ワイングラスのすみれ色

推原すずめ

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ワイングラスのすみれ色

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その日、ユウは同僚の橋本さんから山梨旅行のお土産に、と赤ワインを一本もらって帰ってきた。

橋本さん曰く、辛口が苦手なユウでも飲めるくらいに甘くて飲みやすいワインだとか。

ただし、アルコール度数は高いから一気に飲まないように、と釘を刺された。

「豪さんと一緒に仲良く飲んでくださいね」

橋本さんは豪とユウのことを知っていて、陰ながら応援してくれている。

(せっかくだから、おつまみ作って、豪と一緒に飲もう。)

豪もユウも2人ともお酒は飲めるが、普段はそんなに飲む方ではない。

週末やイベントごとの時には飲むけれど、そんなに頻繁でなかった。

偶然にも明日は2人とも休日だ。少しくらい羽目を外しても罰は当たらないだろう。

(豪、喜ぶかな?)

ユウはわくわくしながら帰り道のスーパーで、普段よりちょっとだけ高級なチーズと生ハムを買って帰った。

豪が帰ってくる時間まであと1時間半、ユウはおつまみを作りながら、チラッとワインボトルに視線を泳がせる。

(このワイン、どんな味なのかな?このチーズとハムに合うかな?)

ほんの出来心で、少しだけ、合わせる料理の確認のため、とユウは栓をあけ、ワイングラスに少しだけ中身を注いで飲み干す。

「んっ…!美味しい!」

口に含んだ瞬間に広がる葡萄の芳醇な香りと、舌にねっとりと残る濃厚な蜜のような甘味が後を引いて何とも言えなかった。

味見のつもりがあまりの美味しさにもう少し、もう少し、と調子よく飲んでしまい、豪が帰って来た頃にはユウはすっかり出来上がっていた。

「ユウ?」

いつもなら豪が帰ると美味しそうな夕飯の匂いがするのに、この日は何の香りもしなかった。

代わりに見つけたのはテーブルにもたれかかって幸せそうにニヤけているユウの姿だった。

「あっ、豪だぁ♡へへっ…おかえりぃ~」

豪の姿を見るとユウは嬉しそうにふにゃっと笑った。

「ユウ、酒飲んだ?」

テーブルの上のワイングラスを見て豪はユウが酔っ払ってることを悟った。

「うん。橋本さんがくれたんだぁ、豪と飲んでって。豪も一緒に飲も?」

ユウがフラッと立ち上がり、豪の腰に腕を回して抱きつく。

「こら、酔っ払い…」

「早く、早く飲もう!」

ユウはそのままテーブルの前まで豪を連れて行きソファに座らせると、豪の膝の上にちょこんと座った。

「ユウ…これじゃ飲めないんですけど?」

豪は少し困った顔をしてユウを見る。

「大丈夫!僕が飲ませてあげるからぁ」

へへっと嬉しそうに笑い、ユウはテーブルの上のワイングラスを手にとって、豪の口に運んだ。

「うわっ!ちょっと、ユウ…」

酔っ払ったユウがグラスを傾けすぎで豪の口の端から一雫のワインが溢れる。

「ごめん、ごめん~…っと」

ユウは豪の口の端を濡らしたワインをペロリと舐めとる。

「ふふっ…美味しい…」

ユウは色気を含んで悪戯っぽく微笑む。

「ワインだけじゃ物足りないな…」

豪は身体の熱さを感じて、ユウの顎をそっと掴んで軽くキスをする。

「他になにが欲しいの?豪?」

ユウは瞳をとろんとさせて上目遣いに豪に視線を送る。

「可愛い奥さんが欲しいな…」

ユウはワイングラスをテーブルにそっと置くと、豪に深いキスをした。

「豪の奥さんにしてくれる?」

薄く紅色に染まった頬を緩ませて、ユウは両手で豪の顔を包んだ。

「俺の隣にはユウしかいらないよ…かわいい奥さん」

そのまま2人は折り重なるようにソファに沈んでいき、ワインの香りと甘い吐息の漏れる夜を味わった。

♢♦︎♢

翌朝、テーブルには空いたワイングラスと忘れ去られたチーズの欠片の乗った小皿。

いつの間にか布団に運ばれていたユウは伸びをしてゆっくりと起き上がった。

手近にあった豪のシャツを素肌に纏ってユウはそっと布団を離れた。

まだぐっすりと夢の中にいる豪の肩に布団をかけて、ユウは散らかしっぱなしのリビングへ向かう。

「久しぶりに酔っ払っちゃったな…」

橋本さんが言っていた通り、赤ワインは飲みやすい割にアルコール度数が高かった。

それでも昨夜の記憶は甘いワインと同じくらい甘美だ。

ユウはワイングラスを手に取りキッチンへ向かう。

グラスの底に微かに残ったワインが水と混ざると綺麗なすみれ色に変化した。

「わあ…」

ユウはその美しく透明なすみれ色に感嘆の声を漏らした。

その時、寝室のドアが開く音がして、豪が頭をかきながらまだ眠そうな顔を見せた。

「おはよう…」

そのまま歩み寄ると豪は後ろからユウをきゅっと抱きしめた。

「おはよう、豪。これ見て、綺麗じゃない?」

ユウはすみれ色のワイングラスを豪に見せた。

「本当だ、綺麗な色だな…。俺、ユウのそういうとこ、すげー好き。」

豪はユウを抱きしめる腕に少し力を込めた。

「え?どういうこと?」

ユウはきょとんとして豪に視線を送る。

「ユウはなんでも特別にするだろ?だから俺は毎日が特別になるんだよ。」

背中に豪の体温を感じながらユウは嬉しそうに微笑んだ。

ユウの手の中で透明なすみれ色がきらきらと揺れていた。


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