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リカの異世界移住計画とその結末
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この世界を飛び出し、異世界で暮らしたい。
そう決意したリカは、一生分とも思える勇気を振り絞り、異世界への扉を叩いた。
しかし正確に言うと、リカの右手が叩いたのは”異世界への扉”そのものではなく、リカのように異世界への移住を考えている者の相談を受け付けて実際に異世界移住までの手配を代理で整えてくれる「異世界移住計画センター」の扉であった。
リカの異世界移住計画の担当者は――担当”者”というより、まるまるとした信楽焼っぽい狸が、はちきれんばかりのスーツからふこふこの毛をのぞかせて動いているようにしか見えない担当”狸”は――リカが提出した異世界移住の申請書類に目を通し、フムフム、と幾度も頷きながら目の前のパソコンを器用にカチャカチャと操作していた。
操作が終わったらしい担当狸は、馴れた手つきでキュッとネクタイを締め直し、リカへと向き直った。
「お客様がご希望される異世界の第一条件に基づいて検索したところ、1世界だけ該当する異世界が見つかりました」
「……本当ですか?」
「ええ、本当です。私も最初にお聞きした時、いくら私どもが提携をとっている異世界がゆうに100を超える数もあるとはいえ、正直、ご希望の第一条件を完全に合致させることは極めて難しく、ここは譲歩していただくことになるかと思っておりましたから」
リカ自身も信じられない思いであった。
ダメ元で第一条件を申請書類に書いて、提出したというのに。
やはり、何事もやってみなきゃ分からない。今までの人生ではやる前から諦めてしまう、後ろに引いてしまうことが多かった消極的でネガティブ思考なリカであったが、ここぞという時にしっかりと声をあげれは願いは通じるのだ。
「ほ、本当に……その異世界では、虐めも、殺人も、戦争も、……”生身の人間の心や体を苛ませ、傷つける”ような人が1人たりとも存在していないということなのですか?」
「ええ、そうです。その異世界においては、歴史上で合戦や戦争が起こったこともない、事故による死亡者はごく稀にいますが、殺人事件ももちろんゼロ、虐めは一切なし……というよりも、そもそも”生身の人間の心や体を苛ませ、傷つける”といったこと自体が、その世界の人々にはあり得ないことであるようです。”生身の人間に対しては”ね。今の私たちが生きている世界からすると、まさに奇跡のごとき世界ですね」
狸がフッと笑う。その狸の笑いに、リカは少し不安を覚える。
「あの、とっても失礼なことを言ってるって分かってるんですけど……人が何人か集まったら、自然と派閥も出来るし、気の合わない人だっているし、時には諍いだってあるものじゃないですか? 私が今、生きているこの世界はまさにそうですし。それなのに、そういったことが一切って起こらないっていうのは……もしかして、その異世界は文明がそれほど発達していないか……もしくは、異世界で暮らしている人々の自我や知能の芽生えが相当に未発達であるということですか?」
差別用語は口から絶対に出さないように気を付けて、リカは聞く。
狸は胴体に埋もれている首ではなく、丸い頭部をゆっくりと横に振って、答える。
「件の異世界の文明は、現代日本とほぼ同程度です。いわばネットなるものも発達しています。ネットで、個人を攻撃したり、特定の実在人物を誹謗中傷しての炎上件数などは0件との調べです。それに、またまた奇跡的なことに、件の異世界の住人たちの見かけや言葉、男女の体のつくりの違い、寿命などは、お客様と同じなのです」
眼前の狸の言葉をそのまま信じるとしたなら、まさにそこは地上の楽園だろう。
文明が同程度に発達しているということは、水道電気も完備しているということだ。現代日本の便利な生活はそのままに、自分たちと全く変わらない外見で同じ言葉を話し、心優しき人々だけの世界へと飛び込んでいける。
異世界移住を希望したリカであるも、”異世界”というワードに胸をときめかせたりとか、異世界を救う英雄になりたいとか、イケメンな男たちに囲まれたハーレムなんてモンは一切、望んではいなかった。もう26年も自分として生きていれば、英雄となるだけの能力や器も、女としての魅力もそれほどないことはきちんと理解していた。
リカは、ただ普通に穏やかに、ストレスを溜めることなく暮らしたいだけであった。
毒親、口を開けば噂話や悪口ばかりの同僚、目の敵にしてくるお局様、その他もろもろの意地悪な人々や犯罪者たちに遭遇する可能性の高いこの世界ではなく、別の異世界でとゆったりと自身の人生を紡いでいきただけなのだ。
そして、最期は心優しき人々に見守られて、その生涯を終えるなんて、まさにリカにとっての理想の死に方だ。これ以上ない人生の結末だ。
しかし、この狸のどこか浮かない顔はなんなのだろう?
「お客様が申請書類にてお答えいただいた項目で、気になる箇所が幾つかありまして……」
リカは思い出した。
確か、提出した申請書類には記入する項目が非常に多く、回答をまとめたなら「リカに対する300の質問」という小冊子ができるのではないかというほどのボリュームであったことを。
「”好みのインテリア”についての回答欄では、お客様は”ナチュラルカントリー”にチェックを入れていただいていますね。そして、”好みのドラマのジャンル”は”恋愛”、そして”好みの映画のジャンル”も”恋愛”であると……そして、とりわけ海外を舞台にしたキュートでお洒落なドラマや映画がお好きだと……そのうえ、現在、スマートフォンにダウンロードしているアプリの中には”恋愛シミュレーションゲーム”もあると」
いったい、それがどうしたというのだ?
それほど、おかしな趣味嗜好ではないはずだ。
「件の異世界へと移住しましたら、お客様は、ナチュラルカントリーなインテリアも、恋愛ドラマも、恋愛映画も、恋愛ゲームも、もう一切楽しむことはできなくなります。別のジャンルの娯楽が大変に発達しておりますので……それでも、よろしいでしょうか?」
リカにとって、娯楽は娯楽でしかなかった。
娯楽が趣味となり、趣味が高じて仕事になったり、もはやその趣味が生きがいとなったり、心の支えとなる人もいるだろう。
けれども、リカは恋愛ドラマや恋愛映画がないと生きてはいけないわけではない。ナチュラルカントリーなインテリアの部屋でなくとも充分に暮らしていけるし、恋愛シュミレーションゲームだって、自らの生活費も考えずに課金しまくるほど、はまっているわけではない。
「………………ええ、それは……構いません」
リカは答えた。
不安はさらに大きくなっていったが、異世界への移住を承諾した。
「はい、それではこちらの書類に拇印と署名ををお願いいたします。近日中に、お客様の異世界移住への手続きを進めさせていただきます。当初のご案内通り、異世界へと持ち込めるのはトランク3個分のお荷物が限界となっております。また、ご存知かと思いますが、私どもは異世界に馴染めなかった方への救済措置も設けております。異世界への移住から49日後に、私どもがお客様のご意志の確認におうかがいいたします。続行、つまりは永住を選ばれるのか、それともこの世界へと帰還することを選択するのかを、お客様ご自身の意志でご決定くださいませ」
※※※
「異世界移住計画センター」は、リカの異世界での住まいとホストマザー、そしてリカの適性を考慮したうえでの仕事も用意してくれた。
異世界で一から生きるための、抜きん出たサバイバル能力も、コミュニケーション能力も必要なく、生活基盤という土台を整えてもらっての、異世界生活のスタートだ。
なんと親切なのか。ありがたいことだ。
ホストマザーは、リカの毒親と同じぐらいの年齢の中年女性であったが、大変に優しく朗らかな方であり、リカは一目で彼女が好きになった。
まだ知り合って日も浅いうえ、相当に大袈裟な言い方ではあるも、「彼女こそが世界を隔てて暮らしていた自分の真の母親なのでは……」と、必然的な運命をリカが感じてしまうほどの女性であった。
もちろん、ご近所の方々も、仕事先の方々も、朗らかで親切で優しい人たちばかりであった。
平和と優しさの遺伝子が全ての人々に組み込まれているのではないか、この世界には愛だけが存在しているのではないか、と思うほどであった。
そう、”人々”に関しては……
あの案内狸が、言葉を濁していた理由を、リカは初日で理解した。
確かに”ここ”では、もうナチュラルカントリーなインテリアも、恋愛ドラマも、恋愛映画も、恋愛ゲームも、一切楽しむことはできないだろう。
別のジャンルの娯楽が大変に発達しているがゆえに。
いや、”大変に発達”しているなんて、レベルではない。
そのジャンルの娯楽ならび、インテリアや生活雑貨しか、この世界には存在していないのだ。
いわゆる、超絶エログロ趣味のものしか、ここには存在していないのだ。
例えば、優しいホストマザーが、リカのために整えてくれた部屋は”吸血鬼の花嫁のためにあつらえたかのようなインテリアの部屋”であった。このような退廃的で妖しい雰囲気を好む人もいるであろう、しかしリカにとっては陰鬱で不気味な部屋としか思えなかった。
そのうえ、ホストマザーが「これね、お嫁に行った私の娘が幼いころから使っていたものなの」と用意してくれていた目覚まし時計から鳴り響くのはベルではなく、女の断末魔だ。
ちなみに、同じく彼女が用意してくれたパジャマは、純白の生地に真紅の血しぶきが飛び散っていた。汚れているわけではなく、元からこういうデザインなのだ。
まさに、殺人被害者になった気持ちを味わわせる悪趣味さには、安眠どころではない。
リカの困惑した顔を見たホストマザーは「若い子の趣味はよく分からなくて……地味過ぎたわよね、やっぱりごめんなさい。飛び出た内臓のデザインのものや、蓮の花托デザイン(つまりは蓮コラ!)の方が良かったかしらね」ととても悲しそうな顔をしたため、リカは「い、いえ、とってもうれしいです!」と言って、そのパジャマを着用するしかなかった。
超絶エログロ趣味なのは、ホストマザーだけにはとどまらない。
リカのアルバイト先――異世界ではかなり大手となる”DVD・書籍・本の販売店舗”の同僚スタッフたちは、まだ慣れぬリカにこれ以上ないほど親切丁寧に仕事を教えてくれ、温かく迎えいれてくれた。
口を開けば噂話や悪口ばっかりだった、元の世界の同僚とは大違いであった。
しかし――
「リカちゃん。この本って、今年のベストセラーなんだよ」と教えてくれたのは『世界でもし100の拷問を試したら』という題名の本であり、いろいろリアルにもほどがある挿絵をパラパラとチラ見しただけでも、リカの心臓どころが内臓全てがキュッと縮こまった。
さらに「リカちゃん。皆でリカちゃんの歓迎会を開くからね」と連れていかれた和食店。
その店内には、ざんばら髪で凄まじい形相の落ち武者の等身大オブジェが無数に飾られていた。彼らは頭がザクロのように割れていたり、片方の目玉が飛び出していたり、幾本もの弓矢で貫かれていたり、と惨たらしい有様であった。
食欲を失せさせることを目的にして、飾られているとしか思えない”彼ら”に囲まれたリカの箸が進むわけがなかった。
けれども、同僚たちは「ねえ、リカちゃん。素敵でしょ、ここ。TVにも取り上げられたことあるんだよ」と終始笑顔であったため、リカも引き攣った笑顔で返すしかない。
そして、リカの勤務先で商品として取り扱っている書籍やDVDは、この異世界の全ての人々が”超絶エログロ趣味”でしかないことを如実に示していた。
子供向けのアニメですら、可愛いキャラクターたちが燃えている新聞紙を片手に動物虐待を行ったり、子供同士の包丁を使っての喧嘩で双方の首がコミカルにスパーンと飛んだりしている作品紹介VTRをリカは幾度も目にしてしまった。こんなものを子供時代に見たら、絶対に歪むだろ、としか思えない代物を。
臓物の臭いが漂ってきそうな血みどろのぐちゃぐちゃスプラッターな商品たちの、表紙ならびパッケージを直視できるようになるまでは、リカは時間を要した。
まだ、おとなしめのパッケージな商品もあった。しかし、その内容は、よくも同じ人間が人間の心をここまで壊すまでできるものだ、と思えるほどに、精神的に人をいたぶり追い詰めて逃げ場を失くすという、陰鬱で残酷なものであるらしかった。
さらに、レンタルDVDのアダルトコーナーは、地獄としか思えなかった。リカ自身が女であるから、なおさらだ。
いわゆるレ〇プものしか並んでいない。
完全に女性を物扱いしている。いや、物の方がもっと大切に扱われるのだろう。強姦や輪姦だけで済んだなら、まだマシな方だ。凌辱が終わった後に、生きたまま皮をはがれたり、釜茹でにされたり、鈍器で殴られ続けたり……と、この世の地獄がフィクションとして繰り広げられている。
残酷の極み。淫虐の極み。
そんなアダルトDVDを、ごく普通に見える男の人が、ごく普通にそれを手に取り、借りていく。
リカは幾度もトイレに駆け込み、胃の中のものを吐かざるを得なかった。そんな折も、心優しく真面目な同僚たちは、幾度も仕事中に離席してしまっているリカの体調を心から心配してくれていた。
この異世界のネット社会も同様に、超絶エログロ趣味であった。
案内狸が言っていたように、”実在の人物”を叩いたり、炎上の標的にしているネット民はいない。
しかし、だ。
ネット掲示板においての”議論”の対象は、エログロなアニメやドラマや映画や小説や漫画の中の人物――つまりは架空の人物なのだ。
人々は、それらの人物を生み出した作者を叩くことはない。
けれども、まるでその架空の人物が実在の人物であるかのように、考え方や行動に厳しく激しいエログロな議論を続けていた。
ニュース番組においても、毎日ハロウィンですかといった格好のニュースキャスターが読み上げるニュースは、時事問題や地域のほっこりニュース、天気予報ぐらいなものだ。
ただ、グルメレポートでは、食材で”人体の内部までも忠実に再現した”グルメ料理が映っていた。
それに、どのTV局も”フェイクニュース”の番組を設けていた。
これは、作り手側も受け手側も”フェイク”であることを承知したニュースだ。
その”フェイクニュース”にては、身の毛がよだつどころではない内容のニュースが現実にあったことのように、巧みな人物構成やプロットに基づく再現VTR付で――つまりはミニドラマのように、放映されている。
まるで、リカの元の世界における海外での猟奇殺人者が起こしていたレベルの内容のフェイクニュースが……
驚くことに、各TV局では、この”フェイクニュース”番組の視聴率争いが熾烈なものであるらしく、人気のアイドルを無惨に殺される被害者役として起用したり、またイメージが何よりも大切なはずのアイドルたち自身も殺されるという”汚れ役”を演じたいと自身のSNSに記し、ファンたちが彼女たちの熱意を応援していた。
超絶エログロ趣味な、この世界の心優しき人々。
盛大に矛盾しているとしか言えない人々。
リカは思わずにはいられなかった。
この世界の人々は、実際に他人に危害を加えたりは絶対にしない。
それに今日という日まで、繋いできた命のリレーという歴史の中においても、残虐な行動を起こしたものは誰一人として記録に残っていない。
けれども、”たまらないはずのない”日々のストレスとか怒りとか憤りとか、嗜虐欲とか歪んだ性的嗜好とかをこの世界の人々は、フィクションの世界で昇華し完結させているのではないか、と……
※※※
そうこうしているうちに、異世界での49日目がやってきた。
リカは決めなければならない。
この異世界に”永住”するか、それとも元の世界に帰るのかを。
リカは、ホストマザーと暮らしている家の居間にて、例の案内狸、そして本日は記録係としてやってきたらしい油揚げを思わせる毛色の狐と向かい合って座っていた。
狐は「契約のトラブル防止のために、ただいまより音声を録音させていただきます」とテープレコーダーをテーブルへと置いた。
リカと彼らにお茶を出してくれたホストマザーは、すぐに奥へと下がっていった。
だが、その際のホストマザーの顔――リカが元の世界に帰ることを選択するのでは、と今にも泣き出しそうな顔に――リカの胸に、ズキンと痛みが生じた。
「お心は決まりましたでしょうか?」
案内狸が問う。
もとはと言えば、この案内狸が最初からこの異世界の詳細な世界観を事前に説明してくれていれば、そしてリカ自身も事前に確認していればよかった話だ。
「……わたしもまさか、こんな異世界とは思いませんでした。何て言えばいいんでしょうか。”どこからともなくゴキブリが次々に現れて私のヒットポイントを削っていくかのごとき恐怖”や”四六時中、首に蛇を巻きつけているがごとき恐怖”を感じずにはいられないんです」
「そのように具体的な比喩をいただけると、ありがたいです。今後、この異世界への移住を希望されたお客様へのご案内の参考になります」と、録音係の狐の感謝のこもった声。
「どうされますか? お客様、元の世界に戻るのは今しかないのですよ」
狸が丸っこい目を光らせた。
”たったの49日間の異世界体験でしたが、あなたには人生の重大な決断を今、ここで決めていただく必要があります”と。
リカ自身の決断は、今、喉元まできていた。
正直、リカはこの異世界に来てから痩せてしまった。
エクササイズや食事制限によって引き締まったのではなく、自分の肌や視界を蹂躙せずにはいられない無数の超絶エログロによってやつれたのだ。
けれども、リカはまだまだ耐えることができた。
恐怖も、吐き気も……たまに悪夢を見てうなされて飛び起きたりするも、耐えることができている。
エログロへの耐性が、思っていたよりも自分の中に眠っていたのかもしれない。
それより、この異世界の人々には、まだ49日しかたっていないのも関わらず、よそ者の自分を受け入れてくれ、大変に親切にしてもらった。
素晴らしいホストマザーとともに暮らすことができた。
女友達に限るが、友達だってできた。
この世界の男の人は皆、エログロ趣味だと考えると、恋人を作る気には到底なれないし、男性を信じることができそうになかったが。
超絶エログロな世界観であっても、ここに住む人々は皆、そのエログロ趣味を自身の中で昇華&完結させているうえ、奇跡のごとき愛に満ち溢れた人々なのだ。
この世界の人々には、あたたかな愛をプレゼントされ続けている。だが、自分はまだその愛を返してはいない。
元の世界で、人によって心を削り取られ傷つけられることを恐れ続けるよりも、どのような世界であっても”人と人との確かな愛を感じて”暮らしていきたい。
「私は、この世界でずっと暮らしたいです。怖くて気持ち悪いけど、”それ以上に優先しなければならないもの”が……私が求めていたものが、この世界には確かにあります。私はこの世界で暮らしていけるはずです。いえ、ずっと暮らしていけるよう努力します」
この異世界にて、骨を埋める覚悟を決めたリカの言葉に、狸も狐も驚いたようであった。
「分かりました。どうか、お幸せな人生を」と狸も狐も去っていった。
しかし、去り際に狐が狸に向かって小声で「この賭けはお前の負けだな。約束通り、明日の昼飯は俺にそばを奢れよ」と囁いていたのを、リカはしっかりと聞いてしまった。
※※※
こうして、リカは異世界への移住、すなわち永住を選択した。
部屋の目覚まし時計は、女の断末魔バージョンではなくて、地獄の獣の唸り声バージョンに、ホストマザーに無理を言って変えてもらうなどはしたが、ホストマザーや女友達たちとの関係もこれ以上ないほど良好なものであり、またリカも彼女たちに心からの愛を伝え、毎日笑顔で過ごすように”努力していた”。
笑顔でいる努力。
笑顔には自然になるものであるのに、リカは”努力していた”のだ。
その結果――
永住から10年後、まだ36才であったリカは、ホストマザーや唯一無二ともいえる親友たちが見守るなか、その生涯を終えることとなった。
まさにリカが思い描いていた理想の死に方であり、これ以上ない人生の結末であった。
しかし、異世界で骨を埋めることとなった、そんなリカの口元にはヘルペスができ、薄くなった髪の毛には円形脱毛症の形跡もあった。”慢性的な睡眠不足”のためか、肌はくすみ、目の下の消えぬ隈は死してなお、さらに濃く刻まれていた。
彼女の早すぎる死の原因は、日々のストレスが積み重なったことには間違いなかった。
10年の年月の間、彼女の体も精神もジワジワと”エログロな毒に”苛まれていったのだろう。
むしろ、彼女はよく10年も持ったと言えるのかもしれない……
―――終―――
そう決意したリカは、一生分とも思える勇気を振り絞り、異世界への扉を叩いた。
しかし正確に言うと、リカの右手が叩いたのは”異世界への扉”そのものではなく、リカのように異世界への移住を考えている者の相談を受け付けて実際に異世界移住までの手配を代理で整えてくれる「異世界移住計画センター」の扉であった。
リカの異世界移住計画の担当者は――担当”者”というより、まるまるとした信楽焼っぽい狸が、はちきれんばかりのスーツからふこふこの毛をのぞかせて動いているようにしか見えない担当”狸”は――リカが提出した異世界移住の申請書類に目を通し、フムフム、と幾度も頷きながら目の前のパソコンを器用にカチャカチャと操作していた。
操作が終わったらしい担当狸は、馴れた手つきでキュッとネクタイを締め直し、リカへと向き直った。
「お客様がご希望される異世界の第一条件に基づいて検索したところ、1世界だけ該当する異世界が見つかりました」
「……本当ですか?」
「ええ、本当です。私も最初にお聞きした時、いくら私どもが提携をとっている異世界がゆうに100を超える数もあるとはいえ、正直、ご希望の第一条件を完全に合致させることは極めて難しく、ここは譲歩していただくことになるかと思っておりましたから」
リカ自身も信じられない思いであった。
ダメ元で第一条件を申請書類に書いて、提出したというのに。
やはり、何事もやってみなきゃ分からない。今までの人生ではやる前から諦めてしまう、後ろに引いてしまうことが多かった消極的でネガティブ思考なリカであったが、ここぞという時にしっかりと声をあげれは願いは通じるのだ。
「ほ、本当に……その異世界では、虐めも、殺人も、戦争も、……”生身の人間の心や体を苛ませ、傷つける”ような人が1人たりとも存在していないということなのですか?」
「ええ、そうです。その異世界においては、歴史上で合戦や戦争が起こったこともない、事故による死亡者はごく稀にいますが、殺人事件ももちろんゼロ、虐めは一切なし……というよりも、そもそも”生身の人間の心や体を苛ませ、傷つける”といったこと自体が、その世界の人々にはあり得ないことであるようです。”生身の人間に対しては”ね。今の私たちが生きている世界からすると、まさに奇跡のごとき世界ですね」
狸がフッと笑う。その狸の笑いに、リカは少し不安を覚える。
「あの、とっても失礼なことを言ってるって分かってるんですけど……人が何人か集まったら、自然と派閥も出来るし、気の合わない人だっているし、時には諍いだってあるものじゃないですか? 私が今、生きているこの世界はまさにそうですし。それなのに、そういったことが一切って起こらないっていうのは……もしかして、その異世界は文明がそれほど発達していないか……もしくは、異世界で暮らしている人々の自我や知能の芽生えが相当に未発達であるということですか?」
差別用語は口から絶対に出さないように気を付けて、リカは聞く。
狸は胴体に埋もれている首ではなく、丸い頭部をゆっくりと横に振って、答える。
「件の異世界の文明は、現代日本とほぼ同程度です。いわばネットなるものも発達しています。ネットで、個人を攻撃したり、特定の実在人物を誹謗中傷しての炎上件数などは0件との調べです。それに、またまた奇跡的なことに、件の異世界の住人たちの見かけや言葉、男女の体のつくりの違い、寿命などは、お客様と同じなのです」
眼前の狸の言葉をそのまま信じるとしたなら、まさにそこは地上の楽園だろう。
文明が同程度に発達しているということは、水道電気も完備しているということだ。現代日本の便利な生活はそのままに、自分たちと全く変わらない外見で同じ言葉を話し、心優しき人々だけの世界へと飛び込んでいける。
異世界移住を希望したリカであるも、”異世界”というワードに胸をときめかせたりとか、異世界を救う英雄になりたいとか、イケメンな男たちに囲まれたハーレムなんてモンは一切、望んではいなかった。もう26年も自分として生きていれば、英雄となるだけの能力や器も、女としての魅力もそれほどないことはきちんと理解していた。
リカは、ただ普通に穏やかに、ストレスを溜めることなく暮らしたいだけであった。
毒親、口を開けば噂話や悪口ばかりの同僚、目の敵にしてくるお局様、その他もろもろの意地悪な人々や犯罪者たちに遭遇する可能性の高いこの世界ではなく、別の異世界でとゆったりと自身の人生を紡いでいきただけなのだ。
そして、最期は心優しき人々に見守られて、その生涯を終えるなんて、まさにリカにとっての理想の死に方だ。これ以上ない人生の結末だ。
しかし、この狸のどこか浮かない顔はなんなのだろう?
「お客様が申請書類にてお答えいただいた項目で、気になる箇所が幾つかありまして……」
リカは思い出した。
確か、提出した申請書類には記入する項目が非常に多く、回答をまとめたなら「リカに対する300の質問」という小冊子ができるのではないかというほどのボリュームであったことを。
「”好みのインテリア”についての回答欄では、お客様は”ナチュラルカントリー”にチェックを入れていただいていますね。そして、”好みのドラマのジャンル”は”恋愛”、そして”好みの映画のジャンル”も”恋愛”であると……そして、とりわけ海外を舞台にしたキュートでお洒落なドラマや映画がお好きだと……そのうえ、現在、スマートフォンにダウンロードしているアプリの中には”恋愛シミュレーションゲーム”もあると」
いったい、それがどうしたというのだ?
それほど、おかしな趣味嗜好ではないはずだ。
「件の異世界へと移住しましたら、お客様は、ナチュラルカントリーなインテリアも、恋愛ドラマも、恋愛映画も、恋愛ゲームも、もう一切楽しむことはできなくなります。別のジャンルの娯楽が大変に発達しておりますので……それでも、よろしいでしょうか?」
リカにとって、娯楽は娯楽でしかなかった。
娯楽が趣味となり、趣味が高じて仕事になったり、もはやその趣味が生きがいとなったり、心の支えとなる人もいるだろう。
けれども、リカは恋愛ドラマや恋愛映画がないと生きてはいけないわけではない。ナチュラルカントリーなインテリアの部屋でなくとも充分に暮らしていけるし、恋愛シュミレーションゲームだって、自らの生活費も考えずに課金しまくるほど、はまっているわけではない。
「………………ええ、それは……構いません」
リカは答えた。
不安はさらに大きくなっていったが、異世界への移住を承諾した。
「はい、それではこちらの書類に拇印と署名ををお願いいたします。近日中に、お客様の異世界移住への手続きを進めさせていただきます。当初のご案内通り、異世界へと持ち込めるのはトランク3個分のお荷物が限界となっております。また、ご存知かと思いますが、私どもは異世界に馴染めなかった方への救済措置も設けております。異世界への移住から49日後に、私どもがお客様のご意志の確認におうかがいいたします。続行、つまりは永住を選ばれるのか、それともこの世界へと帰還することを選択するのかを、お客様ご自身の意志でご決定くださいませ」
※※※
「異世界移住計画センター」は、リカの異世界での住まいとホストマザー、そしてリカの適性を考慮したうえでの仕事も用意してくれた。
異世界で一から生きるための、抜きん出たサバイバル能力も、コミュニケーション能力も必要なく、生活基盤という土台を整えてもらっての、異世界生活のスタートだ。
なんと親切なのか。ありがたいことだ。
ホストマザーは、リカの毒親と同じぐらいの年齢の中年女性であったが、大変に優しく朗らかな方であり、リカは一目で彼女が好きになった。
まだ知り合って日も浅いうえ、相当に大袈裟な言い方ではあるも、「彼女こそが世界を隔てて暮らしていた自分の真の母親なのでは……」と、必然的な運命をリカが感じてしまうほどの女性であった。
もちろん、ご近所の方々も、仕事先の方々も、朗らかで親切で優しい人たちばかりであった。
平和と優しさの遺伝子が全ての人々に組み込まれているのではないか、この世界には愛だけが存在しているのではないか、と思うほどであった。
そう、”人々”に関しては……
あの案内狸が、言葉を濁していた理由を、リカは初日で理解した。
確かに”ここ”では、もうナチュラルカントリーなインテリアも、恋愛ドラマも、恋愛映画も、恋愛ゲームも、一切楽しむことはできないだろう。
別のジャンルの娯楽が大変に発達しているがゆえに。
いや、”大変に発達”しているなんて、レベルではない。
そのジャンルの娯楽ならび、インテリアや生活雑貨しか、この世界には存在していないのだ。
いわゆる、超絶エログロ趣味のものしか、ここには存在していないのだ。
例えば、優しいホストマザーが、リカのために整えてくれた部屋は”吸血鬼の花嫁のためにあつらえたかのようなインテリアの部屋”であった。このような退廃的で妖しい雰囲気を好む人もいるであろう、しかしリカにとっては陰鬱で不気味な部屋としか思えなかった。
そのうえ、ホストマザーが「これね、お嫁に行った私の娘が幼いころから使っていたものなの」と用意してくれていた目覚まし時計から鳴り響くのはベルではなく、女の断末魔だ。
ちなみに、同じく彼女が用意してくれたパジャマは、純白の生地に真紅の血しぶきが飛び散っていた。汚れているわけではなく、元からこういうデザインなのだ。
まさに、殺人被害者になった気持ちを味わわせる悪趣味さには、安眠どころではない。
リカの困惑した顔を見たホストマザーは「若い子の趣味はよく分からなくて……地味過ぎたわよね、やっぱりごめんなさい。飛び出た内臓のデザインのものや、蓮の花托デザイン(つまりは蓮コラ!)の方が良かったかしらね」ととても悲しそうな顔をしたため、リカは「い、いえ、とってもうれしいです!」と言って、そのパジャマを着用するしかなかった。
超絶エログロ趣味なのは、ホストマザーだけにはとどまらない。
リカのアルバイト先――異世界ではかなり大手となる”DVD・書籍・本の販売店舗”の同僚スタッフたちは、まだ慣れぬリカにこれ以上ないほど親切丁寧に仕事を教えてくれ、温かく迎えいれてくれた。
口を開けば噂話や悪口ばっかりだった、元の世界の同僚とは大違いであった。
しかし――
「リカちゃん。この本って、今年のベストセラーなんだよ」と教えてくれたのは『世界でもし100の拷問を試したら』という題名の本であり、いろいろリアルにもほどがある挿絵をパラパラとチラ見しただけでも、リカの心臓どころが内臓全てがキュッと縮こまった。
さらに「リカちゃん。皆でリカちゃんの歓迎会を開くからね」と連れていかれた和食店。
その店内には、ざんばら髪で凄まじい形相の落ち武者の等身大オブジェが無数に飾られていた。彼らは頭がザクロのように割れていたり、片方の目玉が飛び出していたり、幾本もの弓矢で貫かれていたり、と惨たらしい有様であった。
食欲を失せさせることを目的にして、飾られているとしか思えない”彼ら”に囲まれたリカの箸が進むわけがなかった。
けれども、同僚たちは「ねえ、リカちゃん。素敵でしょ、ここ。TVにも取り上げられたことあるんだよ」と終始笑顔であったため、リカも引き攣った笑顔で返すしかない。
そして、リカの勤務先で商品として取り扱っている書籍やDVDは、この異世界の全ての人々が”超絶エログロ趣味”でしかないことを如実に示していた。
子供向けのアニメですら、可愛いキャラクターたちが燃えている新聞紙を片手に動物虐待を行ったり、子供同士の包丁を使っての喧嘩で双方の首がコミカルにスパーンと飛んだりしている作品紹介VTRをリカは幾度も目にしてしまった。こんなものを子供時代に見たら、絶対に歪むだろ、としか思えない代物を。
臓物の臭いが漂ってきそうな血みどろのぐちゃぐちゃスプラッターな商品たちの、表紙ならびパッケージを直視できるようになるまでは、リカは時間を要した。
まだ、おとなしめのパッケージな商品もあった。しかし、その内容は、よくも同じ人間が人間の心をここまで壊すまでできるものだ、と思えるほどに、精神的に人をいたぶり追い詰めて逃げ場を失くすという、陰鬱で残酷なものであるらしかった。
さらに、レンタルDVDのアダルトコーナーは、地獄としか思えなかった。リカ自身が女であるから、なおさらだ。
いわゆるレ〇プものしか並んでいない。
完全に女性を物扱いしている。いや、物の方がもっと大切に扱われるのだろう。強姦や輪姦だけで済んだなら、まだマシな方だ。凌辱が終わった後に、生きたまま皮をはがれたり、釜茹でにされたり、鈍器で殴られ続けたり……と、この世の地獄がフィクションとして繰り広げられている。
残酷の極み。淫虐の極み。
そんなアダルトDVDを、ごく普通に見える男の人が、ごく普通にそれを手に取り、借りていく。
リカは幾度もトイレに駆け込み、胃の中のものを吐かざるを得なかった。そんな折も、心優しく真面目な同僚たちは、幾度も仕事中に離席してしまっているリカの体調を心から心配してくれていた。
この異世界のネット社会も同様に、超絶エログロ趣味であった。
案内狸が言っていたように、”実在の人物”を叩いたり、炎上の標的にしているネット民はいない。
しかし、だ。
ネット掲示板においての”議論”の対象は、エログロなアニメやドラマや映画や小説や漫画の中の人物――つまりは架空の人物なのだ。
人々は、それらの人物を生み出した作者を叩くことはない。
けれども、まるでその架空の人物が実在の人物であるかのように、考え方や行動に厳しく激しいエログロな議論を続けていた。
ニュース番組においても、毎日ハロウィンですかといった格好のニュースキャスターが読み上げるニュースは、時事問題や地域のほっこりニュース、天気予報ぐらいなものだ。
ただ、グルメレポートでは、食材で”人体の内部までも忠実に再現した”グルメ料理が映っていた。
それに、どのTV局も”フェイクニュース”の番組を設けていた。
これは、作り手側も受け手側も”フェイク”であることを承知したニュースだ。
その”フェイクニュース”にては、身の毛がよだつどころではない内容のニュースが現実にあったことのように、巧みな人物構成やプロットに基づく再現VTR付で――つまりはミニドラマのように、放映されている。
まるで、リカの元の世界における海外での猟奇殺人者が起こしていたレベルの内容のフェイクニュースが……
驚くことに、各TV局では、この”フェイクニュース”番組の視聴率争いが熾烈なものであるらしく、人気のアイドルを無惨に殺される被害者役として起用したり、またイメージが何よりも大切なはずのアイドルたち自身も殺されるという”汚れ役”を演じたいと自身のSNSに記し、ファンたちが彼女たちの熱意を応援していた。
超絶エログロ趣味な、この世界の心優しき人々。
盛大に矛盾しているとしか言えない人々。
リカは思わずにはいられなかった。
この世界の人々は、実際に他人に危害を加えたりは絶対にしない。
それに今日という日まで、繋いできた命のリレーという歴史の中においても、残虐な行動を起こしたものは誰一人として記録に残っていない。
けれども、”たまらないはずのない”日々のストレスとか怒りとか憤りとか、嗜虐欲とか歪んだ性的嗜好とかをこの世界の人々は、フィクションの世界で昇華し完結させているのではないか、と……
※※※
そうこうしているうちに、異世界での49日目がやってきた。
リカは決めなければならない。
この異世界に”永住”するか、それとも元の世界に帰るのかを。
リカは、ホストマザーと暮らしている家の居間にて、例の案内狸、そして本日は記録係としてやってきたらしい油揚げを思わせる毛色の狐と向かい合って座っていた。
狐は「契約のトラブル防止のために、ただいまより音声を録音させていただきます」とテープレコーダーをテーブルへと置いた。
リカと彼らにお茶を出してくれたホストマザーは、すぐに奥へと下がっていった。
だが、その際のホストマザーの顔――リカが元の世界に帰ることを選択するのでは、と今にも泣き出しそうな顔に――リカの胸に、ズキンと痛みが生じた。
「お心は決まりましたでしょうか?」
案内狸が問う。
もとはと言えば、この案内狸が最初からこの異世界の詳細な世界観を事前に説明してくれていれば、そしてリカ自身も事前に確認していればよかった話だ。
「……わたしもまさか、こんな異世界とは思いませんでした。何て言えばいいんでしょうか。”どこからともなくゴキブリが次々に現れて私のヒットポイントを削っていくかのごとき恐怖”や”四六時中、首に蛇を巻きつけているがごとき恐怖”を感じずにはいられないんです」
「そのように具体的な比喩をいただけると、ありがたいです。今後、この異世界への移住を希望されたお客様へのご案内の参考になります」と、録音係の狐の感謝のこもった声。
「どうされますか? お客様、元の世界に戻るのは今しかないのですよ」
狸が丸っこい目を光らせた。
”たったの49日間の異世界体験でしたが、あなたには人生の重大な決断を今、ここで決めていただく必要があります”と。
リカ自身の決断は、今、喉元まできていた。
正直、リカはこの異世界に来てから痩せてしまった。
エクササイズや食事制限によって引き締まったのではなく、自分の肌や視界を蹂躙せずにはいられない無数の超絶エログロによってやつれたのだ。
けれども、リカはまだまだ耐えることができた。
恐怖も、吐き気も……たまに悪夢を見てうなされて飛び起きたりするも、耐えることができている。
エログロへの耐性が、思っていたよりも自分の中に眠っていたのかもしれない。
それより、この異世界の人々には、まだ49日しかたっていないのも関わらず、よそ者の自分を受け入れてくれ、大変に親切にしてもらった。
素晴らしいホストマザーとともに暮らすことができた。
女友達に限るが、友達だってできた。
この世界の男の人は皆、エログロ趣味だと考えると、恋人を作る気には到底なれないし、男性を信じることができそうになかったが。
超絶エログロな世界観であっても、ここに住む人々は皆、そのエログロ趣味を自身の中で昇華&完結させているうえ、奇跡のごとき愛に満ち溢れた人々なのだ。
この世界の人々には、あたたかな愛をプレゼントされ続けている。だが、自分はまだその愛を返してはいない。
元の世界で、人によって心を削り取られ傷つけられることを恐れ続けるよりも、どのような世界であっても”人と人との確かな愛を感じて”暮らしていきたい。
「私は、この世界でずっと暮らしたいです。怖くて気持ち悪いけど、”それ以上に優先しなければならないもの”が……私が求めていたものが、この世界には確かにあります。私はこの世界で暮らしていけるはずです。いえ、ずっと暮らしていけるよう努力します」
この異世界にて、骨を埋める覚悟を決めたリカの言葉に、狸も狐も驚いたようであった。
「分かりました。どうか、お幸せな人生を」と狸も狐も去っていった。
しかし、去り際に狐が狸に向かって小声で「この賭けはお前の負けだな。約束通り、明日の昼飯は俺にそばを奢れよ」と囁いていたのを、リカはしっかりと聞いてしまった。
※※※
こうして、リカは異世界への移住、すなわち永住を選択した。
部屋の目覚まし時計は、女の断末魔バージョンではなくて、地獄の獣の唸り声バージョンに、ホストマザーに無理を言って変えてもらうなどはしたが、ホストマザーや女友達たちとの関係もこれ以上ないほど良好なものであり、またリカも彼女たちに心からの愛を伝え、毎日笑顔で過ごすように”努力していた”。
笑顔でいる努力。
笑顔には自然になるものであるのに、リカは”努力していた”のだ。
その結果――
永住から10年後、まだ36才であったリカは、ホストマザーや唯一無二ともいえる親友たちが見守るなか、その生涯を終えることとなった。
まさにリカが思い描いていた理想の死に方であり、これ以上ない人生の結末であった。
しかし、異世界で骨を埋めることとなった、そんなリカの口元にはヘルペスができ、薄くなった髪の毛には円形脱毛症の形跡もあった。”慢性的な睡眠不足”のためか、肌はくすみ、目の下の消えぬ隈は死してなお、さらに濃く刻まれていた。
彼女の早すぎる死の原因は、日々のストレスが積み重なったことには間違いなかった。
10年の年月の間、彼女の体も精神もジワジワと”エログロな毒に”苛まれていったのだろう。
むしろ、彼女はよく10年も持ったと言えるのかもしれない……
―――終―――
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