２０２０年版 ルノルマン・カードに導かれし物語たちよ！

Episode９ 1,000字内のオムニバスショートホラー６品をお届けいたします。

Episode９－E バグったトモオ

　おかしい。これはおかしい。
　早朝出勤＆深夜残業は当たり前、超激務のトモオであったが、”名ばかりの昼休憩の時間”になんとか仕事を抜け出し、眼科の扉を叩いた。
　朝から何も食べる時間がなかったため、お腹が鳴っている。だが、空腹よりもっと重大な異常に、自分の眼は見舞われているのだ。

　自然や生き物が今までとは違った色に……というか、通常ではあり得ない色に見える。
　そりゃあ、鳥や魚の中には多少カラフルというか、毒々しい色合いのものが一部いることはトモオだって知っている。

　けれども、街路樹や遠くに見える山々がワインレッドなんておかしいだろ！
　どこまでも澄み渡ったアップルグリーンの空なんておかしいだろ！
　ただ一つ、変わらぬのは太陽ばかりか？
　まるで地球と言う名の別の星に来てしまったようだ。


　しかし、診断結果は異状なしであった。
　トモオは思う。
　俺に必要なのは、眼科よりも休息なのかもしれない。
　連日の激務で、酷使された身も心も擦り減り、俺は壊れかけているのかもしれない。
　
　トモオは、所長に休職を願い出た。
　”働けぬ社員は要らぬ”と、その場で解雇を言い渡されるのかと思いきや、所長は親身になって話を聞いてくれた。

　所長は言った。
「……分かった。後のことはこっちで何とかするから、今日は自宅に戻ってゆっくり休め。明日も出勤する必要はない。だが、明日に会社の者が君の自宅に向かうことになるから、自宅待機しておいてくれ」と。


　トモオが帰宅した後、所長はスマホを取り出した。
　円盤型のスマホを器用に操作し、彼はどこかへと電話をかけた。

「……社長、ついにうちの事業所でもバグが発生しました。今まで報告にあがっていたバグとは異なるバグです。………ええと、一言で言うなら、自然のものに対する色の認識が”自動的に初期値に戻ってしまった”模様です。ワインレッドの木々や山々、メロンソーダ、いやアップルグリーンの空という、私たちの星では当たり前である”それら”の色に彼は異常を感じています。……せっかく、この星と最も共通点が多い地球より何十体も攫ってきて偽の記憶を刷り込み、雀の涙にも満たない安い給料で使い放題プランのごとく何年も働かせておりましたのに残念です。彼のことはどういたしましょうか？　………ええ、そうですね。やっぱり一度でもバグってしまったら、もう使いものになりませんよね。明日にでも廃棄処分しておきます」


――fin――