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特別番外編
とある側近の物語 ③
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「ランスロット、キミの耳にも入ってる?あの噂話」
マルセルが側近室でランスロットに話し掛けて来た。
「……あぁ、
あの根も歯もないクソくだらない噂ですか」
ランスロットが心底嫌そうな顔をしてマルセルに
答えた。
「ランスにしては珍しく口が悪いね。
それほど怒ってるって事か」
「当たり前ですよ。補助とはいえ、昼夜を問わず
乳母として妃殿下のサポートをし、自らの子育ても
している彼女に、男遊びをする時間なんてあるはず
がないのに。よくもそんなデマを……」
「そうだよね」
歯噛みするように言うランスロットを、
マルセルは珍しそうに見ている。
「なんですか?」
「いや、そこまで怒っているならさ、ランスの事だから既に何かしてるのかな~って」
「……妃殿下にも噂の出所の調べと鎮静化を頼まれましたからね」
「ふぅん、妃殿下が……」
意味ありげに微笑むマルセルにランスロットが
荒めに言う。
「だからなんですかっ?」
「いやぁ、なぜ妃殿下はわざわざ超多忙なキミに
一介の乳母の噂話の収束を命じたのかなぁって。
ランスがどれほど陛下のお守りで大変なのか、
妃殿下はよくご存知のはずなのに…ね?」
「……私が適任だと思われたからでしょう」
「へぇ~~!」
「無駄口を叩いてる暇があるようですね、この書類の束の半分を差し上げましょう」
「ゲッ!余計な事を言っちゃった……!」
とは言いつつもマルセルはランスロットの机の上の書類を殆ど持って行った。
仕事を手伝うから早くエルネリアを救ってやれ
という意思表示なのだろう。
口の減らない男だが、情に篤いマルセルらしい
心遣いであった。
イズミル妃がなぜ自分にエルネリアの件を任せたか、勿論わからないランスロットではない。
噂の発端の責任は自分にもある。
母親と同じ境遇で、一人で懸命に生きるエルネリア
を支えたくてアレコレと世話を焼いたのは
誰でもない自分だ。
それを面白くないと感じたヤツが
この噂を流したのだ。
噂を流した犯人は既に把握している。
噂が出始めた時期と最初に囁かれ出した場所、
噂話が広がって行った経緯を探れば自然と出所に
辿り着く。
デマを流したのは侍女見習いとして王宮に
上がっていた下級貴族の娘だった。
どういう経緯でそうなったのかは謎だが、
全く面識がないにも関わらず自分に恋慕していたらしい。
今まで仕事一辺倒だったランスロット=オルガが
乳母として上がった女を気にかけいる……
それが気に入らず、噂の所為でエルネリアが
居辛くなればいい、もしくは暇を出されればいいと思ってデマを流したそうだ。
本当にくだらない理屈である。
妃殿下がそのような噂話だけで人を切るわけがない。
そんな事もわからず、自分本位な感情のために人を
傷付けても平気な人間には消えて貰うのが一番だ。
生家に罪状を記した書状を送りつけ、
その娘は城から追い出した。
その報告を受けたイズミルは
自身の侍女たちと太王太后宮の侍女たちに、
噂はデマであると城内に広めるよう指示した。
噂は噂で相殺する。
これも後宮処世術48手の一つだ。
そうして瞬く間にエルネリアの醜聞を囁く噂は
消えていったが、当のエルネリアの真の笑顔は
なかなか戻らなかった。
一見、明るく気丈に振る舞っているように見える。
だがその心の内が千々に乱れているのが
イズミルにはよくわかった。
〈エルネリアの心に影を落とすものが何なのか、
わからないでもないけれど……あまり口を挟むのも野暮というものなのよね……〉
でもなんとかしたい。
なんとかしてあげたい。
イズミルのお節介虫がうずうずと疼いている。
自分がこの頃、リザベルに似てきたなぁとしみじみ思うイズミルであった。
それからしばらく経ったある日、
エルネリアがイズミルに内々に話があると告げて来た。
人払いをし、
エルネリアとお茶を飲みながら向かい合う。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「かまわないわ、気にしないで。
この頃はどう?何か心配事でもあるのかしら?」
「皆さまに良くして頂いて、
本当に有り難いと思っております。シャルロット様もすっかり大きくなられ、じきに断乳を迎えられるかと存じます。それで、妃殿下にお願いがございます……」
「……何かしら」
「お暇を……いただきとう存じます」
「訳を聞いても……?」
イズミルが静かに問うとエルネリアは俯いた。
礼節を重んじ、決して目上の者と話している時に
視線を逸らしなどしない彼女らしからぬ行動であった。
「私自身の…心の問題としか申し上げようがございません……どうかご容赦くださいませ……」
「エルネリア……」
俯いたままのエルネリアを見つめるイズミル。
重い沈黙が二人を包む。
「……乳母を辞する事は……認められないわ」
「な、何故でございましょう」
「貴女がいなくなったらシャルロットが悲しむわ。
勿論わたしもね、リズルもターナも他の者たちも
同様だと思うわ。それにリュアンと会えなくなるなんて……とてもじゃないけど耐えられないもの」
「妃殿下……」
「ランスロットの事なら、
貴女が気にしなくてもいいわ」
「……!」
イズミルのその言葉にエルネリアは息を呑んだ。
「貴女がいる事で彼に迷惑が掛かると思っているなら、それは間違いよ。逆に貴女がいなくなる方が
どれほど国政に差し障るか……」
「それはどういう……、いえ、それよりも妃殿下は
私の気持ちにお気付きでしたか……」
「貴女はとても上手に自分の感情をコントロール
しているわ。でも側で見ていればわかってしまうものなのね」
「そうですか……」
エルネリアが膝に置いた自身の両手をきゅっと結ぶ。
それを見てイズミルは微笑みながら小さくため息を
吐いた。
「エルネリア、この件は少し保留にしてもいいかしら?わたしに考えがあるの。それからしばらく、
貴女はリュアンと一緒に太王太后宮に居て貰ってもいいかしら?」
「た、太王太后宮にですか?」
「ええ。リザベル様には話をつけておくわ。
わたしが良いというまでか、迎えがあるまでは
決して外に出ないでね?」
イズミルにそう告げられ、
エルネリアは戸惑いを隠せない様子で問う。
「な、なぜ太王太后宮に?何かが起こるのでございましょうか……?」
その問いに、イズミルは悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。
「ふふ、ちょっとね、
動かぬ山を動かしてみようと思って」
一体何をするつもりなのか。
イズミルのリザベル化が止まらない……。
マルセルが側近室でランスロットに話し掛けて来た。
「……あぁ、
あの根も歯もないクソくだらない噂ですか」
ランスロットが心底嫌そうな顔をしてマルセルに
答えた。
「ランスにしては珍しく口が悪いね。
それほど怒ってるって事か」
「当たり前ですよ。補助とはいえ、昼夜を問わず
乳母として妃殿下のサポートをし、自らの子育ても
している彼女に、男遊びをする時間なんてあるはず
がないのに。よくもそんなデマを……」
「そうだよね」
歯噛みするように言うランスロットを、
マルセルは珍しそうに見ている。
「なんですか?」
「いや、そこまで怒っているならさ、ランスの事だから既に何かしてるのかな~って」
「……妃殿下にも噂の出所の調べと鎮静化を頼まれましたからね」
「ふぅん、妃殿下が……」
意味ありげに微笑むマルセルにランスロットが
荒めに言う。
「だからなんですかっ?」
「いやぁ、なぜ妃殿下はわざわざ超多忙なキミに
一介の乳母の噂話の収束を命じたのかなぁって。
ランスがどれほど陛下のお守りで大変なのか、
妃殿下はよくご存知のはずなのに…ね?」
「……私が適任だと思われたからでしょう」
「へぇ~~!」
「無駄口を叩いてる暇があるようですね、この書類の束の半分を差し上げましょう」
「ゲッ!余計な事を言っちゃった……!」
とは言いつつもマルセルはランスロットの机の上の書類を殆ど持って行った。
仕事を手伝うから早くエルネリアを救ってやれ
という意思表示なのだろう。
口の減らない男だが、情に篤いマルセルらしい
心遣いであった。
イズミル妃がなぜ自分にエルネリアの件を任せたか、勿論わからないランスロットではない。
噂の発端の責任は自分にもある。
母親と同じ境遇で、一人で懸命に生きるエルネリア
を支えたくてアレコレと世話を焼いたのは
誰でもない自分だ。
それを面白くないと感じたヤツが
この噂を流したのだ。
噂を流した犯人は既に把握している。
噂が出始めた時期と最初に囁かれ出した場所、
噂話が広がって行った経緯を探れば自然と出所に
辿り着く。
デマを流したのは侍女見習いとして王宮に
上がっていた下級貴族の娘だった。
どういう経緯でそうなったのかは謎だが、
全く面識がないにも関わらず自分に恋慕していたらしい。
今まで仕事一辺倒だったランスロット=オルガが
乳母として上がった女を気にかけいる……
それが気に入らず、噂の所為でエルネリアが
居辛くなればいい、もしくは暇を出されればいいと思ってデマを流したそうだ。
本当にくだらない理屈である。
妃殿下がそのような噂話だけで人を切るわけがない。
そんな事もわからず、自分本位な感情のために人を
傷付けても平気な人間には消えて貰うのが一番だ。
生家に罪状を記した書状を送りつけ、
その娘は城から追い出した。
その報告を受けたイズミルは
自身の侍女たちと太王太后宮の侍女たちに、
噂はデマであると城内に広めるよう指示した。
噂は噂で相殺する。
これも後宮処世術48手の一つだ。
そうして瞬く間にエルネリアの醜聞を囁く噂は
消えていったが、当のエルネリアの真の笑顔は
なかなか戻らなかった。
一見、明るく気丈に振る舞っているように見える。
だがその心の内が千々に乱れているのが
イズミルにはよくわかった。
〈エルネリアの心に影を落とすものが何なのか、
わからないでもないけれど……あまり口を挟むのも野暮というものなのよね……〉
でもなんとかしたい。
なんとかしてあげたい。
イズミルのお節介虫がうずうずと疼いている。
自分がこの頃、リザベルに似てきたなぁとしみじみ思うイズミルであった。
それからしばらく経ったある日、
エルネリアがイズミルに内々に話があると告げて来た。
人払いをし、
エルネリアとお茶を飲みながら向かい合う。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「かまわないわ、気にしないで。
この頃はどう?何か心配事でもあるのかしら?」
「皆さまに良くして頂いて、
本当に有り難いと思っております。シャルロット様もすっかり大きくなられ、じきに断乳を迎えられるかと存じます。それで、妃殿下にお願いがございます……」
「……何かしら」
「お暇を……いただきとう存じます」
「訳を聞いても……?」
イズミルが静かに問うとエルネリアは俯いた。
礼節を重んじ、決して目上の者と話している時に
視線を逸らしなどしない彼女らしからぬ行動であった。
「私自身の…心の問題としか申し上げようがございません……どうかご容赦くださいませ……」
「エルネリア……」
俯いたままのエルネリアを見つめるイズミル。
重い沈黙が二人を包む。
「……乳母を辞する事は……認められないわ」
「な、何故でございましょう」
「貴女がいなくなったらシャルロットが悲しむわ。
勿論わたしもね、リズルもターナも他の者たちも
同様だと思うわ。それにリュアンと会えなくなるなんて……とてもじゃないけど耐えられないもの」
「妃殿下……」
「ランスロットの事なら、
貴女が気にしなくてもいいわ」
「……!」
イズミルのその言葉にエルネリアは息を呑んだ。
「貴女がいる事で彼に迷惑が掛かると思っているなら、それは間違いよ。逆に貴女がいなくなる方が
どれほど国政に差し障るか……」
「それはどういう……、いえ、それよりも妃殿下は
私の気持ちにお気付きでしたか……」
「貴女はとても上手に自分の感情をコントロール
しているわ。でも側で見ていればわかってしまうものなのね」
「そうですか……」
エルネリアが膝に置いた自身の両手をきゅっと結ぶ。
それを見てイズミルは微笑みながら小さくため息を
吐いた。
「エルネリア、この件は少し保留にしてもいいかしら?わたしに考えがあるの。それからしばらく、
貴女はリュアンと一緒に太王太后宮に居て貰ってもいいかしら?」
「た、太王太后宮にですか?」
「ええ。リザベル様には話をつけておくわ。
わたしが良いというまでか、迎えがあるまでは
決して外に出ないでね?」
イズミルにそう告げられ、
エルネリアは戸惑いを隠せない様子で問う。
「な、なぜ太王太后宮に?何かが起こるのでございましょうか……?」
その問いに、イズミルは悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。
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