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エル、怒る

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未だに対面が叶わないエゼキエルに会わせろと、ヴィルジニー王女が散々アンリエッタに悪態を吐いたその時、突然エゼキエルがその場に現れた。

先程まで眠っていたなどとは思えないほど、
隙のないきっちりと身形を整えた姿で。

そしてアンリエッタを側妃と謗り、立場を弁えろと居丈高に言った王女に対しこう告げた。

「お飾りの側妃とは誰の事だ」と。


エゼキエルのその声と、怒りを含んだ眼差しはとても無機質で冷たいものだ。

そんなエゼキエルをアンリエッタは今まで一度も見た事はない。

「エ、エル……」

そのエゼキエルの静かな怒りがアンリエッタへ向けられている訳ではないのだが、アンリエッタはそれを止めなければならないと思った。

優しいエゼキエルの事だ。
幼い頃から一緒にいたアンリエッタが悪く言われるのは良い気がしないのだろう。

でもここでエゼキエルと王女との関係性を悪くしてはいけない。

イレギュラーだがせっかく対面が叶った二人なのに、
部外者となる自分の為に争って欲しくはなかった。

アンリエッタは努めて何でも無い事のようにエゼキエルに告げる。

「エ、エゼキエル陛下。騒がしくしてしまい申し訳ありません。ちょっとした気持ちの行き違いが起きてしまいましたの。それよりお加減はもう大丈夫なのですか?」

アンリエッタがそうやって場を仕切り直そうとしても、エゼキエルは王女に冷たい眼差しを向けたままだった。

「エ、エル……」

アンリエッタが小声でコソッと呟く。

しかしエゼキエルは鋭く王女を見据え続けている。


そんなエゼキエルに最初は面食らっていた様子の王女であったが、
待ち望んだ相手とようやく対面が叶い、途端に表情を輝かせた。

「まぁ……!エゼキエル様ですわね!ようやくお目通りが叶いましたわ!あぁ…やっぱり素敵……姿絵よりも本物の方がよっぽど素敵だわっ……」

と言いながらウットリとエゼキエルを見つめている。
エゼキエルが己に対して怒っているなどと到底考えが及ばないようだ。

エゼキエルは抑揚のない声で告げる。

「ヴィルジニー第三王女」

「いやですわエゼキエル様、そんな他人行儀な。わたくし達はいずれ夫婦となる者同士、どうぞわたくしの事はジニーと愛称でお呼び下さいませ」

先程までの態度とは一変。同じ人物とは思えない甘ったれた声を出しながら、王女は媚びた。

それに対し、エゼキエルはあくまでも硬く突き放すような声で話す。

「ヴィルジニー第三王女。いずれ夫婦となるとは誰と誰の事か」

「それは勿論、わたくしとエゼキエル様ですわ。貴方様もわたくしの国と縁続きとなり、更に安定した玉座に座りたいとお考えなのでしょう?」

そして王女はアンリエッタを見遣り、鼻で笑うように言った。

「たかが一家門の女などに、国王の妃が務まるものですか。やはり上に立つ者はそれに相応しい血筋の者でないと」

その言葉を聞いたエゼキエルの纏う空気が更に冷たくなった。

その空気を敏感に感じ取ったユリアナとシルヴィーは「ヒッ…ですわっ」と言いながら手を取り合って素早く後退りして離れて行く。

しかしその冷たく凍るような気配とは裏腹にエゼキエルは突然笑い出した。

「ふ……はははっ……あははははっ」

「エルっ?」「エゼキエル様っ?」

何故急に笑い出したのか訳が分からず唖然とするアンリエッタと王女を他所にエゼキエルは笑い続けた。

そして一頻り笑い終えた後、侮蔑する感情を隠す様子もなく王女に言い放った。

「こんなに心が醜い人間いるとは驚いた。性格の悪さが外見にも滲み出ているな」

「なっ……?わたくしが醜いですって?」


「どれだけ血筋が良かろうと、心根が汚く、腐っているような貴様など要らぬ。誰が望むものか。そんな者に支えられるほど、この国の玉座は軽くはないぞ。それに私の正妃はすでにもう決まっている。なのでこれだけはハッキリと言っておこう、それは絶対に貴様では無いという事を。そしてその程度の低い頭で今の言葉が理解出来たのであれば、さっさと自国に帰られよ。これ以上俺を怒らせる前になっ……!」

王女を睨みつけながらそう告げたエゼキエルがアンリエッタの手を引いて歩き出す。

「エ、エル……!」


「ちょっ…ちょっとお待ちになって!!今のは何かの聞き間違いですわよねっ?心根が汚いって……醜いって…わたくしの事では無いですわよねっ?そんなこと、ありえませんわよねっ?何をそんなに怒っていらっしゃるのっ?ねぇっ、エゼキエル様っ!?」

後ろからヒステリックな王女の声が追いかけて来たが、エゼキエルは構わずその場を立ち去って行く。

アンリエッタは後ろを気にしつつもエゼキエルに手を引かれるまま付いて行くしかなかった。



エゼキエルは何も言わず歩き続け、
アンリエッタはただ彼の背中を見つめていた。


「エル」


その背中に呼びかける。


「エゼキエル」


アンリエッタに名を呼ばれ、エゼキエルは立ち止まった。

その背中が葛藤している。

顔を見なくても、アンリエッタにはエゼキエルが何を考えているのかがわかった。

心の中で怒りと悲しみが渦巻き、どうしようもなくなってしまっているのだろう。

アンリエッタはエゼキエルの顔に手を当て、後ろを振り向かせた。

「エル」

「アンリ、ごめん。キミは今までもこうして心無い言葉に晒されて来たというのに、俺は何もしてやれなかった」

「エル」

「守れなくて、ごめん……ごめんアンリ……でもどうしても、キミを手離せない、手離したくないんだ……」

先程までの冷たいエゼキエルはどこへやら。

急に弱々しく謝ってくる姿がなんだかおかしくて、アンリエッタは思わず微笑んだ。

「エルったらバカね。そんな事を気にしていたの?」

「だって……」

「でもそれは仕方ないわよ?私たちの婚姻は本当に形だけのものなのだし。だから私は別に気にしてなかったわ」

「アンリ……」

両頬に添えたままのアンリエッタの手にエゼキエルは自身の手を重ねた。

「でもね、エル。私、少しだけスッとしちゃった」

「何が?」

「あの王女殿下の性格が悪いって言ってくれて。正直に白状すると、エルの正妃にはあの方だけはなって欲しくないなぁと思っていたの。でもエルがあの方を選ぶなら仕方ないとも思ってたから、あの方を正妃に選ぶ事は無いと言ってくれて、本当はちょっと嬉しかったの。ごめんなさい」

「謝る必要はないよ。俺があんな人間を選ぶ事は絶対にないから」

エゼキエルのその言葉を聞き、アンリエッタはハッとした。

「あっ、そういえばさっき正妃は既に決まっているって言っていたけど、あれは本当の事なのっ?」

「本当だよ」

「え、本当なのっ!?」

予想だにしなかった事に驚き、そして同時に自分の知らない間にいつの間にっ?という疎外感も感じてアンリエッタはちょっと…いやかなりムッとした。


そんなアンリエッタの様子を見てエゼキエルは笑みを浮かべながら告げる。


「誰だか気になる?」

「あ、当たり前でしょうっ?ちゃんとエルが幸せになれる相手じゃないと許さないんだからっ!」

「それなら大丈夫だ。俺はその人と一緒じゃなきゃ絶対に幸せになれない。そう断言できるくらい大切な人だから」


ーーそ、そんな人がいつの間にっ?
ずっと研究室に篭っていたと思っていたけど、じつは新たな出会いがあったのっ?

つきんとした胸の痛みとそんな大切な事を黙っていたエゼキエルに対し、なんとも複雑な気持ちになってきたアンリエッタにエゼキエルが言った。


「キミだよ」


「…………え?“キミダヨ”って?」


「だから、俺の正妃になるのはキミしかいないと言ってるんだ」


「…………え?へ?え?……」



エゼキエルが発した言葉が俄には信じられず、

アンリエッタはポカンとした表情でエゼキエルを見つめていた。


















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