかかわらず、既にこの世を去って久しい男がそこに立っていた。
しおりを挟む
トレヴァーの最後の記憶は断片的であった。
連続した時間に彼の身を襲ったはずなのに、粉々に砕かれ不揃いな欠片となった記憶は、底抜けに冷たい水の中に散らばってしまったかのようであったのだ。
火の塊で体を刺し貫かれたがごとき激痛。
視界は歪み、息ができない。
錆びたような味の液体が口から溢れ出す。
耳鳴りがし、指先が冷えゆく。
駄目だ!
ここまできて、あいつらをまた野放しにしてしまったらどうなるんだ?!
だが、体は何も言うことを聞かない。
立ち上がることができない。
ルーク、ディラン、フレディたちが俺の名を呼んでいる。
答えたい。
でも、その声に答えることすらできない。
強烈な花の香り。
場違いな芳香。
…………俺は……ここで死ぬのか?!
その場違いな芳香は、エマヌエーレ国の新顔女性魔道士が身に纏っている香水であり、なお、彼女こそが死出の旅へと向かうトレヴァーを間一髪この世に引き止めてくれてもいたのだが、彼はその事実を知らぬまま生と死の岐路に立っていた。
※※※
トレヴァーはただ一人、丘の上に佇んでいた。
腹の傷は消えていた。
何もかもが夢であったのかのように。
いつから、ここにいるのか?
どうして自分がここにいるのか……というより、どうして自分がここへと――見覚えのあるアドリアナ王国の大地へと――”戻ってきているのか”が最初は分からず、混乱していた。
だが、彼はすぐに一つの結論へと達さざるを得なかった。
そうか、俺は死んだのか……。
死んだ俺の魂は海を超え、生を受けた大地へと戻ってきたんだ、と。
両手で顔を覆ったトレヴァー。
「…………すまない」
それは彼と縁を紡いできた全ての者に対する言葉であったのかもしれない。
ともに旅立った仲間たち。そして、家族。
しっかりと紡がれてきた縁、そして、より強く結びつくこととなった縁。
だが、もう……二度と会えない。
一緒に笑いあうことも、この腕に抱きしめることもできない…………。
顔を覆い、肩を震わせ続けるトレヴァーを慰めるかのように、優しい春風が緑の丘を駆け抜けていく。
彼はその優しい風の中で、自分の名を呼ぶ声を聞いたような気がした。
空耳か?
いや、確かに聞こえた。
彼はその声の主を――酒やけしたような特徴的な声の原因は酒などではなく、持病であった咳の病に起因していたのだということまでをも――覚えていた。
「……トレヴァー」
再度、名前を呼ばれ振り返ったトレヴァー。
「団長……?」
深い海を思わせるような青の瞳、白と灰色が混じりあった頭髪。
まだ五十手前の年齢であったにもかかわらず、既にこの世を去って久しい男がそこに立っていた。
連続した時間に彼の身を襲ったはずなのに、粉々に砕かれ不揃いな欠片となった記憶は、底抜けに冷たい水の中に散らばってしまったかのようであったのだ。
火の塊で体を刺し貫かれたがごとき激痛。
視界は歪み、息ができない。
錆びたような味の液体が口から溢れ出す。
耳鳴りがし、指先が冷えゆく。
駄目だ!
ここまできて、あいつらをまた野放しにしてしまったらどうなるんだ?!
だが、体は何も言うことを聞かない。
立ち上がることができない。
ルーク、ディラン、フレディたちが俺の名を呼んでいる。
答えたい。
でも、その声に答えることすらできない。
強烈な花の香り。
場違いな芳香。
…………俺は……ここで死ぬのか?!
その場違いな芳香は、エマヌエーレ国の新顔女性魔道士が身に纏っている香水であり、なお、彼女こそが死出の旅へと向かうトレヴァーを間一髪この世に引き止めてくれてもいたのだが、彼はその事実を知らぬまま生と死の岐路に立っていた。
※※※
トレヴァーはただ一人、丘の上に佇んでいた。
腹の傷は消えていた。
何もかもが夢であったのかのように。
いつから、ここにいるのか?
どうして自分がここにいるのか……というより、どうして自分がここへと――見覚えのあるアドリアナ王国の大地へと――”戻ってきているのか”が最初は分からず、混乱していた。
だが、彼はすぐに一つの結論へと達さざるを得なかった。
そうか、俺は死んだのか……。
死んだ俺の魂は海を超え、生を受けた大地へと戻ってきたんだ、と。
両手で顔を覆ったトレヴァー。
「…………すまない」
それは彼と縁を紡いできた全ての者に対する言葉であったのかもしれない。
ともに旅立った仲間たち。そして、家族。
しっかりと紡がれてきた縁、そして、より強く結びつくこととなった縁。
だが、もう……二度と会えない。
一緒に笑いあうことも、この腕に抱きしめることもできない…………。
顔を覆い、肩を震わせ続けるトレヴァーを慰めるかのように、優しい春風が緑の丘を駆け抜けていく。
彼はその優しい風の中で、自分の名を呼ぶ声を聞いたような気がした。
空耳か?
いや、確かに聞こえた。
彼はその声の主を――酒やけしたような特徴的な声の原因は酒などではなく、持病であった咳の病に起因していたのだということまでをも――覚えていた。
「……トレヴァー」
再度、名前を呼ばれ振り返ったトレヴァー。
「団長……?」
深い海を思わせるような青の瞳、白と灰色が混じりあった頭髪。
まだ五十手前の年齢であったにもかかわらず、既にこの世を去って久しい男がそこに立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。
江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。
幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。
しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。
それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。
母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。
そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。
そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる