冀望島

クランキー

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【 中編 】

「あれだよ」

 船の上で生ぬるい潮風を浴び続けること十五分。初老が目の前の島を指差した。

 まだ一キロほどは離れていそうなので、島の正確な大きさはわからないが、無人島に毛が生えた程度の大きさであることは確かだ。

「あれが冀望島ですか。――あの島には、何人くらいの人が住んでいるんですか」

「知らんなぁ。なにせ物好きが集まる島みたいだからな。数十人なのか、数百人なのか」

「あの島と本土との行き来っていうのはあるんですか」

「あるよ。島から頻繁に船が出航するのを見てるし、実際にワシも、あの島の住人と喋ったり、物を売ったりしたこともある。変わった連中だが、悪者じゃない」

「そうですか」

 俺は胸を撫で下ろした。

 つい先ほどまでは、「奇人だらけの島ゆえに、もしかしたら一度入ったが最後出られないのかもしれない」という恐怖が鎌首をもたげていたが、そんな恐怖も払拭されたことで、残った旺盛な好奇心を源に、潜入取材に向けて気持ちを引き締め直した。


***


「ほら、着いたぞ。降りろ」

 初老に言われるがまま、島に上陸した。

 四角く整形された岩をいくつも積み重ねて作られた、簡易的な港のような場所だ。

「じゃあ、ワシは帰るぞ」

「あの、帰りも迎えに来てもらえませんか」

「帰り? この島に住みたいんじゃないのか」

「あ、そうなんですけど、もし途中で気が変わったりする可能性もあるかなと思って」

 初老は、しばらく無言で俺を見据えた。「まあ、その時はこの島の船を使えばいいだろう。さっきも言った通り、この島にだって船はある」

「はあ、そうですか」

「じゃあな」

 抑揚のない声でそう言い捨て、初老はモーターを起動させた。去り行く初老は、一度たりともこちらを振り向くことがなかった。

「いらっしゃいませ」

 初老の船を茫然と見送っていると、突如背後から女性の声がした。

 慌てて振り向くと、桜色のパステルカラーが特徴的なワンピースを着た若い女性が立っている。美人というより可愛い系で、年齢は二十歳になったかならないか、という可憐な女性だった。夏の陽ざしがワンピースをきらきらと光らせ、その可憐さをより一層演出していた。

 女性が、長い黒髪をかき上げながら言う。「居住希望の方ですよね。こちらへどうぞ。面接がありますので」

「面接?」

「はい」

 ニコリと笑ったその顔に、思わず見惚れてしまった。

 女性は、笑顔を絶やさない。「たまに、変な目的を持ってこの島に来てしまう人がいるんです。冷やかしだったり、興味本位だったり、あとは、取材だったり」

 瞬間、心臓が跳ねた。

 動揺が顔に出ないよう、必死で真顔を作る。

「ですから、そうした人にはお帰りいただくために、面接をするんです。この島は、本土でどうしようもない生きづらさを感じている人たちが最後に辿り着く楽園です。そんな楽園を、冷やかしや取材で乱して欲しくないのです」

 心が痛かった。

 俺が冀望島へやってきたのは、まさに取材だ。この島の全貌を暴き、それを雑誌に掲載する。それが俺の目的なのだ。

 だが、ここまで来て退くわけにもいかなかった。

「わかりました。是非面接を受けさせてください。もちろん俺は、冷やかしや取材で来たわけじゃないので」

「よかったです。では、こちらへ」

 案内されるまま、女性の後を付いていった。



「よぉ兄ちゃん、あんた、随分痩せてんなぁ。もっと肉付きよくしとかなきゃ駄目だろ」

 女性と一緒に二分ほど歩き、森に突入したところで、四十代と思われる中背の男性に遭遇した。

 上半身は裸だったので、中年太りが目立っていた。お世辞にも上品とは言えない見た目で、特に何の手入れもしていないであろう髭が野蛮さを掻き立てていた。野人に近いような出で立ちだ。

 俺は顔を引き攣らせ、歩みを止めぬまま会釈をして受け流した。野人は、それ以降言葉を発することも、付いてくることもなかった。

 野人との距離ができたところで、女性が口を開く。

「済みません。ご存じかもしれませんが、ここには変わった人が多くて。あの方、普段からとても馴れ馴れしいんですよ。誰彼構わず喋りかけるので。私もよくつかまっちゃって、困ってしまう時があります」やれやれ、という笑みを浮かべながら肩をすくめた。

「全然気にしませんよ。そういう島だってわかって来ましたし」

「それはよかったです。――本当に良い島ですよ、ここは。食べ物は豊富だし、何より自然がいっぱいなのでいつも心が豊かでいられます」

「食べ物って、どんなものが採れるんですか」

「木の実、フルーツ、野菜、きのこ、魚。たくさんありますよ。塩も、海水から作れますし。ただ、お肉類が全くないので、それは本土から調達します」

「へえ、鳥とか兎とかいそうなのに」

「いないんです。いてくれたら助かるんですけど」

「まあとにかく、食生活に不安はないんですね」

「はい、大丈夫ですよ」

 俺は、ほっと胸を撫で下ろした。会社には二日間しか有休届を出していないが、取材価値があると判断すれば、一週間でも二週間でも粘るつもりだ。会社だって、こんな奇特な島の特集をしてきたことがわかれば褒めてくれるはずだ。

 ただ、取材が一週間単位になるのなら、食事が心配だった。味気ない葉っぱや、栄養摂取だけを目的とした昆虫食などがメインだったらどうしよう、と。

 不安が解消され、取材意欲が一層高まっていくのを感じた。
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