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第一章 森林の妖精達
11話 アーシェの教育②
しおりを挟むルシアンは久しぶりに騎士時代に愛用していた長刀を、腰に佩いていた。標準の成人男性より少し背が高く、戦闘系の適性を持たないルシアンには、重く短い剣よりも長くて軽い刀の方が好みだった。
「じゃあ行こうか。大丈夫だと思うけど絶対に僕の前は歩いたらダメだよ?」
「ルシアン様……かっこいいです……」
ルシアンの佩刀した姿を見たアーシェは、柔らかく笑って癒し力で褒め殺してきた。
アーシェの二日目の教育は、ラクシャク東部に存在する森林地帯での菜草の採取である。アーシェの本命は、菜草の研究にあった。
珍しい菜草や高価な菜草。それに加えて可能であれば、ミーリス領でしか採れない菜草を使ったモノを特産品にしたいのだ。
平和な世の中になったことから、美容系や健康系の商品は特に重宝されると考えていた。
「アーシェはどんどん菜草の識別をしていってね。欲しい菜草があれば僕が採ってくるから教えてね」
「はい。ラクシャクの森はすごいですね。こんな浅層に、もう薬草がたくさん生えてます」
おそらくアーシェの目には、薬草の倉庫の様に見えているのだろうと推測した。ラクシャクには薬草の採取をする人はいない。薬師はあくまで薬草を買って薬にする仕事なのだ。その上、民の高齢化のせいで森に入る人もいない。ルシアンですらどの様なものが、植生しているか把握できていないのだ。
「ルシアン様……」
「ん? どうしたの?」
森に入って三十分ほど歩いたところで、アーシェがルシアンの服の裾をつんつんと引っ張った。
「あの植物! 名前はわからないんですけど、多分身体にいいと思います!」
「……アーシェは天才だ! 採ってくるね!」
アーシェに教えられた植物はどこからどう見ても雑草だったが、引き抜いた時に一種の確信があった。根っこが丸く根菜のように発達していたのだ。
植物は種類によって栄養を蓄える箇所が違う。実をつけるものや、茎や花に効能があるものとさまざまだ。そしてこの雑草は根に栄養を蓄えているのだ。ルシアンも見たことのない根菜だった。
「アーシェ採ってきたよ! これ見てみて」
「うわぁ……根元の方から力を感じてたんですけど、根菜だったんですね!」
「根っこが使える部分?」
「効果はわからないですけど……そうだと思います!」
ルシアンはその場で用途を考えていたが、アーシェはどんどん奥へと行きたいようだった。
アーシェは張り切っている。その理由はおそらくご褒美にある。アーシェには昨日のご褒美が思いのほか好評だったのか、二時間の森林探索で見つけた有用な菜草一つにつき、五分のご褒美を要求してきた。
アーシェが今おこなっていることは、富を気付ける可能性を秘めているというのに、あまりにも可愛らしい要求だった。
(僕まずいかも……三人に家買って! とか言われても悩みながら買っちゃいそう……)
それほどまでに三人には期待していた。家を買ってもそれ以上の価値あるものをルシアンにくれると思ってしまうのだ。
「アーシェ、今日はここまでにしとこう」
「……はい」
時間的に頃合いと見たルシアンは、切り上げることを伝えたが、結局有用な植物は根菜一つしか見つからず、アーシェは萎《しぼ》んでいた。
「ご褒美は一種につき、十分でいいんだよね?」
「ッ……え?」
「あれ違った?」
「……ち、違います! さ、三十分でした!」
(思い切ったぁッ! これは流石に甘やかしすぎだね。ちゃんとしなくちゃ。)
萎んでいた花を咲かそうと本来五分のご褒美を二倍の十分に引き上げたら、アーシェは一瞬で六倍の三十分を要求した。これはやりすぎである。
「アーシェ? さんじゅ——
「ダメですか? ルシアン様……」
「……ごめん三十分だったね!」
ルシアンはクソ雑魚だった。男、女、敵兵、貴族には対等だったルシアンも生徒には勝てなかった。
(むりむりむりぃ! 二十五歳元騎士! 生徒のためなら家でも買っちゃいます!)
「ルシアン様! いっぱい取れましたね!」
「そうだね……教育で使う分だけ残して、後はメリック婆さんのとこに卸そう」
すっかり元気になったアーシェと負けたルシアンは、帰り道にナール草やミグリス草を採って帰った。
そしてその薬草は、ラクシャク一番の薬師であるメリックのお店に卸すことにした。その売り上げはアーシェのお小遣いや、借金の返済に当てられる。
アーシェは金貨三枚の借金がルシアンにあるが、この分だとすぐにでも返済が終わりそうだった。
◇
薬草を卸した後、二人は教育施設の大部屋で名も知らぬ根菜と向き合っていた。
「アーシェはこれが何になると思う?」
「……毒はないので、食べることはできると思います!」
ルシアンは悩んでいた。食べたところでどのような効果が出るのかを確かめること——実験が必要なのだ。
ただ効能がわからないことから、どのような状態の生物を用意していいのかわからない。そもそも実験体も用意できていないのだ。つまりはルシアンとアーシェが生贄になるのが、一番手間がかからず楽なのだ。
しかし万が一があった場合、深刻な損害を出すこととなる。それにその根菜の見た目は、あまり食欲をそそられるものではなかった。茎と葉の部分は極々普通ではあるが、丸い根の部分は紫がかっているのだ。
「とりあえず擦り潰したものと煮沸したものを用意しますね!」
「うん……よし! 一つは僕が毒味するよ」
ルシアンは覚悟を決めた。この世にあるすべての美味しい食べ物は、初めて口にした勇者の存在によって発見されたものだ。その勇者になれるのなら、喜んで踏み込むべきだと判断した。アーシェによって毒がないことだけは信じれる。
「ルシアン様……無理してませんか? それに毒味なら私が……」
「いや! 僕がやりたいんだ! アーシェ、もう一つは塩茹でして欲しい」
「……はい」
アーシェは不満そうだったが、ルシアンがやりたいと熱意を伝えたことにより、それ以上は何も言わなかった。
「ルシアン様……できました」
「うん! ありがとう!」
「やっぱり……やめと——あぁッ!」
時間を置けば決意が薄れると判断したルシアンは、アーシェから受け取ってすぐにポリポリと根菜を食した。
エドワードに騎士になるようにと言われたからといって、二十五年も適性検査を受けず、騎士を十年も続けた男の決断力は伊達ではない。
「……んーちょっと苦味があるけど普通に美味しいと思う」
「本当ですか? どこか体に異変は……」
アーシェから渡された水を飲んだルシアンは、その後、擦り潰したものを肌に塗ったり、煮沸した汁を飲んだりしたが、特に何の効果も現れなかった。
結局、新種の根菜の効能は、わからずじまいとなり、ただの食用か健康食品である可能性が高いと推測した。
「でも食べて美味しいことがわかっただけでも大きいよ! 毎日食べることができるからね!」
「え? ルシアン様は、毎日あの根菜を食べるんですか?」
ルシアンはアーシェを信じている。アーシェはあの根菜を身体にいいと言ったのだ。
「健康に関するものだとしたら、継続的に摂取することによって効果が出るからね!」
「じゃあ私も食べ続けます! 絶対です!」
そう言ったアーシェからは、確固たる意思を感じた。しかしルシアンはちょうどいいと思った。人間の男と女で実験できるということだ。
「それじゃ期間は……とりあえず次の教育まで! 一日、一つ食べよっか!」
「はい! ルシアン様と毎日同じものを食べます!」
こうしてアーシェの二日間の教育は終了した。アーシェは次の教育までの期間は、薬師メリックの薬局で手伝いをしながら過ごすことになる。
「アーシェ、二日間お疲れ様」
「るしあんしゃまぁ……んふっんふっ」
ルシアンの両手に顔を包まれて、親指で頬を撫でられているアーシェは完全にとろけていた。その姿にルシアンは癒されていた。次のアーシェの教育は六日後である。
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