25 / 42
第二章
十話
しおりを挟む
「あ゛~、ごくらく~……」
ジャンさんが部屋を出て行った後、1人反省会を終えた俺は今、念願の風呂に入ってお決まりのセリフを吐いていた。
何せ昨晩はモブソンに零されたビールやら殴り倒された時に着いた土埃やらで酷く汚れた服のまま眠ってしまったし、熱を出して汗をかいたのか、体がべたついていて気持ち悪かったのだ。
それに何より、待ちに待った湯船をお預けされっぱなしだったのだ。
時間があるなら入るしかないだろう。
行商の移動中は体を拭いたり川で行水することしか出来ず、町や村の宿では共同シャワーを浴びる事しかできなかった。
その上、シャワーを浴びると言っても人前で顔を晒すことのできない俺は深夜、お湯の出ない時間帯にコッソリ浴びるしかなくて……本当に辛い3ヵ月間だった。
この世界に来て風呂に入れなかった事が一番の苦痛だったかもしれない。
日本人から風呂を取り上げるなんて、それは最早虐待なのでは?
なんて考えながら、浴室に白い湯気と共にほくほくと立ち込める爽やかな果物の香りを大きく息を吸い込んで頬を緩める。
「ちょっと高かったけど買って正解だったな、入浴剤。」
前に見た目はイチゴで味や触感はリンゴな謎フルーツが名産の村に立ち寄った際に商魂たくましい店主にゴリ押しされて買わされた……もとい買った物だ。
使う機会もなく持て余していたのだが、捨てずに持っておいてよかった。
心なしか肌艶が良くなった気がする。
フルーツと同じ赤色に染まったお湯を見下ろし、ふと思い出す。
昨日出会ったあの男の髪は、もっと深く暗い色をしていたなぁ、と。
「雰囲気に流されてスルーしてたけど、結局何だったんだろう。」
昨日は色々と混乱して流されに流されてしまったが、こうして冷静に思い返してみると本当に謎な邂逅だったと思う。
俺は彼を知らない。
それなのに俺はあの時、彼とは初対面でないことを確信していた。
あんな特徴的な人、一度でも会っていたら忘れられるはずがないのに。
「忘れてしまった……か。」
絞り出すように告げられたあの言葉。
あの時俺はこの言葉が真実だと思ったし、それは今も変わらない。
俺は何らかの理由で彼を忘れてしまっている……根拠はないけどそんな気がする。
両手に透き通った赤いお湯をすくい上げ、ジッと見下ろす。
「赤。」
今まで、この色を意識したことは一度もなかった。
特に好きな色って訳でもないし、俺のラッキーカラーでもない。
そもそもラッキーカラーなんてないし、もしあったら俺の人生はもっとマシな物になっているはず。
「赤………んんー。」
何がこんなに引っかかるのか。
指を広げると、掌に溜まっていた赤い色は瞬く間に零れ落ちていく。
その光景にドキリと胸が鳴る。
「夢だ。」
そう言えばアルさんの家で初めて目を覚ます前、夢を見たんだ。
確か赤い光に、必死に手を伸ばす夢。
でも届かなくてそれで、それでその後………えっと。
「んんん~、思い出せない!」
色々考えた果てに夢とか……アホか。
苛立つまま乱暴に吐き捨て、お湯の中に潜る。
真っ赤な視界の中、天井のライトがユラユラと輝いて、吐き出した空気がその光に向けて一目散に駆け上っていく。
そうだ。
思い出せないなら、無理に思い出す必要なんてないじゃないか。
だって彼はあれ以上の追及をしようとはしなかったし、連絡手段どころか名前すら教えないままにアッサリ去ってしまった。
きっと俺に記憶がなかったからどうでもよくなったんだ。
本当に出会ったことがあったとして、俺みたいな奴との思い出なんてどうせ大したことは無いはずだし。
見覚えのある顔を見かけたからつい懐かしくなって声を掛けただけだったんだろう。
そうだ、きっとそうに違いない。
そもそも俺なんかに執着してくれていると思う方が不自然なんだから。
「ぷはっ!」
水中から顔を出し、空気を吸い込む。
「やめやめ。もう会う事もないんだし。」
何だか妙に不貞腐れたような自分の声には気付かないフリをして、額に張り付く前髪をかき上げる。
と、そこへ。
「おーい、起きてるかぁ!」
浴室の外で、オーナーの呼ぶ声が小さく聞こた。
慌てて湯船から上がってバスローブを纏い浴室から飛び出すと、控えめなノックの音と共に「出直すかぁ……」なんて呟き声が扉越しに聞こえた。
ヤバい、そう言えば今日はオーナーが俺をどこかに連れて行くって言ってた気が……
昨日は色々あり過ぎてすっかり忘れていた!
「オーナー!待って!」
言いつけを忘れた上に上司を待たせるなんてとんでもないと慌てて扉を開くと、紙袋を手に下げたオーナーがギョッとして俺を部屋に押し込んで後ろ手に扉を閉めた。
「おま、ば、何つー格好で!」
「あ……顔、隠すの、忘れた。」
「いや、それよりも……はぁ、いや、何でもない。とにかく、風邪引いちまうから頭を拭きなさい。」
溜息と共にがっくりと脱力したオーナーは、フックに掛けていたタオルを投げ寄越してくれた。
「ありがとう。あと、ごめん、待たせた。」
「いや、特に時間は指定されてないから問題ねぇよ。」
指定されてない……って、どういう事だろう。
てっきりキャラバンの仕事関連でどこかに連れて行かれるのかと思っていたが、違うのか?
ガシガシと頭を拭きながらオーナーを見やると、俺の疑問を察したのか彼は困ったように頬を掻きながら答えてくれた。
「実を言うと俺の上司、と言うか社長……に、なるのか?まぁ、そんな人にお前を合わせなきゃならないんだ。」
「ぇえ?なんで?」
「うーん、俺もただ連れてくるように言われただけで、詳しくは知らないんだ。」
「????」
益々よく分からない。
もしもその社長さんが新入社員全員と顔合わせるしていると言うなら納得だが、オーナーの様子からそうではないようだ。
更に首を傾げる俺には構わず、オーナーは紙袋からゴソゴソと何かを取り出して言った。
「まぁ一応俺たちのボスだから、失礼のないようにしなきゃと思ってな。ほらよ。」
「あ……これ。」
差し出されたのは、服だった。
黒のスラックスと、真っ白な絹でできたゆったりとしたワイシャツ。
それは俺がキャラバンに拾われた時に着ていた服だ。
今までは支給された仕事着しか着ていなかったので従業員用の衣裳部屋に仕舞い込んでいたのだが、わざわざ持って来てくれたのか。
「あの時穿いてた革靴はボロかったから、こっちを穿きな。」
そう言って、上等そうな黒い革靴も渡された。
確かにアルさんからもらった靴は森を彷徨った時にすっかりダメになってしまっていたからな。
思い出として残してはいるけれど、もう穿くことはできない。
「オーナー、ありがとう。後で、お代、払う。」
「いらねぇよ。」
「え?だめだめ、払う。」
「いや、本当にいらん。と言うか、貰ってくれ。」
「えっと……うん、ありがとう?」
頑なに首を振るオーナーに渋々と頷いて靴を受け取る。
駄菓子をくれることはしょっちゅうだったが、こんな高価な物を渡すなんてどうしたのだろうか。
それに妙に表情も暗くていつもより元気が無いように見える。
「オーナー、体調、悪い?」
「ん?いや?体は絶好調だけど?」
成る程、心はそうでもないって事か。
これから社長に会わなきゃいけないんだし、緊張でもしているのかもしれないな。
なんて一人納得しながらバスローブの前を開く。
「ゴフっ!」
「??」
突然噎せたオーナーに驚いて振り向くと、彼は真っ青な顔をして俺から顔を背けていた。
「オーナー?」
「いや、何でもない!何でもないから早く服を着てくれ!」
謎に怒られた。
あ、いや、違う、謎じゃない。
きっと俺の体をモロに見てしまったんだろう。
怪我をしてまだ碌に動けなかった頃、俺の体を拭いたり風呂に入れてくれていたアルさんが何の反応もしていなかったからすっかり忘れていた。
普通の人からしたら、この体は見ていて気分のいい物ではない事を。
改めて自身の体を見下ろして、顔を顰める。
産毛すらない子供のような体に散らばる細々とした裂傷や火傷の痕。
背中には鞭の痕が幾筋か、大きく残っているはずだ。
「きったねー体。」
これ以上見ていたくなくて、さっさと服を纏ってオーナーに声を掛ける。
「服、着た。」
「あ、あぁ……」
少しほッとしたような顔で振り返ったオーナーは、俺を見るなり満足そうに笑って言った。
「久しぶりだな、そのお坊ちゃんスタイル。」
「お坊ちゃん、違う。」
「はいはい。でも、随分髪が伸びたなぁ……」
しみじみと述べられた言葉に、目元を越してしまった前髪を摘まんで同意する。
アルさんのところにいた時はハサミがあったから自分で切っていたけど、ここ3ヵ月はそれどころじゃなかったからすっかり放置してしまっていた。
後ろ髪なんて今にも肩に付きそうだ。
「後で、切る。」
「折角綺麗な色してんのに、勿体ねぇよ。あ、ちょっと待てよ?」
そう言って、彼は靴の包箱を括っていた白いリボンを取り上げ、大分水気の取れた髪をハーフアップに結んでくれた。
「お!いいね、上品に見える。」
「見える、だけ?」
「だけ!」
「……」
悪気の無い顔で言われては閉口するしかない。
まぁ、似合うって言ってくれてるんだし素直に喜んでおこう。
「そう言えば、オーナー。」
「ん?」
「社長、どんな、人?」
何となしに尋ねた質問に、オーナーは難しい顔をして答えた。
「ん~、俺もガキの時分に一度しか会った事がなくてなぁ……まぁ、見た目ちょっと怖いが、悪い人……………では、ないぞ?うん、多分。恐らく。きっと。」
何その歯切れの悪い反応、怪しすぎるんですけど。
いや待てよ?
ガキの時分に会った……って、事はまさか。
「社長、組織の、人?」
「え!?いや!?はははは、違うが!?」
突然何言い出すんだもー、なんてわざとらしく笑って俺の背中をバシバシ叩くオーナーをジトリと睨む。
オーナーの幼い頃と聞いて以前語ってくれた組織に拾われた話を思い出したので軽くカマを掛けたつもりだったが、盛大に引っかかってくれた。
全く、何て嘘や誤魔化しの下手な人なんだ。
よくそんなので商人なんてやってこられたな。
彼の場合は狡賢さよりもその人柄の良さで人々の信頼を勝ち得ているのは承知しているが、今に限ってはもっと上手に騙してほしかった。
お陰で軽い挨拶に向かうつもりが地獄への散歩(帰還できるかは不明)にしか思えなくなってしまったじゃないか。
しかし……組織について未だ何も調べがついていない状態でいきなりそのボスと対面って、どうなっているんだ。
俺をご指名だと言う社長の意図がいよいよ以って分からず再度首を傾げる。
「…………ま、いっか。」
オーナーも詳しい事情は知らないって言うし、ここで考えても仕方ない。
日頃から世話になっているオーナーの顔を潰す訳にもいかないし、どの道俺には“行く”と言う選択肢しかない。
そもそも俺はそんなに頭が良くないのだから考えるだけ無駄と言うものだ。
何だか、この世界に来てからの俺ってずっと行き当たりばったりだなぁ……なんて考えながら、目を合わせようとしないオーナーと連れ立って部屋を後にした。
ジャンさんが部屋を出て行った後、1人反省会を終えた俺は今、念願の風呂に入ってお決まりのセリフを吐いていた。
何せ昨晩はモブソンに零されたビールやら殴り倒された時に着いた土埃やらで酷く汚れた服のまま眠ってしまったし、熱を出して汗をかいたのか、体がべたついていて気持ち悪かったのだ。
それに何より、待ちに待った湯船をお預けされっぱなしだったのだ。
時間があるなら入るしかないだろう。
行商の移動中は体を拭いたり川で行水することしか出来ず、町や村の宿では共同シャワーを浴びる事しかできなかった。
その上、シャワーを浴びると言っても人前で顔を晒すことのできない俺は深夜、お湯の出ない時間帯にコッソリ浴びるしかなくて……本当に辛い3ヵ月間だった。
この世界に来て風呂に入れなかった事が一番の苦痛だったかもしれない。
日本人から風呂を取り上げるなんて、それは最早虐待なのでは?
なんて考えながら、浴室に白い湯気と共にほくほくと立ち込める爽やかな果物の香りを大きく息を吸い込んで頬を緩める。
「ちょっと高かったけど買って正解だったな、入浴剤。」
前に見た目はイチゴで味や触感はリンゴな謎フルーツが名産の村に立ち寄った際に商魂たくましい店主にゴリ押しされて買わされた……もとい買った物だ。
使う機会もなく持て余していたのだが、捨てずに持っておいてよかった。
心なしか肌艶が良くなった気がする。
フルーツと同じ赤色に染まったお湯を見下ろし、ふと思い出す。
昨日出会ったあの男の髪は、もっと深く暗い色をしていたなぁ、と。
「雰囲気に流されてスルーしてたけど、結局何だったんだろう。」
昨日は色々と混乱して流されに流されてしまったが、こうして冷静に思い返してみると本当に謎な邂逅だったと思う。
俺は彼を知らない。
それなのに俺はあの時、彼とは初対面でないことを確信していた。
あんな特徴的な人、一度でも会っていたら忘れられるはずがないのに。
「忘れてしまった……か。」
絞り出すように告げられたあの言葉。
あの時俺はこの言葉が真実だと思ったし、それは今も変わらない。
俺は何らかの理由で彼を忘れてしまっている……根拠はないけどそんな気がする。
両手に透き通った赤いお湯をすくい上げ、ジッと見下ろす。
「赤。」
今まで、この色を意識したことは一度もなかった。
特に好きな色って訳でもないし、俺のラッキーカラーでもない。
そもそもラッキーカラーなんてないし、もしあったら俺の人生はもっとマシな物になっているはず。
「赤………んんー。」
何がこんなに引っかかるのか。
指を広げると、掌に溜まっていた赤い色は瞬く間に零れ落ちていく。
その光景にドキリと胸が鳴る。
「夢だ。」
そう言えばアルさんの家で初めて目を覚ます前、夢を見たんだ。
確か赤い光に、必死に手を伸ばす夢。
でも届かなくてそれで、それでその後………えっと。
「んんん~、思い出せない!」
色々考えた果てに夢とか……アホか。
苛立つまま乱暴に吐き捨て、お湯の中に潜る。
真っ赤な視界の中、天井のライトがユラユラと輝いて、吐き出した空気がその光に向けて一目散に駆け上っていく。
そうだ。
思い出せないなら、無理に思い出す必要なんてないじゃないか。
だって彼はあれ以上の追及をしようとはしなかったし、連絡手段どころか名前すら教えないままにアッサリ去ってしまった。
きっと俺に記憶がなかったからどうでもよくなったんだ。
本当に出会ったことがあったとして、俺みたいな奴との思い出なんてどうせ大したことは無いはずだし。
見覚えのある顔を見かけたからつい懐かしくなって声を掛けただけだったんだろう。
そうだ、きっとそうに違いない。
そもそも俺なんかに執着してくれていると思う方が不自然なんだから。
「ぷはっ!」
水中から顔を出し、空気を吸い込む。
「やめやめ。もう会う事もないんだし。」
何だか妙に不貞腐れたような自分の声には気付かないフリをして、額に張り付く前髪をかき上げる。
と、そこへ。
「おーい、起きてるかぁ!」
浴室の外で、オーナーの呼ぶ声が小さく聞こた。
慌てて湯船から上がってバスローブを纏い浴室から飛び出すと、控えめなノックの音と共に「出直すかぁ……」なんて呟き声が扉越しに聞こえた。
ヤバい、そう言えば今日はオーナーが俺をどこかに連れて行くって言ってた気が……
昨日は色々あり過ぎてすっかり忘れていた!
「オーナー!待って!」
言いつけを忘れた上に上司を待たせるなんてとんでもないと慌てて扉を開くと、紙袋を手に下げたオーナーがギョッとして俺を部屋に押し込んで後ろ手に扉を閉めた。
「おま、ば、何つー格好で!」
「あ……顔、隠すの、忘れた。」
「いや、それよりも……はぁ、いや、何でもない。とにかく、風邪引いちまうから頭を拭きなさい。」
溜息と共にがっくりと脱力したオーナーは、フックに掛けていたタオルを投げ寄越してくれた。
「ありがとう。あと、ごめん、待たせた。」
「いや、特に時間は指定されてないから問題ねぇよ。」
指定されてない……って、どういう事だろう。
てっきりキャラバンの仕事関連でどこかに連れて行かれるのかと思っていたが、違うのか?
ガシガシと頭を拭きながらオーナーを見やると、俺の疑問を察したのか彼は困ったように頬を掻きながら答えてくれた。
「実を言うと俺の上司、と言うか社長……に、なるのか?まぁ、そんな人にお前を合わせなきゃならないんだ。」
「ぇえ?なんで?」
「うーん、俺もただ連れてくるように言われただけで、詳しくは知らないんだ。」
「????」
益々よく分からない。
もしもその社長さんが新入社員全員と顔合わせるしていると言うなら納得だが、オーナーの様子からそうではないようだ。
更に首を傾げる俺には構わず、オーナーは紙袋からゴソゴソと何かを取り出して言った。
「まぁ一応俺たちのボスだから、失礼のないようにしなきゃと思ってな。ほらよ。」
「あ……これ。」
差し出されたのは、服だった。
黒のスラックスと、真っ白な絹でできたゆったりとしたワイシャツ。
それは俺がキャラバンに拾われた時に着ていた服だ。
今までは支給された仕事着しか着ていなかったので従業員用の衣裳部屋に仕舞い込んでいたのだが、わざわざ持って来てくれたのか。
「あの時穿いてた革靴はボロかったから、こっちを穿きな。」
そう言って、上等そうな黒い革靴も渡された。
確かにアルさんからもらった靴は森を彷徨った時にすっかりダメになってしまっていたからな。
思い出として残してはいるけれど、もう穿くことはできない。
「オーナー、ありがとう。後で、お代、払う。」
「いらねぇよ。」
「え?だめだめ、払う。」
「いや、本当にいらん。と言うか、貰ってくれ。」
「えっと……うん、ありがとう?」
頑なに首を振るオーナーに渋々と頷いて靴を受け取る。
駄菓子をくれることはしょっちゅうだったが、こんな高価な物を渡すなんてどうしたのだろうか。
それに妙に表情も暗くていつもより元気が無いように見える。
「オーナー、体調、悪い?」
「ん?いや?体は絶好調だけど?」
成る程、心はそうでもないって事か。
これから社長に会わなきゃいけないんだし、緊張でもしているのかもしれないな。
なんて一人納得しながらバスローブの前を開く。
「ゴフっ!」
「??」
突然噎せたオーナーに驚いて振り向くと、彼は真っ青な顔をして俺から顔を背けていた。
「オーナー?」
「いや、何でもない!何でもないから早く服を着てくれ!」
謎に怒られた。
あ、いや、違う、謎じゃない。
きっと俺の体をモロに見てしまったんだろう。
怪我をしてまだ碌に動けなかった頃、俺の体を拭いたり風呂に入れてくれていたアルさんが何の反応もしていなかったからすっかり忘れていた。
普通の人からしたら、この体は見ていて気分のいい物ではない事を。
改めて自身の体を見下ろして、顔を顰める。
産毛すらない子供のような体に散らばる細々とした裂傷や火傷の痕。
背中には鞭の痕が幾筋か、大きく残っているはずだ。
「きったねー体。」
これ以上見ていたくなくて、さっさと服を纏ってオーナーに声を掛ける。
「服、着た。」
「あ、あぁ……」
少しほッとしたような顔で振り返ったオーナーは、俺を見るなり満足そうに笑って言った。
「久しぶりだな、そのお坊ちゃんスタイル。」
「お坊ちゃん、違う。」
「はいはい。でも、随分髪が伸びたなぁ……」
しみじみと述べられた言葉に、目元を越してしまった前髪を摘まんで同意する。
アルさんのところにいた時はハサミがあったから自分で切っていたけど、ここ3ヵ月はそれどころじゃなかったからすっかり放置してしまっていた。
後ろ髪なんて今にも肩に付きそうだ。
「後で、切る。」
「折角綺麗な色してんのに、勿体ねぇよ。あ、ちょっと待てよ?」
そう言って、彼は靴の包箱を括っていた白いリボンを取り上げ、大分水気の取れた髪をハーフアップに結んでくれた。
「お!いいね、上品に見える。」
「見える、だけ?」
「だけ!」
「……」
悪気の無い顔で言われては閉口するしかない。
まぁ、似合うって言ってくれてるんだし素直に喜んでおこう。
「そう言えば、オーナー。」
「ん?」
「社長、どんな、人?」
何となしに尋ねた質問に、オーナーは難しい顔をして答えた。
「ん~、俺もガキの時分に一度しか会った事がなくてなぁ……まぁ、見た目ちょっと怖いが、悪い人……………では、ないぞ?うん、多分。恐らく。きっと。」
何その歯切れの悪い反応、怪しすぎるんですけど。
いや待てよ?
ガキの時分に会った……って、事はまさか。
「社長、組織の、人?」
「え!?いや!?はははは、違うが!?」
突然何言い出すんだもー、なんてわざとらしく笑って俺の背中をバシバシ叩くオーナーをジトリと睨む。
オーナーの幼い頃と聞いて以前語ってくれた組織に拾われた話を思い出したので軽くカマを掛けたつもりだったが、盛大に引っかかってくれた。
全く、何て嘘や誤魔化しの下手な人なんだ。
よくそんなので商人なんてやってこられたな。
彼の場合は狡賢さよりもその人柄の良さで人々の信頼を勝ち得ているのは承知しているが、今に限ってはもっと上手に騙してほしかった。
お陰で軽い挨拶に向かうつもりが地獄への散歩(帰還できるかは不明)にしか思えなくなってしまったじゃないか。
しかし……組織について未だ何も調べがついていない状態でいきなりそのボスと対面って、どうなっているんだ。
俺をご指名だと言う社長の意図がいよいよ以って分からず再度首を傾げる。
「…………ま、いっか。」
オーナーも詳しい事情は知らないって言うし、ここで考えても仕方ない。
日頃から世話になっているオーナーの顔を潰す訳にもいかないし、どの道俺には“行く”と言う選択肢しかない。
そもそも俺はそんなに頭が良くないのだから考えるだけ無駄と言うものだ。
何だか、この世界に来てからの俺ってずっと行き当たりばったりだなぁ……なんて考えながら、目を合わせようとしないオーナーと連れ立って部屋を後にした。
21
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる