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第4話:魔王の蜜愛、初めて与えられた居場所
ライネルト公爵邸の門をくぐった瞬間、私は別世界へと迷い込んだかのような錯覚に陥った。
伯爵家の屋敷も十分に豪華だったはずだが、ここは次元が違う。
高い天井には精緻な彫刻が施され、足元には毛足の長い絨毯がどこまでも続いている。
「魔王の城」と恐れられるその場所は、冷酷な噂とは裏腹に、驚くほど暖かな魔力の灯火に包まれていた。
シグルド様は私を抱き上げたまま、迷いのない足取りで廊下を進んでいく。
「シ、シグルド様、もう大丈夫です。自分で歩けますから、降ろしてください」
あまりの気恥ずかしさに胸元で小さく抗議するが、シグルド様は聞き入れるどころか、さらに力を込めて私を抱き寄せた。
「駄目だ。貴女の足は泥に汚れ、氷のように冷え切っている。俺が温めてやらねば、体調を崩してしまうだろう」
その声には、一切の反論を許さない独占欲が滲んでいた。
彼が辿り着いたのは、屋敷の中でも最も陽当たりの良い場所に位置する、広大な一室だった。
扉が開かれると、そこには最高級のシルクで設えられた天蓋付きのベッドと、暖炉で赤々と燃える炎が私を待っていた。
「ここは……」
「今日から貴女の私室だ。隣は俺の寝室に繋がっている。何かあれば、いつでも俺を呼ぶといい」
シグルド様は私をゆっくりとソファに降ろすと、跪いて自らの手で私の足を拭い始めた。
「そ、そんな、公爵様が自らなさるようなことではありませんわ!」
私は慌てて足を引っ込めようとしたが、彼の大きな掌がそれを優しく、けれど強く留める。
「エルサ、勘違いしないでほしい。貴女を慈しみ、世話を焼くことは、俺にとって至上の悦びなのだ」
彼は私の冷え切った足先に口づけを落とした。
その仕草があまりに自然で、同時に狂おしいほどの愛着に満ちていて、私は顔が火を噴くほどに熱くなるのを感じた。
今まで、私は「無能」として家畜同然の扱いを受けてきた。
妹ミーナの汚れた靴を磨き、両親の残飯を分け与えられるのが日常だった。
それなのに、この世界最強と謳われる男は、私の汚れを厭うどころか、愛おしそうに私に触れている。
「まずは湯浴みを済ませよう。貴女に相応しい、最高級の霊素石で濾過した湯を用意させた」
シグルド様の合図で、控えていたメイドたちが一斉に動き出す。
用意されたドレスは、どれもが伯爵家では見たこともないような、繊細なレースと宝石を散りばめた逸品ばかりだった。
「あ……あの、シグルド様。一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」
私は湯浴みを終え、柔らかなガウンに身を包んだ後、暖炉の前で私の髪を乾かし始めた彼に問いかけた。
公爵自らが、私の銀髪を一房ずつ丁寧に、魔法の熱で乾かしてくれている。
「何だ、エルサ」
「なぜ、そこまでしてくださるのですか?私はただの、魔力一の役立たずですのに」
シグルド様の手が、一瞬だけ止まった。
次の瞬間、彼の背後から立ち上る魔圧が、ピりりと空気を震わせる。
それは私への怒りではなく、私を傷つけた者たちへの、苛烈な殺意だった。
「二度と、自分を役立たずなどと呼ばないでくれ。貴女をそう思い込ませたランバートの者どもには、いずれ万死をもって償わせる」
彼は私の肩に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「貴女の価値は、この帝国のどの宝石よりも、どの強力な竜騎士よりも重い。俺にとっては、貴女がいる。ただそれだけで、この世界を守る理由になるのだから」
その言葉は、甘い蜜のように私の心に染み渡っていった。
今まで張り詰めていた心が、彼の熱に触れてゆっくりと解けていく。
私が救った小さな漆黒の仔竜が、シグルド様の足元で丸くなり、満足げに喉を鳴らしている。
この仔竜も、そしてシグルド様も、私を必要としてくれている。
初めて与えられた「居場所」の温かさに、私は知らず知らずのうちに涙をこぼしていた。
シグルド様はその涙を親指でそっと拭い、情熱を押し殺したような低い声で囁いた。
「今夜はゆっくり眠るといい。夢の中でも、俺が貴女を守り抜こう」
私はライネルト公爵邸の静寂の中で、深い安らぎと共に意識を手放していった。
明日から始まる、かつての地獄とは正反対の、眩すぎるほどの日々を思い描きながら。
伯爵家の屋敷も十分に豪華だったはずだが、ここは次元が違う。
高い天井には精緻な彫刻が施され、足元には毛足の長い絨毯がどこまでも続いている。
「魔王の城」と恐れられるその場所は、冷酷な噂とは裏腹に、驚くほど暖かな魔力の灯火に包まれていた。
シグルド様は私を抱き上げたまま、迷いのない足取りで廊下を進んでいく。
「シ、シグルド様、もう大丈夫です。自分で歩けますから、降ろしてください」
あまりの気恥ずかしさに胸元で小さく抗議するが、シグルド様は聞き入れるどころか、さらに力を込めて私を抱き寄せた。
「駄目だ。貴女の足は泥に汚れ、氷のように冷え切っている。俺が温めてやらねば、体調を崩してしまうだろう」
その声には、一切の反論を許さない独占欲が滲んでいた。
彼が辿り着いたのは、屋敷の中でも最も陽当たりの良い場所に位置する、広大な一室だった。
扉が開かれると、そこには最高級のシルクで設えられた天蓋付きのベッドと、暖炉で赤々と燃える炎が私を待っていた。
「ここは……」
「今日から貴女の私室だ。隣は俺の寝室に繋がっている。何かあれば、いつでも俺を呼ぶといい」
シグルド様は私をゆっくりとソファに降ろすと、跪いて自らの手で私の足を拭い始めた。
「そ、そんな、公爵様が自らなさるようなことではありませんわ!」
私は慌てて足を引っ込めようとしたが、彼の大きな掌がそれを優しく、けれど強く留める。
「エルサ、勘違いしないでほしい。貴女を慈しみ、世話を焼くことは、俺にとって至上の悦びなのだ」
彼は私の冷え切った足先に口づけを落とした。
その仕草があまりに自然で、同時に狂おしいほどの愛着に満ちていて、私は顔が火を噴くほどに熱くなるのを感じた。
今まで、私は「無能」として家畜同然の扱いを受けてきた。
妹ミーナの汚れた靴を磨き、両親の残飯を分け与えられるのが日常だった。
それなのに、この世界最強と謳われる男は、私の汚れを厭うどころか、愛おしそうに私に触れている。
「まずは湯浴みを済ませよう。貴女に相応しい、最高級の霊素石で濾過した湯を用意させた」
シグルド様の合図で、控えていたメイドたちが一斉に動き出す。
用意されたドレスは、どれもが伯爵家では見たこともないような、繊細なレースと宝石を散りばめた逸品ばかりだった。
「あ……あの、シグルド様。一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」
私は湯浴みを終え、柔らかなガウンに身を包んだ後、暖炉の前で私の髪を乾かし始めた彼に問いかけた。
公爵自らが、私の銀髪を一房ずつ丁寧に、魔法の熱で乾かしてくれている。
「何だ、エルサ」
「なぜ、そこまでしてくださるのですか?私はただの、魔力一の役立たずですのに」
シグルド様の手が、一瞬だけ止まった。
次の瞬間、彼の背後から立ち上る魔圧が、ピりりと空気を震わせる。
それは私への怒りではなく、私を傷つけた者たちへの、苛烈な殺意だった。
「二度と、自分を役立たずなどと呼ばないでくれ。貴女をそう思い込ませたランバートの者どもには、いずれ万死をもって償わせる」
彼は私の肩に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「貴女の価値は、この帝国のどの宝石よりも、どの強力な竜騎士よりも重い。俺にとっては、貴女がいる。ただそれだけで、この世界を守る理由になるのだから」
その言葉は、甘い蜜のように私の心に染み渡っていった。
今まで張り詰めていた心が、彼の熱に触れてゆっくりと解けていく。
私が救った小さな漆黒の仔竜が、シグルド様の足元で丸くなり、満足げに喉を鳴らしている。
この仔竜も、そしてシグルド様も、私を必要としてくれている。
初めて与えられた「居場所」の温かさに、私は知らず知らずのうちに涙をこぼしていた。
シグルド様はその涙を親指でそっと拭い、情熱を押し殺したような低い声で囁いた。
「今夜はゆっくり眠るといい。夢の中でも、俺が貴女を守り抜こう」
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