2020年版 ルノルマン・カードに導かれし物語たちよ!

なずみ智子

文字の大きさ
93 / 98
Episode12 はいはいサイコサイコ! 2020年ラストは、サイコホラー3品をお届けいたします。

Episode12-C 天から二物

しおりを挟む
 天に太陽がある時と月や星がある時の二つが存在するように、私自身も二つの顔を持っている。
 普段は普通の主婦。さらには霊能者という、もう一つの顔を。

 え?
 このご時世に霊能者? 絶対にインチキだろ? 目に見えないものが視える、あるいは感じるとか、いくらでも適当なことを言ったり、でっちあげたりできるんじゃないかって?

 そりゃあ、視えない&感じない人の方が大半なんだから、そんな風に言われても仕方がないとは思う。
 けれども、私は天から授けられたこの力を”私自身の出来得る限り”役立てたいと霊能者としての仕事を続けてきたのだ。
 
 雪交じりの冷たい風が吹きすさぶ年の瀬。
 私の霊能力の口コミを聞きつけたのか、ある女性が自宅を訪ねてきた。

 げっそりとやつれ、顔色が尋常じゃなく悪い彼女。
 私は彼女を一目”視て”、それが霊障によるものだと分かった。

 彼女の左手の薬指には、指輪が光っていた。
 聞けば、彼女は新婚三か月だと言う。
 結婚と同時に、今住んでいる家に引っ越してきた。
 中古の一戸建てであるその家は、前の住人が敷地内で自殺をしたという曰くつきの物件――いわゆる心理的瑕疵物件――であったと。
 いくら破格とはいえ、そのような家で結婚生活を始めるのは嫌だと意志表示したものの、彼女の旦那さんはそんなことは全く気にしない人――目に見えないものは一切信じない人――であり、家の中もリフォーム済であるからと説き伏せられ、嫌々ながらもそこに引っ越してくるしかなかったとも。

 住み始めてから間もなく、彼女は数々の心霊現象に見舞われるようになった。
 何者かに殺される悪夢ばかりを見るのは序の口。
 夜、”家の中から”女の泣き叫ぶ声や断末魔が響いてくる。
 自分の物ではない長い髪の毛が、キッチンやバスルームのシンクに詰まっている。 
 鏡に映った自分の顔が、一瞬、潰れて血まみれになっているように見える。
 首だけとなった凄まじい形相の女が、天井に浮かんでいる。

 彼女はこれらの恐怖体験を旦那さんに必死で訴えたが、”気のせいだ、疲れがたまっているだけだ”と一笑に付されただけであったらしい。

 私は彼女を改めて霊視した。
 やっぱり、と確信せずにはいられなかった。
 彼女を悩ませている”哀れな霊たち”は、彼女が住んでいる家に憑いているのではない。
 そして、彼女自身に憑いてるのでもない。

 私は彼女の案内の元、彼女の家へと向かった。
 仕事納めを終えたらしい旦那さんも在宅中だった。
 例の旦那さんが目に見えないものは信じない人であるのは、彼女も理解しているからこそ、私のことは霊能者ではなく友達だと紹介していた。

 彼女と旦那さんの年は一回り以上、離れていると推測できるも、旦那さんの見た目は普通の男性に見えた。
 でも、奴の”中身”は普通ではない。
 奴が殺害した幾人もの女性たちの恨みや憎しみ、無念が、家の中を満たす勢いで渦巻き、息苦しいぐらいなのだから。
 諸悪の根源である奴を源泉とし、ここは地獄にも等しい場所と化しつつある。

 いったい何人の女性を殺してきたのだろう。
 女性たちの中には数人、私も見覚えのある人――テレビや新聞で報道されていた人――もいた。
 彼女たちのニュースを見た時、私には彼女たちの死という結果は”視えていた”。
 だが、まさか、彼女たちを殺した張本人と直接、顔を合わすことになるとは……!

 皮肉なことに、憑りつかれている本人は顔色も良くピンピンしていた。
 何の咎もない妻がとばっちりを受けて苦しんでいるのというのに。

 あまりにも理不尽過ぎるが、そんなものなのかもしれない。
 いや、奴だけでない。
 身の毛もよだつ鬼畜の所業を行った者が裁きや報いを受けることもなく、ごく普通に暮らし、天寿を全うするなんてことは多々あるのだから。
 だが、それはこの世にいる間だけの話であると願いたい。
 ”あの世へと赴いた後のこと”は、私にも分からないけれど……

 というより、やっぱりこの家に来るんじゃなかった。
 私は一刻も早く、猟奇殺人者の住んでいる巣から逃げ出したくなっていた。
 そして、二度と関わり合いになるつもりはなかった。

 え?
 しっかり視えたなら、なぜ、その足で警察署に駆け込まないのかって?
 被害者となった女性たちの帰りを今か今かと待っているご家族のことを考えないのかって?
 事件の解決を望む気持ちや、さらに言うなら”新たなる事件”を阻止せんという選択はないのかって?
 自分に火の粉がかからなければそれでいいのかって?
 霊能者なのに、無念の死を遂げ怨霊と化さざるを得なかった被害者たちを救おうとする気持ちないのかって?

 非難されるのも当たり前だ。
 だが私がそうしてしまうことで、私自身も因縁に巻き込まれてしまう。
 私だけでなく、家族の身まで危険が及ばないという保証はない。
 これ以上、この件に踏み込んでしまうことは、”私の出来得る限り”の範囲を超えている。

 応接室に通された私は、慎重に言葉を選びながら彼女に話した。

「ここには浮かばれない霊たちが集まってきているようです。あなたが一人でここを離れ、他の場所で暮らし始めたなら、霊障に悩まされることもなくなり、体調も元に戻るでしょう」

「……私に主人と別れろっていうんですか?」

 ”一人で”という言葉に、案の定、彼女はひっかかったらしい。

「まあ……正直なところ、あまり良いご縁だとは言えないです」

 言葉を濁すしかない私。
 まさか、”あなたの旦那さんは連続殺人鬼ですよ。あなたも早く逃げだした方がいいですよ”とストレートに伝えるわけにはいかないわけで。
 それに私がどう言おうが、彼女だって今日会ったばかりの霊能者に一回言われたぐらいで配偶者と別れたりはしないだろう。

「決めるのはあなたです。それに被害者たちの怨念が強すぎて、私には祓うことはできません。ですから、本日のお代も結構です」

 私はついうっかり”被害者たち”と口走ってしまったことに気付いたも、「失礼します」と頭を下げ、そそくさと帰ろうとした。 
 そんな私の後頭部にガツンと鈍い衝撃が走った。

 私は何か硬い物で殴られたらしい。
 それは、応接間のテーブルにあった灰皿か、それとも棚にあった置物か?
 いや、そんなことはどっちでもいい。
 呻きながら床へと倒れ込んだ私の首に、”彼女”の細い指が、尖った爪が、本物の殺意が、食い込んできた!

「あんた! 本当は全部、分かってるんでしょ! 女たちの霊はこの家に憑いているんじゃないってことを!! ……今まで数人の霊能者に見てもらった。でも、そいつらは皆、全く見当違いなことを神妙な顔をして言うだけだった……けれども、あんたはちゃんと視えている。つまり、あんただけは本物だってことよね! 女たちの霊を祓う気のないあんたは、これから警察署に駆け込むつもりなんでしょ?! そんなことはさせない……絶対にさせるもんですか!!!」

 彼女は全てを知っていた?!
 知っていたばかりか、自身も尋常じゃない霊障に悩まされながらも、日本の犯罪史上に残るほどの猟奇殺人者の妻として、一つ屋根の下で暮らし続けようと……
 まさか、こんな……こんなことって…………!!!

 こうして私は殺された。
 けれども、私は三途の川の畔ではなく、夫と眠っていたベッドの中で悲鳴をあげながら飛び起きた。
 そう、今までのは夢だったのだ。

 私の尋常じゃない悲鳴に、夫も目を覚ましてしまったらしい。
 優しい夫は文句を言うでもなく、汗びっしょりでゼエゼエと息を吐き続ける私を心配してくれ、キッチンから白湯を持ってきてくれた。
 部屋の時計を見ると、時刻はまだ午前二時過ぎだった。
 夫が私に問う。

「大丈夫? もしかして、また”あれ”?」

「ええ、その通りよ……」

 私は頬に流れ続ける涙を左手の甲でぬぐった。
 涙は止まらないし、白湯の入った湯飲みを持つ右手だけでなく、全身の震えもしばらく止まりそうになかった。
 夢の中とはいえ、本物の殺意は確かに存在し、私はそれを尋常ならざる恐怖ともに味わった。
 それに私にとって、あの夢は単なる夢じゃない。
 私は夫に夢の内容を話した。

「だから……明日、ううん、もう日付は変わってるから今日よね。今日、家にやってくるお客さんは断ることにするわ。適当な言い訳をして、そのまま玄関先で帰ってもらう。まさか、夫婦そろってサイコだったなんて……もう”二度と”関わりたくないわ」

 まだ震えている私の両肩を包み込むように、そっと手を置いた夫が言う。

「今夜、君の”もう一つの力”が働いたみたいで本当に良かった。君は霊能力の方がメインだけど、予知能力までも授けられて生まれてきたんだものなあ」

「そうね……あなたの言う通り、私は天から二物を授けられたことに感謝しなきゃね。霊能力だけだったら、完全にアウトだった……今日が私の最期の日になっていたでしょうね。後頭部を割られて、舌をダラリと垂らした絞殺死体になった私は、サイコ夫婦の家の下にでも埋められて、行方不明者のリストに加えられていたに違いないわ…………大好きなあなたと一緒に年が越せなくなってしまうなんて、本当にまっぴらごめんだもの」


(完)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...