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1章 徒然クラッシャー、現る
2話 いや、無理。というか誰だよお前!
しおりを挟む「灰色の髪の方!! 僕を弟子にしてください!!! 」
昼間の酒場で金髪碧眼の十代程の身なりの良い美青年が、似たような年頃のしかし、ロクでも無さそうな冒険者に頭を下げながら弟子入りを迫る。そんな光景を見たことのある者は中々いないだろう。少なくともこの酒場にはいなかった。
というわけで、───何がというわけ、なのかはわからないが──驚く程ここに居る全員の行動は一致した。つまり、灰色の髪の方、セオドアの方をぎ、ぎ、ぎ、と首を動かしながら見たのだ。何なんだこいつ? さっきから面倒事引き起こしやがって! と思っているに違いない。
「……………………俺? 」
流石のセオドアもこの視線は無視できなかったらしい。
たっぷりと間を開けてから問いかける。
「はい! そうです!! ずっと探していました! 僕はあの日からあなたを忘れることができません!! 」
真剣そのものといった表情で美青年が答える。
「無理」
「そんなっ! 酷いっ……どうして……どうしてですかぁっ⁉ 」
「めんどくさい。それに俺ただのD級冒険者だし。弟子とか取る予定ない。後めんどくさい」
要するに面倒なのである。
「っ……」
そして、セオドアは一番疑問に思っていることを言う。
「というかさ、お前誰だよ? ………初対面だよな? 」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そっ、そんなっ……覚えられてなかったなんて……あんなに優しくしてくれたのに……僕に喜びを与えるだけ与えておいて、あなたは僕のことを忘れてしまったのですね? ……………あなたにとって僕は、ちょっとそこにいたから相手をしてくれただけの…只それだけの関係だったんですね? 」
瞬間、美青年がポロポロ涙を零しながら膝から崩れ落ちる。理不尽なものである。イケメンは涙流そうと鼻水垂らそうと様になるのだから……。
それよりもセオドアにとって大事なのはこの話の雲行きが怪しくなってきたことである。
この美青年の台詞だけ聞くと、完全に痴情のもつれである。わざとだろうかと思ってしまうほどだ。
何言ってんだこいつ?である。
「……兄ちゃん、責任とってやれ。一度手を
出しちまったなら最後まで面倒を見てやるんだ。それが漢ってやつだろ? 」
店主が静かに告げた。完全に何か勘違いしている。それまでセオドアの事を不安気に見ていた客たちも、重々しく頷く。……見事なシンクロだ。
皆勘違いしている。恐らく彼らの頭の中には数々のありもしない物語が繰り広げられているのだろう。
セオドアには全く覚えの無い物語が…………。
(俺が何をしたって言うんだ……)
まるで自分は何も悪い事をしてないかのように考えているが、今日は一人男を沈め、店の客を恐慌状態に陥らせている。……まぁその沈められた男も自業自得だが。
すると突然、美青年を援護する声があがった。店中からだ。
「金髪の兄ちゃん頑張れ!! 」
「かわいそうだろー! 」
「もっとちゃん話聞いてやれよー!」
「「「「頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! 」」」」
店内を味方につけた美青年が更に迫る。
「お願いしますっ!!! 一生貴方についていきます! 僕の全てを捧げます!!! 」
「「「「おお~~~!!!!! 」」」」
「よく言った兄ちゃん! 」
「これだけ言えば、流石に認めるだろう」
「頑張ったな! 」
(何がどうなっているんだ……)
セオドアは考える。この美青年の口振りからするに、自分は彼に何か親切を働いたのだろう。しかし全く覚えていない。
幾ら他人に興味が無い自分でも、こんな目立つ人間、そうそう忘れない。何かの勘違いだろうか?
というか、誰だよこいつ。名乗れよ。
それにしてもかなりの人望だ。店の客を見ると、遊び半分では無く、真剣だ。真剣に、この美青年の事を応援している。そして変な勘違いをしている。やめてくれ。
天使の“愛”でも与えられているのだろうか?
というか、なんで弟子入りを迫ってくるんだ? ……もしや、この前の“アレ”だろうか?だとしたら不味い。“アレ”、が見られたのか⁉ それは、とんでも無く不味い。最高に不味い。
例えるならば、この世界で一番強い力を持つ宗教、『創神教』の 唯一神像を、叩いて蹴って、落書きをしているのが見つかるくらいに不味い。
そんなことしないけど。
もしも、“アレ”がバレたら確実に袋叩きだ。生きて日の目を見ることができなくなるかも知れない。
いや、確実に消される。物理的にも、社会的にも。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい
(いや、落ち着け俺……勘違いの可能性に賭けろ)
動揺を悟られるな、何でもないように、落ち着いた調子で言え。自分に言い聞かせるように心の中でセオドアは呟く。
「誰かと見間違えたのではないか? 俺のような髪色の人間は幾らでもいるし、俺は本当にしがないD級冒険者だ。あと、すまないがお前に見覚えがない。」
俯く美青年、何かを堪えるように震え、暫くすると、ゆっくりと顔を上げた。
美青年の顔は悲しげに歪み、碧い瞳には涙が浮かんでいた。
「そう……ですよね、僕、なんか、覚えて、いませんよね…………。すいませんでした。おさわがせしてしまって……迷惑をかけてしまって……さようなら。皆さんも、ごめんなさい。でも、応援、していただけて、嬉しかった、です。ありがとう……御座いました。」
涙声で途切れ途切れに言葉を紡ぐ美青年。
周りの冒険者たちにも頭を下げると、美青年は酒場から出ていこうとする。
その姿は雨の日に捨てられた仔犬のようで、見る者の同情を誘った。
「っ! 諦めんな!! 」
「一緒になりたいならなぁ、ずぴっ…そんぐらいで諦めんなよ! ぐすっ…もう一回、もう一回、チャレンジしろよ!! 」
「俺たちゃあ、兄ちゃんの味方だぜ! 」
「あの灰色髪、鬼かよ⁉ 」
「血も涙も無いのかよ!! 」
「かわいそすぎるだろ! 」
どんどん拗れて行く。どうしてくれようかこの事態。
セオドアがどんどん悪者になっていく。
今、この酒場は確かな一体感に包まれていた。
中には涙を流している奴もいる。
ちなみに、店主もその一人だ。
無愛想でクールなイメージは最早無い。
それに、セオドアを見る目は先程の恐れを含んだものではない。一人の青年を玩び、捨てたクソ野郎を軽蔑するものへと変わっている。
(う、うわぁ、面倒くさい……)
この美青年の人望に空恐ろしいものを感じる。
たった数人ではあるし、集団心理的なのもあるだろうが、店中の人間を完全に味方につけてしまった。
このノリでドラゴンにだって立ち向かっていきそうである。
……別にこの連中にどう思われたって気にならない。
もっと酷い勘違いをされたこともあるし、もっと傷付く誹りを受けたこともある。
しかし、これが噂となり、活動に影響を及ぼす可能性を考えると下手に動けない。
だが、ここで安易に弟子入りを認めるのも宜しくない。色々面倒に巻き込まれそうである。
(…よし、決めた)
取り敢えず、判断をここで下すのはやめよう。
この先は周りのご想像に任せる感じにするんだ。その方向に持っていくんだ。
「ま、まぁ取り敢えずここで話すのもなんだし、オレの宿に来ないか? もしかしたらお前の事を思い出すこともあるやもしれん。」
「あ、ありがとうございます! 」
先程とは打って変わって顔を輝かせる美青年。
「よかったな!! 」
「ここからが正念場だぜ! 」
「ずぴぃっ……これからも応援しているからな!!! 」
「そうだそうだ!! 」
どうやらこの判断は、彼らのお気に召したようだ。
後はさっさと出ていくのみ。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 」
美青年も顔を紅潮させ、周りとセオドアに礼を言っている。
「いいってことよ! 」
「しっかりやってこいよ!! 」
「「「「頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! 」」」」
「また会えたら! また会えたなら、いい報告が出来るように頑張ります! 」
なんだか物凄いことになっている。ここが錆びた酒場でなければ、凄い見物人だっただろう。
「ほら、さっさと行くぞ」
「はい! 」
早くここを出ていきたい。引っ張るようにして美青年を連れて出る。
酒場からはまだ美青年への激励が聞こえてくる。
(それにしてもなぁ……)
誰だ? こいつ。
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