群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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二章    ――生まれの片一羽――

ノエル2 『悠人の記憶』

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「まるでモンスターかなんかのように叫びやがって」
 私が持ってきたお弁当のサンドウィッチを頬張りながらフィリーは拗ねている。

「うう……ごめん、考え事してたから」

「ったく、ノエルはただでさえボケーッとしてんだから。昔みたく、用水路に落ちんなよ」

「ボケーって……あれはただ本の妄想してただけで」

「言い訳になってねーぞ」
 ですね。あの時はご迷惑おかけしました。
 私もフィリーと共に青い空から注ぐ太陽の下、お弁当のサンドウィッチを頬張り草原の音に耳を傾ける。

「なんか……眠くなってきそうだね」

「バーカ、食ってるそばからなに言ってんだ……あっノエルこれ、やる」
 リースキノコをぽぽいっと私のお弁当箱に放り込むフィリー。このやろう。

「あー! 好き嫌いせずに食え!」

「美味しいからやるんだよ。兄貴の優しさだ」

「リースキノコ食ってるところ見たことないんですけど?」

「いつもノエルにやってるからな。兄貴の優しさだ」

「むしろ私がお姉さんの優しさで食べてあげてるんだけど!」
 二人でぎゃーぎゃー騒ぎながら昼食を終わらす。フィリーが言うには仕事現場はまだ忙しくなってないらしく、お昼休憩が長めに貰えているらしい。私はフィリーに寄りかかりながら暫くお日様の光を堪能する。

「で、なにを悩んでんだ。ノエル」

「ギクッ」

「……ほんっっと分かりやすいなお前」
 いやあ、忘れてたわけではないよ。フィリーに会うまではどんな顔すればいいんだーとか思ってたけど、いざ会ってみると十六年間培ってきた関係でいつも通りになってしまったというか、変にギクシャクするのもおかしいなーって思ったりとか。

「俺がノエルと何年一緒に暮らしてると思ってんだ。大体分かるよ」

「あーうん、そうだよね」
 もともとポーカーフェイスとか、できる性格じゃない。嘘ついたらすぐに家族にバレるし。

「……ツガイのこと、母さんから聞いたんだろ。俺ら十六歳になったからな」

「あ、あー、そ、そうだねそういえば」

「なに急に焦ってんだ……」
 無意識に正座になる。そして暑くもないのに汗が噴き出る。

「……ごめん、私人より鈍いみたいで、全然そういうのに疎くて」

「わかってたよ」

「ふぇ?」

「……分かってたっつってんだ。ノエルが俺のこと、ツガイとして意識してないってことは」

「そう……だよね」
 だってずっと一緒にいて、私は兄妹として接してきた。そこに変な感情は一切ない。フィリーがそれを分かってないはずがない。

「……おかしいと思ってたんだ。普通ツガイってガキの頃から将来の子供の話だとか、どこに住むかだとか話するんだけど……そんな話全然ねーし。俺からそれを言うのも恥ずかしいしな」

「あーそういえばセイレーンのエアちゃんとかイーリスのウエンディちゃんはそんな話ばっかりだったよーな」

「お前……なんでそれで気が付かねーの?」

「……ほんとだよ」
 ブラコン多いなーとか悠長に考えてましたよ。ええ。
 だってちっちゃい子が将来お兄ちゃんとどこどこに住むのー子供は何組産むのーとか言ってきたら、そうかそうかー可愛いのうってなるよね。なるよね?

「なんか俺ばっかり先走ってんのも馬鹿らしいし、いつか分かるだろって思ってたけど……ホント鈍いなお前」

「うう、ごめんよぅ……でもさ、フィリーも分かってるなら少しは私に教えてくれても」

「……お前は俺のツガイだから好きな相手忘れろって? 言えるかよ」
 一瞬で、私の思考が凍り付く。好きな相手……私の? え、知ってる?

「え……ええええええ!?」

「だぁああ! うっせぇ!」
 やべぇ、家族やべぇ。伊達に長年一緒に暮らしてない。父母はともかくフィリーとは一緒にいることが多かった。だけど、悠人のことなんか一度も言ったことはないのに。こいつ知ってやがった。

「なんで? どうして?」

「カンだよ、カン。誰か知らねーけど、ガキの頃から好きな奴いるんだろ」

「カンって……し、知ってたんだ。そそそそっかー」

「……誰かってのは教えてくれねーんだろ」

「……うん、ごめん」
 悠人のことは言ったところで理解できる存在じゃない。

人の意識ヒトノイなのか?」
 人の意識ヒトノイ……ということは魔族のツガイシステムからあえて抜け出した存在ってことかぁ。うーん、合ってるといえば合ってるけどそもそも悠人は人間なわけで。

「どっちかというと違う……かな」
 この私の返答にフィリーは少し安心したようだった。私はその理由を察し、心が重くなる。
 フィリーは私の好きな相手が人間だなんて思いもしてないだろう。だって私たちが住むこの街に人間なんていないから。
 私の好きな魔族が人の意識ヒトノイではないということは、生まれのツガイがいるか、片一羽《カタワレ》だということになる。そのどちらもツガイ同士の強い結びつきがあるから誰かが横から割って入ることはできない。
 反対に私の好きな相手が人の意識ヒトノイだった場合、私がフィリーのことを嫌いになってしまえば、人の意識ヒトノイ同士でツガイができてしまう。
 私が離れる可能性があるか、ないか。前者はない。だからフィリーは安心したんだろう。
 ……嫌な女だ私は。フィリーに対して、こんな打算的な、酷いことを考えてしまってる。この後に及んで逃げ腰になってる。フィリーがちゃんと向き合ってるんだから、私もきちんと伝えなくちゃいけない。

「ごめん、フィリー……私、好きな人いる。ごめん」

「謝るなって。気にしてねー……とは言えねーけど」

「……なんで私、魔族として生まれたんだろう」

「うん?」

「……私がツガイじゃなければ、フィリーはもっと楽しく過ごせたのにね」
 生まれ変わるにしても、人間だったら良かったんだ。そしたらフィリーに迷惑を掛けることはなかった。

「……なに言ってんだ」
 フィリーが絞るような声を出し私のことを睨み付ける。

「なに言ってんだ! お前がどれだけ俺の……ふざけんな!」

「ふざけてないよ! だって、私がツガイじゃなければこんなことで悩ませなかったんだよ」
 私がこことは別の世界の記憶を持って生まれてきたから。悠人の記憶を持ったまま生まれて来たから。

「ああ、じゃあお前はアレか。今までの俺たちの思い出、全部なかったことにしてーのか」

「そんなこと言ってない!」

「そういうことだろうが! 一緒に生まれて来なかった方が良かったって言ってんだろ? そういうことだろ!」

「違う! 私は……ただ、フィリーのためを思って」

「俺のため!? はっ馬鹿にすんな。俺だってずっと考えて、とっくに今の現状を受け入れてんだよ」

「だからそれが……」
 申し訳ない、と続けることができない。
 分かっているからだ、フィリーの言ってることも、心情も。だからこそ余計自分が嫌になる。
 その後に続く言葉はない。風と草の音だけが響く中、フィリーが立ち上がった。昼休みが終わる頃のようだ。

「お前がどう思おうと知ったことじゃねーけど」
 フィリーは私の顔を見ずに言う。

「俺はお前と一緒に生まれてきて、良かった」
 赤が空に舞っていった。取り残された私は一人で泣いていた。

        ****

 お母さんゴメンナサイ。喧嘩しちゃいました。

 誕生日のお祝い空気がすっかり冷え込んでいる。私とフィリーが顔も合わせず、会話もしないからだ。流石にこれだけ露骨になると、普段空気の読めないお父さんも自重し始める。
 お母さんに至っては私が帰ってきた瞬間、全てを理解してくれた。私はなにも言ってないが、夜中にお父さんと話し合いでもするのだろう。

 食事をそそくさと済ませ、洗い物をしてさっさと自分の部屋に戻る。
 もう今日は疲れた。色んな情報がいっぺんに入ってきて、それに合わせてこれから考えなきゃいけないことが沢山増えた。普段、どれだけ自分がなにも考えずに生きてきたのか実感した。

 ふて寝しようとベッドに潜り込んだものの、いざ寝ようとすると色んなことが頭の中を巡り目が冴えてくる。

 暫くゴロゴロしながら羊を数えてみたが効果はなく、仕方なく外の空気を吸うためにクロークを羽織る。パジャマにマント、情緒もない格好だけど今の時間で外行きの格好をするのも面倒だ。


「うーん、気持ち良い」
 夜の冷たい空気が顔に当たり、ぐつぐつになった頭を冷やしてくれそうだ。私は道なりに市場の方面へと向かう。
 ちなみにこの世界、街灯がある。さすがに元の世界ほど明るくはないけれど、暗闇の道を照らす分には丁度良い。日本の石灯籠を丸くしたような形状で、上部の窓からホタルのような緑色の光が石だたみの夜道を照らしている。
 光っている原理は……本で読んだけど難しすぎて分からなかった。私だって生まれ変わりだけども頭の良さは変わってないんだ。難しいものは難しい。
 しん、と静まりかえった坂道の中で私の足音だけが響く。魔族の街は『女性が夜中に出歩くな』なんていった風潮はない。平和そのものだ。
 そのことになんの疑問も感じてなかったけれど、今なら理由が分かる。
 この街に住む魔族全てが、自分のツガイのみを愛しているんだろう。他の相手に目を向けない。だから女の子が襲われることもないし、争いも起きない。

 さて市場まで来たものの、この真夜中にお店が開いているはずもない。だけど私だってなにも考えずにここに来たわけじゃない。
 市場の一角、天幕と天幕の間にある扉にノックする。
 しばらくすると、翼を羽ばたかせる物音と、のんびりとした返事が扉越しに届いてきた。

「もーなにー? こんな時間に……ノエル!?」
 扉が開かれ、緑色の髪をした女の子が顔を出す。私の顔を見て、目を丸くする。

「やほー」

「……今日誕生日でしょ? なんで、きたのかなぁ~。いいけどさ」

「ごめんね。こんな夜中に。……上がっていい?」

「どうぞどうぞ~。そのかわり、なにがあったのか聞くけどね」
 にやりと微笑み、扉が開かれる。
 コバルトグリーンの翼が大きく広がる。鳥の脚が床から離れ、上半身だけパジャマを着た女の子がくるくると回る。

 人の足の代わりに鳥の足、人の手の代わりに鳥の羽根を持つ女の子。
 私の親友、セイレーン種の女の子エアちゃんだ。

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