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前世では捨ててしまった未来のために
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かつての私は……意思の弱い人間だった。
弱いというよりも自我が無い、周りの人間に全てを委ねる事勿れ主義だったわ。
父に従い、母に従い、後継である姉に従う。
そして婚約者のルベルト様や、いずれ義父となるオーヴェン伯爵にも……。
誰かに従っていると安心できる。
だって自分では決められないから。
それで失敗したとしても自分は責められないから。
私はそんな、些か小狡いタイプの人間だった。
今思うと本当に……
「前世の私って、私が一番嫌いなタイプだわ」
◇
前世の記憶を取り戻した私は先ず、記憶の整理をすることにした。
前世の身に起きたことを頭の中に並べてゆく。
「……ルベルト様に婚約解消の申し出をされたのが、私が十九歳になる直前のことだったわね……」
私より三つ年上のルベルト様。
私が二十歳の成人を迎えてすぐに挙式、入籍を済ますために本格的な準備をする段階になっての申し出だったわ。
式を挙げる教会とウェディングドレスを縫う針子は既に前々から予約していて、一年後の挙式予定日に間に合うように計画的に動き出す直前に、ルベルト様が待ったを掛けたのだった。
「真に愛する人が出来て、このまま心を殺して結婚してもアイリル嬢を幸せにすることなんて出来ない、キミも本当はオーヴェンに嫁ぐのは怖いんだろう?」とかなんとか大層な御託を並べて(厳格なオーヴェン伯爵様が義父となることに怯えてはいたから図星ではあったけど)式の準備を止めたのよ。
前世の私はとにかくショックで悲しくてどうしていいのか分からなくて、その状況に戸惑うばかりだったけれど、こうやって今世の私として振り返ってみればかなり業腹な話よね。
ふざんじゃねぇであそばせ、と言って裏拳で鼻っ面を殴っても良いくらいなものだわよ。
えーっと……それで確か……ルベルト様が真に愛すると称した相手の女性は、彼が勤める魔法律事務所に事務員として勤務する人だったはず。
(今の時点で二人はすでに出会っているわよね?)
名前は……なんだったかしら、えっと……なんかアロエみないな名前だっと思うけど……
あ、思い出したわ、アラベラ・マルソー!
それがルベルト様の恋のお相手の名前で、年はルベルト様より二つ年上の二十三歳。
なんと夫と死別した未亡人だったのよ。
ルベルト様ってば夫を亡くした女の身で健気に働く未亡人の色香にコロっとやられちゃったのね。
スケベ!最低!でも悔しいけどまだ好き!
……はぁ……本当に前世の私も今世の私もどうしようもないバカよね。
でも私がどれだけルベルト様を好きでも彼には他に好きな人が出来てしまうのだから諦める他ない。
今世の私の至上命題は生き延びて幸せに長生きすることなんだから。
これからの私がやるべきことは婚約解消後の私自身の新たな人生の土台作りよ。
そのために何としても、今世は一方的な婚約解消ではなく、双方の同意の下として婚約を解消したいの。
お望み通り婚約解消でもなんでもしてあげるけれど、私はそのまま甘んじて自分が不利になるような状況に持っていくつもりはないわ。
前世での婚約解消では……ルベルト様は自分の瑕疵を認めてオーヴェン伯爵家側の有責とした。
貴族院にもルベルト・オーヴェンの身勝手で一方的な理由による婚約誓約書の差し戻しを届け出た上で、多額の慰謝料が我が家に支払われたの。
だけどいくらバーキンス家に有利になるように婚約解消をしたとしても、私が“婚約者に捨てられた令嬢”というレッテルが貼られてしまうことは避けられなかった……。
世間からの同情と哀れみと蔑みと嘲笑の目。
それらにも耐えられず、私は死を選んだのよ。
本当に……私は弱い人間だった。
だから今世の私が目指すのは“捨てられた惨めな令嬢”ではなく、自らの意思で婚約解消に踏み切った職業婦人である令嬢となること。
(昨今では下位貴族の令嬢の中で、学歴を活かした社会進出が増えている)
そうすれば今後の人生の中で、ワケあり令嬢としてではなく、もしかしたら素敵なご縁に恵まれるかもしれないもの。
たとえ素敵な男性に巡り会えなかったとしても、時代の先端を歩く職業婦人として颯爽と生きていくのよ。
自分のために働いて自分のために自由にお金を使う。
自分のために服を買ってお洒落をして美味しいものを食べるの。
たまに旅行に行くのもいいわね。
可愛い猫と一緒に暮らすのもいい。
そんな人生なら悪くないでしょう?
大好きなルベルト様と決別しても、きっと一人でも強く、そして楽しく生きていけると思う。
だから私は……決めたの。
今日から私は花嫁修業ではなく職探しに邁進するわ。
今の私は十八歳になったばかり。
女学院を卒業して、結婚前の最後の娘時代を家族の元で過ごす日々を送っている。
大体あと十ヶ月後に婚約解消を告げられるその前に、前世の記憶が蘇ったのはまさに僥倖といえるわね。
この猶予期間をいかに有意義に過ごし、自分の望む未来を手に入れられるかは私自身の行動にかかっているわけよ!
頑張らなくては!
悲しんでいる暇もないくらいやる事が沢山あるのが有り難いわ。
さて。では先ずは初めに、今はご結婚されている私の性格を前世とは違うものに導いてくれた女性家庭教師のジネット先生に手紙を書こう。
私が女学院入学と同時にご結婚されたジネット先生。
住み込みだった我が家を辞する時に先生に言われたの。
「もし、思い描いていた人生と違う道を歩むことになったら手紙を頂戴。全力で貴女の応援をするわ。そしていつか、貴女に話したい事があるの」
と。
なぜ先生がそんなことを仰ったのかよく解らないけれど、約束は守らないとね。
‘’守れない約束は交わさない。
交わした約束は出来うる限り必ず守る”
これもジネット先生から教わった大切なことのひとつだから。
メイドが起こしにくるまでまだ時間はある。
私は夜着のままライティングデスクの引き出しを開けて、お気に入りの便箋と封筒を取り出した。
───────────────────
今回解ったことは……
・前世のアイリルの性格はかなり内向的だった。
・前世のアイリルは婚約者であるルベルト様の父を怖がっていた。
・ルベルトの恋のお相手は未亡人。
・すでに既婚者となっているジネット先生がキーパーソン……?
明日の朝も更新ありま~す。
弱いというよりも自我が無い、周りの人間に全てを委ねる事勿れ主義だったわ。
父に従い、母に従い、後継である姉に従う。
そして婚約者のルベルト様や、いずれ義父となるオーヴェン伯爵にも……。
誰かに従っていると安心できる。
だって自分では決められないから。
それで失敗したとしても自分は責められないから。
私はそんな、些か小狡いタイプの人間だった。
今思うと本当に……
「前世の私って、私が一番嫌いなタイプだわ」
◇
前世の記憶を取り戻した私は先ず、記憶の整理をすることにした。
前世の身に起きたことを頭の中に並べてゆく。
「……ルベルト様に婚約解消の申し出をされたのが、私が十九歳になる直前のことだったわね……」
私より三つ年上のルベルト様。
私が二十歳の成人を迎えてすぐに挙式、入籍を済ますために本格的な準備をする段階になっての申し出だったわ。
式を挙げる教会とウェディングドレスを縫う針子は既に前々から予約していて、一年後の挙式予定日に間に合うように計画的に動き出す直前に、ルベルト様が待ったを掛けたのだった。
「真に愛する人が出来て、このまま心を殺して結婚してもアイリル嬢を幸せにすることなんて出来ない、キミも本当はオーヴェンに嫁ぐのは怖いんだろう?」とかなんとか大層な御託を並べて(厳格なオーヴェン伯爵様が義父となることに怯えてはいたから図星ではあったけど)式の準備を止めたのよ。
前世の私はとにかくショックで悲しくてどうしていいのか分からなくて、その状況に戸惑うばかりだったけれど、こうやって今世の私として振り返ってみればかなり業腹な話よね。
ふざんじゃねぇであそばせ、と言って裏拳で鼻っ面を殴っても良いくらいなものだわよ。
えーっと……それで確か……ルベルト様が真に愛すると称した相手の女性は、彼が勤める魔法律事務所に事務員として勤務する人だったはず。
(今の時点で二人はすでに出会っているわよね?)
名前は……なんだったかしら、えっと……なんかアロエみないな名前だっと思うけど……
あ、思い出したわ、アラベラ・マルソー!
それがルベルト様の恋のお相手の名前で、年はルベルト様より二つ年上の二十三歳。
なんと夫と死別した未亡人だったのよ。
ルベルト様ってば夫を亡くした女の身で健気に働く未亡人の色香にコロっとやられちゃったのね。
スケベ!最低!でも悔しいけどまだ好き!
……はぁ……本当に前世の私も今世の私もどうしようもないバカよね。
でも私がどれだけルベルト様を好きでも彼には他に好きな人が出来てしまうのだから諦める他ない。
今世の私の至上命題は生き延びて幸せに長生きすることなんだから。
これからの私がやるべきことは婚約解消後の私自身の新たな人生の土台作りよ。
そのために何としても、今世は一方的な婚約解消ではなく、双方の同意の下として婚約を解消したいの。
お望み通り婚約解消でもなんでもしてあげるけれど、私はそのまま甘んじて自分が不利になるような状況に持っていくつもりはないわ。
前世での婚約解消では……ルベルト様は自分の瑕疵を認めてオーヴェン伯爵家側の有責とした。
貴族院にもルベルト・オーヴェンの身勝手で一方的な理由による婚約誓約書の差し戻しを届け出た上で、多額の慰謝料が我が家に支払われたの。
だけどいくらバーキンス家に有利になるように婚約解消をしたとしても、私が“婚約者に捨てられた令嬢”というレッテルが貼られてしまうことは避けられなかった……。
世間からの同情と哀れみと蔑みと嘲笑の目。
それらにも耐えられず、私は死を選んだのよ。
本当に……私は弱い人間だった。
だから今世の私が目指すのは“捨てられた惨めな令嬢”ではなく、自らの意思で婚約解消に踏み切った職業婦人である令嬢となること。
(昨今では下位貴族の令嬢の中で、学歴を活かした社会進出が増えている)
そうすれば今後の人生の中で、ワケあり令嬢としてではなく、もしかしたら素敵なご縁に恵まれるかもしれないもの。
たとえ素敵な男性に巡り会えなかったとしても、時代の先端を歩く職業婦人として颯爽と生きていくのよ。
自分のために働いて自分のために自由にお金を使う。
自分のために服を買ってお洒落をして美味しいものを食べるの。
たまに旅行に行くのもいいわね。
可愛い猫と一緒に暮らすのもいい。
そんな人生なら悪くないでしょう?
大好きなルベルト様と決別しても、きっと一人でも強く、そして楽しく生きていけると思う。
だから私は……決めたの。
今日から私は花嫁修業ではなく職探しに邁進するわ。
今の私は十八歳になったばかり。
女学院を卒業して、結婚前の最後の娘時代を家族の元で過ごす日々を送っている。
大体あと十ヶ月後に婚約解消を告げられるその前に、前世の記憶が蘇ったのはまさに僥倖といえるわね。
この猶予期間をいかに有意義に過ごし、自分の望む未来を手に入れられるかは私自身の行動にかかっているわけよ!
頑張らなくては!
悲しんでいる暇もないくらいやる事が沢山あるのが有り難いわ。
さて。では先ずは初めに、今はご結婚されている私の性格を前世とは違うものに導いてくれた女性家庭教師のジネット先生に手紙を書こう。
私が女学院入学と同時にご結婚されたジネット先生。
住み込みだった我が家を辞する時に先生に言われたの。
「もし、思い描いていた人生と違う道を歩むことになったら手紙を頂戴。全力で貴女の応援をするわ。そしていつか、貴女に話したい事があるの」
と。
なぜ先生がそんなことを仰ったのかよく解らないけれど、約束は守らないとね。
‘’守れない約束は交わさない。
交わした約束は出来うる限り必ず守る”
これもジネット先生から教わった大切なことのひとつだから。
メイドが起こしにくるまでまだ時間はある。
私は夜着のままライティングデスクの引き出しを開けて、お気に入りの便箋と封筒を取り出した。
───────────────────
今回解ったことは……
・前世のアイリルの性格はかなり内向的だった。
・前世のアイリルは婚約者であるルベルト様の父を怖がっていた。
・ルベルトの恋のお相手は未亡人。
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