小さな光と、その軌跡 ―隠された幼子と神獣の物語―

月城 蓮桜音

文字の大きさ
5 / 49

第5話 父親の命令と2人目の悪人

しおりを挟む
 前日に、明日の朝に来ると言って帰って行った父親は、昼近くに地下牢をおとずれた。後ろに誰か従者じゅうしゃれているようだ。階段を下りる足音が、いつものだけでは無かったからな。

 ガチャガチャと、扉の鍵を開ける音がして、ギィ――と重い扉が開く音がした。

「お前はここで待っていろ」

「かしこまりました」

 連れていた従者は、茶色い髪で背の低い、少しポッチャリとした女だった。この時は、扉の影からちらりと見えたメイド服から、ティアの侍女でも連れて来たのだろうと思っていた。まだ数日しか経っていないとはいえ、転ばされたり蹴られたりで、ティアの容姿はすでにボロボロだからな。

 女を扉の外に放置したまま、わざわざ重い扉を一度閉め、父親はツカツカとティアの元へ歩いて来た。どうやらティアの能力は、他人に教えたくないらしい。ティアの前まで来てほんの少しかがむと、ティアを上から見下ろすように目線を合わせた。

「さぁて。いいか? とうさまに三日以内に起こる大変な事を教えなさい。嘘をついたりしたら、分かってるだろうな?」

 ティアは震えながら、コクコクと激しく頭を縦に振って頷いた。怖がりながらも父親の瞳を下から覗き込んだティアは、ゆっくりと話し始める。

「とうさまの……おとうと? グランおじさまと、パーティーをしてるソファで、とうさまだけ……血が出てる。おじさまはびっくりして、立ち上がれないみたい」

「ほぉ? あいつと行くパーティーが被るのは明日の夜だな。何処どこから血が出て、どうなったのだ?」

「背中からたくさんの血が出て、それで、た、たおれて……割れたグラスのかけらで、今度はく、首を……」

 ティアはガタガタ震えながら、必死に視た光景を説明している。こんなに幼い子には、父親が刺された光景を視ただけでも辛いだろうに。後で我が慰めよう。男を蹴飛ばしてやりたい、男の前へ出て行きたいという衝動しょうどうおさえ、懸命に我慢がまんする。
 
「ふむ、そうか。そこまで分かっていれば、どうにでもなるだろう。約束通り、褒美ほうびにこれをやろう。ありがたく思えよ」

 ティアは固くなったパンを一つ、立ち上がった父親に投げつけられた。パンはティアの腕に当たり、床に転がり落ちる。閉じ込められた日から、動物達が持って来てくれる果物や木の実を少し食べてはいたが、流石にあれだけでは腹が減るよな。ティアは自分に当たって落ちたパンを拾うと、パタパタと手で汚れを落としてから半分に割ってかじり付いた。

「あはは、三日前……いや、四日前から何も与えてなかったか。まぁ、これからはお前の世話を『最低限』してくれる侍女をつけるからな。お前に死なれてはこちらとしても困る」

 父親は、地下牢の扉を開き、あごで侍女に中へ入るようにうながした。

「この子どもだ。お前は最低限、こいつの世話をしろ。何も聞かず、生きているかの確認が主だ。屋敷の者達にバレないように飯を運び、会話も最低限にしろよ」

「かしこまりました、旦那様」

 ニヤリと口をゆがめた女に、我は嫌な予感しかしなかった。そして、我のかんはよく当たるのだった。

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 父親が去った地下牢。ティアは侍女だと紹介された女に声をかけようと、女の御仕着おしきせのすそをつまみ、口を開いたそのときだった。

「ちょっと! その汚い手で触らないでちょうだい!」

 バシン!と、容赦ようしゃなく手を引っ叩かれたティアは驚き、反射的にった。綺麗な薄桃色うすももいろの瞳は大きく見開かれた後、薄っすらと涙が浮かんだ。

「はっ! お前は要らない子なんだって? お貴族様のお子を隠して世話をしろなんて、どうしてなんだろうねぇ。面倒だから早く殺してしまえばいいのに。まぁ、お前のためだけに旦那様が私をやとったらしいから……お前もそれなりに必要なんだろうけど。それに私は公爵家の秘密をにぎっているのよ。好き勝手したって、最後は公爵を脅して金だけ貰う予定なんだから。世話するための金は貰っているけれど、お前に使う気はないよ。ガキの世話なんてするもんか」

 あぁ、あの男……女のいう『旦那様』は人選じんせんあやまったようだな。確かに公爵が閉じ込めているとはいえ、ティアは公爵家の御令嬢に違いないのだが。ティアがここから外に出ることになったら、どうなるのか分かっているのだろうか?まぁ、二度と出されることはないと、公爵の話を鵜呑うのみにしているのだろうが。

 それにしても……人間は欲深いというが、こんなに近くで人間を観察した事はなかったからな。ここまであからさまに悪意にまみれた人間を見たのは初めてで、正直に言うと我はとても驚いていた。

 あの男だけが極端きょくたんにおかしくて、それこそ最大の悪だと思っていたが、ティアの周りに二人目の悪人があらわれてしまった。身近に悪意を持った人間が二人もいたのであれば……一年後にティアが暴走した理由も分かる気がするな。昨日の時点でも十分酷いと思っていたのに、それより酷い状態になるなんて、これっぽっちも思ってなかったもんな。

 この女も、子供に暴力を振るう事を躊躇ちゅうちょしないことから、常日頃つねひごろから暴力的な人間の可能性がある。これ以上、ティアの体に傷がつかないよう、我がすべきは『防御魔法』を教えることだろうか。体には傷がつかなくても、心は傷ついてしまうだろうが…………

 我は子育てなどしたことがないから手探てさぐりになるが、我しかティアを救えないと分かっているのだ。全力でこの小さな命を守ろうと思った。ティア自身が、自分を守る力をつけてからでなければ、外に出ても幸せに生きて行くことはできないだろう。それまでは、我がティアの親となり、みちびいて行こう。

 そんな事を考え奮起ふんきしていた我に、ティアは走り寄ってきた。ん? おろ? 我はまだスキルを解除していないから、人間には見えないはずなんだがな?

「はい、レオンもどうぞ?」

 何と、ティアはちぎったパンの半分を、我に差し出したのだ。パンの大きさ的にも、自分の分だけでは足りなかっただろうに……ティアの優しさに、見えないはずの我が見えたという疑問すらも吹っ飛んでしまった。

「ティア、我は精霊だからな? 一ヶ月ぐらい食べなくても生きて行けるのだ。それはティアが食べて、早く大きくなるんだぞ。たくさん勉強するためにも、小さいティアがたくさん食べるべきだ」

 我の言葉に納得したのか、コクンと頷いてパンを齧り始めた。ゆっくりとしっかり噛んでも、もとが小さなパンだからな、直ぐに食べ終わっていた。

「レオン、わたし、早く大きくなって、お勉強もして、賢くなって、レオンにたくさんご飯食べさせてあげるからね」

『あ、あぁ、楽しみにしてるよ、ティア』

 愛おしいという気持ちは、今の我のこの想いと同じものだろうか? それにしても、ついさっきまで、弱く可哀想な子供を慰めてあげたいと思っていたはずなのにな。我はティアの腕にスルッと額をりつけ、撫でて良いよと合図をするのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

(自称)我儘令嬢の奮闘、後、それは誤算です!

みん
恋愛
双子の姉として生まれたエヴィ。双子の妹のリンディは稀な光の魔力を持って生まれた為、体が病弱だった。両親からは愛されているとは思うものの、両親の関心はいつも妹に向いていた。 妹は、病弱だから─と思う日々が、5歳のとある日から日常が変わっていく事になる。 今迄関わる事のなかった異母姉。 「私が、お姉様を幸せにするわ!」 その思いで、エヴィが斜め上?な我儘令嬢として奮闘しているうちに、思惑とは違う流れに─そんなお話です。 最初の方はシリアスで、恋愛は後程になります。 ❋主人公以外の他視点の話もあります。 ❋独自の設定や、相変わらずのゆるふわ設定なので、ゆるーく読んでいただけると嬉しいです。ゆるーく読んで下さい(笑)。

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

婚約破棄されましたが、お兄様がいるので大丈夫です

榎夜
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 あらまぁ...別に良いんですよ だって、貴方と婚約なんてしたくなかったですし。

【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ

O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。 それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。 ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。 彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。 剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。 そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

処理中です...