【R15】一刻も早く切りたい間違い電話【なずみのホラー便 第29弾】

なずみ智子

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一刻も早く切りたい間違い電話

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 今日は20×9年3月14日、世間一般でいうホワイトデー。
 ただいまの時刻は、午後8時過ぎ。
 1人きりで残業中の私のデスクの電話が鳴った。


(私)はい、株式会社ミルキーギフトでございます。

(女性)あ、ヤマダさん?

(私)いいえ、こちらは株式会社ミルキーギフトでございます。

(女性)えーと、そちらはヤマダさんじゃないの?

(私)はい、ヤマダ様ではございません。弊社はギフト用品などを取り扱っている会社でございます。

(女性)じゃあ、ヤマダさんじゃないということなのね。

(私)はい。弊社は株式会社ミルキーギフトでございます。

(女性)私はヤマダさんに……○○-○○○○-1969に電話をかけたんだけど。

(私)弊社の電話番号でございますが、最後の4ケタが1960でございます。誠に失礼ではございますが、お電話のおかけ間違いではないかと……

(女性)あーそうねえ、ごめんなさいねえ。でも、私はちゃんと○○-○○○○-1969にかけたのよ。かけ間違いをしちゃったのかしらねえ。

(私)どうやら、そのようでございますね。それでは、失礼いたし……

(女性)私はちゃんとヤマダさんにかけたんだけどねえ。

(私)ええ、ですが……

(女性)ヤマダさんの電話番号は、○○-○○○○-1969でしょ? だから、私はその電話番号にかけたのよ。そちらは、ヤマダさんじゃないの?

(私)何度も申し上げましたが、弊社は株式会社ミルキーギフトでございます。

(女性)そうなの? おかしいわねえ。今まではちゃんとヤマダさんに通じていたんだけど。

(私)弊社の電話番号は、○○-○○○○-1960でございます。ヤマダ様のお電話番号は○○-○○○○-1969ですので、一番最後の数字が違っております。失礼ではございますが、やはり、おかけ間違いでございますね。

(女性)やっぱり、私がかけ間違いしちゃってたってことなのね。ごめんなさいねぇ。

(私)いいえ、お気になさらず。それでは失礼いたします。



 私は受話器を置いた。
 話が噛み合わないにも程がある電話口の女性が先に受話器を置くのを、一応は確認してから。

 私が、この株式会社ミルキーギフトに新卒で就職してからというもの、10年目となる年度が早くも終わろうとしている。
 約10年もの間、取引先やお客様も含めて、相当な数の受電をこなしてきた私であるが、先ほどのような電話はクレーム電話とは別枠の”一刻も早く切りたい電話”に分類される。

 会社としての営業時間はとうに過ぎていたものの、取引先からの緊急の要件かと思って、いつもの習性でつい受話器を手に取ってしまった。しかし、単なる間違い電話にこれほどにグダグダと時間をとられてしまい、地味にいらついた……というか、声音には出さないようはつとめていたものの、いらつかずにはいられない。

 まずは人の話を聞け。
 そして、間違いを認めたくなくても、素直に認めろ。
 間違い電話なんて、誰だってしてしまう可能性があるんだから。

 こうして、電話を終えた後も、持って生き場のない気持ちの悪い”小さな怒り”が、私の中でプクンと膿み始めたのようであった。



 私は冷め切ってしまった珈琲を淹れ直すため、椅子から立ち上がった。
 
 現在は、年度末ということで、特に大口の注文が格段に増えている。
 ただでさえ、慢性的な人手不足状態が続いている少人数の会社であるのに、正社員&事務員の私がたった1人で定時に終わらせて帰ることなど困難な仕事量を抱えざるをえない時期だ。
 けれども、あと1時間程度、頑張ったら帰ることができるはず。
 受注伝票のチェックを素早く終わらせ、明日の朝一番に梱包担当者が動くことができるように出荷商品リストの印刷まで先回りしておこう。


 しかし、私が淹れ直してきた珈琲を――湯気と芳香をこれでもたてている珈琲を、デスクの上にコトンと置いた時、またしても電話が鳴った。

 ナンバーディスプレイを確認する。
 話が噛み合わないにも程があった先ほどの女性の発信元は、確か固定電話からの番号であったと記憶している。
 今、ナンバーディスプレイに表示されている番号は、”090”から始まっている。
 携帯電話から、かかってきている。
 私は、自分のデスクマットに挟んでいる社員の携帯番号一覧表を素早く確認したが、該当する番号は見つけられない。
 
 私の中でプクンと膿み始めた、持って生き場のない気持ちの悪い”小さな怒り”が、チクンと針でつつかれたのごとき、嫌な予感がした。
 けれども、私は事務員の習性と責任なるものに突き動かされ、受話器へと手を伸ばした。



(私)はい、株式会社ミルキーギフトでございます。

(女)ヤマダさん? ヤマダさんよね?

(私)え……えっと、先ほどお電話いただいた方ですよね。先ほども申し上げましたが、弊社はヤマダ様のお電話番号ではございません。

(女性)でも、私……今度はちゃんとヤマダさんに電話をかけたのよ。さっき、固定電話からかけた時はヤマダさんにつながらなかったから、携帯電話からかけたならヤマダさんにちゃんとつながるかと思って……

(私)誠に失礼ですが、固定電話からでも携帯電話からでも、お客様がおかけになっているお電話番号が違っていれば、ヤマダ様ではなく、弊社につながってしまいます。

(女性)あーそうねえ、ごめんなさいねえ。私が”また”かけ間違いしちゃったのかしらねえ。

(私)ええ、”また”そのようでございますね。それでは……

(女性)でもねえ、私、ちゃんとヤマダさんにかけたのよ。ねえ、本当にそちらにヤマダさんはいないのぉ? あなたではなく、ちょっと他の人に代わってもらえるかしら? さっきもあなたが電話に出て、ヤマダさんはそこにはいないって言われたから。

(私)ですから、お客様がおかけになられているお電話番号が間違っているのです。何度も申し上げますが、弊社は株式会社ミルキーギフトで、弊社の電話番号は○○-○○○○-1960でございます!

(女性)私が電話を間違えてしまったということなのかしらね? でも、やっぱり、あなたではなく別の方に電話を代わってもらえないかしら? あなたではない方とお話しして、そちらに本当にヤマダさんがいないか、きちんと確認させてもらった方がいいと思うの。

(私)……申し訳ございませんが、ただいま、電話に出ることができる者は私しかおりません。それに大変に申し上げにくいのですが、今の時刻は弊社の営業時間外でございます。

(女性)今は営業時間外だから、あなたしか私の電話に出ることができない状況なの?

(私)さようでございます。

(女性)あなた以外の人は、誰もそこにいないのね?

(私)はい、ですからぁ、私以外の者は今は誰もおりません!

(女性)そう、本当ね? 本当に、今はあなたしか”そこにいない”のね?



 電話は切れた。
 いや、ブチッと切られた。

 さっきまであれほどしつこく、何度も何度も何度も、同じ話題をグルグル繰り返して、私をますます苛立たせていたというのに。

 まさか……!!!
 あの電話口の女性は、ヤマダさんとやらに電話をかけたかったというのは単なる口実で、”私が1人で会社に残っている”ことを確認するのが、真の目的であったのか?
 
 しかし、もう10年間にもわたって電話対応をしていれば、通話中の相手が屋外にいるのか、それとも屋内にいるのかの、おおよその見当はつくようになっている。
 ”携帯電話からかけられた2回目の電話”は、おそらく屋外ではなく、屋内からかけてきていたものには違いなかった。
 話が噛み合わないにも程があるうえ、今や不気味ですらある電話口の女性が、携帯電話で話をしながら、私が1人で残っている会社へと”何らかの目的で”そろりそろりと足を進めてきている可能性は極めて低いだろう。
 そもそも、私はあの女性の声に一切の心当たりはないし、狙われる心当たりも全くないのだ。

 今日はもう、早く帰ろう。
 片付けることができなかった仕事は、明日、会社に早く出社して片付けよう。
 
 と、その時、後ろに人の気配を感じた!


――!!!


 ”後ろに人の気配を感じた”とはいっても、私の”すぐ背後”というわけではなかった。
 そして、振り向いた私の目に映ったのは、”先ほど2回にわたり声を聞くことになったが顔も知らなかった間違い電話の主と推測される女性”などではなく、見知った顔の同僚であったのだから。
 一瞬にして私の体を走った恐怖は、一瞬にして安堵へと変わり、私の体を浸していった。  


「……アサジくん? どうしたの? 何か、忘れ物?」


 同僚のアサジくんが立っていた。
 アサジくんは、昨年の4月に新卒で就職したばかりの社員だ。
 そう人数が多くない会社とはいえ、私はアサジくんとは業務連絡以外の話をした記憶はなかったし、無表情がほぼデフォルトであるアサジくんは元々口数が極めて少ないタイプなのだろう。

 しかし、アサジくんは”いつもとは違った様子で”顔を赤らめ、モジモジしながら立っていた。
 立ったまま、私の目をジイイッと見てくる。


「戻ってきちゃいました。ついさっき、ママから連絡を受けたもので。あなたが今、”会社に1人で残っている”って……」

「!!! ……え、ちょっ、ど、どういうこと? さっきの変な電話って、アサジくんのお母さんからだったの?」

「そうですよ。ママはボクのためなら、どんなことでもしてくれるんです。そして、いつもボクの背中も押してもくれるんです。今というこの時のように、”ボクが男としてきちんとキメなければならない時”にもね」

「ボ、ボクが男としてきちんとキメなければならない時って……ま、まさか、アサジくん、私のこと……」

「いやだなあ。そんなに自惚れないでくださいよ。女の人って、大抵、自分の魅力を真実の三割増しぐらいでとらえていますよね。あなたみたいに、たいして美人でもないうえ、そう若くもない女に、ボクが惚れたりなんかするわけないじゃないですか?」

「じゃあ、いったい、何なのよ?! なんで……!?」


 私は後ずさった。
 でも、アサジくんは近づいてきた。


「先月のバレンタインデーのことですよ。ボクはあなたから、本命チョコを渡されるものだと予測していて、あなたからの本命チョコを受け取った際の台詞まできちんと考えていたんです。でも……でも、あなたは”用意していたはずのボクへの本命チョコ”をボクに渡さなかったばかりか、100均で売っているようないかにも安っぽいバスケットの籠に、チ〇ルチョコをめいっぱい詰めてきて『これ、皆さんでご自由にどうぞー』なんて言って棚の上にポンと置いて、他の男たちにまで色目を使ってチョコチョコとした媚を売ってた……おかげでボクのプライドはズタズタです」

「は? 単に皆が好きな時に好きなだけつまめる義理チョコを用意して、会社に持ってきただけじゃない! それに私、あなたのことなんて、何とも思ってないわよ!」

「そんなこと言ったって分かってますよ。あなたにはあなたのプライドがあるってことをね」

「だからぁ、私はあなたに『好き』なんて言ったこと一度もないし、そもそも碌に話もしたことだってないでしょ!!!」

「照れ隠しにそんな強がりを言ったってムダですよ。ボクのこと、好きなくせに。オトナ女子とか年下彼氏とか世間ではいろいろ言っているけど、服装や化粧も年相応を良しとして、特に恋に関しては”慎み深い振る舞いをする傾向にある”あなたは、自分の方から10才も年下のボクに思いを告げるのは恥ずかしかっただけなんでしょう?」

 何、こいつ?
 本当になんなの?!
 話が全く噛み合わない。
 こいつと1対1で向かい合って”仕事以外の話をした”のは今日が初めてだが、まさに”あの親にしてこの子あり”としか言えない。


「ちなみに……ボクは”あなたからのボクへの熱い思い”をママにもちゃんと話したんです。ママは最初『もっと若い女の方がいいじゃないの』って言っていたんですけど、あなたからの熱い思いを、ボクがママにきちんとプレゼンテーションをしましたから、なんとかママを説得することできたんですよ。だから、ママは今日も協力してくれたんです」

「……そこをどいて! あっちへ行って! 私、もう帰るから!」


 デスクの上には、やりかけの仕事がまだまだ残っている。
 けれども、私は逃げ出した。
 カバンも持たずに逃げ出した。

 しかし、アサジくんにすぐにつかまってしまった!
 力の限りあげようとした私の悲鳴も、彼の右手によって封じられてしまった! 


「ホント、強情だな。そこまで、照れることないでしょう。せっかく、今日は3月14日なんですから。ホワイトデーなんですから。あなたからの本命チョコを、あいにく今年はもらうことができなかったんですけど、ボクはちゃんとあなたの”熱い思いに応えてお返しする気で”ここに戻って来たんですから。日付が変わるまで、まだ3時間以上もあるわけだし、ホワイトデーを楽しみましょう。”ボクの”でギットギトになっちゃうホワイトデーをね」

 私はデスクの上へと押し倒された。
 2人分の衝撃を受けたためデスクの上のカップも倒れ、冷めかけていた珈琲が重ねられていた受注伝票たちを茶色く浸していった。


「あ、実は……ママは『もうそろそろ、”家庭を持ってもいい頃”なんじゃない』とも言っていたんですよ。ですから、今夜は2人で残業して”頑張りましょう”ね(笑)」



―――fin―――
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