妹ばかり可愛がる両親と婚約者に愛想を尽かして家を出たら、世界最強の竜騎士に「ずっと探していた」とプロポーズされました。

しょくぱん

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第9話:鉄槌の拒絶、慈悲なき宣告

元婚約者のジェイクが地下牢へと引き立てられてから、数時間が経過した。
 
 公爵邸の静寂は、何事もなかったかのように戻っていたが、私の心には確かな熱が残っていた。
 
 それはかつての恐怖ではなく、自分の足で立ち、過去を拒絶できたという確かな自負じふだった。
 
 しかし、運命はまだ私に、かつての地獄の残滓を突きつけてくる。
 
「エルサ様、ランバート伯爵が……貴女の『お父上』が、玄関先で面会を求めて絶叫しております」
 
 執事の冷ややかな報告に、私はシグルド様と顔を見合わせた。
 
 シグルド様は、不快そうに眉根を寄せた。
 
「しぶとい連中だ。バートリ家が潰れたことで、次は自分たちの番だと悟ったのだろう。エルサ、会う必要はない。俺が今すぐ、あの男の舌を引き抜いて黙らせよう」
 
「いえ、シグルド様。私が行きます。最後にはっきりと言わなければならないことがありますから」
 
 私は、シグルド様の制止を優しく振り切り、邸の正面玄関へと向かった。
 
 重厚な扉が開くと、そこにはかつて私が「お父様」と呼んでいた男が立っていた。
 
 伯爵としての威厳はどこへやら、服は乱れ、髪は振り乱し、その目は血走っている。
 
「エルサ!おお、エルサ、我が愛しの娘よ!よくぞ顔を見せてくれた!」
 
 彼は私を見るなり、地べたに這いつくばるようにして私の靴を掴もうとした。
 
 私は反射的に一歩下がる。その手は、かつて私を激しく打ち据えた手だ。
 
「……ランバート伯爵。公爵邸の前で無様な真似はやめてください。周囲の目が気にならないのですか?」
 
「伯爵?何を他人行儀な!お前は私の娘、ランバートの誇りだろう!あのミーナはもう使い物にならん。魔力を失い、正気まで失ってしまった……。だが、お前がいる!お前のその神級の魔力があれば、我が家は帝国の頂点に立てるのだ!」
 
 男の言葉には、私という人間への愛など一塵も含まれていなかった。
 
 あるのは、私という「強力な道具」を失いたくないというだけ。
 
「誇り、ですか。魔力値一の無能として、雨の夜に私を追い出した時、貴方は何と仰いましたか?」
 
「そ、それは……!あれはお前の才能を覚醒させるための試練で……!」
 
「嘘を吐かないでください。貴方は私に『死ね』と言った。家族としての縁も、人間としての尊厳も、すべて奪い去ったのは貴方です」
 
 私は、胸の奥で眠っていた白銀の魔力を、静かに、しかし鮮烈に解き放った。
 
 私の背後で、いつの間にか中型犬ほどの大きさに成長した漆黒の仔竜が、低く唸り声を上げる。
 
 伯爵は、その圧倒的な重圧に、ガタガタと歯を鳴らして震え上がった。
 
「私はもう、ランバートの人間ではありません。エルサ・フォン・ライネルト。それが今の私の名前です。貴方との縁は、あの雨の夜に、泥の中に捨ててきました」
 
「待て!頼む、エルサ!借金が……ライネルト公爵から突きつけられた賠償金と経済封鎖で、家が、家が潰れてしまうんだ!このままでは私は路頭に迷う!」
 
 シグルド様が、静かに私の隣に立った。
 
 彼は懐から一通の証書を取り出すと、ゴミでも捨てるかのように伯爵の足元に放り投げた。
 
「それは、ランバート伯爵家が代々積み上げてきた不当利得と、エルサへの虐待に対する『慰謝料』の請求書だ。貴様の屋敷も、家財も、爵位も、すべて没収の手続きを終えた」
 
「な……なんだと……!?」
 
「貴様に残された道は一つ。平民として、かつてのエルサが味わった以上の苦しみを舐めながら、泥を啜って生き永らえることだ。死ぬことさえ、俺が許さない」
 
 シグルド様の声は、死神の宣告よりも冷酷だった。
 
 伯爵は、手にした証書を震える指で見つめ、絶叫を上げた。
 
 その時、彼の背後の空が赤く染まった。
 
 遠く、ランバート伯爵家の屋敷がある方向から、激しい火柱が上がっている。
 
 代々、家門を守護してきた「火竜」が、主の醜態と没落に絶望し、契約を破棄して暴走を始めたのだ。
 
「我が家の守護龍が……!ああ、あああ……!」
 
 伯爵は発狂したように笑い出し、夜の闇へと走り去っていった。
 
 私はその背中を見送りながら、長く、深い溜息を吐いた。
 
 これで、本当に終わったのだ。
 
 シグルド様は、私の肩を優しく、しかし折れんばかりの力で抱きしめた。
 
「よく言った、エルサ。貴女は本当に強く、美しい」
 
「……ありがとうございます、シグルド様。でも、少しだけ……疲れました」
 
「ああ、今は俺の腕の中で休むがいい。これからは、貴女を傷つける影一つ、この屋敷には入れさせない」
 
 シグルド様は私を横抱きにすると、そのまま私室へと運んでくれた。
 
 彼の胸の鼓動が、私の耳に心地よく響く。
 
 私は、自分を縛っていた過去という鎖が、完全に砕け散ったことを確信しながら、深い安らぎの中へ落ちていった。
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