1000匹狩ればスキルMAX。ドラゴンという絶壁を前に、子供になった元部長が導き出した――「生存戦略」

月城 蓮桜音

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第37話 鹿100匹は、朝飯前

 翌朝。私はいつも通りに目を覚まし、いつも通り水汲みを終え、いつも通り身支度を整え、いつも通り街の外へ出た。
 
 ――いつも通り、魔物狩りだ。違うのは、目的だけ。
 
「照り焼き、百人前……」
 
 口に出すと、胃がきゅっと縮むような気がする。昨日までの私なら、百人前なんて聞いた瞬間に逃げ出していたはずだ。だが今の私は、逃げない……いや、逃げられない。なぜなら――交渉で約束してしまったからだ。それも、黒くて大きなボスドラゴンと。肩の上で、猫が静かに尻尾を揺らした。
 
「……分かってる。約束したからな」
 
 猫は鳴かず、ただ目を細めた。街を出て少し歩くと、草原が見えてきた。風に揺れる草。遠くに見える小さな群れ。角の形からして、鹿――いや、鹿のような魔物だ。
 
「……いた」
 
 私は視線を走らせ、群れの密度を測る。この草原の魔物は弱い。森の魔物に比べれば、危険度は低い。だからこそ、普段ならここで狩りをする必要はない。効率が悪いからだ。だが今回は話が違う。数が必要だ。私は、肩の上の猫に小さく言った。
 
「鹿……百匹くらい、朝飯前だよね?」
 
 猫が、短く「にゃ」と鳴いた。……肯定とも催促とも取れるが、否定もしない。私は息を吸い、スキルを展開する。意識の端に、いつもの感覚が広がる。足音。匂い。風の流れ。草の揺れ。この世界で生きてきた時間が、私の身体に染みついている。
 
「よし」
 
 私は静かに歩き出し、狙いを定めた。

 ――まずは一匹目。

 次の瞬間、矢が飛ぶ。狙いは首。余計な苦痛を与えない。倒れた鹿は、音もなく草の上に崩れた。私はすぐに近づき、手際よく解体する。必要なのは“極上の部位”。照り焼きにするなら、脂が乗っていて、柔らかくて、香りが立つ場所がいい。
 
「……ここだな」
 
 私は欲しい部位だけを丁寧に分け、残りは売ることを前提にまとめた。無駄にしない。無駄にできない。無駄になんてしたら、次が続かない。そして――二匹目。三匹目。四匹目。狩りは、淡々と進んだ。……いや、進みすぎた。気づけば、インベントリの枠が埋まっていく。
 
「……数を揃えるだけなら、簡単だな」
 
 自分で言っておいて何だが、百匹はあっという間だった。この草原の魔物は弱い。弱いからこそ、私のスキル相手には抵抗にすらならない。だが。私は途中で手を止めた。草原の奥で、まだ群れが動いている。子どもが混ざっているのも見える。もしここで狩り尽くしたら――この草原の生態系が変わる。いや、壊れるだろう。
 
「……さすがに、狩りすぎはダメか」
 
 私は小さく呟いた。肩の上の猫が、尻尾の動きを止めた。珍しく、静かだ。
 
「インベントリ三つ分……三百匹くらい狩っておけば、数回は狩りに来なくて済むから楽なんだけどな」
 
 そう思う。思うけれど――それをやったら、草原が死ぬ。魔物は食材であり、素材であり、金になる。だが同時に、ここに生きている。私は一度、大きく息を吐いた。
 
「……百匹で十分だ。足りなかったら、また来ればいい」
 
 猫が「にゃ」と鳴いた。……許可は出た、ということにしておこう。私は立ち上がり、草原を見渡した。――この草原は、街の近くにある。誰かが狩りをする場所でもある。私が一人で狩り尽くすのは、違う。そう思うと、少しだけ胸が軽くなった。……まあ、胸が軽いのは今だけだろうけれど。
 
「次は……蜂蜜、か」
 
 ふと、頭をよぎる。照り焼きに甘みを足すなら、蜂蜜は強い。希少だと言われたが、取りに行けばいい。私が動けば、タダだ。
 
 ――やることは、結局同じ。
 
 狩って、集めて、運んで、売って、また狩る。私は、街へ戻る道を歩きながら、現実に思考を戻していく。照り焼き百人前。鹿百匹。蜂蜜。香草。塩。そして――酒樽。
 
「……樽、どうするんだよ」
 
 独り言が口から漏れた。肩の上で、猫が尻尾を揺らした。返事はない。だが、逃げ道もない。
 
 私は空を見上げた。たしかに交渉は成立した。だが、準備はこれからだ。
 
 ――そして私は、明日もきっと狩りをしているのだろう。
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