死ぬ瞬間にだけ、愛してほしい

しょくぱん

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第15話(改稿版):禁忌・命の全譲渡

 王宮の静寂は、死神の足音に似ていた。
 豪奢な天蓋付きの寝台に横たわるアルベルトの呼吸は、すでに糸のように細い。リリアーヌが数年間にわたりエルゼから魔力を奪い、彼に与え続けてきた「歪な癒やし」。そのつけが、魔力の拒絶反応――末期の魔力酔いとなって彼の心臓を止めようとしていた。

「……殿下、聞こえますか……アルベルト様……」

 離宮の片隅、見捨てられた部屋から這い出してきたのは、幽霊のような姿をしたエルゼだった。
 毒を飲まされた喉は焼け爛れ、声はとうに失われている。足の感覚も、彼が負った戦傷を肩代わりしたせいでとうに消えていた。それでも彼女は、血の滲む指先を床に立て、一寸ずつ、一寸ずつ、愛する男のもとへと這い寄る。

 彼女には分かっていた。自分に残された時間はあとわずかであり、そして彼を救う方法は、たった一つしか残されていないことを。

 それは、聖女の一族にのみ伝わる呪われた禁忌――「命の全譲渡」。
 自らの鼓動、魂の核そのものを、生きたまま相手に移し替える術式。

「……ぁ……」

 アルベルトの冷え切った手に、エルゼの震える指が触れる。
 かつて彼から「汚らわしい」と撥ねのけられたその手が、今は彼の命を繋ぎ止める唯一の鎖となった。エルゼは残された全ての魔力を練り上げ、自身の心臓に眠る「聖女の核」を彼へと流し込み始める。

 音のない世界で、エルゼは微笑んだ。
 ドクン、と。
 停止しかけていたアルベルトの心臓が、力強く、激しく脈打ち始める。
 エルゼの鼓動が、彼の体の中で新しい命として産声を上げたのだ。

「……う、……あ……」

 アルベルトの瞼が微かに動く。
 彼が目覚める。彼が生きる。その確信を得た瞬間、エルゼは力尽き、彼の傍らに崩れ落ちた。
 かつては温かかった彼女の肌は、今はもう、氷のように冷え切っている。

 その時、寝室の扉が乱暴に開かれた。

「アルベルト様!! 大変、聖職者たちを呼んで……っ!?」

 駆け込んできたリリアーヌは、目にした光景に息を呑んだ。
 力強く脈を打つアルベルトと、その横で、白髪になり果て、泥のように倒れているエルゼ。
 
「……な、なんてこと。この女、最後になって何を……」

 リリアーヌは瞬時に理解した。エルゼが「命」を譲渡したことを。
 そして、このままでは自分の嘘が全て暴かれることも。
 
 意識を取り戻しつつあるアルベルトが、掠れた声で呟く。

「……エル……ゼ……? どこだ……、誰が……」

 リリアーヌは咄嗟に、床に転がっているエルゼの体を足蹴にし、影に隠した。
 
「アルベルト様! 気がつかれましたのね! わたくしが……わたくしが必死に祈りを捧げて、神に命を乞うたのですわ!」

 アルベルトは朦朧とした意識の中で、リリアーヌに抱きしめられる。
 だが、彼の胸に響く鼓動は、抱きしめている女の温もりを拒絶するように、激しく、悲しく、震えていた。

 彼を救ったのは、彼が「死ね」と呪った、あの白銀の亡霊(エルゼ)だった。
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