うろたもも

GANA.

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 ――もぉーもたろぉ~ ももたろぉ~ ももから生まれた、ももたろおぉ~
 四方から容赦なくぶつけられる、とげだらけのはやし声――立ちすくみ、後ずさると、草鞋越しのごりごりとした感触が崩れて小柄な体がぐらつき、つぎはぎだらけのぼろい袖が肌を刺す寒さに揺れる。見回すこわばった目に映るのは、鈍重な虜囚の列を連想させる川と荒涼とした河原、そして野良猫っぽい面構えの、年の頃は十前後の粗末な着物姿の童たち……どの顔にも見覚えがある。宝のことで絡んできた村の衆の中にあったかもしれない。そして、自分の体も同じくらいに縮んでいた。
 おい! 目の前に一番年かさで、鎌の刃状の目つきをした、ひん曲がった口の端から牙がのぞきそうな童が腕組みして立ち、こちらを見下ろしてにやにや笑う。
 ももから生まれたなんて笑っちまうぜ! お前、一体何もんだ?
 なにもの……答えられずにいると、他の童がけたけた嘲笑する。
 ももから生まれたなんて気味の悪い奴! さっさとどっかにいっちまえっ!
 後ろから蹴られ、ぐしっと河原に倒れる。角ばった石に頬や胸を打たれ、しみる涙があふれてくる。その周りで童たちは、獲物を囲む宴のごとくはしゃいでいた。
 こらあっ!
 怒鳴り声に童たちが、わあっと笑いながら散り、踏まれる河原の石が音を立てる。
 いつまでそうしてるつもりじゃ。さっさと起きんか!
 聞き覚えのある声に起き上がると、着物入りの竹籠を抱える初老の女が角張った目つきで立っている。よく見るとそれは婆だったが、宝を持ち帰ったときよりも顔のしわが浅く、髪はまだ灰色だった。
 まったくだらしない。婆は虫歯にいらつくように口をゆがめた。あんな小童どもにやられておらんで、少しはやり返したらどうじゃ? ほれ、さっさと立て! 寺子屋が終わったらすぐに帰って家の手伝いをしろって言いつけを守らんから、こういうことになるんじゃぞ!
 うつむき、結んだ唇の裏で歯をかみ締める……じくじくした痛みに目をやると、石でだろう、右手の平の皮がむけ、赤黒く汚れていた。
 そんなもん、なめておけば治るわい。ほら、わしはこれから洗濯するんじゃから、お前も早う行かんか!
 右こぶしを固め、自分は目を伏せたまま歩き出した。それをよそに婆は川岸にしゃがみ、おお冷たい、と言って舌打ちした。こんな小僧なら間引いた方がよかったわい、とつぶやかれた気がした。根刈り後の寂寥とした田んぼのあぜ道を行くと、見覚えのある茅葺き屋根のいびつな家があった。板戸をがたつかせ、開けた向こう、囲炉裏そばで蓆に横になっていた爺――これもやはり一回りほど若かった――が眠たそうに目を開け、土間に立つこちらをじろっとにらんだ。
 遅かったのう。さっさと帰ってこいといつも言っとるじゃろが。やることはいくらでもあるんじゃ。
 ぶつくさ言い、大きなあくびをして、爺は腕枕のままぶるっとした。
 山に行って柴を刈ってこい。燃やすものがなければ寒くてかなわん。ほら、早くせんか。なんじゃ、その目は? 育ててやった恩を忘れたのか?
 爺はむっくり起き上がり、あぐらをかいて背中を丸め、腕組みをした。
 そんなふうになまけてばかりいると、いつも言っとるように鬼の島にやってしまうぞ! おっかない鬼がいるとうわさの島にな! 辺りを荒らし回って宝をしこたまためているそうじゃ。お前みたいな生っ白い小僧など、頭からばりばり食われてしまうぞ! ええのか!?
 ろくでもないガキじゃ云々と毒づく爺に背を向け、隅に置かれていた背負い籠と鉈をつかんで、がたがたっと板戸を開け閉めし、自分は寒々とした外に戻った。閑散とした村の裏に回り、枯葉と小枝を踏んで鬱々とした山道を行く。そう遠くないところからすすり泣きに似たせせらぎが聞こえる。ぐちゃぐちゃと張り出した根につまずき、次第にきつくなる傾斜を登っていくと、ねじくれた木々が左右から迫って、枝葉に遮られた薄暗がりを冷え込ませていく。足を止め、目についた灌木の枝を鉈で切り落とし、背負い籠に入れる。鉈の切れ味はすこぶる悪く、振り下ろすたびに右手の平の生傷に響いて、にじむ血が鉈の柄を汚していった。
 は、ははは……――
 不意に笑いがこみ上げ、幹に鉈が斜めに食い込む。ぐいっと引っ張ると枯葉で足が滑り、自分は冷えきった地面に倒れた。
 ……これだったのか……――
 鬼への義憤など、微塵もなかった。あるのはただ周りを見返したい、宝を我がものにしたいという暗い血のくすぶり……しかし、これこそがふさわしいのかもしれなかった。この因にしてあの果……あの果にしてこの因……宝を渡すまいと血眼になる自分の、さかのぼった先は……――
 がっと左太ももが痛み、起き上がったところにぶつかった石つぶてが、頭にひびを走らせる。さっきの悪童たちが、石をびゅんびゅん投げながらはやし立てた。
 もぉーもたろぉ~ ももたろぉ~ ももから生まれた、ももたろおぉ~――
 逃げようと立ち上がって、ふらつきながら走る後ろから石が背負い籠にぶつかり、乱れた髪をかすめる。足元は悪くなって傾き、灌木の枝先が着物の袖や背負い籠に引っかかる。横手でくねりながら大きくなっていく、川のうなり……――
 うッ!――
 右足に石が当たり、斜面を転がって青鈍色の流れに……薄れていく意識は、そのままどこまでも沈んで……――
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