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セラム

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プロローグ

第0話 - 目

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「なっちゃんまだ来てないや……」

 東京都第3地区11番駅の北口改札前にすらっとした手足に透き通った白い肌、それとは対照的に黒く、丸いシルエットが特徴的なマッシュショートヘアの端整な顔立ちの女子高生が風で乱れた髪を耳にかけながら小さく呟いた。
 彼女の名は月島つきしま 瑞希みずき。生まれつきサイクス (超常現象を引き起こすエネルギー)を持つ先天性超能力者だ。

「耳コピの続きしよっと」

 幼なじみの上野うえの 奈々美ななみを待つ間、1000年以上前に活動していた伝説的なバンドである"Return to Forever"の"Sorceress"をスマホの音楽アプリから選択し、ピアノソロ部分の続きを柱にもたれながら聴き始めた。

 ふと顔を上げると正面からスーツに身を包み、肩までかかった美しい黒髪をなびかせながらキビキビと歩く眼鏡をかけた1人の女性の姿が目に入った。

「あの女の人、前にどこかで……」


瑞希が自分の記憶を辿ろうとしたその瞬間


–––– 目が合った。そんな気がした。


 時間にして3秒にも満たない時間である。
 しかし、瑞希にとってはその時間が永遠に感じられ、またこの世には目の前の女性と自分しか存在しないのではないかと錯覚するほど不思議な感覚に陥った。

「あっ」

 女性の小さな声が瑞希の時を再び動かした。
 彼女が胸ポケットにしまっていたボールペンに手をかけ取り出そうとした瞬間、まるで冷たい流水のように女性の手の甲を滑らかに伝い、地面に落下したのだ。

「拾わなきゃ」

 そう思って瑞希は屈み、やや遅れてその女性もボールペンを拾うために屈んだ。2人は同時にそのボールペンに触れた。

「ありがとう」

 女性は少し微笑みながら瑞希にお礼を言い、足早にその場を去った。
 瑞希は小さくなっていく女性の背中をぼんやりと眺めていた。

「つーきちゃん!」

 同じブレザーの制服を着た、少し赤みがかった髪色をしたポニーテールの女子高生、上野奈々美が瑞希の背中に抱きつく。
 2人はこの春、東京都の中では勿論、全国的にも有名トップ進学校である東京第三地区高等学校に入学した。

「わーもうビックリしたなぁ」
「あはは。だって月ちゃんぼーっとしてるんだもん」
「あの女の人みたいに髪の毛いーっぱい伸ばしてなびかせたら大人な女性になれるかなって」
「えー? 月ちゃんショート似合ってて可愛いのにー。でもあれ位の長さなら2-3ヶ月でなれそうだけど」
「いやいやいや、少なくとも半年は必要でしょ」
「そっ...かな? (月ちゃんてそんなに髪の毛伸びるの遅かったっけ?)」

 2人は北口改札を通過し、ホームに向かって歩き始めた。

「月ちゃん、私いっつも思うんだけど地名、数字だと味気なくない?」
「確かに。ごちゃごちゃしてくるよね」
「何だか難しい数式覚えさせられてる気分だよ。今年3122年でしょ? この辺500年くらい前、何て呼ばれてたか知ってる?」
「上野だよね」
「そうそう、私の名字と一緒。もしかしてうちの家系王族だったのかな? ってことは私、お姫様?」

 奈々美は長いまつ毛を蓄えた大きな瞳を輝かせながら瑞希の顔を覗き込む。

「その頃日本に王政はないよ」
「マジレスありがとうございます~」

 2706年、日本政府は全国各都道府県の市町村再編成を敢行。各都道府県は3~10地区に分割、地名は数字を使った名称に簡略化された。東京都も例外なく10地区に分けられた。

「なっちゃん何だか嬉しそうだね」
「だって今日からサイクス学が本格的に始まるじゃん!」
「いやいや、私たちは第一東京特別教育機関に入学させられて小さい頃から散々やらされてたじゃない」
「でもあれって政府に認定された人たちだけで少なかったし……でも今日からは皆んな一緒で楽しそうだよ!」
「初めての人たちばかりだから基礎的なことからだろうし、暇になりそうだけど……」

 先天性超能力者の中でも生まれつき異常なサイクス量を持つ者が稀に誕生する。
 その場合、政府認定の下で初等教育/中等教育よりサイクスに関する実技訓練を中心にサイクスの扱い方を学ばせるプログラムを含めた特別教育機関への入学が義務化される。
 高等教育からは一般教育を受けてきた生徒たちと同じ高等学校に入学する。

「なっちゃんもう超能力発現したんだっけ?」
「したよ~。月ちゃんまだ?」
「うん。才能ないのかな?」
「いやいやいや。月ちゃん、サイクス量とんでもなく多くて実技も座学もおまけに一般教養まで全ての項目でトップの優等生、天才児じゃん!」
「いや、まぁ……」
「謙遜して下さい」

 サイクスは条件を課すことでさらに強力な超常現象を引き起こすことが可能となる。
 2704年、15歳を迎える頃にサイクス量が大幅に増え、固有の超能力を持つようになるという統計結果が発表された。これは精神的/肉体的に成熟していくことに起因すると考えられている。
 これを受け、政府は2709年に義務教育年数を18年間に改定し、高等学校教育より実技を含むサイクス学を加えることを決定した。
 これはサイクスの増大から生じる暴走の抑制/監視、固有の超能力開花を滑らかに導くことを主としている。

「月ちゃんなら遅かれ早かれ何かできるっしょ。どうする? この辺一帯爆発するようなのだったら」
「私のこと何だと思ってんの?」
「あはは。まぁでも最初は授業、暇な時間になるだろうなー。ってことは睡眠時間確保だねっ」
「目つけられるよ、なっちゃん。授業内容が進めば実技も少しは難しくなるかもね」
「でも月ちゃん大体1回見たら出来るようになるよね。超能力に限らずだけど。勉強もだし、ほら体育とか楽器とかさ。ピアノしかやったことないのに、ギター直ぐ弾けてたのとかビックリしちゃったもん。あと耳コピも早いよね」
「何となくでだけど見てみたら出来てたって感じかなぁ。耳コピも実際の映像見た方が早いし。別に指の動きを見てるってわけではないんだけど……」
「いやー天才、天才。私めは月島瑞希様の後ろをくっ付いて参ります」
「なっちゃんも天才なんだよ」

 2人はそのまま談笑しながらJRに乗り込み、高校へと向かった。


#####


 条件を課されることで引き起こされる固有の超常現象はその超能力者の系統に基づいて発現し、また、性格や生活環境から大きな影響を受ける。超能力者の流れるサイクスの色によってタイプを見分けることができ、以下のように分類される。
 ・物質生成型超能力 (黄)→サイクスを具体的な物質に変換し、超常現象を引き起こす超能力。
 ・身体刺激型超能力 (赤)→身体機能に影響を与える超能力
 ・物質刺激型超能力 (紫)→現実に存在する物質に影響を与える超能力。(超能力によって生成された物質は対象外)
 ・精神刺激型超能力 (青)→人や動物の精神に影響を与える超能力
 ・自然科学型超能力 (緑)→自然科学に基づく現象を引き起こす超能力
 ・特異 (複合)型超能力 (黒)→ あらゆる超能力に影響を与えるまたは利用する超能力。全ての型の超能力に影響を与える為、複合型とも呼ばれる。また上記タイプに分類できない超能力もこれに分類される。

「……さん、……まさん」

「月ちゃんっ!」

 瑞希は菜々美から背中を小突かれ、教師に呼ばれていることに気付いた。

「あっ、はいっ! ごめんなさい」

 慌てて返事をする。クラスメイトの視線は瑞希に注がれ、菜々美は後ろで必死に笑いを堪えている。

「もう随分前から知っている内容だろうけど復習だと思って聞いてね」

 一目できちんと手入れされていることが分かる黒髮ロングヘアーを後ろに団子状に束ねたサイクス学を担当する女性教師、徳田とくだ はなは瑞希に少し微笑みながら注意した。

「すみません……」

 教室で少し笑いが起こり、瑞希は恥ずかしさで少し顔を赤らめて下を向いた。

 サイクス学が始まって1ヶ月、授業内容は未だに10歳の頃までには知っていたような退屈な内容が続いている。話を聞くことに飽き、また、今日最後の授業であったことも相まって集中力が途切れて何となく外を眺めていたところを注意されてしまったのだ。

「いやー、クラスのマドンナが恥をかく姿は絶景でしたな~」
 
 授業後、菜々美は瑞希を冷やかす。瑞希はそれを横目で見ながら右頬を少し膨らませる。

「月島さん、放課後ちょっと来てくれる?」

 徳田花が教室を後にする間際に瑞希に声をかけた。

「はい」

 瑞希はそう答えた。

「(怒られるのかな……? でも私も少し徳田先生に話したいことあるしいっか)」

 そう思いながら、帰宅の準備を進めた。

#####

 帰りのHRが終わり、瑞希は菜々美に声をかけた。

「じゃあ徳田先生の所に行ってくるね」
「OK。教室で待っとくね」

 サイクス学職員室は3階にあり、2年5組を過ぎた奥にある。瑞希たち1年1組の教室は真反対にあるため、教室を出て真隣にある階段を使ってしまうと必然的に2年生の廊下を端から端まで歩かなければならない。
 瑞希は上級生の廊下を歩くのは何だかはばかられるため、1年生の廊下を歩くことにした。

 部活に向かう者、帰宅する者、教室や廊下で会話をする者……。
 いつもの日常と何ら変わらない光景が眼前に広がる。

 1年3組の前を通りがかった時、1年5組の副担任を務める徳田花が教室から出て来て5組と4組の間にある階段に向かってキビキビと歩いていた。

 どこか覚えのある光景。

「あれ? デジャヴ? いつだっけ?」

 答えを模索する前に徳田が瑞希に声をかけた。

「あ、月島さんこっちよ」

 徳田花はいつも優しく微笑んでいる。
 しかし、今はその優しい微笑みが瑞希を困惑させる。

「はーい」

 瑞希は複雑な気持ちとは裏腹に明るい声で返事をした。
 2人は階段前で合流し、そのままサイクス学職員室まで無言で歩いた。

 部屋に入ると他の教師はまだ誰もおらずとても静かだった。
サイクス学職員室には大きな机が1つあり、それを6人で分けて使っているようだった。
 徳田の席は扉を入ってすぐ左の席、机で言うところの右端手前だ。徳田は椅子に座ると瑞希に言った。

「授業つまらなくてごめんねぇ。月島さんと上野さんには本当に悪いと思っているのよ」

 予想外の言葉に瑞希は言葉を詰まらせる。そんな瑞希を余所に徳田は続ける。

「私の勘違いだったら良いんだけど月島さん浮かない顔してたけど大丈夫? 何か困ったことがあるなら遠慮せずに言ってね」
「え、、そんなことないですけど……。ただ最後の授業だったので少し疲れていて。集中力が途切れてしまいました。ごめんなさい……」
「高校生になってまだ1ヶ月だものね。無理せずに休むこともしてね」
「ありがとうございます」

 一瞬の静寂。

「じゃあもう帰って良いよ。わざわざごめんね」

 大したことでなくて安堵したと同時に瑞希は拍子抜けした。

「心配して下さってありがとうございます」

 瑞希はニッコリと笑い扉に手をかけた。

「あっ」
「どうしたの?」
「先生、警察の人ですよね? この事ってやっぱりなっちゃ……上野さんにも黙ってた方が良いですか?」
「!?」

 徳田は動揺を隠せなかった。自分よりも半分ほどの年齢でしかない目の前の少女の言葉に耳を疑った。

「あっ、いきなりすみません。でも先生、うちの両親が亡くなった時にお葬式と現場の捜査にいらしてましたよね」

–––– あり得ない ––––

「(私のことを認識している? だとしたらいつから? 条件は揃っていたはず。解除された? だとしたらいつ? 初歩的なミスをした?)」

 そう思い、胸ポケットに目をやった。

「(ある! 一体どうやって!? 手元の資料では私の超能力ちからを突破することなんて不可能なはず!? この子は既に超能力ちからを発現しているの? 他人の超能力を無力化する超能力ちから?)」

 次の女子生徒の言葉が徳田をさらに困惑させる。

「4年前は髪の毛肩くらいまでしかなくて、それに眼鏡もかけてたから今と雰囲気が全然違うので最初ビックリしました」

「(いやこの子の話からして発動したままだ。でも分からない。どうやって私が警視庁から派遣されたと特定できたの!?)」

「えぇ。黙っててもらえるとありがたいわ」

 やっと声に出せた言葉がこれだった。認めてしまった。完敗だ。

「分かりました。さようなら」
「さようなら」

 膨大なサイクスを身に纏ったその少女を初めて恐ろしいと感じた瞬間である。

 瑞希はサイクス学職員室を後にして足早に教室に向かった。

「あ、月ちゃん! 早かったね。どうだった?」

瑞希を見つけるなり菜々美は尋ねてきた。

「うん、困ったことあったら教えてねって」
「なーんだ。お説教じゃなかったのかー。あの眼鏡の奥にある優しくも冷たい目で見られながら注意されたのかと思っちゃった」

「(これだ)」
 
この周りの生徒と私の間にある徳田 花への認識の違い

「なっちゃんって徳田先生が眼鏡外してるの見たことある?」
「ないよ」
「徳田先生って髪の長さミディアムになるんだよね?」
「そうだよ。月ちゃんようやくミディアムって言ったー」
「え?」

「いや月ちゃんたまに徳田先生髪の毛長くて綺麗って言ってたじゃん? 月ちゃんの髪型だと長く見えるかもだけど肩くらいの長さは一般的にはミディアムって言うんだよ」
「だよね」

「(ビンゴ)」

 徳田 花は私にだけ超能力をかけている。私だけ彼女に対する外見の認識が違う。

「(いつ? いつ発動条件を満たした? 私はサイクス学の初めての授業から徳田花への外見の認識は一貫している。と言うことはサイクス学が始まる前から彼女と出会っていた?)」

 徳田花の行動を思い返す。

 ボールペン

 彼女は時折胸ポケットに視線をやることがあった。そしてそれは先の会話でも例外ではなかった。
 彼女は胸ポケットにボールペンを3本を常時刺しているが赤いキャップのボールペンは常に持っている。そしてそのボールペンを使っている姿を見たことがなかった。

*****

-  東京都第3地区11番駅の北口改札前  -
「あの女の人みたいに髪の毛いーっぱい伸ばしてなびかせたら大人な女性になれるかなって」
「えー? 月ちゃんショート似合ってて可愛いのにー。でもあれ位の長さなら2-3ヶ月でなれそうだけど」
「いやいやいや、少なくとも半年は必要でしょ」
「そっ……かな?」

*****

「(ははっ)」

 私は徳田花と東京都第3地区11番駅の北口改札前で会っている。いや正確に言えば4年前に会っている。

 そして確信した。
 




 私の"目"は嘘をつかない。









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