愛すべき『蟲』と迷宮での日常

熟練紳士

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2巻

2-2

 最初からすごい話題を出してくるな。もっとも、婚約に関しては全然驚かない。むしろ、お前らいい加減にくっつけよというオーラが『ネームレス』ギルド本部でも充満していたからね。それに気付かなかったのは、この二人だけだ。
 それにしても、話から察すると、ゴリフ化しているジュラルドを両親が受け入れたということか。一度は、ジュラルドの殺害容疑までかけられたというのに、一体どんなやり取りがあったんだろう。

「それは、めでたいな。今日は私がおごろう。好きに飲み食いするといい。ゴリフリーナ、二人を案内してくれ」
「ぶっ!! エルフの姫君に案内されるとは、長生きはしてみるものですね。それと、ゴリフリーナ様、ゴリフリーテ様、うちの両親を説得していただいた件、ありがとうございます」
「ありがとな。おかげで、ジュラルドと婚約できた」

 なるほど!! ヴァーミリオン王家の二人が出張れば、ジュラルドのご両親も納得するしかない。
 あと、ゴリヴィエ……ジュラルドが婚約と聞いたあたりから、立ったまま涙を流すのはやめなさい。ジュラルドの容姿が君のストライクゾーンど真ん中なのは、薄々分かっていたからさ。略奪愛なんてやめてくれよ。
 万が一、この二人の仲を引き裂こうと考えるなら、たとえ妻たちの従姉妹いとこといえども覚悟してもらう。

「とりあえず、『迷宮の朝食セット』と『蟲ダシコーヒー』を」
「アタイは、『迷宮の朝食セット』と『ゴリフの手絞てしぼり百パーセント果汁のジュース』。林檎りんごと桃のミックスで」
「かしこまりました。ゴリフリーテ、頼む」

 地下室より冷えた中ジョッキと氷塊、冷えた果実が蟲たちによって運び出される。ゴリフリーテが氷塊をデコピン一発で粉々にくだくと、中ジョッキ一杯に適量の氷が完成する。締めくくりに、ゴリフリーテが素手で、よく冷えた林檎りんごと桃を丁寧にしぼる。この間も、果物は『聖』の魔法によって、あらゆるよごれや身体に害のある物質が浄化されている。
 まさに、輝く聖水といっても過言ではない手絞てしぼりジュースの完成だ。
 ジョッキや果実を受け取ってから完成に至るまで、わずか五秒程度の無駄のない早業はやわざである。ここまで洗練された動作になるのに、練習時間がわずか三十分だったのだから、すごいよね。

 ギギ(お客様、ご注文の品をお持ちいたしました)

 完成した料理がお盆に載せられ、蟲たちがヨチヨチと運ぶ。それを受け取り、エーテリアが一口飲んだ。

「……うまいな、おい。これが果汁百パーセントのジュースか。今までのジュースが泥水のように思えてくるぞ。『聖』の魔法も半端ないわ」
「ふっ!! 当然だ、エーテリア。蟲カフェは、食材から料理人まで全てが超一流。言うまでもないが、美味うまさの秘訣ひけつは、他では真似まねできない特殊な調理法だ」
「さすがは、レイア殿のお店。『聖』と『蟲』の魔法を使える人たちは、ここにしかいませんしね。あ、コーヒーも美味おいしいですね。おかわりをお願いします」

 すぐに蟲たちに指示を出して、おかわりを持ってこさせる。


 それから数時間、客足は伸びて、店内に用意してあった座席の六割がまった。もっとも、座席は二十程度しかない。お客は見知った顔ばかりなので、話ははずんだ。

うわさは、異国の地でも聞いているぜ。相変わらず派手にやっているそうだな、レイア。今じゃ、大貴族様で可愛かわいい嫁さんを手に入れて幸せだな、このやろう」
「マルガルドさんこそ、お元気そうで何よりです。というか、生きていたんですね。風のうわさでは、お姫様にお手付きをして、お縄になったと聞きましたよ」

 見た目は年季の入った四十代のしぶいおじさんであるマルガルドさん。この私が尊敬する数少ない人だ。マルガルドさんのすごいところは、半年ごとに拠点を変えて各国にある迷宮にもぐっていることだ。そのたびに現地妻を作っているそうなので、迷宮で死ぬより先に女性に刺されて死ぬんじゃないかと言われている。他にも女性関係で色々とやらかしているので、賞金首であり、その額も上から三番目だ。
 本当に、今でも生きているのが不思議なほどのマルガルドさんとの出会いが、鮮明に思い出せる。実に懐かしい。私が低ランクのときは、マルガルドさんのパーティーの後ろを尾行して、モンスターの倒し方や食べられるものなどの技術や知恵を盗んだものだ。危なかったときに助けられた経験もある。
 だからこそ、目の前に賞金という莫大ばくだいなお金が転がっているのに、私もゴリフターズも行動を起こさないのだ。無論、それは相手も承知している。

「俺を捕まえたいなら、軍隊かレイアのようなスペシャルを持ってこいってんだ」
「骨を折りそうなので、勘弁かんべんしてください。それと、そこのお客様!! 従業員へのお触りは厳禁ですよ」

 客の一人が、ゴリヴィエの尻に手を伸ばそうとしていたので止めておいた。ゴリヴィエも当然気づいており、触れられた瞬間に腕ごともぎ取るつもりでいるのだろう。いつでもこいと、身構えている。だが、触る側も相当の実力者で、双方の実力は拮抗きっこうしている。
 尻を触るために命を懸けるその意気込みは認めるが……ここは、そういう店じゃないのでね。

「失敬。そこに魅力みりょく的な尻があったので、紳士として触らずにいるのは失礼だと思ってね」
「「「「「ならば、よし!!」」」」」

 紳士としての所行なら仕方がない。従業員と客、店にいる全員の気持ちが一致した。ここは、紳士と淑女がつどう場所だからね。紳士的な行いならば、止める必要はない。
 ドンドンと再び扉をたたく音が聞こえる。

「お客様だ。マルガルドさん、ゆっくりしていってください」

 入口の小窓から外をのぞいてみると……知らない人たちだ。

「どなたかのご紹介で?」
「いいえ、我々はこういう者です」

 お、名刺だ。えーと、『ゴリフ応援団一同』。……剣魔武道会にいたあの集団か!! まさか、再びあいまみえようとは。十人ほどの亜人集団のようだが、見たことがない種族だな。本来、紹介がない者は入れないのだが、ゴリフターズを陰ながら応援していた者たちを無下むげに扱うのは失礼だ。
 こいつらは、ゴリフの心の美しさが理解できていたと思われる数少ない紳士たちだ。
 扉を開けて中に招き入れた。

「ゴリフリーテ、ゴリフリーナ、団体様のご案内をしてあげて」

 応援団のあこがれのまとであった二人に案内させよう。座席数が少し不足しているが、つめれば大丈夫だろう。

「あら、貴方あなたたちは応援団の……こんな場所にまで来てくれるなんて」
「本当だわ。遠い場所から来てくれるなんて、お代は私たちが持ちましょう。何でもご注文してください」
「うううう、我々のことを覚えていてくださったとは、嬉しさのあまり涙が。そして、お幸せそうで何よりです。ですが、お代の方はご安心ください。これでも我らランクB冒険者。かせぎはそれなりにあります。ここは、男を立てさせてください」

 いいやつらだ。全員が着席して注文したのが――『ゴリフのパンティーセット』。言うまでもなく、パンとティーが運ばれる。それを見た応援団一同は、テーブルにひれ伏して脱力状態になった。
 何を期待したのだろうね。ここは、まともなカフェだというのに。


 そして夕方、一人のダンディーなお客様がお店にやってきた。
 全身をすっぽり覆うようなローブに加え、傷ついているよろいに、深く刻まれたしわと、歴戦の冒険者にふさわしい風貌ふうぼうをしている。護衛もつけずに歩き回るとは……いや、いただろうが振り切ったのだろう。護衛の人たちもこの場所に来ることは分かっているはずだから、あとでコーヒーの一杯でも差し入れに行こう。

「うむ、やっと執務を抜け出せたわい。待たせたな」



 ピッピ(お待ちしておりました!!)
 モッキュ(べ、別に待ってなかったもんね!! でも、お外が暑かったから、冷やし絹毛虫ちゃんを抱きしめさせてあげてもいいんですよ)

 この人こそ『神聖エルモア帝国』の皇帝陛下にして、元ランクB冒険者、ガイウス・アルドバルド・エルモアだ。ガイウス皇帝陛下なくして、今の私はなかっただろうとまで言えるほどの大恩がある。さらに言えば、世界でただ一人の神器じんきの使い手だ。
 ガイウス皇帝陛下が、冷やし絹毛虫ちゃんを抱きしめて可愛かわいがっている。

「お待ちしておりました。二階にて準備はできております。どうぞ、お楽しみください。お飲みものなどが必要な場合には、ベッドの横にあるベルを鳴らしてください。すぐに、係の者が駆けつけますので」

 何名かが、ガイウス皇帝陛下が来ていることに気づいたが、知らないふりをしている。ここは、そういう場なのである。開いた口がふさがらない駄目猫タルトに、案内役と部屋係を務めさせた。そのために雇ったのだ。娼婦しょうふ真似まねごとをしろとは言っていない。亜人の聴力ならば、一階からでもベルの音は拾えるだろう。

「旦那様、お忍びとはいえガイウス皇帝陛下がいらっしゃるのでしたら、先に教えてください」
「悪かった、ゴリフリーナ。あまり公にできないものでね」

 皇帝陛下がこの店で、淫夢蟲を使った夢の中でエロいことを楽しむなど、公にできるはずもあるまい。既に、結婚して子供すらいる身だぞ。とはいえ、ガイウス皇帝陛下がその気になれば、好きな女性に手を出し放題だ。だから、夢で満足するだけの方が健全じゃないか。皇族がポコポコ増えた方が問題だと思う。
 夢の中では、自らの肉体も全盛期に変えられるし、女性の容姿・年齢・性格なども好きにカスタマイズできる。
 それに、私も男だから、ガイウス皇帝陛下のお気持ちは理解できる。
 私以外の男たちだって、理解している。事実、スタンプ景品で男性に一番人気があるのが『淫夢蟲と淫靡いんびなアバンチュール一日券』なのだ。おかげで、生誕祭の最終日には淫夢蟲がフル稼働状態だよ。男ってどうしようもないよね。

「そういえば、旦那様の『蟲』の魔法を周辺諸国に周知されたのは、ガイウス皇帝陛下でしたよね。そのときに何があったんですか?」
「その通りだ。あれは……」

 十年ほど前に初めて参加した生誕祭。私は世の中に『蟲』の魔法を穏便おんびんに広めていこうと画策していた。そして思いついたのが、蟲たちの可愛かわいらしさと有用性を前面に押し出そうとした、この蟲カフェだ。
 その最初のお客様が、何を隠そうガイウス皇帝陛下であった。店を訪れたガイウス皇帝陛下は、蟲たちを見て斬りかかろうとしたから大変だったよ。私の可愛かわいい蟲たちになんてことをするんだと、狭い店内で殺し合いが始まるところだった。
 だが、話の分かるガイウス皇帝陛下。しっかりと事情を説明し、話し合うことで、お互い理解し合えた。まあ、当時は『ウルオール』が特別な属性の『聖』について、各国に自慢していたこともあったので、ガイウス皇帝陛下は私の存在をこれ幸いと思ったのだろう。そんなめがあったのだ。そして、ガイウス皇帝陛下の後ろ盾のもとで『蟲』の魔法が世界に認知されたのだ。
 ガイウス皇帝陛下は、『蟲』の魔法の中でも、蟲を交配させることで新種の蟲が生み出せるところに、興味を持たれた。言い方を変えれば、新種のモンスターを自由に生み出せる魔法と言っても過言ではない。
 しかし、紳士なガイウス皇帝陛下は、悪用することなど全く考えてなかった。それどころか、完全に趣味へと走ったのだ。それが――淫夢蟲である。当時、淫夢蟲を作るためなら何でも支援すると言われたくらいだ。私も若かったので、イヤッホーと快諾したけどね!! そして、即行でガイウス皇帝陛下に連れられて、迷宮下層へ素材となる蟲狩りに出かけたのは、今でもよく覚えている。
 本当に、エロのためなら行動力がある人だわ。

「――と、そんなめだ。結果、ガイウス皇帝陛下が現在二階でお楽しみ中ということだな。ああ、でもガイウス皇帝陛下がここに来ていることは、秘密だぞ」
「だ、旦那様。その~お使いになるのですか? 淫夢蟲を……」
「やっぱり、私たちでは……」

 ゴリフリーテとゴリフリーナの目に涙が。

「ふむ。どうやら、私がどのような男かを再認識させる必要があるようだな」

 二人の口をふさぎ、「今晩、楽しみにしていろ」と小声で伝えると、二人は嬉しそうな顔をした。


     ◇ ◇ ◇


 夜の八時になると、客たちは祭りを楽しむために出ていってしまった。
 そんな中、私はお楽しみを終えたガイウス皇帝陛下とお話し中である。

「ふ~、今宵こよいも最高であったわ。淫夢蟲を持ち帰れればいいのだが……人目があるからな」
「これ以上の小型化は無理ですよ。これでも当初と比べて品種改良によりだいぶ小さくなったんですから」

 本気で欲しいのなら、差し上げても構わない。だが、ガイウス皇帝陛下の私室に淫夢蟲を飼えば、よからぬうわさが広がりそうだ。特に、私がガイウス皇帝陛下を裏で操っているとか、そんなうわさが流れそうで怖い。今ですら、この私がガイウス皇帝陛下の隠し子ではないかといううわさが、あちこちで飛び交っているのに。

「はっはっは、分かっておる。さて、そろそろわしも戻らねばならんだろう。これ以上、王宮を留守にすると、騎士団総出で探しに来そうだからな」

 騎士団もそうですが……外で待っている護衛の人にも、ちゃんと気を遣ってあげてくださいよ。さっき、蟲ダシコーヒーを持って行ったら、「あの~、まだでしょうか」と半泣きで聞かれたよ。

「王宮まで、お送りいたしましょうか?」
「空からの帰宅も悪くはないが、もう少し街を回ってから帰るとしよう。それと、明日は国外の使者を招いての晩餐会ばんさんかいがある。分かっていると思うが……レイアは、参加必須だからな」

 えっ!? 今まで貴族ではあったけど、その手の晩餐会ばんさんかいにはお誘いすらなかったのに、なぜ今更。

「侯爵になったのだから、当然であろう。侯爵になったレイアの顔を知らぬ者が多すぎるのだよ。冒険者としての名声と特別な属性で、名前だけは売れているんだがな」
「言われてみれば、社交の場に出たことはほとんどありませんからね。分かりました、そういうことでしたら参加させていただきます」

 ガイウス皇帝陛下から直々じきじきの参加要請だ。お断りなどできるはずもない。だが、着ていく服がない。今から仕立てて間に合うだろうか。蟲たちとゴリフターズの力を信じよう。

「うむ、期待しておる。なに、壁にでも立っておれば、ありのように人々が群がってくるから飽きることはないぞ。飽きることはな」
「飽きないでしょうが……嫌気がしそうです。それとガイウス皇帝陛下、奥様たちへの機嫌取りに『絹毛虫ちゃん香水』『蛆蛞蝓ちゃんの美容液』などの、女性向けの人気商品詰め合わせをご準備いたしました」
「相変わらず気が利くの……で、儂には何もないの?」

 そう言われると思って準備しております。

「蟲ダシコーヒーを詰めたびんをご用意いたしました。お帰りになってから、お飲みください」
「うむ。それではまた来るぞ、レイア」
「いつでも、お待ちしております。ガイウス皇帝陛下」

 ガイウス皇帝陛下はお土産みやげを受け取り、夜の街へ遊びにいった。護衛の者たちが私に一礼し、すぐにそのあとを追いかける。

晩餐会ばんさんかいね~」

 ゴリフターズには、お声掛けがなかったから、本当に私だけのご指名か。ゴリフターズは、私と違っていい意味でも悪い意味でも顔が売れているので、無理に出るまでもない。
 私は、ゴリフターズを公の場に出すことは極力避けたいと思っている。ゴリフターズの容姿を見て、小馬鹿にするような態度を取る者が少なからずいるのだよ。大っぴらにけなしているわけではないので、こちらも強く出られない。だが、ゴリフターズがとても傷ついて、夜泣きをしているのを見たことがある。
 そんな悲しい思いを二度とさせないために、私一人で行こう。たとえ、ダンスがおどれなくても恥をかくのが私だけで済むなら安いものだ。




  3 生誕祭(三)


 各国の使者を招いて行われる晩餐会ばんさんかい当日。出かけるまでは蟲カフェのマスターとして働く予定だ。その間、ゴリフターズと蟲たちが、社交の場に出ても恥ずかしくない衣装を作ってくれている。
 昨日もフルに働いて、朝から疲れているにもかかわらず、夫である私のために頑張がんばるゴリフターズ。結婚してよかったわ。あっ!? でも、ゴリフ系のメニュー、どうしよう。注文が来ても、今二人は手が離せない。ゴリヴィエもゴリフといえばゴリフか……嘘じゃないが、何か違う。ここは、別の一人を裁縫さいほうに回して、ゴリフを前線復帰させよう。

「ゴリヴィエ、裁縫さいほうは得意かね?」
「無論です。裁縫さいほうと言わず、家事全般から戦闘まで何でもこなせます。むしろ、家事全般が苦手な女性なんて存在しないでしょう?」

 うちの従業員で家事全般が得意だと明言していないただ一人の駄目猫タルトを見た。同じ亜人で性別も同じだというのに、世の中不平等だな。

「わ、私だって一応家事くらいはできますよ!! 迷宮で料理を作っていたじゃありませんか!!」

 いためた野菜やきのこに調味料を振りかけただけのものでも、料理といえば料理だね。

「ゴリヴィエ……迷宮のことだけでなく、女性としての必要技能についても色々と教えてやってくれ。このままじゃ不憫ふびんだ。あと、申し訳ないけど、どちらかと裁縫さいほうをかわってくれないか。ゴリフシリーズの料理は、どちらかがいないと提供できないからさ」
「タルトの件も含めて、このゴリヴィエにお任せください。どこに出しても恥ずかしくない淑女に育て上げましょう」

 この私が直々じきじきにレベリングして育てた後輩が、女性らしいスキルがさっぱりとあっては、紳士の名がすたる。少なくとも、男であるこの私より家事全般の能力が低いのは絶望的だ。


 ――というわけで、準備も整って時間になり、いざ晩餐会ばんさんかいに……行こうと思った矢先、重大な問題に気がついた。

晩餐会ばんさんかいの会場って、どこだっけ。それに、招待状も持っていない。さらに言えば、時間も夕方だと思っていたけど……よく考えれば、詳細を何も聞いていない」

 ガイウス皇帝陛下から口頭で伝えられただけの情報しか知らない。
 この規模の晩餐会ばんさんかいともなれば、招待状を持っていないのはよろしくない。そんな怪しい客は、晩餐会ばんさんかいの会場ではなく、牢屋に入れられる。もしかして、領地の方に招待状が届いているかもしれないが、それを確認する時間的余裕はない。
 この際、招待状とかはどうでもいい。たとえ王妃の寝室であろうとも、私が侵入できない場所はないのだ。最悪、勝手に侵入してガイウス皇帝陛下を見つけてから、とりなしてもらおう。

「ご安心ください。もとより私たちが出席する予定であった晩餐会ばんさんかいです。場所も時間も把握はあくしております」
「パーフェクトだ、ゴリフリーテ。さすが、私の妻だ」

 旦那が忘れていたことを完璧にフォローしてくれるあたり、できる女は違う。

「いえ、この程度お安いご用です。しかし、馬車の手配までは間に合わず……」
「馬車? 別に歩いてでもよくない?」
「いけません!! 晩餐会ばんさんかいの会場では、国外の使者だけでなく、国内の有力な貴族たちもたくさん来られるでしょう。そこに歩いてくる者などおりません。皆が家紋を入れた、ぜいを尽くした馬車で来るのが通例なのです」

 馬車ね~。執事のべレスが作ってくれた、貴族の必需品リストに載っていた記憶はある。だけど、維持管理費が馬鹿にならないので、用意はしていなかった。日常的に使わないものにお金をかけるのは、もったいないと思ってね。
 あと、家紋……今更ながら、ヴォルドー家の家紋が思い出せない。そもそも、いつ誰が決めたのだ。

「馬車がないのは、こっそり会場に忍び込めば誤魔化ごまかせるだろう。中でガイウス皇帝陛下を見つけるか、さり気なく会場にいる客人に交ざれば問題ない。隠密行動はこれでも得意でね。……で、恥かしながら、ヴォルドー家の家紋ってどんなの?」
「執事のベレスからは、旦那様がノリノリで描いて、コレしかないとガイウス皇帝陛下に提出なさったとうかがっております、今、着ておられるお洋服の胸元に家紋を入れております」

 家紋を見てみると、だんだんと思い出してきた。
 ガイウス皇帝陛下に度数の強いお酒を飲まされて、意識が混濁こんだくした状態で描いた家紋だ。地球原産の細菌兵器のマーク。まさに私にぴったりだろうと思って、提出したのだ。危険物的な意味では、あながち間違ってはいない。

「思い出した。ヴォルドー家の家紋は、コレだった。男の子だもんね、かっこいい家紋にあこがれるのは仕方がない。私は決して悪くない。では、行き先のメモももらったし、軽く走ってくるわ」

 いや~ほんとに、この家紋が何を意味しているか、ゴリフターズが知らなくてよかった。

「私たちが、しっかりと店番をいたしますのでご安心を」
「本来であれば、私やゴリフリーテも参加すべきなのですが、お気を遣っていただきありがとうございます」

 背伸びしないと届かない二人の頭をナデポして、「大丈夫だ」と声をかけてから出立した。


     ◇ ◇ ◇
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