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ドス黒なずみ童話 ③ ~どこかで聞いたような設定の兄妹たちのお使い~

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 昔々、あるところにヘンゼルとグレーテルという兄妹がいました。
 ヘンゼルは9才、グレーテルは8才の年子兄妹でした。
 彼ら兄妹はともに、まるで大輪の薔薇がパアッと咲き誇っているがごとく艶やかな美貌の持ち主でありました。まだ幼い子供でしたが、人々の目を惹きつけずにはいられない美という力を、彼ら兄妹は生まれながらに授かっていたのです。

 ある夜のことです。
 ヘンゼルとグレーテルは3人だけで、夜の闇に包みこまれた森の中を歩いていました。
 しかし、彼らはお父さんとお母さんに森の中へと置き去りにされてしまったわけではありません。

「ほら、グレーテル。”これ”を見ろよ」
「! そのお金、どうしたの? お兄ちゃん」
「お母さんが隠していたへそくり”も”頂戴したんだ。今頃、真っ青になっているかもな。でも、俺たちの旅立ちのための資金だ」

「じゃあ、お兄ちゃん、私の”これ”も見て」
「お前こそ、どうしたんだよ、それ?」
「お兄ちゃんと同じよ。お父さんも、お母さんに内緒でへそくりを隠していたのよ。お父さんもお母さんも夫婦ではあるけど、自分以外は信じられなかったのね」
「俺たちとは、大違いだな」

 そう……このやり取りから分かるように、ヘンゼルとグレーテルは2人で旅立ち……つまりは”家出”をしたのです。
 抜きんでて美しいヘンゼルとグレーテルではありましたが、生きていくために労働が必要不可欠である社会的階級に所属していました。
 毎日毎日、家の手伝いをさせられることに嫌気がさしてしまったヘンゼルとグレーテル。
 家のお金をこっそりと持ち出しただけでなく、お父さんとお母さんが各自でこっそり貯め込んでいたへそくりの窃盗にまでも彼ら兄妹は及んでいたのです。

 けれども、彼らが家から盗んできたお金が全て底をついた時は、いったい、どうするのでしょうか?
 何とかなるとでも思っているのでしょうか?
 目ざとくてずる賢いところのあるヘンゼルとグレーテルではありましたが、目先のことにだけ飛びついてしまうのは、まだまだ子供でした。

 ヘンゼルとグレーテルは、月明かりを頼りに、そして時折、聞こえてくる獣たちの遠吠えに少しばかり怯えながらも、森を進んでいきました。
 そしてお約束のように、まるで色とりどりのお菓子で作られたかのような一軒家へと、辿り着きました。

 その一軒家は、”大地というお皿にしか乗せることができない”巨大なヘクセンハウス(お菓子の家)にしか見えませんでした。
 お菓子など、ごくたまにしか食べることができないヘンゼルとグレーテルは思わず手を伸ばしてしました。
 ですが、この家はお菓子で出来ているわけではありませんでした。単にメルヘンチックにもほどがあるデザインであっただけでした。
 お菓子を原材料にした家なんて雨風に耐えることはできませんし、そもそも蟻がうじゃうじゃたかってきますものね。


 ヘンゼルとグレーテルは、ノックもせずに家の扉を開けました。
 家の中のテーブルには、こんな夜中だというのに、美味しそうなご馳走がたくさん並んでいました。
 夜中にこんなご馳走を貪ったなら、絶対に太ってしまうし、消化にも悪いはずであるのに、ご馳走たちはヘンゼルとグレーテルの喉をこれでもか、とゴクリと唸らせました。

 これは罠です。
 明らかに罠です。
 けれども、自分たちを誘惑するご馳走たちのビジュアルや匂いに、ついに我慢できなくなってしまったヘンゼルとグレーテルは貪りついてしまいました。
 そして、お腹がたっぷりと膨れた後は、お約束のように寝入ってしまったのです。


 翌朝、目覚めた彼らの前にいたのは、おばあさんでした。
 バサバサの白髪頭で鉤鼻のおばあさんでした。
 そして、またまたお約束とばかりに、このおばあさんは魔女でした。

 しかも、それだけじゃありません!
  ヘンゼルもグレーテルも、子供ではなくなっていました。
 たった一夜のうちに大人に……成熟した大人の体になっていたのです。

「グ、グレーテルか?!」
「え? お兄ちゃんなの!?」  

 なんと、ヘンゼルとグレーテルは何も身に付けていない状態で、キングサイズのベッドの上に転がされていたのです。
 ヘンゼルの体は全体的にガッシリとし、肩幅もぐっと広くなり、筋肉量も増え、股間のいち物は大きく長く太く成熟しきったうえに黒々とした繁みに覆われていました。
 グレーテルの体は全体的に丸みを増し、腰はキュッとくびれていますが乳房とお尻はもうはちきれんばかりで、両脚の間はヘンゼルと同じく黒々とした繁みに覆われていました。

 いくら血がつながった兄妹とはいえ、性別が違う彼らの間には気まずい空気が漂いました。
 子供ながらに性の知識だけはそれなりに持っていたヘンゼルとグレーテル。
 ”実戦経験はない”自分たちですが、もしかしたら……意識のないうちに、兄は妹と、妹は兄と一線を越えてしまったのではないかというあってはならない想像までもが頭をよぎりました。

「安心しな。あんたたちはただ、眠っていただけだよ」
 魔女のおばあさんは、ヘンゼルとグレーテルの不安を一言めで解消してくれました。
「あんたたち、寝顔はてんで子供だったねえ。でも、思った以上に美男美女に育ったよ。これはいいねえ。充分すぎるぐらいだ」
 

「何が充分なんだよ!? 俺たちの服を勝手に脱がしやがって、この変態クソババア!」
「そうよ! そのうえ、私たちを勝手に大人になんてして! このシワクチャクソババア!」
 ヘンゼルとグレーテルは吠えました。

「おや、随分と生意気で怖い者知らずな子供たちだねえ。どういう教育を受けてきたんだか? 親の顔が見てみたいよ」

 魔女のおばあさんは全く意に介しませんでした。
 そして、魔女のおばあさんは言いました。

「あんたたち……家宅侵入ならびに食事の窃盗の罪は、相当高くつくよ。さっそく、あんたたちの体で贖ってもらうとするよ」


※※※


 本人たちの了承なしに、一夜にして大人の体にさせられてしまったヘンゼルとグレーテル。
 体で贖ってもらう、という、魔女のおばあさんの言葉通り、ヘンゼルもグレーテルも性産業に従事させられるものだと思っていました。
 しかし、違ったのです。

 ヘンゼルとグレーテルに課せられた贖いとは、単なる”お使い”でした。
 魔女のおばあさんが、その魔法の力によって、ヘンゼルとグレーテルを、お菓子の家フォルムの自宅からお店の先にまで移動させてくれるのです。
 普通なら歩いて20日以上かかる町であっても、魔女のおばあさんが呪文を唱え、杖を一振りすれば一瞬で――まさに瞬きよりも速く到着します。
 魔女のおばあさんが移動させてくれた先のお店に行って、ヘンゼルとグレーテルは美味しいお菓子を買い、再び魔女のおばあさんの力でこの家へと戻ってきて、3人で仲良くお菓子を食べるのです。 
 

 けれども、その”お使い”には3つの決まりがありました。
 まず、必ずヘンゼルとグレーテルの2人で美味しいお菓子を撃っているお店へと行くこと。
 次に、ヘンゼルとグレーテルはまごうことなき兄妹ですが、まるで恋人同士のように腕を組み、周りの者たちの胸を甘く胸やけさけるほど、「ヘンゼル」「グレーテル」と名前を呼び合いながらお菓子を買うこと。
 最後に、同じ店には二度と顔を出さないこと。
 

 当初は戸惑っていたヘンゼルとグレーテルでしたが、すぐにこの”お使い”の決まり慣れました。
 何より、魔女のおばあさんの魔法の力と財産によって、ヘンゼルとグレーテルは2人で仲良く、全国の美味しいスイーツ店巡りの旅を楽しむことができているのです。
 


 そんなある日のことです。
 ヘンゼルとグレーテルは、先ほどお使いに行って買ってきたばかりのレープクーヘンをモグモグと口に運んでいました。
 魔女のおばあさんが、そんなヘンゼルとグレーテルに温かい紅茶を淹れてくれました。

「おばあさん……私もお兄ちゃんも、美味しいお菓子もいっぱい食べることが出来て、本当に”お菓子中毒”になりそうなぐらいにうれしいんだけど……おばあさんは魔女よね? ここからうんと離れた遠くの町にまで私たちを一瞬で移動させて、またこの家まで一瞬で戻って来させるなんて、たやすい凄い魔女よね? だから……おばあさん1人でもお菓子を買いに行くことができるに、私たち2人にお使いに出すことで、お婆さんのお菓子の取り分が減っているでしょ?」 

 グレーテルが魔女のおばあさんに聞きました。
 各地の美味しいお菓子を無料で食べさせてもらっているうえ、寝床の面倒まで見てもらっているためか、グレーテルは魔女のおばあさんを「クソババア」ではなく、きちんと「おばあさん」と呼んでいました。

「私の取り分が減ろうが別に構わないさ。美味しいお菓子は皆で食べた方が美味しいがいいだろ。私はあんたたちのことが”孫のように思える”んだよ」
 魔女のおばあさんの優しい言葉に、グレーテルも、ヘンゼルも、顔をほころばせてしまいました。

「それにね、グレーテル。いや、ヘンゼルも……あんたたちは本当に綺麗だからね。人間ってのは何だかんだ言って、見た目に左右されちまう生き物だ。あんたたちのその華やかな美貌を目にした者たちはなかなか忘れられないだろうよ。それほど綺麗なうえに”一目で兄妹だって分かる”あんたたちだけど、子供の姿のまま、膨らんだ財布を手に高級なお菓子を幾つも買っていたら盗んだ金じゃないかって、疑われちまうだろ」
 
 おばあさんの言うことは最もだと、ヘンゼルもグレーテルも頷きました。

「おばあさん……俺も聞きたかったんだけどさ。なんか、俺たちが行ったお店って、この国を北から南へと向かって……ある一本の道筋みたいなモンに沿って南下して、最終的には俺たちがいるこの家へと到達するように思えるんだけど……」
 壁に貼ってある古ぼけた地図に目をやったヘンゼルが言いました。
 ボロボロの地図の至る所に、赤で印がつけられていました。
 もしかして、魔女のおばあさんが事前にチェックしていた美味しいお菓子のお店の所在地でしょうか?
 
 
「そうかもしれないねえ、でもいいんだよ。子供は甘いお菓子のことだけを考えていれば。私が今まで、あんたたちのことを悪いようにしたことがあったかい? なかったろ?」
 魔女のおばあさんは、ヘンゼルとグレーテルに目配せしました。


※※※


 そんなある日のことでした。
 魔女のおばあさんの家の玄関がコンコンとノックされました。

 先ほど”隣り町のお菓子のお店”で買ったクグロフをモグモグ食べていたヘンゼルとグレーテルは、突然の来客であり、自分たちが知る限り”初めての来客”に少しばかり驚きました。

「やれやれ、やっと到着したね」
 どっこいしょ、と立ち上がり、玄関へと向かった魔女のおばあさんは、2人の男女を家の中へと招き入れました。
 
 その2人の男女は、大人にさせられてしまった今のヘンゼルとグレーテルと同じぐらいの年頃でしょうか?
 さらに、彼ら2人は非常に顔が似ており……つまりはヘンゼルとグレーテルと同じく、”一目で兄妹だと分かる者たち”だったのです。

「ヘンゼル、グレーテル。この2人は私の孫だよ」

 魔女のおばあさんには、孫がいたのです。
 ヘンゼルとグレーテルを「私はあんたたちのことが”孫のように思える”んだよ」などと言っていた、魔女のおばあさんには本当の孫がしっかりといて……しかも、こうして2人揃って家を訪ねてくるぐらいですから、険悪な関係というわけでもなさそうです。

 少々、疑問に思ったヘンゼルとグレーテルでしたが、魔女のおばあさんの孫たちと互いに挨拶を交わしました。
 魔女のおばあさんの本当の孫ということですから、彼ら2人もまた魔法なるものが使えるかもしれません。
 バサバサの白髪頭に鉤鼻といった、いかにもな魔女のテンプレートのごとき外見である魔女のおばあさんと比較しますと、孫である彼らの外見は全く持って、そこらを歩いている人々と変わりないものでした。
 格別に美しいわけでもなければ醜いわけでもなく、人々に強烈な印象を残すことのない2人。
 おそらく大多数の人が3歩歩けば、彼ら2人の顔や佇まいなどは、靄がかかったようにぼんやりとしか思い出せないでしょう。
 現にヘンゼルやグレーテルも、彼らの外見的特徴を掴もうとしてもなかなか掴むことができませんでした。

 ただ、ヘンゼルもグレーテルも思いました。
「魔女のおばあさんも、こんな平凡な外見の孫たちよりも、綺麗な俺たち(私たち)の方がきっと……」と。
 それは、生まれつき授かっている美という力に溺れる者たちの高慢でありました。


 魔女のおばあさんは言いました。
「ヘンゼル、グレーテル……突然で悪いんだけど、あんたたち2人のうちのどっちかの部屋を今日の夜だけ貸してくれるかい? この子たちを泊まらせたいんだ。なあに、明日の朝には全て綺麗にしておくからさ」

 正直、気が進みませんでしたが、なんだかんだ言って居候の身であるヘンゼルとグレーテルは承知しました。
 こうして、ヘンゼルとグレーテルは今日は同じ部屋のキングサイズのベッドでともに眠ることとなったのです。


※※※


 翌朝。
 肌寒さと不快な感覚で、ヘンゼルとグレーテルはハッと目を覚ましました。
 彼らはベッドではなく、森の中に転がっていました。
 しかも、2人とも生まれたままの姿になって。
 魔女のおばあさんの家で、初めて目を覚ましたのと同じように。

 家もありません。
 何もかもなかったかのように、”全て綺麗さっぱり”と。
 全て夢だったのでしょうか?
 いいえ、ヘンゼルとグレーテルが大人のままの姿であることが夢ではなかったかことの証明です。


「い、嫌だ! お兄ちゃん!」
 悲鳴をあげたグレーテルは、顔を背けました。
 ヘンゼルですが、二次性徴を迎えた雄の”朝ならではの生理現象”には見舞われたようです。

「ごめん! で、でも、仕方ないだろ! それより、おばあさんは……」
 ヘンゼルとグレーテルは、それぞれの大事なところを手で隠しながら、魔女のおばあさんを必死で探しました。
 いえ、今のヘンゼルとグレーテルは、魔女のおばあさんよりもまず、自分たちの肌身を隠すための服を見つけたかったことでしょう。


 その時でした。

「見つけたぞ!!!」
「ヘンゼルとグレーテルだな!!!」

 何やら、10人を超える男の人たちが馬に乗って、この森の中へとやってきたのです。
 この男の人たちが役人――町で暮らす人々の治安を守る立場にいる人たちであることは、服装とその佇まいから、明らかでした。
 役人さんたちは、全裸のヘンゼルとグレーテルを見て、息を飲みました。


「お前ら、兄妹でまぐわっていたのか!?!」
「この悪魔たちめ!!!」
「殺人鬼兄妹め!!!」

 
 ヘンゼルとグレーテルは、童貞と処女のままでした。
 体は大人なのに心は子供のままである彼らは、”大人がすること”を実践したことはまだありませんでした。
 しかし、彼らは森の中にて生まれたままの姿になっています。
 そのうえ、ヘンゼルのアレは元気に、日が昇り始めたばかりの青空を向いています。
 この状況は、役人さんたちに絶大なる誤解を与えても、仕方ないものでした。

 そもそも、なぜ、役人さんたちはヘンゼルとグレーテルの名前を知っているのでしょう?
 そのうえ、ヘンゼルとグレーテルをこんな大勢で探し、いえ、捕えようとしていたのでしょうか?
 さらに言うなら「悪魔たち」や「殺人鬼兄妹」などと罵声を浴びせられる心当たりなど、全くありません。

 そうこうしているうちに、ヘンゼルとグレーテルは訳も分からぬまま、役人さんたちに捕らえられてしまいました。



※※※


 捕えられたヘンゼルとグレーテルは、驚愕の事実を知らされました。
 なんと自分たち兄妹には、100件を超える殺人の容疑がかかっているというのです。
 この国を北から南に向かって南下する、ある一本の道筋のそこらかしこが罪なき犠牲者たちの赤き血でべったり&たっぷりと濡れていたというのです。
 
 それらの殺人現場では、いずれも一目見たら忘れられないほどに美しいうえに、一目で兄妹だと分かる男女の2人組が目撃されていたと。
 その類まれな美貌を持ってして、目撃者たちに強烈な印象と記憶を残していた男女の2人組は、推定犯行時刻の少し前に、それぞれの町で評判のお菓子のお店で、美味しいお菓子を買っていたと。
 兄妹なのにまるで恋人同士のように腕を組み、「ヘンゼル」「グレーテル」と幾度も名前を呼び合っていたとも……


 残虐なシリアルキラーの容疑をかけられたヘンゼルとグレーテルは、必死で自分たちの無実を訴えました。
 確かに各地のお菓子のお店でお菓子を買っていたのは……魔女のおばあさんの”お使い”に行ったのは、自分たちで間違いありません。

 けれども、100件をも超える殺人なんて知りません。
 心当たりなんて、あるはずがありません。
 お菓子にしたって、魔女のおばあさんから預かったお金できちんと購入していました。
 ヘンゼルとグレーテルが過去に実際に行った悪い事といえば、両親のへそくり含む家のお金を盗んで家出したことぐらいです。
  
 
 ヘンゼルとグレーテルは、自分たちのお父さんとお母さんの名前と家の所在地も役人さんたちに告げました。
 自分たちから家出をしたのに、お父さんやお母さんが迎えに来てくれて、自分たちをかばって家に連れて帰ってくれると心の底から信じていました。
 お父さんやお母さんから返って来た返事は「家出をしたうちの子どもたちの名前は、確かにヘンゼルとグレーテルです。けれども、うちの子どもたちはまだ9才と8才です。大人ではありません」とのことでした。

 そうです。
 ”魔女のおばあさん”の存在や、その魔女のおばあさんにたった一夜で大人の体にさせられてしまったこと、全国各地のお菓子のお店の先へと一瞬で移動させてもらっていたことなど、いったい、誰が信じてくれるのでしょうか?

 
 こうして――
 必死の容疑否認も虚しく、”スウィーツな”凶悪シリアルキラー、ヘンゼルとグレーテルの死刑は、早々に確定してしまいました。


※※※


 ついに処刑の日がやってきました。
 ヘンゼルとグレーテルは、”火あぶりの刑”に処されることとなっているのです。
 そのうえ、なんと公開処刑です。
 
 世間を騒がせた恐ろしき殺人鬼兄妹、しかし、大輪の薔薇が咲き誇っているがごとく世にも美しい殺人鬼兄妹を一目見てやろうと広場には、大勢の人々が集まりました。
 とっても悪趣味な”見世物”が今から始まるのです。

 棒に縛りつけられたヘンゼルとグレーテルは、憔悴しきっていました。
 業火に焼かれながら壮絶な苦しみの末に死を迎えるしかない彼らは、涙などもうとうの昔に枯れきっていました。

 と、その時でした。

―――!!!

 突然、ヘンゼルとグレーテルの目に映る”世界”の全てが、セピア色へと変わったのです!

 どこまでも青い空も、セピア色の空に。
 自分たちへと近づいてくる処刑人の手にある松明の赤い炎までもが、セピア色の炎に。

 それだけではありません。
 時が止まっていたのです。
 広場に集まっていた民衆たちからの罵声や野次も今は聞こえません。
 処刑人の手の松明が立てていたパチパチという音も、炎すら風とともに揺れていた動きを止めているのです。

「お、お兄ちゃん……」
「グレーテル……」

 ヘンゼルとグレーテルは、ともにやつれた顔を見合わせました。
 どうやら、この止まった時の中で動いているのはヘンゼルとグレーテルだけのようです。

 いいえ、違います。
 セピア色の空の遥か彼方より、この広場へと――自分たちの元へと飛んでくる者たちがいるのです。
 ビュゴォォォォという風の音を身にまといながら、こちらへと飛んでくる者たちがいるのです!

 それは、魔女のおばあさんでした。
 そして、魔女のおばあさんの両サイドにいるのは、ヘンゼルとグレーテルがなかなか顔を覚えられなかったおばあさんの2人の孫でしょうか?
 魔女のおばあさんの血を引いている彼らにとっても、空を飛ぶことなど造作もないことだったのでしょう。

 ヘンゼルとグレーテルの目からは、熱い涙が溢れ出しました。
 魔女のおばあさんが自分たちを助けにきてくれた、と。
 しかし、よくよく考えてみますと、ヘンゼルとグレーテルがこうして刑死の一歩手前へと追いやられてしまった原因も、魔女のおばあさんにあるのですが……

 バサバサとした艶の無い白髪をなびかせながら、縛り付けられたヘンゼルとグレーテルの元へと、魔女のおばあさんは下り立ちました。


「私が魔法で時を止めたんだ。間に合って良かったよ」

 その言葉だけを聞けば、魔女のおばあさんはヘンゼルとグレーテルを助けに来てくれたようです。
 けれども、時を止めるほどの力を持っている魔女のおばあさんは、ヘンゼルとグレーテルの身を拘束している縄をほどこうとはしませんでした。

「お、おばあさん! 早く助けてくれ!」
「お願い、おばあさん! お兄ちゃんと私の縄をほどいて!」

 必死で懇願するヘンゼルとグレーテルの顔を見て、魔女のおばあさんはニヤリと笑いました。
 その醜悪な顔は、まさに魔女そのものでした。魔女でしかありませんでした。

「駄目だね。あんたたちには散々、美味しいお菓子を食わせてやったろ。その代金はあんたたち2人の命でしっかり支払ってもらうよ。”私の孫2人の身代わりとして処刑される”という支払い方法でね。あんたたちもワケが分からないまま、火で炙られて死んじまうなんて腑に落ちないだろうから、一応、親切心で全てのネタをばらしに来たんだよ。ほら、見せておやり」

 そう言ったおばあさんは、両サイドの孫2人向かって顎をしゃくりました。

 すると、なんていうことでしょうか?!
 孫の1人、兄の方はヘンゼルの姿になり、もう1人、妹の方はグレーテルの姿となったのです!!
 
「……ヘンゼル、グレーテル。これを見りゃあ、分かったろ? 私の孫2人は、あんたたちの姿を借りて、連続殺人を犯していたのさ。あんたたちは、甘い罠にまんまとはまり”お菓子中毒”になってたのだろうけど、私の孫2人は”殺人中毒”ってオチさ。全く困った子たちだよ。でも、生まれついての性質は直せないし、何だかんだ言って私も”血のつながった孫は”格別に可愛いからね。あんたたちは隠れ蓑にはうってつけだったよ。その綺麗な顔は目撃者たちに鮮烈なまでに印象を残すさ。そのうえ、当たり前だが、あんたたちはお頭(つむ)の方はまだてんで子供だ。子供なりには働くけど、美味しいお菓子という罠で釣れば、うまいこと言いくるめられたわけだしね」

 本物のシリアルキラー兄妹は、魔女のおばあさんの孫たちだったのです。

「おばあさん、お願い! お願いだから、助けて! 私たち、何でも言うこと聞くからぁ!」
「そうだ、頼む! 助けてくれ! 俺たちがこのまま死刑になっても、お孫さんたちは殺人を繰り返すんだろ? 俺たちをずっと隠れ蓑にしてくれたっていい!!」

 ヘンゼルの言うことは最もでした。
 倫理的に間違っているにしても、命には代えられません。
 ここで間一髪、命が助かるなら、ヘンゼルもグレーテルも、魔女のおばあさんたちの手先となることは仕方なしでしょう。

「やれやれ、あんたたち、物語を読んだことはあるかい。物語にはフィナーレが必要不可欠なんだよ。物語を紡ぎ始めた者は必ずその手で完結させなければならないだろう? 『いつまでも幸せに暮らしました』ならぬ、『美しき殺人鬼兄妹は火炙りとなり、その数多の罪の報いを受けました』って具合にね。これにて、バカな民衆たちは一安心、頭でっかちな役人たちの威信も満たせる。そして、ほとぼりが冷めたころ、私の孫たちの押さえきれぬ殺人欲求がウズウズと動き出し、”新たな物語”が始まるってわけさ。あんたたち2人ほど綺麗な兄妹は、もう見つからないかもしれないけどね。だから、とりあえず、ここでいったん”フィナーレ”だ」

 魔女のおばあさんは、ヒャヒャヒャヒャと笑いました。
 一言も言葉を発することのなかった”本物の殺人鬼兄妹”も笑いました。

 そして、魔女のおばあさんたちは、セピア色の空へと飛び立っていきました。
 


 魔女のおばあさんたちがセピア色の空の彼方に溶け込む頃、止められていた時が動きだしました。
 ヘンゼルとグレーテルの涙で滲んだセピア色の世界に、色が戻ってきました。
 セピア色の空はどこまでも青い空に、処刑人の手のセピア色の松明の炎は、赤々と燃える炎に……
 ヘンゼルとグレーテルの最期の時は、ついにやってきたのです。

「お願いだ! 俺たちの話を聞いてくれ! 俺たちは人なんて殺していない! 絶対に人を殺してなんかいない!」
「すべて、魔女のおばあさんと孫たちの仕業よ! 私たちは無実よ! 無実なのよ!」
 ヘンゼルとグレーテルは泣き叫びました。
 もう死から逃れられないと分かっても、誰かが助けてくれるのではないかと……

 ヘンゼルとグレーテルは、公開処刑を見るために集まって来た民衆の中に自分たちのお父さんとお母さんの姿を見つけました。

「お父さん! お母さん! 俺たちだよ! ヘンゼルとグレーテルだよ!!」
「お願い! 助けてえ! お父さん!! お母さん!!」
 
 ヘンゼルとグレーテルのお父さんとお母さんですが、死の恐怖に泣き叫んでいる件の殺人鬼兄妹――自分たちの家の子どもだなんて馬鹿げたことを役人さんに告げた殺人鬼兄妹の姿を見ていると、遠目からでもどことなくヘンゼルとグレーテルの面影を感じずにはいられませんでした。

 偶然にも名前も同じだし、もし、家出した息子と娘が、大人になったら、あんな感じなのかもしれないと思わずにはいられませんでした。
 しかし、お父さんとお母さんの心の中にいるヘンゼルとグレーテルは、子どものままなのです。もう二度と自分たちの元に帰ってくることのない彼らは、永遠に子どものままなのです。

 ついに、ヘンゼルとグレーテルの足元に火がつけられました。
 煙で燻られ、炎で肌を焦がされながらも、ヘンゼルとグレーテルは必死でお父さんとお母さんに助けを乞いました。

 やがて、その助けを乞う声も、苦痛の絶叫でしかなくなりました。
 どこか遠くから聞こえてくる、魔女のおばあさんたちのヒャヒャヒャヒャという笑い声が、ヘンゼルとグレーテル自身の口から迸る惨たらしい断末魔へと重なり合い続けました……
 


―――fin―――
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