後宮よりこっそり出張、廃妃までカウントダウンですがきっちり恩返しさせていただきます!

キムラましゅろう

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特別番外編

とある側近の物語 ⑤

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最初は近寄り難い人物だと思っていた。

次期宰相と囁かれる、国王の懐刀ふところがたな
ランスロット=オルガ、彼の名を知らない者は
この国にはいないだろう。

亡き夫も決して敵に回したくないと言っていたのを覚えている。

事故で亡くなった夫は、生真面目な人だった。
親同士が決めた縁談で、貴族の娘らしく言われるがままに結婚したが、お酒を呑んで豹変する夫を見る度に何度もこの結婚を後悔した。

普段大人しい人なのに、
お酒が入ると気が大きくなるのか娼婦を買い、
私が気に入らないと暴力を振るう。

さすがに我が子は可愛いらしく、
“リュアン”と良い名を付けてくれた事だけは
感謝しているが、結婚して娘を授かった事以外に幸せだと感じた事がなかった。

夫が事故で亡くなった時、もちろん悲しみはあった。
でももう頬を打たれなくて済む…と安堵してしまった私は薄情な人間なのだろうか。

それから程なくして慈悲深い王妃殿下のおかげで
乳母の役目を得て、王城に部屋まで賜った。

それだけでも充分すぎるほど恵まれているというのに、オルガ様に何かとお世話になった事で周囲の
やっかみを買ってしまったらしい。

不名誉な噂を流され、その収拾まで妃殿下と
オルガ様の手を煩わせてしまった。

出鱈目な噂で傷付かなかったといえば嘘になる。
でもそれよりも私を苦しめるのは私自身の気持ちなのだ。

オルガ様が私に親切なのは、
ご自身のお母様がわたしと同じ境遇だったからだと
人伝に聞いた。

かつてのオルガ様が今のリュアンと同じであったとか……。

それを聞いた時、
私は浅ましくもがっかりしてしまったのだ。
彼の親切が同情からだと知り、
寂しさを覚えたのだ。
少なからず彼も、私と同じ想いを抱いてくれている
のではないかと思っていたから……と、そこまで考えて私は愕然とした。

今、何を思った?自分と同じ想い?いつの間に私は
彼をそんな目で見ていたのか……。

だって……だって、
好きにならずにはいられなかった。

誠実で優しい人柄。
一見、辛辣に聞こえるが相手を思いやる心に溢れた言動。
忠誠心篤く、この国の安寧を何よりも重んじる真摯な仕事ぶりとその生き方……。

彼の為人を知る度に、
惹かれずにはいられなかった。

でも私は子連れの未亡人。
彼に最も相応しくない人間だ。

この想いが、もっともっと大きくなって、
溢れてしまわない内にここを去らねば……。

今は太王太后宮で待つようにと妃殿下に言い渡されたけど、許可が下りたら直ぐにでも役目を辞して
城を去りたい……。


そう思っていたのに……思っていたのに、

なぜ今、貴方が私の目の前にいるの?

そんな大きな花束を抱えて、
なぜ私に跪いているの?



「エルネリア=ブレイリー前子爵夫人」

ランスロットが一心にエルネリアを見つめ、
彼女を呼んだ。

「は、はいっ……」

見事な花束を持ち、太王太后宮に突如現れた
ランスロットの姿にエルネリアは驚きを隠せない様子であった。

しかし国王の最側近であり、
将来を有望視される者を跪かせている状況に気付き慌てて起立を促す。

「貴方は簡単に跪いていい方ではありません、
どうかお立ちになって下さい」

「それは王家の方々以外で私に膝を着かせられる、
貴女がそれだけ私にとって奇跡の様な人だという事です」

「奇跡だなんて……私はそんな大層な人間では
ありません」

「いいえ。結婚願望ゼロで、一生を仕事に捧げる
つもりだった私に、夫として父としての人生を送りたいと思わせた貴方を奇跡と言わずして誰を指して言いますか」

「お、仰っている意味が……よく、わかりませんっ……」

エルネリアの声が震えている。

「エルネリア」

ランスロットの声で名を呼ばれ、
エルネリアが息を呑む。

ランスロットははっきりと、ひと言ひと言に誠意を
込めてエルネリアに言葉を捧げた。

「エルネリア。私は貴女を愛しています。
最初は確かに同情からだったと思います。
でもリュアンを抱えながらも懸命に生きる貴女の姿を間近で見る内に、いつしかそれは愛情へと変わっていきました。私はどうも、恋情という心の機微に疎い。でも、それでも貴女を想う気持ちは本物だと確信しております。どうか、どうかこの花束と共に、私の想いも受け取って下さい……!」

ランスロットの想いの丈が篭った言葉に
涙を流してながらもエルネリアは首を横に振る。

「でも……私は未亡人ですっ、子どももおります、
私ではっ、貴方に相応しくはありませんっ……!」

「それがどうかしましたか?」

「え……?」

ランスロットがあまりにも瑣末な事のように言うので、エルネリアは思わず涙が止まり、彼を見た。

「そんな事、大した問題ではありません。
寡婦だろうがなんだろうが貴女は貴女です。
私は貴女という人間に惚れたのです。それに
リュアンは本当に愛らしい。あの子の父親になれるなんて光栄です」

「え?で、でもっ、えっと、えっと……」

「それ以外、他に問題が?」

「あ、ありません……が……」

「では率直にお聞きします、貴方は私の事が
お嫌いですか?」

ランスロットの飾らない言葉に、
エルネリアは思わず素直に首を横に振る。

「私との結婚なんて、考えられませんか?」

また首をふるふると振るエルネリア。

「では私の妻となって、
 生涯を共に歩いてくれますね?」

その頃にはもう、
エルネリアの目からは再び涙が溢れ出ていた。

その涙を拭う事もなく、エルネリアはランスロット
の手から花束を受け取る。

そして絞り出すように返事をした。

「………っはい……!私も、私も貴方をお慕いしておりますっ……!

「あぁ……エルネリア……!」

ランスロットが立ち上がり、彼女を抱きしめた。

「ランスロット様っ……!」

その瞬間、隣室から歓声が聞こえた。

どうやらリザベルをはじめとする
太王太后宮の侍女たちが聞き耳をたてて……いや、心配して様子を窺っていたようだ。

ゴホンっ、とランスロットが一つ咳払いをする。

すると途端に隣室が静かになり、
気を利かせてどこかへ退去していく足音と気配がした。

ランスロットがため息を吐く。

「まったく……これはもう5分後には陛下と妃殿下の耳に入ってますね」

「えっ、そんなに早くですか……?」

エルネリアが小さく驚くと、ランスロットはふっと
優しい微笑みを浮かべて彼女の瞳に滲んだ涙を
拭きとった。
そして今一度エルネリアを掻き抱く。

「別に構わないですよね。なんなら世界中に広まればいい。貴女が私の妻になると、そして私がリュアンの父親になると」

「ランスロット様……」

ランスロットが彼女の頬に手を添える。そしてエルネリアがつま先立った。

側に置かれた小さなベッドには、
すやすやと眠るリュアンの姿があった。





◇◇◇◇◇


「今回も見事に縁付かせたな」

夜、子ども達も寝静まり、ようやく二人でゆったり
と話が出来る時間にグレアムがそう言った。

「今回も、とは?」

イズミルが尋ねるとグレアムが笑いながら答えた。

「マルセル夫妻に続いてランスロットの縁まで結んでしまうとは……キミは本当に凄いな」

「ふふ、わたし達の時には、二人には散々お世話になりましたからね、恩返しです」

「キミは恩返しをさせたら大陸一だ」

そう言ってグレアムはイズミルをソファーに座る
自身の膝の上に乗せた。

エルネリアはもうすぐ、
城の近くにあるランスロットの住まいに移る事になっている。

「我が国の次期宰相閣下の結婚式は盛大に執り行い
ましょうね」

「そうだな。俺の即位の時に撤廃した宰相職の復活だしな」

「なぜ一度は宰相職を無くされたのですか?」

「適任者が居なかったからだ」

「なるほど……
それがようやく育ったという事ですわね」

「ヤツを早く宰相にしてしまおう。そうすれば
少しは楽になって、キミとすごす時間が増やせる」

そう言いながらグレアムはイズミルのこめかみに
キスをする。

「まぁ、政務を押し付ける気満々ですわね」

「いずれそれがレオナルドの治世の助けになるだろう。俺はレオナルドに引き継ぐまでにこの国をもっと良い国にしておくつもりだ」

「わたしの陛下は国王としても父親としても
頼もしいですわね」

グレアムの耳元でイズミルがそう囁く。

どちらからともなく唇が重なり、
それがどんどん深くなっていったその時……


「母上~……」
「ははうぇ~……」

弟のアルベルトの手を引いたレオナルドが
眠そうな目を擦りながら扉を開けた。

「っど、どうしたの?」

イズミルとグレアムが慌てて身を離す。

イズミルは直ぐに我が子達の元へと駆け寄った。

「アルがトイレに行きたいって……」

レオナルドが寝ぼけまなこでイズミルに告げる。

「あらあら、それで連れて来てくれたのね、
ありがとうレオ。優しいお兄さまね」

「おいでアル、父様とトイレに行こう」

「あい……」

グレアムがアルベルトの手を引いてトイレの方へと
歩いて行った。

「じゃあレオはお母様と寝室に戻りましょうね」

「母上……今日は一緒に寝てもいいですか?」

「ふふ、いいわよ。じゃあお母様達のベッドに
行きましょうね」

アルベルトも一緒に寝たいと言ったらしく、
グレアムはそのままアルベルトを連れて寝室へと
戻って来た。

寝室にはベビーベッドで寝ているシャルロットもいる。

その夜は家族揃って眠りについた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


特別番外編としてお届けしました、
ランスロットのその後の物語もこれにて終わりです。

お付き合いくださりありがとうございました。

これからも不定期で、ショートストーリーとして
その後のハイラントのみんなの様子をお届けしたいと思います。

また投稿しました折はお読みいただけると幸いです。

ありがとうございました。


あとお知らせです。

昨日から投稿を始めた
『無関係だったわたしがあなたの子どもを生んだ訳』
の第二話の投稿は11日になります。

丈夫が取り柄な作者ですが、
ただ今、鬼の霍乱中にございます……
皆さまも体調にはお気をつけ下さいませ。































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