1分で読める怖い話短編集

しょくぱん

文字の大きさ
11 / 15

おかえりなさい。

しおりを挟む
仕事で疲れ果て、午前二時にアパートに帰り着いた時のことだ。 鍵を取り出そうとして、ふと違和感を覚えた。

玄関のドアノブに、小さな「白い付箋」が貼ってある。

誰かのいたずらだろうか。剥がしてみると、そこには見覚えのある、しかしどこか歪んだ筆跡でこう書かれていた。

『2:10 お帰りなさい。今日は少し遅かったね』

心臓がドクンと跳ねた。私の帰宅時間を知っている? 気味が悪くなり、急いで部屋に入り、内側から鍵とチェーンを閉めた。 ストーカーだろうか。明日、管理会社に相談しよう。そう自分に言い聞かせ、着替えようとして鏡を見た。

鏡の端に、また「白い付箋」が貼ってある。

『2:15 まずは手を洗わなきゃ。バイ菌がいっぱいだよ』

「……っ!」

悲鳴を上げそうになり、口を押さえた。 外じゃない。奴は、「中」にいる。 私は震える手でスマホを掴み、警察に通報しようとした。しかし、画面の上にも付箋が貼られていた。

『2:17 警察はダメだよ。二人だけの時間を邪魔されたくないもん』

パニックになり、私は玄関へ走った。外に逃げなきゃ死ぬ。 必死に鍵を開け、ドアを押し開けようとした。 しかし、ドアはびくともしない。まるで外側から強力な力で押さえつけられているようだ。

その時、足元にヒラリと付箋が落ちてきた。ドアの隙間から差し込まれたのだ。

『2:20 どこへ行くの? 外は危ないよ。だって、「僕」が外にいるんだから』

……え? じゃあ、さっきまで部屋の中に付箋を貼っていたのは誰だ?

私はゆっくりと振り返った。 誰もいないはずの暗い廊下。その突き当たりのトイレのドアに、大きな付箋が貼ってあるのが見えた。

『2:21 部屋の中にいるのは、「僕」じゃないよ』

混乱で頭が割れそうだった。 外に「僕」がいて、中には「僕じゃない誰か」がいる? その時、トイレのドアがギィ……と音を立てて開いた。

中から這い出してきたのは、私と全く同じ服を着て、私と全く同じ顔をした、しかし「目と口が上下逆に付いている」生き物だった。 それは私の顔を見上げ、不自然に折れ曲がった指で、自分の胸元に貼られた付箋を指差した。

『2:22 僕は、君になりたい「影」だよ』

そいつが立ち上がろうとした瞬間、玄関のドアが激しく叩かれた。

「開けろ! 開けるんだ! 中にいるのは僕じゃない! そいつを中に入れるな!」

外から聞こえるのは、聞き慣れた、紛れもない「私の声」だった。 私はパニックの極致で、目の前の化け物と、玄関のドアを交互に見た。 どちらが本当の「僕」で、どちらが「僕じゃない」のか。

その時、ポケットの中でスマホが震えた。 通知画面を見ると、カメラ付きインターホンの録画記録が更新されている。

震える指で再生ボタンを押した。 画面に映っていたのは、誰もいない無人の玄関先だった。 しかし、音声だけが虚空に向かって叫んでいる。 「開けろ! 中にいるのは僕じゃない!」

そして、画面の中の「何もない空間」から、スッと付箋が現れ、空中に張り付いた。

『2:25 正解は……』

私はゆっくりと、自分の手を見た。 私の手の甲には、いつの間にか付箋が張り付いていた。

『2:26 君も、僕も、最初からいなかった』

その瞬間、私の体の感覚が消えた。 視界が急激に低くなり、私は自分が「一枚の紙」になって、床に落ちていくのを感じた。

廊下の奥から、逆さまの顔をした「私」が近づいてくる。 そいつは床に落ちた私(付箋)を拾い上げ、満足そうに笑った。 そして、新しい付箋にこう書き込んだ。

『2:30 さあ、次の「お帰りなさい」を待とうか』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

残酷喜劇 短編集

ドルドレオン
ホラー
残酷喜劇、開幕。 短編集。人間の闇。 おぞましさ。 笑いが見えるか、悲惨さが見えるか。

三分で読める一話完結型ショートホラー小説

ROOM
ホラー
一話完結型のショートショートです。 短いけれど印象に残るそんな小説を目指します。 毎日投稿して行く予定です。楽しんでもらえると嬉しいです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

今日の怖い話

海藤日本
ホラー
出来るだけ毎日怖い話やゾッとする話を投稿します。 一話完結です。暇潰しにどうぞ!

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

処理中です...