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第一章 森林の妖精達
25話 ウルスラの教育④
しおりを挟むウルスラに新事業を渡すことを決めたのには、いくつかの理由があった。
一つは飼育士としての適性を持ち、魔物と心を通わせる事ができる事だ。
これは魔物と触れ合うことを商売とする上で、最優先かつ替えが効かないウルスラの大きな強みである。
二つ目は、いずれアーヴィス商会という大商会を築いていた実績があるウルスラの家族に、事業を取り仕切ってもらいたいからだ。
未だかつて前例のない魔物喫茶を本業の商人に任せる事ができるのは、ラクシャクにとっても助かるのだ。その上で、家族と暮らしたいというウルスラの望みも叶えることもできる。
そして三つ目がウルスラには商人としての才能があると感じているからだ。
魔物喫茶を立ち上げて見せたウルスラは面談時に『甘やかされてきた無能』と自身を称した。しかし蓋を開けてみれば、最も手のかからない生徒はウルスラだった。
魔物喫茶という新事業を立ち上げるにあたってウルスラに教えたことは、桃羊というかわいい魔物の詳しい知識を授けただけなのだ。
「ねぇせんせっ……ぎゅうってして?」
普段は甘えたがりの生意気な小悪魔であるが、美しいのに人懐っこいという魅力は、人の心に入り込みやすいということだ。これも商人としては破格の能力だろう。
「せんせっ……においすきぃ……こっそり……ちゅうしちゃおうよぉ」
「はいはい。アーシェに聞かれたら後が怖いよ?」
教育施設に帰って休憩をとっている間に始まった甘えたがり状態のウルスラをあやす。
ルシアンは抱きつくウルスラのサラサラの黒髪を撫でながらもさらに思考を深めていく。
おそらく三人の生徒は『適性の呪縛』を突破している数少ない人物なのではないかとルシアンは考えていた。
アーシェは『菜草士』でありながら『薬師』として調合できる領域にまで到達している。
ベルは『体術士』でありながら『槍術士』として騎士の領域にまで到達している。
ウルスラは『飼育士』でありながら『商人』として新事業を立ち上げてみせた。
アーシェもベルもウルスラも、ルシアンの支援があったとはいえ、適性外の職業で結果を残しているのだ。
それはまるで——ルシアンのようだった。
適性が『教育者』でありながら『騎士』として活躍していたルシアンと状況が似ているのだ。
これが『教育者』としての効果なのか? そもそも適性とはなんなのか? 適性検査の水晶とはなんなのか? そこまで考えたルシアンは、頬に柔らかな感触を感じて現実に舞い戻った。
「せんせっ……隙だらけだよぉ?」
「ッ……ウルスラ?」
耳元に熱い吐息を感じて視線を向けると、頬を染めたウルスラが色気のある笑みをルシアンに向けていた。
「構ってくれないから、ちゅう……しちゃった!」
「……一応、教育中だよ?」
明らかに普段と違う女性の雰囲気を纏ったウルスラに、鼓動が早まっていたルシアンは冷静を装って誤魔化した。
「もう休憩は済んだみたいだし、屋敷にいくよ!」
「えぇー、かわいい生徒が初めてのちゅうしたのに冷たいよぉ……せんせぇ」
「……かわいい生徒は教育中に、先生を襲ったりなんてしません!」
小娘に鼓動を高鳴らせたことに軽く敗北したような気持ちになったルシアンは、そっけなくウルスラから離れて屋敷へと向かった。
(これヤられる……あまりにも三人が成長するのが早すぎて、僕の方が対応できなくなってきてる……せめて王都に行くまでの数日は耐えなきゃ……)
ルシアンは焦っていた。おそらく三人は近いうちに借金を返済し終わり、奴隷ではなくなる。そうなれば三人を縛るものは何もない。
三人を幸せな形でラクシャクに沈めたいルシアンは、それまではぐちゃぐちゃにされるのを耐えたかった。
奴隷という愚かな制度に拘束されている状態ではなく、市民となって他人と触れ合ってほしいと願うのが、教育者としての正直な気持ちだった。
一人の男としては三人と添い遂げたい気持ちが芽生えつつあるが、その反面で幸福製造機としては、他の男との未来を奪ってしまうのではないかという恐れもある。様々な一面を持ったルシアンは葛藤していた。
◇
ミーリス男爵家の屋敷では、新事業についての話し合いが行われていた。
「ふむ。魔物喫茶のおかげでじわじわと来訪者が増えているのは事実だ」
「セルベリア伯爵夫人もすごく楽しみにしていたわよぉ!」
エドワードとマリーダは魔物喫茶によるラクシャクへの影響力に満足しているようだった。
「では、ウルスラの借金の返済も順調ですか?」
「順調だな。このままいけば、早々に市民権を獲得することになるだろうな」
「三人とも恐ろしいほどに早かったですね……」
ルシアンは笑うしかなかった。
アーシェはすでに金貨三枚を完済しており、市民権の手続き待ちの状態である。
ベルは黒刃狼の報酬金もあり、お小遣いもほとんど手をつけていないようなので、そのうち金貨七枚を完済するだろう。
そしてウルスラも金貨五枚を近々完済すると言う。
奴隷制度というのが、どれほどまでに愚かな制度なのかを証明していた。
「……これは愛の力ですよぉ!」
「まぁっ!ルシアンは幸せ者ねぇ」
盛り上がっている女性陣を放置して、ルシアンは今後の展望を考えていた。
(早すぎる……一年どころか一月も経ってない。これからもっと忙しくなるとはいえ、完済までが早すぎる。彼女達が特別なのか、教育者の適性が破格なのか、ミーリスが宝の山だったのかわからない)
ルシアンは三人が借金を完済してからも、しばらく様子を見るつもりではあったが、理由がわからない以上、次の生徒をいつ引き取るべきか悩み続けていた。
「……何か悩み事か?」
「……うまくいきすぎて困ってます。アーシェ、ベル、ウルスラのように短期間で奴隷から解放できるのなら、奴隷の引き取りを一年ではなく、半年に早めてもいいのではないかと悩んでます」
ルシアンは真剣な口調で悩みを吐露したが、他の三人は困ったような表情をしていた。
その中で口を開いたのは、マリーダだった。
「ルシアンほど賢くても、人の感情を完璧に理解することはできないのね……いい? 私が母親として責任を持って答えの手がかりを教えてあげるわ」
マリーダの雰囲気はどこか刺々しく、まるでエドワードがルシアンを叱る時のような話し方だった。
「彼女達は特別だったのよ。ルシアンは感じないの? あなたは愛されてるのよ……賢いあなたはこれだけで理解しなさい。これ以上は、私が言うことではありませんから」
マリーダのその言葉を聞いてハッとしたルシアンは、ウルスラへと視線を向けた。
「抜け駆けは禁止って言われてるの……」
目があったウルスラは少し気まずそうに、呟いてルシアンから目を逸らした。
「……ちゃんと理解しました。ありがとうございます母上」
「……いいのよ? ナイラちゃんも同じように悩んでたわ。いずれバルドルも同じ壁にぶつかるでしょうね」
ナイラは結婚しているが、バルドルはまだ独身だ。つまりはそういうことなのだ。ナイラもバルドルもルシアンも、ミーリスに生きる人々に触れて人間になったが、元は貧民街の愛を知らぬ獣だ。
いくら賢くなろうと、立派になろうと、自身の根源である愛を知らぬ獣の部分を消し去ることはできないのだ。
しかし今は意識すれば理解はできる。ルシアンは愛されていることを理解した。アーシェもベルもウルスラも、ルシアンへの深い愛情で死に物狂いで努力をして、急速な成長を遂げたのだと理解した。
三人はまさしく特別な想いを糧に成長したのだ。そして愛を知らぬ獣は、三人の生徒にソレを教えられたのだ。
「……話は終わりのようだな。思わぬ収穫があったのは、ルシアンの方だったな。ソレは私とマリーダでは与えられなかったものだ。大事にしなさい」
ルシアンは親がくれる無償の愛とは違う、名前の知らない愛を三人の生徒に教えてもらった。
「はい。父上……ウルスラ送って行くよ」
「はぁい。お父様、お母様、またきますねぇ!」
そうして二人は屋敷を後にした。
「先生? 顔がふにゃふにゃだよ?」
「僕はね……理解してしまうと深みにハマってしまう性格なんだよ」
「……どういうこと?」
「賢いのも考えものだってこと」
教育施設までの道すがら、ルシアンとウルスラは言葉遊びをしていた。
ルシアンはすでにウルスラのことを生徒として見ていない。アーシェもベルもウルスラも、愛を注ぎ続けてくれた女として考えていた。理解してしまうとダメだった。
彼女達の努力の仕方と成長速度は異常だった。それはルシアンへの愛情の大きさとも言える。その姿を間近で見ていたルシアンは、今の自身の感情をなんと表現していいかわからなかったが、胸にじんわりと広がる甘い痛みを心地よく感じていた。
「じゃあせんせっはい! ごほう——えぇっ!」
教育施設に着いてご褒美を要求したウルスラが全てを言い切る前に、ルシアンは強く抱きしめた。
「せんせっ……ちからつよっ……せんせっ」
(もう僕の教育はおしまいだね……逆に僕が教えてもらうなんて……)
この日、ルシアンは生徒へのご褒美ではなく、初めて自身の欲望に従ってウルスラを強く抱きしめた。
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