いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう

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秘密のおまじない

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その後もアンリエッタはヴィルジニー王女をオリオルの名所へ連れて行ったり、王都で評判の観劇に連れて行ったりともてなしの数々を繰り広げていた。

ある時、王女の護衛に就いているタイラーからこっそり耳打ちされた。

王女を王都西の湖畔に連れて行った時の事である。

「……昨日から王女サイドの護衛騎士や侍従の動きがおかしい。何か企んでいるかもしれないから充分に気を付けて」

アンリエッタはぎょっとしてタイラーを見る。

「た、企むって何をっ?」

「王女や側付きの者達の程度の低さからして大した事は出来ないと思うが、アンリエッタかあるいは他の妃候補者にちょっとした嫌がらせをしようとしているのは確かだと思う」

「まぁ……もしユリアナ様やシルヴィー様に何かあったらどうしましょう」

「俺以外の騎士をこっそりお二人に付けるよ。俺もさりげなくアンリエッタの側にいる様にするけど注意するに越した事はない」

「そうね…ありがとうタイラーお兄様」

タイラーは労わるようにアンリエッタに言った。

「……早く陛下の意識が戻られるといいな」

「うん……」


その後、王女側が企んでいたのは何ともお粗末な悪戯であった。

ヴィルジニー王女の侍女が転倒を装ってアンリエッタにぶつかり、湖の浅瀬に突き落とそうとしたものであった。

警戒していたアンリエッタが侍女がぶつかってくる寸前に身を捌き、タイラーがすぐ様アンリエッタを引き寄せて水辺から遠ざけた。

が、当然その侍女は湖に落ちたわけで……

足が着く浅瀬で良かったと思う反面、王女サイドの稚拙さに呆れ果ててしまうアンリエッタであった。

ヴィルジニーはアンリエッタが侍女の足を引っ掛けて落としたのだと主張しだが、ユリアナがその瞬間湖面に映っていた光景を魔術を用いて再生したものを見せつけて、それが言い掛かりである事を証明してみせた。

計画した嫌がらせが失敗に終わり、気分を害したヴィルジニーが怒って勝手に王宮へと戻って行ってしまったというオチである。


今日一日の出来事やこれまでの事を思い返し、アンリエッタはなんとも複雑な気持ちになった。


ーー王女殿下は……エルの正妃には相応しくないと思ってしまうわ……。
もちろん決めるのはエルだから私は何も言えないけど、あんな狭量な人がエルの側にいると思うと……やりきれないかも……


アンリエッタはその夜、
エゼキエルの寝室へと訪れていた。

毎日、一日に何度もエゼキエルの顔と様子を見に来るが、夜寝る前に訪れるのは初めてである。

でもどうしてもエゼキエルの顔がみたくなったのだ。

交代制でエゼキエルを診ている医術師とその助手が気を利かせて退室して行った。


アンリエッタはベッドサイドに座り、眠り続けるエゼキエルの顔を見つめた。

そして意識は無くとも本人の耳に届くように話しかける。


「エル……私はどうしたらいい?あなたの幸せの為に何が出来る?」

当然、エゼキエルは何も答えてはくれない。

「エル……エゼキエル……あなた眠っている場合じゃないわよ?ただでさえ残り少ない私との日々を、このまま終わらせるつもり……?ねぇ起きて。起きていつもみたいに笑ってよ、そして私の名前を呼んでよ……」


アンリと。

大好きなその声で、名前を呼んで欲しい。

それだけでアンリエッタはとても幸せな気持ちになれるのに。

「……好きよ。大好きよエル」


アンリエッタはエゼキエルの額にキスを落とした。

「ふふ。早く目が覚めるようにの秘密のおまじない」


そう言って、アンリエッタはエゼキエルの髪を撫でてから自室に戻った。



次の日は前日のお詫びも兼ねて王宮の美術陳列室ギャラリーへとヴィルジニーを案内した。

オリオル王家所蔵の自慢の美術品たち。

特に伝説の画聖イーデルシュトアの油彩や水彩画、中でもオリオルにしか無いという彼のクロッキー帳にはヴィルジニーや随行者達も高い関心を示した。

アンリエッタとしては、エゼキエルより五代遡った国王が、かの高名な大賢者から貰ったという直筆のパステル画がお勧めなのだが。

ユリアナとシルヴィーも初めて王宮のギャラリーに入るので、興味津々で美術品達を鑑賞していた。


アンリエッタはギャラリーの備品置きの部屋の前に立ち、その様子を眺めていた。


ーー良かった。みんな喜んでくれているわ。
王女殿下も今日はご機嫌に過ごして頂けそうね。

そう思い安堵したその時、

「っ!?」

ふいに口を塞がれて何処かへ引き寄せられた。

どこかの空間へ引き込まれる感覚。

それが転移魔法であったと気付く以前に、

アンリエッタは自分の口を塞ぎ、体を包み込むように抱き寄せる相手に対し驚いていた。

咄嗟に襲われたようなものだが、全く恐怖は感じない。

だってその人が纏う香りと、温かな手の感触だけで誰だかすぐにわかってしまう。

誰よりも一番近くにいたのだ。

分からない訳がない。


何故彼がいきなりこんな行動を取ったのかそれを問い正す前に、それよりもまず……

彼の顔が見たかった。

顔を見て、無事なのかどうかを確かめたかった。

ここに居る事が夢ではないか、幻ではないかを確かめたかったのだ。

アンリエッタは転移された部屋に到達するや否や振り返り、
相手の顔に手を添えて見据えた。


「っエル……!」


やはり目の前にはずっと眠り続けていたエゼキエルがいた。

エゼキエルだけが持つガーネットの瞳。

神秘的な、だけど優しい澄んだ瞳。

その瞳に変わらず映る自分の姿を見て、泣きたい気持ちになる。

いや、気がついたらもう涙が溢れていた。


「アンリ……」

エゼキエルがアンリエッタを抱き寄せる。

アンリエッタも涙でぐしゃぐしゃになりながらエゼキエルの背に腕を回して互いに抱きしめ合った。

耳を付けている胸越しにくぐもったエゼキエルの声が聞こえる。

「アンリ、アンリごめん……心配かけて……」

「エル~っ……!ホントよっ……でも良かったぁ……目が覚めてくれてホントに良かったぁ~……!」


エゼキエルは目覚めて直ぐにアンリエッタの元へと転移したようだ。
その出立ちは夜着にガウンを羽織っただけの姿であった。

そしてアンリエッタを攫うように他の部屋へと飛んだようなのだ。


「起きてすぐに、どうしてもアンリの顔が見たかったんだ……」


エゼキエルがそう呟いた。


「エルゥゥゥ……!」


エゼキエルがようやく目を覚ましてくれた喜びと安堵とで涙はなかなか尽きる事はなく、

アンリエッタはエゼキエルに抱きついたままおいおいと泣き続けた。











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