【毎月25日20:00更新】2025年版 ルノルマン・カードに導かれし物語たちよ!

なずみ智子

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2025年6月

Episode6 掃いて捨てるほど~後編~(「勇者、故郷に帰る。」シリーズ13作目)

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 ?!
 この男に覗かれていた?!
 昨夜のすべてを見られていた?!

 ケイティの顔がカッと赤く染まり、彼女の全身を砕かんがごとく屈辱と次なる危険を知らせる波が激しく叩きつけられた!

 ま、まさか……私は今からこの男にも……!!!

 だが、ホレスはケイティの予測とは違う行動を取った。
 ひとたび扉の向こうに引っ込んだかと思えば、トレイの上に乗せた食事を持ってきた。

「ほら、メシだとさ。作っているのは雇われの婆さんで、俺はそれを運んでくる係ってこと。まあ、俺は配膳係だけじゃなくて、あんたを一番近くで見張る係でもあるけどな。んでもって、この町から離れたこの館の外には第二の見張り、第三の見張り、第四の見張り……とあんたが逃げるのを防ぐための網が幾重にも張り巡らされてンのよ」

 ニタニタ笑いをまだ止めようとしないホレス。
 
「言っとくが俺に泣き落としや色仕掛けをしようとしても無駄だぞ。あんた、確かに見られる顔はしているけど、勇者様から貰った金を全て棒に振っちまうほどの美人じゃあねえしな。第一、あんたに指一本触れようものなら、地の果てまで追いかけて行って八つ裂きにしてやるって勇者様に言われてるし。しっかし、勇者様もなんであんた程度の女に躍起になってるんだろうな。もっと良い女だって、選り取り見取りのヤリたい放題だろうに」

 ゲヘヘヘと笑うホレス。
 あの男は、このホレスの性格というか性質を見抜いたうえで第一の見張り役として配置したのだろう。
 図体は馬鹿でかいが頭は弱くて、見張りの網といった自分たちの手の内を明かしてしまうようなところはあるけれども、大金と多少の脅しという鎖で繋いでおけば言う通りに動いて決して裏切ることはなく、ある意味、忠実であると言える。
 それに、あの男の性格上、いくら見張りのためとはいえ自分以外の男をケイティのすぐ近くに置いておきたくはなかったのだ。
 その容貌にほんの少しでも美点を見出すことのできるような男を置いておきたくなかったがゆえに、ホレスが選ばれたに違いなかった。
 
 食事には手を触れようとせず、俯いて黙りこくったままのケイティにホレスはなおも続ける。

「でもまあ、女の人生ってホント楽だよな。ちょっとばかし綺麗な顔と体があれば、勇者様の嫁にまで成り上がれるなんてさ。俺も女になりてえよ」

 ケイティがバッと顔を上げ、ホレスの顔を真っ直ぐに見た。
 
 だったら、あなたも女になってみればいい。
 女になって、私と同じ目に遭ってみれば、私が受けた苦しみが分かるでしょうよ。
 女の肉体に生まれたことの無力さと恥辱をこれでもかと味わうことができるに違いないのだから。

 心の中の言葉をケイティはホレスには直接ぶつけなかった。
 けれども、ケイティの怒りをさすがのホレスも察したのか、やや狼狽えながら部屋を出て行った。


【3】


 その後も、勇者からのケイティに対する地獄のごとき責め苦は毎晩のように続けられた。 
 ホレスに鍵穴から覗かれ、ホレスの自慰行為の対象にされるというおまけつきで。
 勇者とてホレスに鍵穴から鼻息荒く覗かれていることなどとっくに気づいているだろう。
 だが、勇者は妙な性癖も併せ持っているのか、あえてそうしているのかもしれなかった。
 
 最初の頃は散々に弄んだら満足するか飽きるかして、家に帰してくれるのではないかという微かな希望をケイティは抱いていた。
 だが、そんな希望など、あの男の前では儚い光ですらなかった。

 あの男は口ではケイティに「愛してる」と言いながらも、ケイティの人格も尊厳も微塵も認めようとはしない。
 ケイティを心のある人間だと思っていないのだ。
 この俺が……勇者様となったこの俺がお前を愛してると言っているのに、なぜお前は分かってくれないんだ? 俺を愛してくれないんだ? とばかりにケイティを虐げてくる。

 なお、この地獄には新たなる恐怖までもが生まれつつある。
 強制的なものであるとはいえ、若くて健康な男女が幾度も性的に交わっていたなら、その果てに行きつく結果など誰かに問うまでもない。
 いや、ケイティはもうすでに下腹部に宿っているような予感がしていた。

 はっきりと診断を受けたわけでないから、本当のところは分からない。
 宿っていたとしても、お腹の子には何の罪もない。
 だけど、自分は我が子を愛せるのか?
 何よりもこんな異常な状況で生まれてくることが子どもにとっては幸せであるはずがない。

 今日もまた夜がやってくる。
    心も体ももう何もかも感じなくなれば、全てが無になってしまえばどれほど救われるだろう。
 ベッドにうつ伏せとなり、すすり泣くケイティ。

 ふと、ケイティは気づいた。
 自分のすすり泣く声に、別の泣き声が混じり合っていることに。
 空耳ではない。
 この泣き声は――少女のすすり泣く声――は、ここに連れてこられた最初の夜にも聞いた記憶がある。

 まさか……とケイティは青ざめた。
 自分以外にも、この館内に監禁されている者がいるのではないかと。
 あの男の性格上、一度目を付けたら絶対に我が物としなければ気が済まないはずだ。
 他の女性、いや少女までをも攫ってきて監禁しているのでは、と。

 けれども、少女の泣き声がこの部屋の中から聞こえてくることにもケイティは気づいた。
 そのうえ、よくよく耳を澄ませば、その泣き声は一人のものではない。
 複数の少女のすすり泣く声が、この部屋から聞こえてくる!

 人ならざる者、亡霊、悪魔といった言葉が、ケイティの頭を駆け抜ける。
 だが、不思議なことにケイティはもう亡霊も悪魔もそれほど怖くなかった。
 悪魔は勇者の姿をしていることも知ったのだから。
 何よりも今、自分がいる”ここ”こそが地獄なのだから。

「……誰、誰なの? 姿を見せて!」

 ケイティの声に応えるかのように、部屋に置かれていた大型の置時計の文字盤が光を放ち始めた。
 今の今まで、ケイティはこの年季の入った置時計に注意を払ったことはなかった。
 まさか、あの置時計自体が何か曰くのあるものであったのだろうか?
 ポッポッポッと文字盤に刻まれているローマ数字が順番に光っていく。
 それが一周された時、文字盤から眩い光が……十二個の眩い光がヒュンヒュンヒュンと次々に飛び出してきた。
 眩い光は少女へとその姿を変える。
 ケイティの前に現れたのは、古めかしい衣服にその身を包んだ十歳前後だと思われる十二人の少女たちであった。
 彼女たちの整った顔立ちは不気味なほどに全員似ていたが、よくよく見ればそれぞれの違いは見て取れた。

「ありがとう、ケイティ」
「あなたは私たちに気づいて、私たちを呼んでくれた」
「だから、私たちはあなたの前に現れることができた」
「私たちは時の精霊」
「古の時代に生まれた者たち」
「今より数百年前、私たちは魔王に襲われた」
「そして、皆、バラバラに引き離された」
「魔王に散々に虐げられた挙句、この地にまとめて捨てられた」
「けれども、私たちは完全に消えはしなかった」
「あの魔王の命運が尽きる時はとうに定められている」
「魔王の滅びの時に比例するがごとく、私たちの力と意識は徐々に戻ってきた」
「こうして、あなたの前に現れ、話ができるほどに」

 彼女たちは順番に一人一人喋りだす。
 だが、一本の木のようにすべての大元で彼女たちは繋がっているのか、彼女たちの言葉は難なくケイティへの心にじんわりと染み込んできた。

「私たち一人一人の力は微力」
「そう、それはまさに掃いて捨てるほど」
「でも、小さな力も集まれば大きな力となる」
「群軽折軸。時の車輪を折りこそしないも巻き戻せる」
「それは運命の逆戻し」
「あるいは歴史の書き換え」
「だけど、私たちを見てしまったあなたの記憶は消せない」
「体は元に戻っても、心の傷は残ったまま」
「それでもいいなら、あなたを救える」
「何より私たちは皆、あなたを救いたい」
「巻き戻す時の地点はあなたが選べる」
「いつに戻りたい?」

 なんと、この十二人の時の精霊が自分を助けてくれるというのだ。
 ケイティの瞳から涙が溢れ出す。
 その涙は、この館に拉致されてから流した涙とは違う種類の涙であった。
 たった一人の母にすら見捨てられ、孤立無援の状況で自分より力の強い者に蹂躙され続ける日々が永遠に続くものだと思っていたがそうではなかった。

 あのパレード当日に戻りたい。
 自分の運命を狂わせた、あの日に。
 残酷な運命の渦に巻き込まれることとなった、あの日に。
 だが、ケイティは考えた。

「……ま、待って! 私じゃなくて”他の人”の願いを叶えてあげて!」


【1】

 パレード当日。
 城下町で母と二人暮らしのケイティの元にも、魔王を倒した勇者が故郷へと帰る前にパレードを行うという知らせは耳に飛び込んできた。

 ケイティがこの日を迎えるのは二度目となる。
 まさかここまでうまくいくとは思わなかった。
 他人は自分の思い通りに動かぬものであり、一度目の時よりもさらに酷い事態になることだって予測できたが、もうすでに心を殺されていたケイティにとっては一か八かの賭けであった。
 けれども、ケイティは賭けに勝った。
 他の者に譲った時の巻き戻しは、ケイティの願い以上の結果となり、上書きされることとなったのだから。

 魔王を倒した勇者のパレード。
 だが、魔王を倒した勇者の名前は”あの男の名前ではなくなっていた”。
 時計の針が巻き戻され、再び動き出した結果、別の者が勇者となったのだ。
 時の精霊の一人が「あの魔王の命運が尽きる時はとうに定められている」と言っていた通り、魔王の死期は決まっており、どのみち魔王は何者かによって倒されて滅びる運命にあった。
 けれども、勇者として歴史に刻まれるのは、もうあの男の名前ではない。
 本来はあの男の物であった栄光も功績も全て、他の者が手に入れてしまう結果となったのだから。


 あの夜――
 時の精霊たちに「……ま、待って! 私じゃなくて”他の人”の願いを叶えてあげて!」と頼んだケイティは、ホレスを呼んだ。
 ケイティが自分を呼ぶことなんて今までなかったため、不思議そうな顔でやってきたホレスであったが、部屋の中に並んでいる十二人の精霊を見て目を丸くしていた。

「な、なんだ、この古くせえ服の子どもたち? 全員同じ顔だし、おまけにうっすら透けてるじゃねえか?!」

 驚くホレスにケイティは経緯を説明した。
 なんとか理解することができたらしいホレスにケイティは続けた。

「あの人は言っていたわ。『この広い世界を探せば、俺と同程度の身体能力やそれ以上の身体能力の男は掃いて捨てるほどいるだろうよ』って。勇者になれたのも『魔王に立ち向かっていくかいかないかの違いだったろうよ』ともね」

「ひょっとしたら、他の誰でもないあなたが勇者になっていたかもしれないのよ。だって、考えてもみて。体格一つとっても、あなたの方があの人よりも優れているでしょう?」

「私はあの人が嫌いよ。嫌いどころか、私に力があったなら、この手で八つ裂きにしてやりたいほどに憎んでいるわ。だから私にとってはあの人が勇者でなくなるなら、他の誰が勇者になったとしても同じことなの」

「あなたが勇者になれば、あなたがあの人から貰った以上のお金が手に入るわよ。それどころかどんな良い女だって、選り取り見取りのヤリたい放題の未来が待っているも違いないわ。”最初に一番の脅威を全身全霊をかけて潰してさえおけば”あなたは望むものの全てを手に入れることができると思わない?」

 ……などと言ったことをホレスに向かって話した記憶が残っている。
 頭の良い男というよりも、ほんの少しでも考える力のある男なら、ケイティの言動の裏にある企みをすぐに見抜いただろう。
 しかし、ホレスはケイティの言葉をそのままに受け取った。
 本当にそのままに。

 ホレスの願いを聞き入れた十二人の時の精霊たちの力によって、”あの男が魔王の城へと向かった日”へと時間は巻き戻された。
 ホレスは、ケイティの言葉通り、一番の脅威となるあの男――一度は勇者となった男――を真っ先に潰そうとしたようだが、案の定、あの男に返り討ちに遭ってしまった。
 勇者となれるだけの身体能力を持つ者はこの広い世界に掃いて捨てるほどいるのだろうが、ホレスはその身体能力ならびに知性ともに、その掃いて捨てるほどのレベルにも達していないであろうことはケイティの目から見ても明らかだったのだから。
 ここまでは想定内の結果だ。

 後はあの男だ。
 巻き戻される時の地点がパレード当日では――あの男が勇者となった後では――ケイティにとっては何の意味もない。
 あの男以外の誰かが魔王を倒して勇者となり、歴史に記される勇者の名を書き換えてくれることに賭け、願った。
 願い続けたのだ。
 ……が、ケイティが”願い続ける”必要はなかった。

 民たちの噂話――ホレスがしでかしたことの詳細やその後について――はケイティの元にも届けられた。 
「最近、姿を見せなくなっていたバカのホレスだが、他所で若い男をいきなり殺そうとしたらしい。何やら訳の分からないことを喚いて男を焼き殺そうとしたホレスだが、逆にその場で男に斬り殺されたとさ。そこまでの話は聞いていたけど、どうやら被害者の若い男は全身に大やけどを負ったらしい……。ホレスに付けられた火が瞬く間に全身に回り、街中で火だるまになったって話だ。相当に悲惨な光景だったらしい。一命は取り留めたものの、気の毒に今も寝たきりで治療を受けているとさ」といった話が。

 ケイティは当初、てっきりホレスは剣であの男に斬りかかっていって返り討ちに遭ったのだと考えていた。
 だが、ホレスは剣という正攻法ではなく火を使ったらしい。
 ホレスはホレスで、全身全霊であの男を確実に潰すための知恵を絞ったのだろう。
 ひょっとしたら、ホレスは周りに言われていたほどバカではなかったのかもしれない。
 何はともあれ、ホレスは”最期に”いい仕事をしてくれた。
 クズ二人が”表向きは”ケイティの与り知らぬところで潰し合ってくれたのだ。
 あの男をこの手で八つ裂きにすることはできなかったが、あの男は生きながら業火に焼かれたのだから。
 あの男が本来は手に入れていたはずの勇者としての栄光も名誉も、灰や塵すら残らず全て無と化し、今や別の人間の物となってしまったのだから。


 外から聞こえてくる歓声が大きくなってきた。
 勇者がすぐ近くまで来ているのだろう。 

「ケイティ、勇者様のパレードを見に行かないのかい?」

 母が聞く。

「行かないわ」

「勇者様にお目にかかれる機会なんて、一生に一度ぐらいしかないんだろうから、見に行った方がいいと思うんだけどね」

「……ねえ、お母さん。もし私がパレードの最中に勇者様に一目惚れされたらどうする? その後も私が嫌だって言っているのに、何度もしつこくしつこく言い寄ってきたらとしたら?」

「妙な夢でも見たのかい? そんなことあるわけないだろ」

 そんなことが本当にあったのよ、という言葉をケイティは飲み込む。

「もし私が強引に意に添わぬ結婚をさせられることになっても、お母さんは私を守ってくれる?」

「当たり前じゃないか。たった二人の家族なんだから。それに、やっぱり自分の娘には幸せになってほしいからね」

 嘘つき、といった言葉も飲み込んだケイティ。 
 口で言うのは簡単だ。どんな綺麗ごとだって言えよう。
 でも、ケイティは母を責める気にはなれなかった。
 それにこれからはこの人の望み通り、静かに暮らしていけるに違いない。

「ケイティ、どこに行くんだい?」

 裏口へと向かうケイティの背中に母が声をかける。

「私を救ってくれた精霊たちにお礼を言いに行くのよ」

 訳が分からぬといった顔をした母を残し、ケイティは家の外へと出た。
 空にはあの日と同じく太陽が燦燦と照り輝いていた。


―――完―――
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