群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

文字の大きさ
4 / 147
序章    ――別れと、出会いと、――

つばさ2 『家族の絆』

しおりを挟む
【つばさ②】
 大きなカエルを潰したようななき声が響く。
 私に気が付いた灰色の猿はメルビルラビットをバリバリ音を立てながら食べつつ、立ち上がった。

 その背丈は二メートルくらい。大人の人よりちょっと高いくらいだけど、その高さの半分を顔がしめている。頭の部分が胴体よりも大きく、アンバランスなことこの上ない。
 手も同じように広く、白目しか見えない目と合わせ恐怖感を演出していた。
 シッポがやけに長く、体の二倍程あるそれをユラユラと不気味に揺らしている。

「あ、はは、お食事中、ごめんなさいねー」
 失敬、失敬と後ろに後ずさりする。後ろを見せたら駄目だ。一瞬でポッキリされる自信がある。

 また、カエルを潰したような音が猿の喉から聞こえてきた。
 もはや耳しかないメルビルラビットをポイと放り投げる。新しい獲物、見つけちゃったぜ、って顔してますね。

「えーっと、ご飯は残しちゃ駄目だと思うなーほほほほら、まだ耳が残ってるよ。耳が美味しいんだよ」
 私はとにかく喋りながらこの局面をどうするか頭を回転させる。


 元いた世界の知識でなにか……
 ……熊か。熊に遭遇パターンか。

「うぐっく、苦しい……ぎゃああああ」
 必殺、死んだふり--しようとしたところで猿が大きく腕を振り回してきた。
 すんでのところでそれをしゃがみ避ける。元いた世界の知識、役立たずだ。

「そもそも私普通のJKだったんですけど! こんな状況どうしろ--きやぁぁあああ!」
 猿の手が大きく振り下ろされバツーン! バツーン! と地面にめり込む。それを私は紙一重で避ける。
  唯一の救いがこの猿、動きが鈍いことだ。六歳の身体でもなんとか避けることができる。

 私は猿の両手に集中し、いつでも避けられるように足に力を込める。
 ……猿の左手が動く! 右足に力を込め横に飛ぶ。
 瞬間、意識の外側から黒い筋が――。風を切り裂き私に襲いかかる。

「っ! がはっ」
 猿のしっぽがうねりを上げ、私の体をはたき落としてきた。
 鞭のような甲高い音が森に響き、地面に叩きつけられる。

「ふ、フェイント……?」
 マズイ、マズイ、これ、 ほんとマズイ。胃の中の物を出しながら考えるがまとまらない。

 とにかく動かないと、動いて距離を取らないと。
 自分の体を無理矢理動かす。四つん這いになったところで再び猿のしっぽがムチのようにうなり、体を直撃する。
 私の体が軽かったのもあり、宙を浮き回転して背中から地面に叩きつけられた。
 猿は勝利の雄叫びを上げ私に近づいて来る。

 もう、嫌だ。六歳の女の子なんて勝負になる筈もないよね。
 木陰から太陽が見える。眩しい。あれ? 暗くなった。……え?

 上空の太陽がなにかに遮られた。真っ黒い影。そして風を切る音。


 なにかを感じ取ったのか、私と距離を取る猿。そして、私と猿との間にそれは降り立った。

「……フィリー」

「ノエル……ごめん」
 黒い翼で隠れているが、泣いているようだった。足も震えている。怖いのだろう。当たり前だ。
 一緒に六年間生きてきたから分かる。フィリーに、この大きな猿と戦える力なんてない。鷲の羽根が生えているだけの、ただの意地っ張りな六歳児だ。

「フィリー……なんで? 危ないよ、来ちゃ駄目だよ」

「……いやだ」

「フィリー、逃げて、お願い」

「……嫌だ」
 灰色の猿は乱入者の力量を図っているようだ。ハアハアと荒い息を立てフィリーを見ている。

「フィリー聞いて、今なら逃げられるから、お父さん呼んで来て」

「いやだ! ノエルと一緒に帰る!」

「我が儘言うな!」

「わがままじゃない!」
 威嚇と勘違いしたのか、灰色の猿も大きく叫び声を上げる。
 それに負けじとフィリーは声を荒げ、叫んだ。

「ノエルを絶対助ける。僕は……お兄ちゃんなんだ……男なんだ!」

フィリーは叫び声を上げ猿に突撃する。
猿の方も負けじと手を振り上げる。またあの大きな手で地面をスタンプする気か。
と思った途端、猿のシッポが激しく揺れた。

「左! シッポーーーー!」
 私は大声でフィリーに呼びかける。私の時と同じように鞭のように振り下ろされるシッポ。
 猿の手に意識を集中していたフィリー。
 だが私の叫びにすぐさま反応し、咄嗟に--猿の懐まで一気に距離を詰めた。
バツーン! と衝撃と共に地面にめり込む手。空を切る尻尾。そして、がら空きの顔と胴体。そこにフィリーは思い切り爪を立てた・・・・・

「かぎづめ……なんで?」
 フィリーは猿の胴体に刺さった自分の鉤爪を勢いよく上に持ち上げる。切れ味鋭いその爪はなめらかに流れていき、猿の顎まで達した。
 絶叫を上げる猿。
 けれど傷事態は浅かったのだろう。血は余り出ていない。

 猿がフィリーに掴みかかろうとする。けれど、フィリーはそれを察知し、背のつばさをひろげ上空に飛行してそれを避けた。
 けれど、フィリーの反撃はそこまでだった。

 猿も一緒に飛び上がったのだ。

「なっ!?」
 フィリーは慌てて向きを変えようとしたが、遅い。猿の大きな手に捕まる。そして、地面に降り立つと絶叫を上げ大きく口を開いた。かじりつく気だ。

 今しかない!
 私はその瞬間を待っていた。片手が輝く。
 爆音が響き猿の口に火炎が広がる。猿は慌てて口の火を消す為にフィリーを手放す。フィリーは気絶していた。

「美味しいでしょ? 真心込めて作ったんだから」
 火炎弾。忘れていた訳じゃないよ。小さな頃から練習してきたから分かっていた。あの猿の皮に通じる威力ではないと分かっていた。けど、あの無駄にでかい口の中ならあわよくば倒せるダメージを通るんじゃないか。

 ……なんて思っていたわけだけど。

「そんなに甘くないかー……」
 猿は舌をベロベロと舐めつつ、立ち上がる。真っ白な目に明らかな怒りを含んでいた。

「普通さ、動物って火怖がらない? ほら! 怖いよ! 私に触ると火傷するよ!?」
 手からボンボン炎を出す。だが猿は全く動じない。……どころかジリジリと近寄って来る。

「コレって……まずいかも?」


 どこからか、ヒュンと風を切る音が聞こえた。猿も私も一瞬だけ上空を見上げる。
 そう、見上げたのは一瞬だった。
 視線を戻すと、猿から沢山の真っ赤な羽が生えていた。

 猿自身、自分の体になにが起こったのか分からないようだった。慌てて羽を擦り落とすとそこから血がダクダクと噴き出してくる。
 そんな猿の前に深紅が立っていた。音もしなかった。赤色という目立つ色合いなのに、気が付けばそこにいた。

「……俺のガキが迷惑かけたな」
 その深紅の男。お父さんは私が一度も見たことのない怒りに包まれていた。
 猿への挨拶は済ませたとばかりに動き、フィリーに近寄る。のど元に爪を当て安心したように笑顔を見せた後、私の方を向く。

「フィリーは大丈夫だ。お父さんが終わらせてくるから、ちょっと待ってなさい」
 そう言ってスタスタと猿の元に歩みを向ける。

 猿が大きく手を開き威嚇のポーズを取る。その瞬間両腕が地面に落ちた。

 猿の前を歩いていた筈のお父さんの姿は、瞬きの内に消えていた。
 そして猿の首が--落ちた。お父さんは猿の背中から片手の爪で首を落とし、もう片手で心臓を突き刺していた。


 猿は自分になにが起こったのか分からないまま絶命した。

「す……凄い。お父さん強い!」
 鉤爪についた血を拭うお父さんに心からの賛辞を送る。グリフォン種超つよい。ただの臭くて痛いだけの人じゃなかった。

「ノエルぅうう心配したぞおおおおお」

「うぐぅ!?」
ビュンと飛んで来たお父さんに抱きかかえられる。衝撃でまたリバースしそうになる。

「遠くに行っちゃ駄目ってあれだけ言ったじゃないか! お父さん家まで探しに行っちゃったぞぉおおおお」
 グリグリと顔と頭を擦りつけられる。ゴワゴワしてて痛い。

「ちょちょ、落ち着いて! お父さん!」

「だーめだ! 落ち着いていられない! 帰ったらお母さんと一緒にお説教だからな! あっその前にお父さんとお医者さんところに行こう! フィリーも一緒にな! フィリーぃぃぃぃい! 可愛そうに!」
 駄目だ。完全に馬鹿親モードになってる。ここはフィリーに擦り付けよう。

「あっお父さん。フィリーに爪が生えてるよ」

「なにぃいいいい!? ホントだぁああああ!」
 私をぽいっと投げ捨てフィリーに近寄るオジサン。そんなにか。

「フィリー……立派になって。よーし! 今日はお父さんがご馳走作るからなー!」
 おい、お説教はどうした。

「よし! 行くぞ! しっかり捕まっててねぇええ! お父さんもう目を離さないからなぁあ!」
 お父さんは私とフィリーを抱え飛び上がった。


 帰った途端、お母さんからの大目玉と晩ご飯抜きの宣告を受けたが、お父さんが必死に助け船を出してお母さんを説得し、無事にご馳走にありつけた。
 フィリーはいかに自分が格好良く登場したかを力説し、再びお母さんから叱りつけられていた。
 お父さんは息子に鉤爪が生えたことが本当に嬉しいらしく、お酒を浴びるように飲んでいる。
 私はそれを見て、笑っていた。幸せだった。大変だったけど、家族が自分のことを本当に愛してくれていると実感できた一日だった。突然異世界に放り込まれて不安だったけど、この人達の家族として生まれてきて本当に良かった。
 こんな日が、ずっと続けばいいな。と思っていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

【完結】異世界転移したら騎士団長と相思相愛になりました〜私の恋を父と兄が邪魔してくる〜

伽羅
恋愛
愛莉鈴(アリス)は幼馴染の健斗に片想いをしている。 ある朝、通学中の事故で道が塞がれた。 健斗はサボる口実が出来たと言って愛莉鈴を先に行かせる。 事故車で塞がれた道を電柱と塀の隙間から抜けようとすると妙な違和感が…。 気付いたら、まったく別の世界に佇んでいた。 そんな愛莉鈴を救ってくれた騎士団長を徐々に好きになっていくが、彼には想い人がいた。 やがて愛莉鈴には重大な秘密が判明して…。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

SSS級の絶世の超絶美少女達がやたらと俺にだけ見え見えな好意を寄せてくる件について。〜絶対に俺を攻略したいSSS級の美少女たちの攻防戦〜

沢田美
恋愛
「ごめんね、八杉くん」 中学三年の夏祭り。一途な初恋は、花火と共に儚く散った。 それ以来、八杉裕一(やすぎ・ゆういち)は誓った。「高校では恋愛なんて面倒なものとは無縁の、平穏なオタク生活を送る」と。  だが、入学した紫水高校には《楽園の世代》と呼ばれる四人のSSS級美少女――通称《四皇》が君臨していた。  • 距離感バグり気味の金髪幼馴染・神行胱。  • 圧倒的カリスマで「恋の沼」に突き落とす銀髪美少女・銀咲明日香。  • 無自覚に男たちの初恋を奪う、おっとりした「女神」・足立模。  • オタクにも優しい一万年に一人の最高ギャル・川瀬優里。  恋愛から距離を置きたい裕一の願いも虚しく、彼女たちはなぜか彼にだけ、見え見えな好意を寄せ始める。 教室での「あーん」に、放課後のアニメイトでの遭遇、さらには女神からの「一緒にホラー漫画を買いに行かない?」というお誘いまで。  「俺の身にもなれ! 荷が重すぎるんだよ!」  鋼の意志でスルーしようとする裕一だが、彼女たちの純粋で猛烈なアプローチは止まらない。 恋愛拒否気味な少年と、彼を絶対に攻略したい最強美少女たちの、ちょっと面倒で、でも最高に心地よい「激推し」ラブコメ、開幕!

処理中です...