群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

文字の大きさ
93 / 147
三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ⑥<少女4> 『昔話①』

しおりを挟む
⑨【ソフィア】
 ふと気がつくと、私は『森のノカ』の階段に座り込んでいた。
 太陽は空の天辺あたりまで上がり、空と一緒に私の身体と心を温めている。

「……私、何をしているんだろう」
 おめかしをした自分の格好を見つめる。
 王都で買った可愛らしい服は、いつもとは別人のように私を彩っている。

 昨日の夜から、私の心にはあの白い王子様が居座っていた。
 眠ろうとしても、夢の中でも、朝にお家で家事をしているときも考えるのは王子様のことばかりだった。
 幼い私のことなんて、目に映るはずがないのは分かっていたけれど、気がつけば少しでも可愛く見える格好をして、町に出かけてしまっていた。
 物思いにふけりたくて、町を彷徨っていた。
 剣なんて女の子らしくないものは持ち歩いていない。
 メフィスだって家に置いてきた。王子様にぬいぐるみを持ち歩く年頃の女の子だとは思われたくなかった。
 世界を救うなんて、もうどうでも良くなってしまった。

「私、ホントどうしちゃったんだろう……」
 家事をしているときも、朝に王子様と話をしているときも、私の心は別にあって、別人が自分の身体を動かしている。そんな感覚だ。
 私の心はただただぼうっと、王子様の事を考えるだけ。

 かなわない想いに苦しんでいくだけだ。

「そんなところで、物思いにふけってどうしたのかね?」
 不意に声をかけられ振り返る。
 階段の上にふくよかなオジサンが立っていた。

「オーレンさん……」
 立派な口髭を生やした紳士が私に向け、微笑みながら一礼をしてきた。

        *****

「ごちそうさまです。美味しかったです。オーレンさん」
 甘く煮詰めた果物をお腹に入れ、満足した私は向かいに座るオーレンさんにお礼をする。

「もういいのかね? あまりお腹は空いていなかったかな?」
 オーレンさんも丁度食事を終えたのか、唇をテーブルに置いてあった白い布で拭っているところだった。

 町でオーレンさんと出会った私は、誘われるがまま高級そうな食事処でお昼ご飯をご馳走になっていた。お留守番しているマシューには申し訳ないけれど、二度も断るのはオーレンさんにも失礼だもんね。

「少し考え事をしていて……食欲なくしていたんですけど、お陰さまで元気になれました」
 社交辞令ではなく本当にそうだ。
 王子様のことばかり頭に沸いてきて、自分で作った朝ご飯は殆ど残してしまっていた。
 胸が苦しくてしょうがなかったけれど、美味しい物は喉を通って行くみたい。
 調子の良い身体だ。

「そうかそうか。いやいや、力になれたならご馳走した甲斐があったというものだ。……悩み事かね?」
 テーブルに並んだお皿が下げられていくのをぼうっと眺めていると、オーレンさんが尋ねてきた。

「はい……考えることが急に増えちゃって……色々ともやもやしてます」

「そうか。良ければ、話をしてみなさい。助言ができることもあるかもしれない」
 ……どうしよう。折角だからオーレンさんに打ち明けようかな。
 自分だけで抱えるより、誰かに話した方がスッキリするって言うもんね。
 でも……

「……大丈夫です。ただの、恋煩《こいわずら》いなので。すぐに収まります」
 子供みたいな悩みだから、言ってもしょうがない。
 それに解決方法なんてない。私が諦められるかどうかだけだ。

「ふむ、その年頃の子には良くあることだ。何故悩む必要があるのかな?」
 何故って……そんなの決まってる。

「……好きになっちゃいけない相手だからです」
 そうだ、相手はルスラン王国の王子様。私はあの人を好きになっちゃいけない存在だ。

「それは誰が決めたのかな? 誰かにそう言われたのかい?」

「……私です。でも、相手は身分の高い人で……私なんて相手にされないのは間違いありません。諦めるしかないと思ってます」
 それに、あの白い王子様は、いつか王都に帰ってしまう。私を一緒に連れて行ってくれるなんて、絶対に期待できない。
 離ればなれになる相手のことを想ってしまった私が間違っているんだ。

 しばらく私の事を見つめていたオーレンさんが、紅茶を口に含む。
 そして、口を開いた。

「……私は昔ね、金鉱を買うか買わないかで迷ったことがある」

「はい?」
 脈絡のない話しについ変な声が出てしまう。

「まだ未入札の、誰も手を付けていない新品の金鉱だよ。もし買おうと思ったら鉱業ギルド内に巣くう、本職の猛者達と競り合うことになっただろう」

「いくらで買うのか、というところで戦わなきゃいけないということですね」

「そう。それで沢山のお金を払って買ってみても、今度は金を掘れる人間を雇わなくてはならなくなる。道具も揃えなくてはならなくなる。商人としてやってきた私には、そのツテがなかった」

「……じゃあ、諦めたんですか?」

「ああ。それだけ頑張って、お金を使ってやってみても、掘ってみたら金脈が少なく金が全然取れない可能性だってあった。私は沢山考え、色んな悪い想像をしてしまって、ついつい諦めてしまった」

「それで、どうなったんですか?」

「入札したのは、鉱業ギルドに入ったばかりの盗賊あがりどもだった。そして大成功を収めていたよ。今やアイツらは大金持ちだ」
 掘ってみたら、金脈が沢山あったということね。

「それを聞いた時、私は本当に後悔したよ。あの時、物怖じせずに入札していれば、私は沢山のお金を手にできたかもしれない。もっと私は成長できたかもしれない。そう沢山、後悔した」

「オーレンさん……」
 オーレンさんが何故この話をしだしたのか、私に伝えたいこと、それがなんとなく分かってくる。

「勿論、鉱業ギルドの猛者達にコテンパンに伸されてしまったかもしれない。高いカネを出して、買ったところで掘れる人間が見つからず、金を掘れずに破産していたかもしれない。でもね、それはただ、頑張らなかった自分に対しての言い訳に過ぎない」
 頑張ってみても悪いことがあるかもしれない。そう、それはただの言い訳だ。
 頑張らなかった自分を守りたいだけの言い訳だ。

「君には私のようになってはもらいたくない。機会があるならば怖がらずに挑戦するべきだ。成功すれば、幸せが待っている。失敗したところで自分の成長にはなる。成功しても、失敗しても、どちらにせよ悪いことが待ち受けているかもしれない。けれどもそれはその時に悩むべきことだ」
 私は頑張る前から諦めていた。
 王子様は私なんかみてくれない。王子様は帰ってしまうから、好きになっちゃいけないと諦めていた。
 沢山の悪い想像ばかりしていた。

「機会があるならば、可能性を信じてみなさい。挑戦してみなさい。君にはそれができる若さと力がある。挑戦もせずに諦めてしまったら、君は生涯、後悔することになる」

「オーレンさん……ありがとうございます」
 そうだ、私は弱気になりすぎていた。悪い考えに振り回されて、自分で可能性を潰してしまっていた。
 失敗したところで、それがどうした。
 私は立ち上がり、拳を握り締める。

「オーレンさん……私、挑戦してみます。駄目だったら駄目だったで、その時に考えます!」

「はっはっは。もしその時は、また私がご馳走してあげよう。だがしかし、私は君が成功することを心から祈っているよ」

「オーレンさん……」
 オーレンさんは私を見つめニコニコと微笑んでいる。
 この人は、とても優しい、良い人なんだろう。
 関りあいになれて本当に良かった。
 荷物を悪者に取られて困っているときに、物怖じせずに助けに行けて本当に良かった。

 そう、行動すれば、良い結果も待っていたりする。
 考えずにやってみる、それが私だ!

「少しは迷いは晴れたかな?」

「はい! 私、自分を見失ってました。やれることが、できました。……行ってきます! ごちそうさまでした!」
 オーレンさんに手を振り自分のお家に向かって駆ける私。
 覚悟しなさいよ白の王子様。
 私は覚悟を決めた。
 だから、やることはたった一つだ。

 思いっきりぶつかって、玉砕してやる!
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

【完結】異世界転移したら騎士団長と相思相愛になりました〜私の恋を父と兄が邪魔してくる〜

伽羅
恋愛
愛莉鈴(アリス)は幼馴染の健斗に片想いをしている。 ある朝、通学中の事故で道が塞がれた。 健斗はサボる口実が出来たと言って愛莉鈴を先に行かせる。 事故車で塞がれた道を電柱と塀の隙間から抜けようとすると妙な違和感が…。 気付いたら、まったく別の世界に佇んでいた。 そんな愛莉鈴を救ってくれた騎士団長を徐々に好きになっていくが、彼には想い人がいた。 やがて愛莉鈴には重大な秘密が判明して…。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

SSS級の絶世の超絶美少女達がやたらと俺にだけ見え見えな好意を寄せてくる件について。〜絶対に俺を攻略したいSSS級の美少女たちの攻防戦〜

沢田美
恋愛
「ごめんね、八杉くん」 中学三年の夏祭り。一途な初恋は、花火と共に儚く散った。 それ以来、八杉裕一(やすぎ・ゆういち)は誓った。「高校では恋愛なんて面倒なものとは無縁の、平穏なオタク生活を送る」と。  だが、入学した紫水高校には《楽園の世代》と呼ばれる四人のSSS級美少女――通称《四皇》が君臨していた。  • 距離感バグり気味の金髪幼馴染・神行胱。  • 圧倒的カリスマで「恋の沼」に突き落とす銀髪美少女・銀咲明日香。  • 無自覚に男たちの初恋を奪う、おっとりした「女神」・足立模。  • オタクにも優しい一万年に一人の最高ギャル・川瀬優里。  恋愛から距離を置きたい裕一の願いも虚しく、彼女たちはなぜか彼にだけ、見え見えな好意を寄せ始める。 教室での「あーん」に、放課後のアニメイトでの遭遇、さらには女神からの「一緒にホラー漫画を買いに行かない?」というお誘いまで。  「俺の身にもなれ! 荷が重すぎるんだよ!」  鋼の意志でスルーしようとする裕一だが、彼女たちの純粋で猛烈なアプローチは止まらない。 恋愛拒否気味な少年と、彼を絶対に攻略したい最強美少女たちの、ちょっと面倒で、でも最高に心地よい「激推し」ラブコメ、開幕!

処理中です...