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第二章

まさかの人妻宣言 ①

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グレアムの前で髪を切り落とし、
怯ませた隙に強引に補佐官のポストに
就いてから一ヶ月……。

イズミルはその真面目な仕事ぶりから
早くも一部の側近や侍従達からある一定の信頼を
勝ち得ていた。

イズミルの業務でメインとなるのは
王室規範改定に伴う諸々……、
例えばエンシェントスペルで記されている
規範の翻訳や王室規範大法典の改定後に新たに
編纂したい文言の草案作りだ。

加えて語学力を活かし外交面の補佐や、王城主催の式典の準備等もしている。

「王室規範大法典」
平時には「規範の書」と簡略化して呼ばれている、
ハイラント王室の法規が記された法律書のようなものだ。

しかしその王室の法律書は
数百年前に存在していた一人の狂妃によって、
少々厄介な代物に変えられている。
それを元の正常な状態に戻すのも
イズミルの役目だ。

他の政務でも忙しいグレアムと
老齢のリザベルを助けるべく
幼い頃より学問を重ね、13のとしからは
秘密裏に王立大学名誉教授グレガリオの
師事も受け、
イズミルは今やエンシェントスペルの翻訳や解読、
そして呪いの解呪のスペシャリストとなっていたのだった。

グレガリオに教えを請うのと同時に
妃教育も並行で
受けなくてはならず、
その日々は多忙を極めながら怒涛の如く過ぎて行った。

今思えばデビュタントもせず
娘らしい事は何一つしてこなかったが、
微塵も後悔などはしていない。

むしろ今まで学んできたからこそ、
こうやってグレアムやリザベルの
役に立てるのだ。

それだけが純粋に嬉しかった。

(まぁ直接的にお役に立てているわけではないけれど、それさえ出来なかった可能性もあったのだから上々ではないかしら?髪を失うくらいでこんなに巧くいくなんてラッキーだわ)

髪に関しては
イズミルは別段そう思うところも
無いのだが、
侍女のターナはあの日、
イズミルの短くなった髪を見て
大いに嘆いた。

『姫さまの美しいおぐしがっ……!あぁっ……!こんなに短くっ……、っ尼様だってこんなに短い髪はされておりませんよ!』

髪を切る羽目になった経緯を話しても
ターナの嘆きはおさまらなかった。

しかし泣きながらも 
無理やり切り落として不揃いになった髪を
綺麗に整えてくれたのである。

(ターナに言ったら怒られるけど、実は短い髪も気に入っているのよね。軽いし、仕事で忙しいから手入れに時間が掛からないのは助かるし……)

今、イズミルの髪は顎より少し長いくらいの
ボブスタイルだ。

片方の耳上のサイドだけ編み込みにして、
耳上近くの編み終わりに小さな飾りの付いた
ヘアピンを指すのが近頃のお気に入りだ。

ワンピースドレスに合わせてヘアピンを何にするか考えるのも楽しい。

今日の装いは自身の瞳の色に合わせた
淡いスミレ色のワンピースドレスに、
小さなスミレのガラス細工の意匠が施された
ヘアピンを着けている。

仕事はバリバリ熟すつもりだが、
やはりオシャレは忘れたくない。

そんな感じに、
イズミルは毎日楽しく補佐官として働いていた。

しかし、グレアムの態度だけは未だ変わらず
冷たいものである……。

顔を合わせると露骨に嫌そうな顔をされる。

本人は知らないとはいえ
妻に向ける顔ではないと内心思いながらも、
本来ポジティブなシンキングの持ち主なので
あまり気にしていなかった。

そんなイズミルを監視とまではいかなくとも
常にその言動を注視している者がいる。

グレアムの側近、
ランスロット=オルガである。

ランスロットはこの一ヶ月、
イズー=アリスタリアシュゼットシュタインという
人物を見極めようとしてきた。

しかし、見れば見るほど、知れば知るほど
疑わしく思えてしまうのだ。

男ばかりの職場でも物怖じする事なく働き、
どれだけグレアムに冷たくされようとも
ケロっとしている。

数ヶ国語を操り他国や自国の催事にも明るく、
マナーや立ち振る舞いも王族や上位貴族に対してでも十分に通用する。

こんな人材がなぜ今まで表に出る事もなく
埋もれていたのか。

だからこそ、そこにわだかまりを感じる。

彼女はやはり、
陛下の妃候補として側に上げられたのではないか。

能力があるだけでなく見目も良い。
太王太后の遠縁というからにはおそらく出自も悪くないだろう。
年齢もまさに結婚適齢期真っ盛りだ。

彼女の仕事ぶりを見て
そこに邪心はないと信じたいが、
太王太后の真意はどうだろう……。

抜け目のない方だ。
あわよくば……と思われているのは間違いないような
気がする……。

もちろん、陛下が彼女をお気に召すのであれば
側近として、幼馴染として精一杯尽力するつもりだ。

だけど、もし……

もし、9年前のような事が起きれば……。

もう二度と陛下にあんな思いはして頂きたくはない。

今は真摯に勤める彼女も、
王の寵愛を得られると知れば豹変してしまうのではないか……。

女性不信を拗らせているのは
どうやら主人だけではないようだ。

公私共に最も近しい存在であるからこそなのかもしれないが、主従揃って女性不信を拗れに拗らせている事に本人は気付いていなかった……。






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