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まさか、すぐ近くに……
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K県I市。
日本国内におけるK県I市の知名度は10年前までそれほど高くはなかった。
今現在も、日本国内の誰もが知っている地名であるというわけではない。
しかし、10年前にマスコミやインターネット等、各種メディアによって、その知名度を一気に上げてしまうほどに残酷で猟奇的な殺人事件がこの地で起こったのだ。
そう、10年前に……
「ねえ、”あの事件”の犯人って、確かまだ捕まってないんだよね」
「そうらしいね。でも、あれからもう10年も経つんだし、おそらく迷宮入りするんじゃない」
カレンがミアの言葉に同意し、頷いた。
高校の同級生であったミアとカレン。
彼女たちは、ともに久しぶりの里帰り中であり、それぞれの子供を親に預け、こじんまりとした洋食屋でやや遅いランチを楽しんでいた。
こじんまりとして静かな洋食屋。
ミアとカレンの席の対角線上には、やけに老け込んだ感じの60代と思しき男性が、コーヒーカップを傍らに、じいっと食い入るように数種類の新聞と古びたノートを広げていた。
他には、ここよりやや離れたところで数組の客が食事を楽しんでいるぐらいであった。
「あの事件って、確かうちらが高校3年の時に起こったんだっけ?」
「うん。被害者の娘(こ)も私たちと同じ年だったから、余計によく覚えている。別の高校の娘(こ)だったし、直接の面識はないけど。結構可愛い顔の娘(こ)だったよね」
今度はカレンがミアの言葉に同意し、頷く。
「確かにそこそこ可愛かったね……芸能人レベルってほどではなかったけど。でも、そこそこの容姿の女子高生惨殺ってことで、マスコミとかのいい釣り餌にはなったわみたいだし、あの当時は連日駅とかにマスコミの姿があったじゃんwww でも、”あの娘”(被害者の女子高生)って、物凄く性格悪くてチョー調子に乗ってたらしいよ。あの殺され方からしても、まず怨恨の線が有力ってことで捜査も進められていたみたいだし」
ミアは、件の女子高生がどういった殺された方をしたのかを当時の報道で知り、今も覚えていた。
一人で帰宅途中であった彼女は、何者かに空き家に引きずり込まれたらしかった。
かろうじて性的暴行は受けていなかったようだが、全身を鋭利なメッタ刺しにされ、出血多量で苦しみもがいているところに、顔にだけガソリンをかけられて、火をつけられ殺されたと――
わずか17才の若さで惨殺された彼女。
その死に様を映像で見せられたわけではないのに、彼女の無惨な死体が、脳裏に浮かんでくるようであった。しかし、ミアは吐き気を催しつつもカレンの話に乗っかった。
「あの当時、彼女と同じ高校に通っていた人から、ストーカーが犯人じゃないかって説も聞いたことあるけど……美人で成績優秀で、人気者の彼女に懸想していた男の誰かがフラれて逆上して、あんなひどい殺し方したんじゃないかって……」
「でも、怨恨やストーカーだったら、もうとっくに捕まってるっしょ。やっぱ、通りすがりの快楽殺人鬼の仕業が有力だよ。でも、そうなると、あれから10年もの間、逃げおおせて野放しになってるわけで、正直、ガクブルwww」
ホラー映画などのフィクションの話ではなく、10年前にこの地で実際に起こった残虐な殺人事件の話をしているにも関わらず、”何か刺激的な話”をしているかのようにカレンの口角は上がっていた。
「さ、もう”風化しかけている事件の話”はそろそろお開きにして……家に帰ったら、うちの王子(息子)とまたいっぱい遊ばなきゃなんないから、今、ここでしっかり食べとかないと。今、チョー可愛いけど、あと数年もすればすぐにネットとかでいう”ダンスィ”になっちゃうんだろうな。ま、それはそれで面白そうだけど」
カレンと同じく、男児を子供に持っているミアが彼女に同意し、首を下に振った。
そして、ミアは、その風化しかけている事件の話の”締め”とする言葉をその唇から紡ぎ出した。
「あの事件の被害者の娘(こ)……もし生きてたら、私たちと同じ27才なんだよね。成人式も迎えられなくて、大人になることすらできなかったなんて、本当にかわいそう。こうして、私たちみたいに結婚したり、子供を持ったりなんて平凡な幸せを味わうこともできなかったなんて……」
伏し目がちにそう呟いたミア。
永遠に17才のままとなってしまった被害者の女子高生に同情し、その思いを言葉として紡いではいるものの、”今の自分たちが存分に味わっている平凡であるもかけがえのない幸せ”を再確認するかのように、ミアの口角もまた上がっていた。
その時であった。
バアアアアアン! とミアたちのすぐ近くのテーブルより物凄い音が発された。
そのテーブルの上にあった、既に空となっているコーヒーカップが砕け散らんばかりの音。
そして、ミアとカレンの会話が”彼女たちが思っていた以上に”響いていた店内を、シーンと水を打ったかのように静まり返らせた音。
”何?! 何なの?!”と、反射的に音の発生源であった対角線上のテーブルの方へと視線を向けたミアとカレン。
そのテーブルにいたのは――突沸したがごとく立ち上がり、上から思いっきりテーブルに己の両掌を叩きつけたのは、”先ほどまでコーヒーカップを傍らに、じいっと食い入るように数種類の新聞と古びたノートを広げていた”やけに老け込んだ感じの60代と思われた、あの男性であった。
――誰?
突如キレたらしいあの男性は、ミアの知り合いでもないし、カレンの知り合いでもなかった。たまたま近くの席にいあわせた客同士でしかないはずだ。
”何、この人……まさか、頭のおかしい人なの?”と、ミアとカレンが互いの引き攣った顔を見合わせた時――
件の男性は、ゆらりとゆらりとミアとカレンの方へと歩みを進めてきたのだ。
男性のどこか遠くを見ているような光のない瞳――どこか遠い時の彼方に本来持っていたはずの光を置いてきた、いや、置いてこざるを得なかった哀しさと無念が沈殿している瞳に、ミアもカレンもビクリと体を震わせた。
男性はミアたちに殴りかかってくるわけでもなかった。
ただ、ゆっくりとその水気も失っている唇を開いた。
「お嬢さん方……あんたたちはいいねえ。大人になることができて……結婚して子供を持つことだってできて……こうして人生を送ることができて……」
男性の光を失った瞳より溢れた一筋の涙は、皺が刻まれた頬へと流れていった。
「??」
まだ、事態が飲み込めないらしいミアとカレンに、男性が続けた。
「……あんたたちがさっきまで話していた事件…………あれはうちの娘の事件なんだよ!!! 10年前、惨たらしく殺されたのはうちの娘なんだよ!!!」
―――fin―――
日本国内におけるK県I市の知名度は10年前までそれほど高くはなかった。
今現在も、日本国内の誰もが知っている地名であるというわけではない。
しかし、10年前にマスコミやインターネット等、各種メディアによって、その知名度を一気に上げてしまうほどに残酷で猟奇的な殺人事件がこの地で起こったのだ。
そう、10年前に……
「ねえ、”あの事件”の犯人って、確かまだ捕まってないんだよね」
「そうらしいね。でも、あれからもう10年も経つんだし、おそらく迷宮入りするんじゃない」
カレンがミアの言葉に同意し、頷いた。
高校の同級生であったミアとカレン。
彼女たちは、ともに久しぶりの里帰り中であり、それぞれの子供を親に預け、こじんまりとした洋食屋でやや遅いランチを楽しんでいた。
こじんまりとして静かな洋食屋。
ミアとカレンの席の対角線上には、やけに老け込んだ感じの60代と思しき男性が、コーヒーカップを傍らに、じいっと食い入るように数種類の新聞と古びたノートを広げていた。
他には、ここよりやや離れたところで数組の客が食事を楽しんでいるぐらいであった。
「あの事件って、確かうちらが高校3年の時に起こったんだっけ?」
「うん。被害者の娘(こ)も私たちと同じ年だったから、余計によく覚えている。別の高校の娘(こ)だったし、直接の面識はないけど。結構可愛い顔の娘(こ)だったよね」
今度はカレンがミアの言葉に同意し、頷く。
「確かにそこそこ可愛かったね……芸能人レベルってほどではなかったけど。でも、そこそこの容姿の女子高生惨殺ってことで、マスコミとかのいい釣り餌にはなったわみたいだし、あの当時は連日駅とかにマスコミの姿があったじゃんwww でも、”あの娘”(被害者の女子高生)って、物凄く性格悪くてチョー調子に乗ってたらしいよ。あの殺され方からしても、まず怨恨の線が有力ってことで捜査も進められていたみたいだし」
ミアは、件の女子高生がどういった殺された方をしたのかを当時の報道で知り、今も覚えていた。
一人で帰宅途中であった彼女は、何者かに空き家に引きずり込まれたらしかった。
かろうじて性的暴行は受けていなかったようだが、全身を鋭利なメッタ刺しにされ、出血多量で苦しみもがいているところに、顔にだけガソリンをかけられて、火をつけられ殺されたと――
わずか17才の若さで惨殺された彼女。
その死に様を映像で見せられたわけではないのに、彼女の無惨な死体が、脳裏に浮かんでくるようであった。しかし、ミアは吐き気を催しつつもカレンの話に乗っかった。
「あの当時、彼女と同じ高校に通っていた人から、ストーカーが犯人じゃないかって説も聞いたことあるけど……美人で成績優秀で、人気者の彼女に懸想していた男の誰かがフラれて逆上して、あんなひどい殺し方したんじゃないかって……」
「でも、怨恨やストーカーだったら、もうとっくに捕まってるっしょ。やっぱ、通りすがりの快楽殺人鬼の仕業が有力だよ。でも、そうなると、あれから10年もの間、逃げおおせて野放しになってるわけで、正直、ガクブルwww」
ホラー映画などのフィクションの話ではなく、10年前にこの地で実際に起こった残虐な殺人事件の話をしているにも関わらず、”何か刺激的な話”をしているかのようにカレンの口角は上がっていた。
「さ、もう”風化しかけている事件の話”はそろそろお開きにして……家に帰ったら、うちの王子(息子)とまたいっぱい遊ばなきゃなんないから、今、ここでしっかり食べとかないと。今、チョー可愛いけど、あと数年もすればすぐにネットとかでいう”ダンスィ”になっちゃうんだろうな。ま、それはそれで面白そうだけど」
カレンと同じく、男児を子供に持っているミアが彼女に同意し、首を下に振った。
そして、ミアは、その風化しかけている事件の話の”締め”とする言葉をその唇から紡ぎ出した。
「あの事件の被害者の娘(こ)……もし生きてたら、私たちと同じ27才なんだよね。成人式も迎えられなくて、大人になることすらできなかったなんて、本当にかわいそう。こうして、私たちみたいに結婚したり、子供を持ったりなんて平凡な幸せを味わうこともできなかったなんて……」
伏し目がちにそう呟いたミア。
永遠に17才のままとなってしまった被害者の女子高生に同情し、その思いを言葉として紡いではいるものの、”今の自分たちが存分に味わっている平凡であるもかけがえのない幸せ”を再確認するかのように、ミアの口角もまた上がっていた。
その時であった。
バアアアアアン! とミアたちのすぐ近くのテーブルより物凄い音が発された。
そのテーブルの上にあった、既に空となっているコーヒーカップが砕け散らんばかりの音。
そして、ミアとカレンの会話が”彼女たちが思っていた以上に”響いていた店内を、シーンと水を打ったかのように静まり返らせた音。
”何?! 何なの?!”と、反射的に音の発生源であった対角線上のテーブルの方へと視線を向けたミアとカレン。
そのテーブルにいたのは――突沸したがごとく立ち上がり、上から思いっきりテーブルに己の両掌を叩きつけたのは、”先ほどまでコーヒーカップを傍らに、じいっと食い入るように数種類の新聞と古びたノートを広げていた”やけに老け込んだ感じの60代と思われた、あの男性であった。
――誰?
突如キレたらしいあの男性は、ミアの知り合いでもないし、カレンの知り合いでもなかった。たまたま近くの席にいあわせた客同士でしかないはずだ。
”何、この人……まさか、頭のおかしい人なの?”と、ミアとカレンが互いの引き攣った顔を見合わせた時――
件の男性は、ゆらりとゆらりとミアとカレンの方へと歩みを進めてきたのだ。
男性のどこか遠くを見ているような光のない瞳――どこか遠い時の彼方に本来持っていたはずの光を置いてきた、いや、置いてこざるを得なかった哀しさと無念が沈殿している瞳に、ミアもカレンもビクリと体を震わせた。
男性はミアたちに殴りかかってくるわけでもなかった。
ただ、ゆっくりとその水気も失っている唇を開いた。
「お嬢さん方……あんたたちはいいねえ。大人になることができて……結婚して子供を持つことだってできて……こうして人生を送ることができて……」
男性の光を失った瞳より溢れた一筋の涙は、皺が刻まれた頬へと流れていった。
「??」
まだ、事態が飲み込めないらしいミアとカレンに、男性が続けた。
「……あんたたちがさっきまで話していた事件…………あれはうちの娘の事件なんだよ!!! 10年前、惨たらしく殺されたのはうちの娘なんだよ!!!」
―――fin―――
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