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2025年2月
Episode2 西のギデオンと東のギデオン(「勇者、故郷に帰る。」シリーズ9作目)
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アニタ・スミスと夫のレオナルド・スミスが住む家の扉を叩く者がいた。
扉の向こうに立っていたのは、年の頃は四十前後だと思われる男であった。
男は自身を城からの使い、すなわち国王陛下からの使者であると名乗った。
「ご子息のギデオン・スミス様の活躍により、魔王は見事に倒されました。現在、ギデオン・スミス様は城内にて療養中でありますが、傷が癒え次第、こちらのご自宅へお帰りになる予定でございます」
アニタは、その場に崩れ落ちた。
無事だった。生きていた。
しかし、問題は……!
「どっちのギデオンだ?」
アニタよりも先に、夫のレオナルドが問うた。
「ですから、ギデオン・スミス様ですよ」
「うちにはギデオンが二人いるんだ」
訳が分からぬといった顔をしている使者に、レオナルドとアニタは説明をした。
自分たちは再婚同士であること。
どちらにも連れ子となる同い年の息子がいたこと。
何より、息子の名前はどちらも「ギデオン」であったこと。
二人のギデオン・スミスはすぐに意気投合し、元から血の繋がった兄弟であったかのようであった。
互いの名前が偶然に同じであったことすらも、その仲の良さに拍車をかけたらしい。
けれども、名前を呼ぶ時に区別がつかないのは困る。
よって、アニタが西方の町の出身であること、夫のレオナルドが東方の町であることにちなみ、自分たち夫婦も近隣住民たちも、アニタの息子の方を「西のギデオン」、レオナルドの息子の方を「東のギデオン」と呼んでいたのだと。
話を聞き終えた使者は、気の毒そうな顔をした。
「私めにはどちらのご子息が帰ってくるのかまでは分かりかねます。私めは国王陛下からの使者としての役割を果たすため、ここに来ただけですので……」
使者が去った後、アニタもレオナルドも互いに無言のまま、テーブルに座っていた。
この四人掛けのテーブルは、四人家族となった時にレオナルドが張り切って作った物だ。
それが今はさらに広く感じられる。
重苦しい沈黙が続いた。
だが、その沈黙には希望の光が灯されていた。
しかし、その希望の光は、悲しみと苦しみに繋がる道を照らす灯りでもあった。
どちらのギデオンが帰って来るのだろう?
アニタは思う。
二人とも無事に帰ってきて欲しかった。
けれども、あの使者の口ぶりからすると、片方のギデオンはもう帰ってはこない。
「お母さん」「お母さん」と西のギデオンと東のギデオンが自分を呼ぶ声が、扉の向こうから交互に聞こえてくるような気がした。
自分たちは幸せな家族だった。
周りの者たちが羨むほどに仲が良かった。
血の繋がりなんて関係ないと思えるほどに東のギデオンを愛しく思えたし、夫だって西のギデオンを実の息子と分け隔てなく可愛がってくれた。
西のギデオンも東のギデオンも愛している。
愛していないわけがない、でも……。
アニタの下腹部が疼いた。
自分と血の繋がった息子が……西のギデオンを身籠っていた場所が。
夫は……レオナルドは何を考えているの?
と、アニタが顔を上げた時、レオナルドも同じタイミングで顔を上げたため、視線がかち合った。
けれども、互いに無言のまま、再び顔を伏せた。
相手の心の内を覗くのが、これほどまでに恐ろしく思えた瞬間があったであろうか?
その時、アニタ・スミスと夫のレオナルド・スミスが住む家の扉を再び叩く者がいた。
ギデオンか?
まさか、傷の癒えたギデオンが早くも帰ってきたのか?
勇者、故郷に帰る。
しかし、開いた扉の向こうに立っているのは、西のギデオンか、それとも東のギデオンか?
と思いきや、扉からひょっこりと非常に気まずそうな顔を出してきたのは、先ほどの城からの使者の男であった。
使者は、アニタとレオナルドに向かって深々と頭を下げた。
「あ、あの……誠に申し訳ございませんでした。私めは、訪ね先を完全に間違えておりました。この○○○○×町ではなく、少しばかり北に上った場所にある○○○○△町のギデオン・スミス様のご生家こそが、私めの正しい訪ね先でありました」
え?!
間違えていた?
勇者となったのは、どちらのギデオンでもなかったと?
「そんな……それなら私の息子はどうなったというの?!」
「ふざけるなよ! 俺の息子はどうなったんだ?!」
アニタとレオナルドが使者へと声をぶつけたのは、ほぼ同時だった。
さらに、彼女たちは気づいてしまった。
自分も連れ合いも、”息子たち”ではなく”息子”とつい単数形で呼んでしまったことに。
「いっ……いい加減な仕事をするなよ! お前は仮にも国王陛下からの使いだろう? とてつもなく責任のある仕事をしているんだろう? それなのに、伝言一つ正確に伝えることすらできないのか?!」
レオナルドが激高した。
彼の横顔が赤くなっているのは、憤怒のためだけでないことをアニタは悟る。
「確かに間違いそのものにつきましては、責められても致し方ないことでございます。ですが、私はただ間違えただけです。○○○○×町と○○○○×町は綴りも非常に似ておりますし、何よりスミスという姓はこの国で一番多い姓であるかと思いますし……間違いは間違いでありましても、そこに悪意はない。その点をご理解いただければ……」
「悪意のあるなしなど関係ない! お前のミスが俺たちにもらたした結果をよく考えてみろ!? これは許されないミスだぞ!」
「いや、お言葉ですがね……ご子息たちは魔王を倒しに行ったのですよね? お弁当とおやつを持って遠足に行ったわけではない……無事に帰ってこない可能性の方が遥かに高いことぐらいはご理解できるでしょうし、その後の覚悟もしておくべきかと。そんなに大切なご子息たちなら、この家から出さないようにしておけば良かったのではないでしょうか?」
逆ギレし始めた使者。
レオナルドと使者は、まさに一触即発状態だ。
しかし、ここで殴り合いの喧嘩を始めている場合じゃないとアニタが彼らの間に割って入った。
「結局、うちの息子たちはどうなったんです? この家へと帰ってくるのですか?」
「どうなったって聞かれても、知るわけないですよ。私めは魔王でも神でも死神でもない、ただの使者に過ぎないんですから。…………酷なことを言いますが、勇者ギデオン・スミス様によって魔王が倒されたにも関わらず、帰ってこないことがその答えでしょう」
(完)
扉の向こうに立っていたのは、年の頃は四十前後だと思われる男であった。
男は自身を城からの使い、すなわち国王陛下からの使者であると名乗った。
「ご子息のギデオン・スミス様の活躍により、魔王は見事に倒されました。現在、ギデオン・スミス様は城内にて療養中でありますが、傷が癒え次第、こちらのご自宅へお帰りになる予定でございます」
アニタは、その場に崩れ落ちた。
無事だった。生きていた。
しかし、問題は……!
「どっちのギデオンだ?」
アニタよりも先に、夫のレオナルドが問うた。
「ですから、ギデオン・スミス様ですよ」
「うちにはギデオンが二人いるんだ」
訳が分からぬといった顔をしている使者に、レオナルドとアニタは説明をした。
自分たちは再婚同士であること。
どちらにも連れ子となる同い年の息子がいたこと。
何より、息子の名前はどちらも「ギデオン」であったこと。
二人のギデオン・スミスはすぐに意気投合し、元から血の繋がった兄弟であったかのようであった。
互いの名前が偶然に同じであったことすらも、その仲の良さに拍車をかけたらしい。
けれども、名前を呼ぶ時に区別がつかないのは困る。
よって、アニタが西方の町の出身であること、夫のレオナルドが東方の町であることにちなみ、自分たち夫婦も近隣住民たちも、アニタの息子の方を「西のギデオン」、レオナルドの息子の方を「東のギデオン」と呼んでいたのだと。
話を聞き終えた使者は、気の毒そうな顔をした。
「私めにはどちらのご子息が帰ってくるのかまでは分かりかねます。私めは国王陛下からの使者としての役割を果たすため、ここに来ただけですので……」
使者が去った後、アニタもレオナルドも互いに無言のまま、テーブルに座っていた。
この四人掛けのテーブルは、四人家族となった時にレオナルドが張り切って作った物だ。
それが今はさらに広く感じられる。
重苦しい沈黙が続いた。
だが、その沈黙には希望の光が灯されていた。
しかし、その希望の光は、悲しみと苦しみに繋がる道を照らす灯りでもあった。
どちらのギデオンが帰って来るのだろう?
アニタは思う。
二人とも無事に帰ってきて欲しかった。
けれども、あの使者の口ぶりからすると、片方のギデオンはもう帰ってはこない。
「お母さん」「お母さん」と西のギデオンと東のギデオンが自分を呼ぶ声が、扉の向こうから交互に聞こえてくるような気がした。
自分たちは幸せな家族だった。
周りの者たちが羨むほどに仲が良かった。
血の繋がりなんて関係ないと思えるほどに東のギデオンを愛しく思えたし、夫だって西のギデオンを実の息子と分け隔てなく可愛がってくれた。
西のギデオンも東のギデオンも愛している。
愛していないわけがない、でも……。
アニタの下腹部が疼いた。
自分と血の繋がった息子が……西のギデオンを身籠っていた場所が。
夫は……レオナルドは何を考えているの?
と、アニタが顔を上げた時、レオナルドも同じタイミングで顔を上げたため、視線がかち合った。
けれども、互いに無言のまま、再び顔を伏せた。
相手の心の内を覗くのが、これほどまでに恐ろしく思えた瞬間があったであろうか?
その時、アニタ・スミスと夫のレオナルド・スミスが住む家の扉を再び叩く者がいた。
ギデオンか?
まさか、傷の癒えたギデオンが早くも帰ってきたのか?
勇者、故郷に帰る。
しかし、開いた扉の向こうに立っているのは、西のギデオンか、それとも東のギデオンか?
と思いきや、扉からひょっこりと非常に気まずそうな顔を出してきたのは、先ほどの城からの使者の男であった。
使者は、アニタとレオナルドに向かって深々と頭を下げた。
「あ、あの……誠に申し訳ございませんでした。私めは、訪ね先を完全に間違えておりました。この○○○○×町ではなく、少しばかり北に上った場所にある○○○○△町のギデオン・スミス様のご生家こそが、私めの正しい訪ね先でありました」
え?!
間違えていた?
勇者となったのは、どちらのギデオンでもなかったと?
「そんな……それなら私の息子はどうなったというの?!」
「ふざけるなよ! 俺の息子はどうなったんだ?!」
アニタとレオナルドが使者へと声をぶつけたのは、ほぼ同時だった。
さらに、彼女たちは気づいてしまった。
自分も連れ合いも、”息子たち”ではなく”息子”とつい単数形で呼んでしまったことに。
「いっ……いい加減な仕事をするなよ! お前は仮にも国王陛下からの使いだろう? とてつもなく責任のある仕事をしているんだろう? それなのに、伝言一つ正確に伝えることすらできないのか?!」
レオナルドが激高した。
彼の横顔が赤くなっているのは、憤怒のためだけでないことをアニタは悟る。
「確かに間違いそのものにつきましては、責められても致し方ないことでございます。ですが、私はただ間違えただけです。○○○○×町と○○○○×町は綴りも非常に似ておりますし、何よりスミスという姓はこの国で一番多い姓であるかと思いますし……間違いは間違いでありましても、そこに悪意はない。その点をご理解いただければ……」
「悪意のあるなしなど関係ない! お前のミスが俺たちにもらたした結果をよく考えてみろ!? これは許されないミスだぞ!」
「いや、お言葉ですがね……ご子息たちは魔王を倒しに行ったのですよね? お弁当とおやつを持って遠足に行ったわけではない……無事に帰ってこない可能性の方が遥かに高いことぐらいはご理解できるでしょうし、その後の覚悟もしておくべきかと。そんなに大切なご子息たちなら、この家から出さないようにしておけば良かったのではないでしょうか?」
逆ギレし始めた使者。
レオナルドと使者は、まさに一触即発状態だ。
しかし、ここで殴り合いの喧嘩を始めている場合じゃないとアニタが彼らの間に割って入った。
「結局、うちの息子たちはどうなったんです? この家へと帰ってくるのですか?」
「どうなったって聞かれても、知るわけないですよ。私めは魔王でも神でも死神でもない、ただの使者に過ぎないんですから。…………酷なことを言いますが、勇者ギデオン・スミス様によって魔王が倒されたにも関わらず、帰ってこないことがその答えでしょう」
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