群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ②<王子2> 『抵抗』

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②【バルドル】

 半球状の天井から、蛍のような光が降り注ぐ。その光は広間に入る男の身体にあたり、ふわりと消えていく。
 薄暗い広間ではあったが、不気味な雰囲気は生まれていない。

 広間の中央に設置された、浮かぶ石碑の欠片が発光を続け、広間中を照らしているからだ。グリフォンの羽が描かれた石版の破片は、過去に『教会』からこのルスラン王国大聖堂地下へと持ち込まれた物で、本来であれば宝玉《オーブ》が取り付けられるはずの窪みのみが発光を止めあるべき物が戻るのを待ち続けていた。

 その石碑の前に、女が一人倒れていた。仰向けになり、星が降り注ぐ天井を見上げながら荒い息を吐いている。
 女の前に、男が近づく。肩には癖毛の髪を持つ少女を担いでいる。長く白い髪が男の背で揺れ動く。

「……ナルヴィ。死体が沢山転がっていたから、キミも来ていることは気がついていたけれど……いい格好だね」
 甘く、貼り付けたような笑顔を崩さぬまま、男が言う。

「他人事なの? バルドル。……あなたの口車に乗った結果、こうなってしまった」
 黒髪の少女が起き上がる。着ている服はもはやぼろ切れのようになっていて、露わになった褐色の肌からいくつもの黒い触手が生まれては消えていく。

「どうやら、人間の姿を保てなくなったみたいだね。どうやったのかは知らないけれど……僕らは二人とも、王族達を舐めすぎていたようだ」

「妙な薬を飲まされて……魔力も、姿も、上手く操る事ができなくなってしまっている。……今はまだ、“私”の姿を保てているけれど、もう時間の問題ね」

「……君の、姿ね」
 男が鼻で笑う。
 少女の本来の姿は魔族だ。今の姿は人として隠れて生活するのに丁度良いという理由で少女に取り憑き、操っているだけの仮の姿に過ぎない。

 過去にナルヴィ自身が言っていた言葉だった。

 自分の容姿にこだわりを持つ魔族ではなかった。だが、ロキと出会い、彼女は変わってしまった。
 服装に気を配るようになり、自分の容姿がより良く見えるように、人間の美的感覚をしきりに尋ねてきた。
 バルドルはそれを鬱陶しく感じながらも興味深く観察していた。
 何故なら、星の数ほどいるバルドルに興味を持つ女達と同じ行動だったからだ。
 魔族であっても、人の意識ヒトノイになれば、人間らしく行動する。
 愛する存在ができれば、自分を愛してくれるように行動する。

 バルドルはその行動を興味深く観察し、そして失望した。厄災の眷属といえども、どれだけ人間にとって脅威の存在であっても、一皮向けばただの女だと理解してしまったからだ。

「……その女の子、どうするつもり?」
 ナルヴィが荒い息を吐きながらバルドルの肩に担がれたソフィアを指差してきた。

「さあ、どうしようかな。まもなく、ロキも来るだろうから人質にしてもいい。この場で殺してもいい。……王族に恨みを持つ貴族の誰かに売るのもいいかもね。どうせ生娘だし高値で売れるだろう」
 バルドルの立場上、裏で王族に恨みを持つ貴族達と深く親交しており、買い手には心当たりがあった。
 どの貴族もこの少女の容姿ならば喜んで高い金を払い、壊れても使い続けるだろう。

「まだ生きているなら、私に……うっ!?」
 ナルヴィの背中から巨大な触手が生え、枯れて消え失せる。

「今は乗り移る力もないだろう? それに、この子はロキの妹だよ。上手く移れたとしても、ロキを得ることはできなくなる」

「……それでも、いいの。近くにいれる。この姿はもう、中身が『燈のナルヴィ』だと分かってしまっている。もう、この姿では、彼の側にはいられない」

「だったら、女の子の姿に執着してないで魔族の姿に戻ればいいのに」
 バルドルは抱えていたソフィアを床へと降ろし大きく肩を上げる。

「……嫌。彼は、きっとここに来る。私の正体を見つけた彼なら、必ずここまで辿り着く。魔族の私を見られたくない。こんな、醜い、私を、うっ!?」
 両肩から生えた触手の傷みを堪えた瞬間、ナルヴィは身体の変化から来る傷みとは別種の傷みを受ける。

 胸に、鋭い傷みを受ける。

 ナルヴィの胸から銀色の刀身が生えていた。その刀身を伝うと、バルドルの利き手、張り付いたような笑顔へと繋がっている。

「バルドル……あなた……」

「口を開けば好きになった男のことばかり。面倒くさいんだよ。……本当に、残念だ。『燈のナルヴィ』。キミには王国を滅ぼせると期待していたけれど、どうやら見込み違いだったみたいだね」
 ナルヴィの胸から細剣《レイピア》を抜き、刀身に付いた血を振り払う。

「……人を憎む気持ちは同じ。そうあなたが言ったのよ。……私はその気持ちは変わっていない」

「ところが、人を愛しているじゃない。キミは恐らく、ロキが命じれば、僕に敵対することだって簡単にするだろう。人間に味方だってするだろう?」

「そんなことは……私は、エルデナ様のために……」

「過去のご主人様よりも、今の相手さ。なんせキミはもう――」
 倒れ込んだナルヴィの喉元を迷いなく切り裂く。鮮血が、床へと広がる。

「人間《ニンゲン》なんだから。……さようなら、ナルヴィ」
 バルドルはそう吐き捨て、痙攣するナルヴィの胸を再び突き、細剣《レイピア》を腰の鞘へと収めた。


③【バルドル】
 バルドルはナルヴィが動きを止めたのを確認し、自分の懐から宝玉《オーブ》を取り出す。
 魔界へと逃げるため、ソフィアから奪い取った物だった。
 全ての罪をナルヴィになすりつけ、自分は暗躍しながら王国へ反旗を翻すため力を蓄えるつもりだったが、計算外のことが多すぎた。

 まあいい。とバルドルは首を振る。
 ナルヴィは失敗してしまったが、魔界に行けば人間に恨みを持つ魔族は大勢いるだろう。上手くやれば、『厄災』にも会えるかもしれない。魔界に逃げ帰ってから音沙汰のない厄災も自分の眷属が人間に殺されたとなれば、重い腰を上げるかもしれない。
 そうなれば、王国などひとたまりもないだろう。

 ちらりと、部屋の隅に置いた宝箱に目を移す。
 ナルヴィを脅すため持ってきたものの、今となっては不要の空箱になってしまった封印の箱だ。

 もともと持ってきたはいいが使い方すら禄に分からないものだった。置いていくか。バルドルはそう判断しマントを翻しながら石碑へと近づいていく。宝玉《オーブ》と転移石が近づいていく。


 宝玉《オーブ》を持つ右手に衝撃が走り、遅れて金属音が鳴り響く。
 バルドルの持つ宝玉《オーブ》が激しい音を立て、床を転がっていく。

「……ロキか。早かったね」
 右手を押さえながら振り返ると、広間の扉に男が立っていた。王族であることを証明する白銀の髪と、赤い瞳を持った男だった。
 脇には長い鼻の魔族を抱えていて、背後には女が一人立っていた。

 女は丁度影の中に立っていて、その姿はバルドルからは良く分からない。
 赤いフードを被った少女のように見えた。

 その腕には豪華な装飾が施された弓を持ち、光る矢先をバルドルに向けている。

「……バルドル、お前は仲間にまで手をかけるか」
 ロキの低く、激しい怒りを秘めた声が広間に響き渡る。

「仲間ね。彼女とは仲間になった覚えはないよ。たまたま目的が一緒だったから手を組んだだけさ。用済みになれば、切り捨てる。王族らしい行動をしたまでさ」

「それは王族の行動とは言えない。何故なら、俺は仲間を裏切らないからだ。……うっかり、忘れてしまうことはあるがな」
 ロキがバルドルへと近づいていく。腰の剣を抜き、剣先をバルドルへと向ける。

「妙な行動はするな。……俺の後ろにいる彼女は俺が出した魔法の幻影。王国でも有数の弓術を持った使い手だ。少しでも動けば、眉間に矢を生やしてお前は終わる」
 バルドルはちらりと赤いフードの女を見る。顔は分からないが、その姿形から、弓英の娘だと推測できた。
 彼女の腕前はバルドルも知るところだ。事実、先ほど宝玉《オーブ》をはじき飛ばした矢も彼女が放ったものだろう。

「……出そうと思えば、『雷英』を出し、お前を切り刻むことだってできる。お前はもう終わりだ」

「……この場にいない従者を出せる魔法か。いい魔石を持っているじゃないか」

「魔石じゃない。この魔族、『黒いローブの男』の力だ」
 最後まで邪魔をする。バルドルは舌打ちをしたい気分だった。
 元々バルドルの持つ魔石は多くない。そのうちの一つ、奥の手でもあった『解放』の魔石はもう使ってしまっていた。ことばを扱わない魔物を捕らえ、解き放つことのできる魔石だ。
 バルドルの計画ではワイバーンに打ち勝てる人間など存在するはずがなく、町ごとロキを殺す絶好の機会だった。
 だが、ワイバーンはあえなく討伐されてしまう。
 ナルヴィと相談し、恐らく『黒いローブの男』の仕業だと判断していた。

「……分かった、降参だ。好きにするといいよ」
 バルドルは両手を挙げ、ゆっくりと歩き出す。ロキを中心にして半円を描くように歩き始める。

「止まれ。抵抗しなければ攻撃しない」

「逃げたところで、『雷英』を出せるなら無駄な抵抗なんじゃないかな。これは俺の抵抗じゃない」
 バルドルの言葉に、ロキが眉を潜める。その背後の闇が大きくうごめく。
 ロキの出した仲間が、幻影でなければそれに注意を呼びかけていただろう。
 ロキに避けるよう、叫んでいたことだろう。だが、それは敵わぬことだった。

「抵抗するのは、彼女《・・》のほうさ」
 背後から巨大な影の腕がロキへと襲いかかり掴み上げられる。
 影の足元には血だらけの少女が立っていた。

 黒髪、褐色の肌を持った少女、ナルヴィが悲しみを帯びた目で、ロキを見つめていた。

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