たこ焼きが冷める前に

推原すずめ

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たこ焼きが冷める前に

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太陽が早仕舞いするようになった冬の夕暮れ。
もうほとんど明るさのない空に、白くなった息が溶けていく。

今にも雪でも降りそうな寒空の下、肩をすぼめて足早に暖かさが待っている家へ急ぐ。

「ユウ、喜ぶかな?」
俺の手には彼の大好物のたこ焼きが入った袋がぶら下がっている。
愛しい人の笑顔を思い浮かべると、寒さで凍えた心がほっこり暖かくなる。

家に着く頃にはたこ焼きはきっと冷え切ってしまっている。
温め直している間に、ユウを抱きしめて、冷えた身体を温めてもらおう。

緩む口元をそのままに、さらに速度を上げて家路を急ぐ。

レトロと言えば聞こえがいい、古びたアパートが見えてくる。
2回の真ん中の部屋、俺とユウの暮らす部屋には、ほのかな明かりが灯って、俺を待ってくれている。

もう少し、もうすぐ着く。

もう付き合って3年半、だけど、毎日付き合いたてのように、一刻も早くユウに会いたい、触れたい。

アパートまで着くと、鉄骨の階段を軽快な足音と共に登っていく。

ユウの待つ部屋が見えた瞬間、ゆっくりとドアが開いて、俺がいちばん会いたかった人が姿を現す。

「豪!おかえりー!」

オレンジのエプロンを付けて、まるで新妻のように嬉しそうに俺に駆け寄ってくるユウ。

「ユウ、ただいま。」

俺もつられて笑顔になる。

「あれ?それ、僕の好きなたこ金?!」

ユウは土産に気づいてさらに顔を綻ばせる。
これだ、この顔が見たかった。
俺はユウのためなら、たこ焼き屋の店ごと買ってやれるかもしれない。

そんなくだらないことを考えながらユウを抱きしめる。

「あったけぇ…」
ユウの体温の温かさがじんわりと身体と心に沁み込んでくる。
「うわっ!豪、めっちゃ冷たいじゃん、早く中に入ろう。」
ユウは俺の身体を引き剥がして、手を引っ張って玄関へ向かっていく。

「豪、たこ焼きあっため……っん…」
一歩部屋の中に入って、ドアを閉めたら、そう言いかけるユウを引き寄せて、軽くキスをする。
「たこ焼きより、俺のこと先にあっためてくれる?」
ユウを抱きしめて、その耳元にそっと囁きかける。

みるみるユウの頬が赤くなっていく。
「…っもう、いつも豪は……」

そのまま俺はユウを抱き上げてベッドルームに行く。

冬の夜は長い。
ゆっくり、ゆっくり、愛しい人と身体と心を暖め合おう…。
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