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番外編

世継ぎ誕生

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イズミルが産気づいた時、
グレアムは王都内の騎士団の訓練所を訪れていた。

イズミルの陣痛が始まったと報せを受け、
グレアムは馬車ではなく馬を駆り、急ぎ帰城する。

開口一番にイズミルの様子を問うと、
事前に産室として用意していた部屋にたった今
入ったところだという。

産科の医療魔術師が言う事には
初産であるにも関わらず、お産の進行が早いとの事だった。

イズミルを妊娠初期から診ていた初老の産科医療魔術師がグレアムにこう言った。

「陛下の反対を押し切られて、妃殿下が散歩などの適度な運動を心掛けられた賜物でございますわね」と。

結局臨月に至るまで、
いや臨月に入ってからは尚更、グレアムの超過保護は続いた。

着るもの、食べるもの、就寝時間に至るまで
口うるさく侍女たちに指示を出し、
終いにはリザベルに

「貴方はイズミルの母親なの?」

と呆れられたほどだ。

これからどんどん陣痛の感覚が狭まり、
大変になってゆくという。

イズミルの顔を見るなら今のうちだと告げられ、
グレアムは産室に入った。

清潔な部屋の真ん中に置かれた寝台の上に横たわるイズミルの姿を確認し、グレアムは側まで行った。

「イズミル」

「……グレアム様」

丁度陣痛の合間なのだろう、イズミルは笑顔を
浮かべてグレアムを見た。
額には薄らと汗が滲んでいる。

グレアムはハンカチでそっと汗を拭ってやり、
寝台の傍らに腰掛けた。
そしてイズミルの手を両手で包みこむ。

「辛いかイズミル……すまない、キミ一人にこんな辛い思いをさせて……」

グレアムのその言葉を聞き、イズミルは微笑んだ。

「グレアム様、
わたしは少しも辛くはありませんわ。
確かに痛みは凄いですけど、赤ちゃんをこの世界に迎えてあげるために必要な事だと思えば、平気ですわ」

「イズミル……」

「待っていてくださいませね、もうすぐ貴方の腕に宝物を届けて差し上げます」

「キミと赤ん坊、このふたつが俺にとって何よりの宝だ。どちらが欠けてもいけない」

「ふふ」

グレアムがイズミルの額に口付けを落とす。

そしてイズミルの陣痛の波が再び訪れ、
グレアムは産室を後にした。

廊下に出るとランスロットとマルセルが駆け寄って来た。

「如何なさいますか?とりあえず執務室に戻られますか?それともこのままここで待たれますか?」

ランスロットにそう問われ、グレアムはしばし思案する。

「そうだな……」

その様子を見て、マルセルが言った。

「さっきリズルに聞いたら、もしかしたらあっという間に生まれるかもしれないって。ここで待ってる方がいいんじゃない?」

「よしわかった。ここにいよう」

グレアムがそう告げると直ぐに隣室が用意された。

そこで書類に目を通したり、簡単なものを決裁したりと、軽く政務をこなしてその時を待った。

しばらくして俄に産室が慌ただしくなる。

「……!」

そうなるともう何も手に付かない。

グレアムはウロウロと部屋の中を歩き回る。

すると程なくしてリザベルが入室して来た。

イズミルの出産の頃合いを見計らっての登場だ。

さすが3人の子を産んだ経験をもつ女性である。

「落ち着きなさいグレアム、まるで檻の中を歩き回る猛獣みたいよ」

「ぷっ!」

リザベルのその言葉にマルセルが吹き出す。

グレアムが半目になって答えた。

「猛獣とはなんですか、それに落ち着けと言われても無理です。今こうしている間にもイズミルが頑張っていると思うと、居ても立っても居られません」

「まぁ気持ちはわかるけれども。
漸く、待ちに待った世継ぎの誕生だもの。イズミルの無事も子の無事も祈らずにはいられないわ……!」 

そう言って二人、手を合わせて祈り出した。
無理もない、本当に切望した世継ぎの誕生である。

そして今、そのために必死にお産に挑んでいるであろう二人にとって愛してやまない存在……。

〈イズミルどうか無事で……無事で……!〉

その時、リズルが部屋に駆け込んで来た。

「陛下っ!!」

グレアムが直ぐさま問いただす、

「生まれたかっ!?」


「陛下っ!ご誕生ですっ!!立派なっ……
立派な王子様が御生まれになられました!!」


「グレアムっ!!」

その第一報を耳にした瞬間、
リザベルが叫ぶようにグレアムの名を呼んだ。

「イズミルは!?彼女は無事かっ!?」

「はい!妃殿下も王子様もつつがなく!!お二人ともお元気ですっ……!!」

そう言ってリズルが泣き崩れた。
マルセルが直ぐに駆け寄って、リズルを抱き寄せた。

「リズルもお疲れ様」

マルセルのその言葉にリズルは泣きながらも微笑んだ。

「わたしは何もっ……妃殿下は本当によく頑張られました、王子様がお腹の中で殊の外大きく成長あそばされたようで、安産でしたがそれなりに難産だったようなのですっ……とにかくご無事で本当にようございましたっ!!」

そう言ってリズルはまた泣き出した。

イズミルの事が大好きな彼女の事だ。
無事に出産が終わるまで、生きた心地がしなかったのだろう。

すると産科医療魔術師の助手が入室し、
グレアムに告げる。

「王子殿下のご誕生、誠におめでとう存じます。
お支度が整いました、妃殿下と王子様にお会いになられますか?」

「む、無論だ、もちろんだ」

グレアムは慌てて部屋を出る。

産室に通されると、寝台の上には既に生まれた赤ん坊に初乳を含ませるイズミルの姿があった。

その光景はまるで……
昔どこかで見た生母の絵画のようだった。

リザベルの目から途端に涙が溢れ出す。

「うっ……あぁ……っ」


グレアムはゆっくりとした足取りで
妻子の元へと歩いて行った。

イズミルがグレアムに気付く。

「グレアム様」

「……イズミル……ご苦労だった……」

「はい。グレアム様、ご覧ください、わたし達の
可愛い天使を」

生まれたばかりの赤ん坊はまだ不器用な仕草で
必死に乳を飲んでいる。

こんなに小さな体なのに力強い生命力で溢れていた。

「ああ……本当に可愛い、本当に天使だな……」

グレアムが尊きものを見る目で我が子を見つめる。

それを見てイズミルは微笑んだ。

「ふふ、そうでしょう?」

「イズミル……ありがとう、いや、どれだけ感謝の言葉を尽くしても尽くしきれない……でもダメだな、ありがとうという言葉しか思い浮かばない。
ありがとうイズミル、本当に、よく頑張ってくれた……!」

「グレアム様……」

イズミルの瞳から涙が零れ落ちた。

イズミルとグレアム、
二人は今、心から幸せだった。


グレアムは王子にレオナルドと名付けた。



次代、第36代ハイラント国王の誕生は
その日の内に大陸中に向け公表された。


と同時に国王グレアムは生まれた王子を早々に
立太子をし、王太子と定める事も発表する。


属州となったジルトニアとハイラントの両国民が待ち望んだ慶事だ。

国中の民が喜び、祝い、王子が健やかに育つ事を祈った。


そうして瞬く間に月日は過ぎ、

レオナルド王子が生後8ヶ月を迎えた頃、

かつてジルトニアの王都であったアリスタリアの地に国王夫妻の姿があった。




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次回、番外編最終話です。










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