ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【7】

ゾンビの坩堝(68)

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「皆さん、おはようございます!」
 腕組みのヘッドが活を入れ、説教臭い訓示を垂れ始める。巷ではゾンビが増えており、この施設でもやむなく定員以上に受け入れている……血税が投入されているのだから、一日も早く社会復帰できるようにたゆまぬ努力を……鞭をしならせ、びしゃっと脅かしてはいたが、打ってきそうなほどの熱意は感じられない。微熱で潤み、かすんだ目で自分は頭をひねった。考えてみれば頭数と儲けは比例するのだから、誰も社会復帰しない方が好都合なのではないか……だが、このまま過剰収容が進んでいったら……垂れた頭への訓示が終わり、列の左右に立つ指導員の事務連絡も済んで、ようやく終わりかともぞもぞしたとき、ぬっとジャイ公が挙手をした。
「ジャイ公、じゃなくて1945番」
 ヘッドの黒グローブに指差され、許可されたジャイ公はこちら側に向き直った。上目遣いに一瞥、もしくは斜にうかがう被収容者たち……過剰収容への不満ではないか……南館批判も飛び出すに違いない……そう踏んでいるであろう南館側の列は、ほとんど関心を示さなかった。がっちり腕組みのジャイ公はそれらを見渡し、鼻の穴を広げて溜めてから一気に吐き出した。
「3301番は、妊娠しているっ!」
 拡声器で増幅したようなどら声がとどろき、えっ、と自分は耳を疑った。デイルーム中の視線がジャイ公、次いでうつむいたウーパーに集まる。ディアでさえも目を丸くしていた。
「ほ、本当なのか」
 寝耳に水らしいヘッドが問いただすと、ジャイ公はさも深刻そうな顔で、はい、とうなずいた。指導員の片方がウーパーに上衣の裾をめくらせ、下腹部を確認して、舌打ちとも嘆息ともつかない声を漏らす。妊娠は間違いないらしい……――
「ゾンビが、妊娠なあ……」
 腕組みのままヘッドは、あきれ果てたと言わんばかりのため息をついた。ゾンビの赤ん坊……それはつまり、ゾンビが増えるということ。社会のお荷物が……非常識だ、無責任だ、身勝手だ、ゾンビなのに……ストライプ柄の構造はそう語っており、自分としてもそれらを認めないわけにはいかなかったが、それよりもこの火刑台に集まったような空気には覚えがあった。あのとき……臨時集会を思い出し、自分は人知れずおののいた。それにしても、相手は誰なのだろう……入所前のことだったのか、それともまさか、ジャイ公では……――
「相手は自治会長だ!」声を張り上げ、ジャイ公は指差した。「レイプされたんだ! レイプうっ!」
 いびつな病衣の列が揺れ、名指しされた自治会長は色をなした。はく製のヒツジ面が角のねじれた雄ヤギに寄った。
「で、でたらめを言うなっ!」
 これほど怒りあらわな自治会長は、自分は初めてだった。ジャイ公は腕組みを崩さず、ミッチーとフォックスが脇から、マジかよ、信じられねえ、などと騒ぐ。南館側は嘘だろうという表情だったが、北館側は興奮気味にざわついており、自分の胸もいつしか高鳴っていた。
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