「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん

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第27話:皇帝のプロポーズ

白銀の離宮を包む空気は、夕刻の訪れと共に、琥珀色の静寂へと溶け込んでいた。
千年樹の木陰で深い眠りに落ちていたエルゼ・ラザリスは、頬を撫でる涼やかな風と、遠くで鳴る晩鐘の音に、ゆっくりと意識を浮上させた。
「……っ。……睡眠時間、一時間二二分。……脳内キャッシュのクリアを確認。……思考速度が、通常時の二〇%増しでクリアになっています。……休息という非効率なプロセスが、これほどまでに高い最適化をもたらすとは、……計算外でした」
エルゼは身を起こし、まだ少しだけ熱を帯びた頭で現状を把握しようとする。視界はまだ、眼鏡がないためにぼんやりとしていたが、すぐ隣に座るヴィクトールの、圧倒的な存在感だけは肌で感じることができた。
「目が覚めたか、エルゼ。……少しは、その『可愛くない』頭脳も冷えたようだな」
「……陛下。……眼鏡を返してください。……視界の解像度が低い状態では、……貴方の表情という重要なパラメータを正確に読み取ることができません」
「ふん。ならば、読み取る必要のないほど、近くで聞け」
ヴィクトールはエルゼの細い肩を引き寄せ、彼女をバルコニーへと連れ出した。
眼下に広がるのは、エルゼが整備した魔導の光が灯り始めた帝都ベルンシュタイン。空は紫とオレンジが混ざり合い、この世のものとは思えないほど美しいグラデーションを描いている。
「……エルゼ。貴様はかつて、王国で『道具』として扱われた。……そして我が帝国に来て、貴様は自らを『検閲官』という役職に縛り付けた。……だが、我が求めているのは、国を守る盾でも、魔力を測る秤でもない」
ヴィクトールは、懐から小さな、だが重厚な銀の箱を取り出した。
エルゼの瞳が、無意識にその箱の表面に刻まれた微細な術式をスキャンしようとする。
「……その箱。……高密度のミスリル銀。……および、内部に『次元凍結式』の保存結界が展開されています。……中身の希少価値が、私の月俸の……三百倍スリーハンドレッド・タイムズを超えると推測されます。……陛下、公務の予算を私物化するのは……」
「黙れ、この分からず屋が。……これは予算ではない。我が、我が一族の宝物庫から、貴様のためにだけ選び出した『素材』だ」
ヴィクトールが蓋を開ける。
そこにあったのは、大粒のダイヤモンドでも、燃えるようなルビーでもなかった。
それは、透き通った青い魔力結晶を核とし、その周囲を銀の極細糸が、まるで「リリアの花」の形を模して編み上げられた、極致の魔導指輪だった。
「……っ!? これは……」
エルゼの息が止まる。
彼女には、それがただの装飾品ではないことが瞬時に理解できた。
指輪の核となっているのは、第23話で北塔から持ち出した、あの「リリアの花の香りを合成する結界」の術式そのもの。ヴィクトールは、エルゼがかつて捨てた「幼き日の優しさ」を拾い上げ、帝国最高の技師たちと共に、世界で最も強固で、最も美しい「盾」へと再構築していたのだ。
「……解析、終了。……指輪の内部に、……私の全魔力出力を一瞬で倍加させる『ブースト回路』。……および、物理・魔法すべての干渉を無効化する『絶対零度防壁』。……そして、……常時、私の精神を安定させるための、……リリアの花の香りの芳香機能。……これほどの術式を一点に凝縮するのは、……論理的に、……不可能、なはずです……」
「不可能を可能にするのが、帝国の皇帝だろう。……エルゼ。これは貴様を縛る鎖ではない。……貴様の知性を、貴様の魂を、この不条理な世界から永遠に守り抜くための『誓約』だ」
ヴィクトールは、エルゼの震える左手を取り、その薬指に、冷たく、だが温かな銀の輪を滑り込ませた。
「エルゼ・ラザリス。……我が帝国の半分ではなく、……我が人生のすべてを、貴様に預けたい。……我が隣で、永遠に世界を検閲し続けろ。……誰にも貴様を傷つけさせぬ。誰にも貴様を『道具』と呼ばせぬ。……我が妻として、……我を、……愛してはくれぬか?」
エルゼは、自分の指先に宿った、かつてないほど洗練された魔力の拍動を感じていた。
それは、彼女がどれほど高度な数式を組んでも、一生かけても記述できなかった「守られることの安心感」そのものだった。
「(……エラー。エラー。……論理回路が、完全にオーバーフローしました。……拒否する理由が、……見当たりません。……私の人生において、……これ以上の『正解』が提示される確率は、……限りなくゼロに等しい……)」
エルゼは、潤んだ瞳でヴィクトールを見上げた。
眼鏡がないせいで、彼の顔はまだ少しぼやけている。
だが、その瞳に宿る真摯な熱量だけは、どの計器よりも正確に彼女の心に伝わっていた。
「……陛下。……貴方は、……非常に、……非効率な投資をなさいました。……私のような、……可愛げもなく、……数字しか愛せない女に、……これほど高度なリソースを注ぎ込むなんて」
エルゼは、ヴィクトールの胸に額を押し当てた。

「……ですが、……私の演算結果は、……一つの結論を導き出しました。……私の知性は、……貴方の隣にある時にのみ、……最大のパフォーマンスを発揮します。……そして、……私の心臓の鼓動が、……貴方の声に共鳴シンクロする現象を、……既存の魔法学では説明できません」
エルゼは、ヴィクトールのコートを強く握りしめ、掠れた声で続けた。
「……承認します。……陛下のプロポーズを、……私の人生の『唯一の定数』として固定ロックします。……私も、……私も、貴方を、……論理を超越して、……愛しています」
ヴィクトールは、感極まったようにエルゼを抱き上げ、夕闇のバルコニーで、彼女の唇に深い誓いの口付けを落とした。

その瞬間、指輪に組み込まれた「リリアの花」の術式が、二人の幸福に反応して柔らかな光を放った。
帝都の夜風が、エルゼがかつて夢見た、甘く優しい春の香りを運び去っていく。

世界最高の防御結界であり、世界最高の婚約指輪。
それは、冷徹だった少女が手に入れた、鉄壁の愛の象徴だった。
物語は、全土が祝福に包まれる至高の瞬間――第28話「最高の結婚式」へと、その輝かしいフィナーレを描き出す。
感想 9

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