群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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一章    ――王家の使命――

 ロキ5  『帰還』

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【*****】
 少女は部屋で一人、想い人のことを夢想する。
 手に持つ細い鎖に繋がれた、鍵を回しながら自分の人生を想う。

「私は……汚れている」
 不意に口から出た言葉だった。
 誰にも聞かれない、自分の部屋だからこそ、言えた言葉だった。

「私は、汚い女。汚れてしまっている」
 彼がそれを知ってしまったら、どう思うのだろうか。
 少女は首飾りに加工された小さな鍵を回しながらぼんやり考える。

 それでもいい、といつものように優しく微笑んでくれるのだろうか。
 それとも蔑まれ、醜い存在のように扱われるのだろうか。

 それが、怖い。

 何かを得たいなら、何かを犠牲にしなくてはいけない。
 それが分かっているからこそ、少女は自分の行いを悔いてはいなかった。
 けれども、その犠牲はあまりにも大きく、少女の心をえぐり取ってしまった。
 少女の心に、取り返しがつかない犠牲を産んでしまった。

 少女は、回転を続ける鍵を眺める。暗闇に誘われた元凶を眺める。
 明日からは、また、純粋な人間を演じるのだろう。
 何も知らない無垢な少女を演じるのだろう。

 自分がもう、綺麗な存在でなくても。

 それでもいい。彼を失うより、自分に嘘を付いていた方が余程いい。

 鍵が、絨毯の上に落ちる。
 少女は目を閉じ、彼の旅路を祈る。

 そして、誓った。

「絶対に、この秘密は、ロキには知られたくない」


【ロキ⑧】
 ルスラン領国境を抜け、ステップ気候の影響を諸に受けた痩せた大地を抜け出し、その後延々と北上。二つの砦と村を経由し、やっとルスランの王都が見えてきた。

 その間の走行時間は丸々五日。ただひたすら馬車に揺られ続けていたので腰が馬鹿になりそうだった。
 特に今乗り込んでる安物の馬車は、自動車のようにサスペンションが付いている訳でもないので乗り心地は最悪だ。向かいに座るガラハドも顔に疲労の色を浮かべていた。

「王国の一部貴族の間では揺れない馬車が流行ってるようです。どういう原理かは分かりませんが」

「多分バネを使ってるんだろ。オッサンに頼んで仕入れてもらうか。経費でな」

「いえ、事後承諾にして帰りは乗り換えましょう。殿下のために」

「絶対自分のためだろ。賛成だけどな」
 切実な口調のガラハド。どうやらかなり堪えたらしい。まあ有事があった際いつでも戦えるように、常に甲冑を着込んでるからな。疲労も俺の比ではなさそうだ。

「もうすぐ防壁に着きます」
 御者からの合図を受け、だらけた格好を整える。

「そのまま城へと向かってくれ」
 門兵との挨拶を済ませ十年ぶりの王都へ。記憶と変わらずの風景を眺める。
 地球世界で例えるならば、ロマネスク様式が一番近いだろう。窓は小さく磨りガラスがはめ込まれ中が易々と覗けないようになってる。

 何故こうなってるのかというと『教会』の影響だ。人間は禁欲して初めて神の御座の前に立つ資格ができるんだと。
 隣人の物を欲しがってはならない。だから普段の生活を見るな見せるな。という理論だ。それだけ王国が『教会』と密接に関わっている現れだろう。
 とはいえども、ターンブル帝国とも仲良くやっているのが、アイツらのしたたかなところなんだがな

「誰が言ったかは知らないが、『二夫歌姫』とは良く言ったものだな」

「『教会』……ですか。内情はともかく、民衆の救いになっていることは事実です」
 俺の複雑な表情を見て、ガラハドは何かを察したようだ。
 この世界の古事に『二つの国に夫を持つ姫は、戦争があれば両方の国の鎮魂歌を唄う』といった話がある。それが転じ、王国、帝国、両方に良い顔をしている『教会』の姿を『二夫歌姫』と呼ぶことがある。
 まあ、嘲笑も兼ねた皮肉だ。だが、『教会』のスタンスは分かってもらえたかと思う。

「民衆は常に救いを求めてる。その受け皿が『教会』である必要があるのか」

「今の民が望んでるからこそ、ああやって大きな聖堂まで建てられてるのでしょう」
 今俺の見る風景に一際大きな建物が映し出されている。この世界の最新建築技術を駆使した馬鹿でかい尖頭アーチと尖塔を持った大聖堂だ。

「随分と金が掛かった豪華絢爛な建物だが、慎み深くあろうとはしないんだな」

「受け皿は大きく、かつ見栄えが良い方が民衆としても乗り込みやすいのです」

「全ては救いのためねぇ」
 俺自身、関わり合いは少ないが、ざっと文献を読んだ限り、前世界の某有名宗教がベースになっているようだ。
 現行の『教会』はそれを基準にして、この世界の宗教家達があの手この手で自分らの教義を加え、まるで別物の組織へと変わっている。
 元のベースとなった部分を、この世界に誰が持ち込んだのか。そう言った意味では興味深い点もある。
 もしかすると、過去に俺以外にも転生者が居たのかもしれないな。


 そうこうしている間に、馬車から見える街を歩く人々が、次第に物々しい武装をした兵達へと変わっていく。

 街並みも活気あふれる商店街から無骨な城壁へと移り変わり、身の丈に合っていない大ぶりの槍を手に持った兵達のチェックをくぐり抜け、兵達の何かあったら直ぐにでも突き刺してやるぞと言わんばかりの眼光を浴びつつ、ようやく城内へと凱旋を果たした。

「六年ぶりですか。懐かしいのではないですか」
 城内の中庭と城の風景を眺めながらガラハドが訪ねてくる。

「この風景も見納めだろう。俺も晴れてマスオさんになるからな」

「マスオ……どなたでしょうか?」
 ガラハドが首をかしげる。日本一有名な婿養子もこちらの世界では当然のように誰も知らない。

「誰でもないさ。さて、六年ぶりの帰郷か。父上は元気にしているかな」

「そうでなくては国の一大事です。早速ですが面会の手続きをされますか?」

「ああ。こういうのは早いほうがいい」
 大陸東半分を支配する強国ルスラン王国。
 これから、そのトップである俺の父親、国王との“外交”が待っている。
 俺は沸き上がる憂鬱な気持ちに身を任せ、深くため息を吐いた。

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