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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑧<少女6> 『長い髪の女性』
しおりを挟む⑪【ソフィア】
大白鳩《シェバト》を使って『森のノカ』聖堂まで辿り着いた私はゆっくりと聖堂の扉を開き、中へと潜り込んだ。
相変わらず、集会場には誰もいない。長いすが並べられていて説教台の上に椅子と机が置かれているだけだ。
集会場の壁に取り付けられた扉に目を向ける。前回ここを覗いたときは、この先には行かなかった。
……きっとこの先にナルヴィはいるはずだ。
「……行くよ、メフィス」
『うん、突然襲われるかもしれない。気をつけてね』
ゆっくりと扉を開くと、きれいに磨き上げられた廊下が現れた。途中いくつかの扉が見える。二階に続く階段もある。……どこに行けば良いんだろう。
「前にメフィスが宝玉《オーブ》を奪ったとき、ナルヴィはどこにいたの?」
『ここの二階だよ。自室があるからその中に潜んでいると思う』
ごくりと唾を飲み込み、忍び足で階段を上る。
ぎしり、ぎしりと階段の軋む音が聞こえてくる。
『右から三番目の扉だ。慎重に開いてね』
「言われなくても分かってるよ」
示唆された扉の前で大きく深呼吸する。この扉の先に、悪の魔族が潜んでいる。
どれだけ強くても……絶対に私は、ナルヴィに勝ってみせる。
もう一度、呼吸を落ち着かせて扉のノブをゆっくりと回す。
ぎい、と軋む音を響かせ、扉が開かれた。
その瞬間、花畑に紛れ込んだような感覚におちいった。それは一瞬で、私の意識は視界の先にある一人の人物に集中する。
そこには――
「あら?」
可愛らしい装飾がされた部屋の中央に、長いブロンドの髪の女性が立っていた。
腕も身体も細く、床につきそうなくらい長めのスカートが印象的な女性だ。
扉を開けた私に気がつき、目を開いて驚いている。
……これが、これがナルヴィ!
『違う』
動こうとした私に、メフィスが小さく囁いた。
『違う。彼女はナルヴィじゃない。ただの人間だ』
続けて私にしか聞こえないほど小さな声で話すメフィス。
違うってどういうことよ。ここまで来て別人だったとか、私ただの不審者じゃない。
「……こんにちは。ミラのお友達かしら?」
「あー、えー、あー……と」
笑いかけるブロンドの女性を見て、余計に戸惑ってしまう。
「折角来てくれたけれど、あの子は出かけているみたい」
長いブロンドの女性は部屋を見わたして微笑みかける。
ぴっちりとした上着に細めの長いスカートを付けている。細い身体の人だった。
「私も今帰ってきたばかりだから、どこに行ったのか分からないわ。……全く、どこに行ったのかしら」
身体を固める私をすり抜け、廊下を歩くブロンドの女性。
「お茶を煎れるわ。もしかしたらすぐに帰ってくるかもしれないから」
そう言って、女性は階段をスタスタと降りていってしまった。
「……どういうことよ、メフィス」
肩掛けバックの隙間を空けてメフィスに話しかける。
もしかして、アレがナルヴィの協力者? とてもそうは見えないけど。
『分からない。僕も彼女は初めて見た。もしかしたら、元からここに住んでいる人間なのかもしれない』
「……悪の魔族と人間が同居してるってこと?」
『一部の魔族は人間に化けることができる。ナルヴィだってそうだ。自分が魔族だって隠して生活しているのかも』
「そんなのできるの? 仮に人間の姿だったとしても、知らない人間なんて怪しいだけじゃない」
『……精神系の魔法を使っているのかも。幻覚とか、魅了といった類いの。人を操れる魔族は何匹か僕も知っている』
それだと先ほど遭遇した女性が言っていた、『あの子』ってのがナルヴィってことになる。
「じゃああの人もナルヴィの味方ってこと? あの人も倒さなくちゃいけないの?」
『予断は禁物だよ。お茶を煎れてくれるって言ってたし、少し話を聞いてみてもいいかもしれないね。念の為、お茶は飲まないようにして』
そうね。大丈夫だとは思うけど、変な薬とか飲まされても困る。
ホント、ナルヴィはどこに行っちゃったのよ。
人が折角、倒しに来たってのに。
*****
「ミラの遊び友達なのね。ごめんなさいね、あの子も友達と約束してどこをふらついているんだか」
案内された部屋には長い食卓が置かれていて、大人数が座れるように椅子が並べられていた。
そのうちの一つに座った私は、紅茶の匂いを嗅ぎながら頷《うなず》く。
ミラって一体誰よ。
話しぶりからして、私の遊び相手として違和感のない相手みたいだけど……。
この人、ナルヴィの関係者じゃないの?
ほんと、訳が分からない。
「あの……あなたは?」
「ああ、ごめんなさいね。……私はあの子の母親よ」
「そ、そうなんですね。て、てっきりお姉さんかと……あはは」
「あら、お上手。さっきから、戸惑っていたのはそれでかしら? ……だとしたら、嬉しいわ」
微笑みを絶やさず、紅茶を口に含む女性からは敵意を全く感じない。ちょっと若く見えるけれど、ただの普通のお母さんだ。
「……紅茶、お気に召さなかったかしら?」
紅茶を口にしない私のことを疑問に思ったのだろう。
そうだよね。……折角煎れてくれたのに、飲まないのは不自然でしかない。
でも流石の私でも、敵の本拠地に乗り込んで、そこでご馳走された飲み物を抵抗なく飲めるほどお気楽じゃない。
「……いえ、いただきます」
カップを口に付け、飲んだフリをしてテーブルに置く。初めてやる仕草だけど、不自然には見えないはずだ。
どうすればいいんだろう。
ナルヴィを倒しに行ってみたら、母親と名乗る女性と対面してしまった。
なんか私、ミラって子の友達ってことになってるし。
それとも、ミラって名前は、ナルヴィの偽名なのかな。
ナルヴィって名前のままだと厄災の眷属を連想する可能性があるから、人間の名前を名乗った。……うん、そう考えたら納得できるかも。
仮に、ミラがナルヴィだとして……、ここにナルヴィが住んでいるとする。
問題はこの人がナルヴィを魔族だと認識しているかどうかだ。
魔族だと認識しているのならば、ナルヴィを倒しに来た私とは敵対関係にある。
ただ……この女性は魔法にかかってしまいナルヴィを人間の敵だと思っていないのかもしれない。
そうだった場合、この人はナルヴィの被害者だ。
「えーっと……お家では、ミラは、どんな子なんですか?」
腹の探り合い的なものは得意じゃないけれど、この場の雰囲気を繋ぐ意味も込めて話題を振る。
「どんな子? 普通の女の子よ。……どうして?」
「えーっと……あ、お母さんのこととかあまり、本人から聞かないから」
「そうなの? まあ私もあの子からお友達の話とかあまり聞かないから……そういうものなのかしら」
言われてみれば私もお母さんの話とかあまりしないかも。そんなものなのかも。
「何か変わったこと、言われたりしませんでした?」
「変わったこと? 例えば?」
「えーっと、例えば……人を食べたいとか」
がん、とお尻辺りに置いていた肩掛けバックが動く。
わ、分かってるよ。下手くそなことくらい。
私、こういう情報を探るやりとり得意じゃないんだって。
「なによそれ。何かの冗談?」
「あ、あはは、そうです。良く冗談でそんなやりとりしてて……わ、私は魔族だー! とか?」
また、肩掛けバックが大きく動いてメフィスがお尻を叩いてきた。
わ、分かってるよ。もうやめるよこの話題。
「ふふ、大人しい子で心配してたけれど、そんな冗談を言い合うお友達がいたのね。安心したわ」
ただの冗談だと思ってくれたのか、女の人は立ち上がり、自分の紅茶カップを流し台へと持っていく。
……これ以上は私の心臓が持たなそう。とっとと退散するに限る。
「じゃ、じゃあ……私はこれで――」
「あら? ちょっと待って」
立ち上がろうとした私を制止するかのように、女の人が戻ってくる。
手には一枚の紙が握られていた。
「ごめんなさい。ミラからの、書き置きがあったわよ」
ぴらりと小さな紙を私の前に差し出してきた。
そこには可愛らしい字でこう書かれていた。
『高見の広場へ行ってくるね。帰りは遅くなるかも』
……な、なんか悪の魔族とは思えないくらい可愛らしい字だ。
私より上手いし。文面もほのぼのしているし。
「あんな高い物ばかり売っているところに何をしに行ったのかしら? でも、これで居場所は分かったわね」
高見の広場か。私にとってはあまりいい思い出がない場所だ。
少し遠い位置にあるし、多分迷うからあまり足を運びたくはないんだけど……そうも言ってられないよね。
「ありがとうございます。ちょっと行ってみますね」
それでもなんの情報ももなく歩き回るよりよっぽどマシだ。
ミラがナルヴィであっても違うのであっても、メフィスが見ればナルヴィなのかどうかは分かるだろうし、行ってみる価値はあるはず。
立ち上がり、お礼をしたところで女の人が笑いかけてくる。
「待って。あそこは普通に行ったら遠いわよ。近道教えてあげるから、一緒に行きましょう」
え、ちょっと迷惑。
「き、気にしないで下さい。歩くの大好きなんで」
「遠慮しないで。私も少し、高見の広場に用があるから」
「は、はあ……」
遠慮なんてしてないんですけど。
大白鳩《シェバト》を使ってこっそり飛んで行こうと思ったのに。
結局、女の人に押し切られる形で聖堂から出る私達。
なんか、折角気合い入れてここまで来たのに肩透かしを食らった気分だ。
本当に私、このままナルヴィを倒すことができるんだろうか。
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