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チョコレートの甘い時間
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お正月が過ぎると、急に一年のスピードは加速していく。
ついこの前までお正月ムードだった世の中は、空気をガラッと切り替えて、次なるイベントを加速させる。
そんな中、デスクの上に乗っているカレンダーと睨めっこをしながら、ユウは珍しくソワソワしていた。
「真城さん、どうしました?」
同期の橋本 沙苗がユウの様子に気がついて、声をかける。
「橋本さん…あっ、いや、その……大したことじゃないんですけど…」
ユウは気まずそうに視線を泳がせた。
「大丈夫ですよ、困ってることがあるなら、何でも言ってください。」
橋本さんは面倒見の良いお姉さんといった感じで、ユウの勤める公民館でも皆から頼りにされている人だ。
「ほら、館長もあれですし。」
そう言って橋本さんは館長のいる机を横目でチラッと見た。
都会の郊外の平日の公民館は人もまばらで、再雇用の館長は机で船を漕いでいた。
「…あの、もうすぐバレンタインじゃないですか。僕、今年は手作りのものを何かあげたいんですけど、チョコなんて作ったことなくてどうしたらいいか…」
ユウは同棲中の恋人の豪に毎年有名ブランドのチョコを贈っていたが、今年は豪の喜ぶ顔が見たくて、手作りをしたい、と思っていた。
料理はある程度できるものの、お菓子作りとなるとまた別次元の話で、ユウにはハードルが高かった。
それでも、ユウは豪が自分が作ったチョコレートを食べて嬉しそうにする姿を見たい、と思った。
「あ!それなら、今度、隣の区域の公民館でちょうど当日に、簡単なチョコレート作りの教室がありますよ!たしか、あの辺に…」
そう言って橋本さんは書類棚のなかから、なにやらカラフルなチラシ一枚取り出した。
そこには「忙しいママさんでも大丈夫!簡単チョコ作り教室♡」と書かれていた。
「ま、ママさん……ここに、僕が…?ちょっと無理ありません?」
お婆ちゃんキラーと呼ばれるユウだが、流石に人妻に混じってのチョコ作りとあっては動揺せざるを得ない。
「大丈夫です!仕事として研修で行けますから!」
橋本さんはニコッと笑ってユウにチラシを手渡し、小声でひと言付け足した。
「豪さんのためでしょ?ファイト!」
橋本さんはじめ、公民館の面々は時々訪ねてくる豪と面識があり、二人の雰囲気からすぐさま関係がバレたが、温かく見守ってくれている。
(豪のため…うん、そうだな。行ってみよう。)
「橋本さん、ありがとう。」
ユウは微笑みを返して、チラシを大切に鞄に仕舞った。
♢♦︎♢
そして、チョコ作り教室当日、ユウは隣区域の公民館にいた。
「あら~!どちらのパパさんですか?」
「エプロンお似合いですね!」
ユウは人妻に囲まれて、ニッチもサッチもいかず、狼狽えていた。
「あ…僕は隣区域の公民館職員でして、今日は研修で…」
しどろもどろに答えるユウを見て、人妻たちは「可愛い~」とクスクス笑っていた。
(は、恥ずかしい…しぬ…)
「はいはい、皆さん、おしゃべりはその辺にして始めますよ~」
先生が声をかけると、騒がしかった室内は途端に静かになった。
一通り手順の説明を聞いたあと、いよいよチョコ作りが始まる。
刻んだチョコを湯煎で溶かすと、部屋の中には甘い香りでいっぱいになった。
豪はいかにも体育会系といった見た目に反して、甘いものが大好きだった。
いつもバレンタインはユウが買ってきたチョコを2人で分けて食べていた。
その時間もとても幸せだったけど、今年はまた違った幸せを感じられる気がして、ユウは自然と笑顔になった。
「ふふ、愛れてるんですね、彼女さん」
その様子を見た大人しそうな近くの女性が声をかけてきた。
「あ、あの、彼女じゃなくて…彼氏なんです…」
ユウは小声でそっと伝えると、女性は一瞬驚いた表情を見せたが、その後にすぐ、親指を立てて、ニコッと笑った。
その日、教室では手で丸めてトリュフを作った。
ての平でコロコロと転がるチョコレートを見ながら、ユウはふと豪との夜を思い出してしまい、頬が熱くなった。
(中学生じゃないんだから、今こんなこと思い浮かべるなんて…)
そう思いながらも、一方で豪との甘い夜を期待するユウもいた。
きっと豪はユウの作ったチョコレートを見て、あの太陽みたいな笑顔で真っ直ぐに喜んでくれるだろう。
♢♦︎♢
その夜、ユウはいつにもなくソワソワしながら豪の帰りを待っていた。
窓の外を眺めては、豪の影を探して、いつもならなんてことない1分、1秒がまるで長い船旅のように感じた。
そろそろかな、と思い、ヤカンを火にかけ、珈琲を淹れる準備をしていると、カン、カン、と鉄鋼の階段を登ってくる足音が響いた。
急いで玄関へ走り、ドアを開けると、そこには今日、ユウの頭の中を独り占めしていた豪が立っていた。
「ユウ?どした?慌てて…」
豪がきょとんとした顔でユウを見つめた。
「豪!会いたかった~!」
ユウは勢いよく豪のその逞しい胸に顔を埋める。
「あはは、変なの。あれ?ユウ、なんか甘い美味しそうな匂いがするぞ?」
豪はユウの髪に顔を埋めて、くんくんと匂いを嗅ぐ。
ほのかにとろけるような甘い香りがふわっと鼻先を掠めていった。
ユウは豪の手をそっと握り、リビングに向かう。
手際よく珈琲を淹れると、ユウは鞄のなかから小さな箱を取り出した。
「今年は、その、ブランドチョコじゃないけど…僕が、作ってきたから美味しくないかもだけど…」
そこには少し曲がったリボンと、ユウの丸っこい文字で〝for you〟と書かれたミニカードが添えられた小さなギフトBOXがあった。
「え?!ユウが作ってくれたの?…まじか…」
豪は大型犬のようにはしゃいで喜んで、ユウの見たかった笑顔を見せてくれた。
「食べてくれる?」
ユウは恥ずかしそうに豪に箱を差し出した。
「待って、食うの勿体ねぇけど…食いたい!」
豪は慎重に箱を開けると、そこに6つ並んでいたトリュフを一つ摘んで、ひょいと口に放り込んだ。
「どう…?」
豪は目を閉じで、チョコレートを味わうと、カッと目を見開いた。
「んんまい!!世界一、いや宇宙一うまい!!」
豪はニカっと笑ってもう一つ摘んで食べた。
「ユウも食うか?」
豪は箱を差し出したが、ユウはそれを避けて、ソファの豪の隣に座った。
「じゃあ、僕も…」
ユウはそう言って、豪の口の端に付いたチョコをぺろりと舐めた。
ユウは可愛い顔をして、時々小悪魔になる。
「…っ!!ユウ、お前……俺が本当に食べたいもの、知ってるだろ?」
ユウはもう一度、今度は豪の頬をぺろりと舐めると、挑発的に微笑んだ。
「豪だって…僕が本当に食べたいもの、わかってるでしょ?」
甘いチョコレートの香りに包まれながら、二人は甘い夜に身を任せた。
ついこの前までお正月ムードだった世の中は、空気をガラッと切り替えて、次なるイベントを加速させる。
そんな中、デスクの上に乗っているカレンダーと睨めっこをしながら、ユウは珍しくソワソワしていた。
「真城さん、どうしました?」
同期の橋本 沙苗がユウの様子に気がついて、声をかける。
「橋本さん…あっ、いや、その……大したことじゃないんですけど…」
ユウは気まずそうに視線を泳がせた。
「大丈夫ですよ、困ってることがあるなら、何でも言ってください。」
橋本さんは面倒見の良いお姉さんといった感じで、ユウの勤める公民館でも皆から頼りにされている人だ。
「ほら、館長もあれですし。」
そう言って橋本さんは館長のいる机を横目でチラッと見た。
都会の郊外の平日の公民館は人もまばらで、再雇用の館長は机で船を漕いでいた。
「…あの、もうすぐバレンタインじゃないですか。僕、今年は手作りのものを何かあげたいんですけど、チョコなんて作ったことなくてどうしたらいいか…」
ユウは同棲中の恋人の豪に毎年有名ブランドのチョコを贈っていたが、今年は豪の喜ぶ顔が見たくて、手作りをしたい、と思っていた。
料理はある程度できるものの、お菓子作りとなるとまた別次元の話で、ユウにはハードルが高かった。
それでも、ユウは豪が自分が作ったチョコレートを食べて嬉しそうにする姿を見たい、と思った。
「あ!それなら、今度、隣の区域の公民館でちょうど当日に、簡単なチョコレート作りの教室がありますよ!たしか、あの辺に…」
そう言って橋本さんは書類棚のなかから、なにやらカラフルなチラシ一枚取り出した。
そこには「忙しいママさんでも大丈夫!簡単チョコ作り教室♡」と書かれていた。
「ま、ママさん……ここに、僕が…?ちょっと無理ありません?」
お婆ちゃんキラーと呼ばれるユウだが、流石に人妻に混じってのチョコ作りとあっては動揺せざるを得ない。
「大丈夫です!仕事として研修で行けますから!」
橋本さんはニコッと笑ってユウにチラシを手渡し、小声でひと言付け足した。
「豪さんのためでしょ?ファイト!」
橋本さんはじめ、公民館の面々は時々訪ねてくる豪と面識があり、二人の雰囲気からすぐさま関係がバレたが、温かく見守ってくれている。
(豪のため…うん、そうだな。行ってみよう。)
「橋本さん、ありがとう。」
ユウは微笑みを返して、チラシを大切に鞄に仕舞った。
♢♦︎♢
そして、チョコ作り教室当日、ユウは隣区域の公民館にいた。
「あら~!どちらのパパさんですか?」
「エプロンお似合いですね!」
ユウは人妻に囲まれて、ニッチもサッチもいかず、狼狽えていた。
「あ…僕は隣区域の公民館職員でして、今日は研修で…」
しどろもどろに答えるユウを見て、人妻たちは「可愛い~」とクスクス笑っていた。
(は、恥ずかしい…しぬ…)
「はいはい、皆さん、おしゃべりはその辺にして始めますよ~」
先生が声をかけると、騒がしかった室内は途端に静かになった。
一通り手順の説明を聞いたあと、いよいよチョコ作りが始まる。
刻んだチョコを湯煎で溶かすと、部屋の中には甘い香りでいっぱいになった。
豪はいかにも体育会系といった見た目に反して、甘いものが大好きだった。
いつもバレンタインはユウが買ってきたチョコを2人で分けて食べていた。
その時間もとても幸せだったけど、今年はまた違った幸せを感じられる気がして、ユウは自然と笑顔になった。
「ふふ、愛れてるんですね、彼女さん」
その様子を見た大人しそうな近くの女性が声をかけてきた。
「あ、あの、彼女じゃなくて…彼氏なんです…」
ユウは小声でそっと伝えると、女性は一瞬驚いた表情を見せたが、その後にすぐ、親指を立てて、ニコッと笑った。
その日、教室では手で丸めてトリュフを作った。
ての平でコロコロと転がるチョコレートを見ながら、ユウはふと豪との夜を思い出してしまい、頬が熱くなった。
(中学生じゃないんだから、今こんなこと思い浮かべるなんて…)
そう思いながらも、一方で豪との甘い夜を期待するユウもいた。
きっと豪はユウの作ったチョコレートを見て、あの太陽みたいな笑顔で真っ直ぐに喜んでくれるだろう。
♢♦︎♢
その夜、ユウはいつにもなくソワソワしながら豪の帰りを待っていた。
窓の外を眺めては、豪の影を探して、いつもならなんてことない1分、1秒がまるで長い船旅のように感じた。
そろそろかな、と思い、ヤカンを火にかけ、珈琲を淹れる準備をしていると、カン、カン、と鉄鋼の階段を登ってくる足音が響いた。
急いで玄関へ走り、ドアを開けると、そこには今日、ユウの頭の中を独り占めしていた豪が立っていた。
「ユウ?どした?慌てて…」
豪がきょとんとした顔でユウを見つめた。
「豪!会いたかった~!」
ユウは勢いよく豪のその逞しい胸に顔を埋める。
「あはは、変なの。あれ?ユウ、なんか甘い美味しそうな匂いがするぞ?」
豪はユウの髪に顔を埋めて、くんくんと匂いを嗅ぐ。
ほのかにとろけるような甘い香りがふわっと鼻先を掠めていった。
ユウは豪の手をそっと握り、リビングに向かう。
手際よく珈琲を淹れると、ユウは鞄のなかから小さな箱を取り出した。
「今年は、その、ブランドチョコじゃないけど…僕が、作ってきたから美味しくないかもだけど…」
そこには少し曲がったリボンと、ユウの丸っこい文字で〝for you〟と書かれたミニカードが添えられた小さなギフトBOXがあった。
「え?!ユウが作ってくれたの?…まじか…」
豪は大型犬のようにはしゃいで喜んで、ユウの見たかった笑顔を見せてくれた。
「食べてくれる?」
ユウは恥ずかしそうに豪に箱を差し出した。
「待って、食うの勿体ねぇけど…食いたい!」
豪は慎重に箱を開けると、そこに6つ並んでいたトリュフを一つ摘んで、ひょいと口に放り込んだ。
「どう…?」
豪は目を閉じで、チョコレートを味わうと、カッと目を見開いた。
「んんまい!!世界一、いや宇宙一うまい!!」
豪はニカっと笑ってもう一つ摘んで食べた。
「ユウも食うか?」
豪は箱を差し出したが、ユウはそれを避けて、ソファの豪の隣に座った。
「じゃあ、僕も…」
ユウはそう言って、豪の口の端に付いたチョコをぺろりと舐めた。
ユウは可愛い顔をして、時々小悪魔になる。
「…っ!!ユウ、お前……俺が本当に食べたいもの、知ってるだろ?」
ユウはもう一度、今度は豪の頬をぺろりと舐めると、挑発的に微笑んだ。
「豪だって…僕が本当に食べたいもの、わかってるでしょ?」
甘いチョコレートの香りに包まれながら、二人は甘い夜に身を任せた。
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