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ツェリシア、精霊王の愛し子になる
「あ?心臓を寄こせだ?」
ーーアルトの声が聞こえる……
ここはどこなのだろう。真っ暗で何も見えない。
暗闇の中で手を伸ばし、手探りで彼を探す。
その瞬間、炎の柱が天を焦がすように立ち上がった。
そして耳を劈くけたたましい咆哮が聞こえた。
真っ暗闇の中、炎の明かりに照らし出されたアルトの姿を見つける。
ーーアルト!
しかしツェリシアの声は向こうには届いていないようだ。
「……欲深い悪魔め……コレをくれてやるからそれで我慢しろ」
そう言ったアルトが自らの左目に手をかざし……
ーーえ……?アルト、何をする気?
やめて。
やめてアルト。
ツェリシアの願いも虚しく、
アルトは自らの左目を魔法でくり出し炎の柱の向こう側に居る何かに向かって投げた。
そしてより一層炎の火力を上げ、こう言い放つ。
「胃袋が戻ったら後は大人しくこの世界で引き篭もってろ。下手な真似をしたらその時は容赦なく、殺す」
暗闇の中、炎の側で失った片目から涙のように血を流すアルトが見える。
ーーアルト……どうしてそんな事をっ……
悲しい……辛い。
黒く澄んだアルトの瞳。
大好きな大好きなアルトの瞳。
その瞳が自分の所為で失ったのだとわかるから余計に悲しい。
闇の中、ツェリシアもまた涙を流す。
アルトを抱きしめてあげたかった。
満身創痍で闇の中に立つ彼を。
ーーアルト………アルト……
「…………アルト……」
「ツェリ?」
抱き抱えたツェリシアが自分の名を呼んだ。
意識はまだ戻っていない。
夢でも見ているのだろうか……アルトはそう思いながらツェリシアを見下ろした。
厄災の元凶となる魔力を悪魔の胃袋に収め、意識を失ったツェリシアを連れて転移したその先……
アルトは精霊界の地をその両足で踏んでいた。
先ほど炎の精霊を知らせに走らせた。
すぐにでもあの方が来るだろう。
やっとここまで辿り着いた。
あともう少し、もう少しでツェリシアを苦しみから解放出来る。
アルトは腕の中で眠る愛しい存在を見つめた。
『目が覚めた時、キミは怒るだろうか。
相談もせず、勝手に決めた俺の事を憎むだろうか。
それでもいい。
ツェリシアが生きて、
これからの長い時を幸せに暮らしてくれるなら』
アルトはそっとツェリシアのこめかみにキスをした。
「連れて来たか」
声が聞こえ、アルトはゆっくりと振り返る。
振り返った先に立つのは、
白く光り輝く長髪に中性的な顔立ちをした、アミシュの夢にイグリードと共に出て来たあの白い頭の男だった。
「ご無沙汰しております精霊王デューフィリュス」
「先日会ったばかりではないか、我が友の教え子よ。そして我が愛し子よ」
どこまでも澄みきったクリスタルを思わせる美しい声でデューフィリュスは言った。
そうだ。時間の流れ方が違うのだ。
アルトにとっては一年ぶりの対面でも、デューフィリュスにとっては昨日くらいの感覚なのであろう。
精霊王デューフィリュス。
精霊界を統べる、自然の創造と摂理を司る賢神。
かつてイグリードに朽ちぬ体を授けた者だ。
そしてそのイグリードの弟子であるアルトにも朽ちぬ体を与えてくれた。
そう。
アルトは一年前に、師イグリードと同じく精霊王の“愛し子”となり、眠る事も朽る事もない体を手に入れていた。
暴食の悪魔に会いに異界の地を踏む為には、人の身である事を捨てねばならなかったからだ。
そのおかげで彼の地を踏み、悪魔との折衝を無事に終えて帰還すること事が出来た。
人の身のままでは到底適わなかっただろう。
家族とは刻んでゆく時間を違えてしまったが、後悔はない。
これから気が遠くなるくらい長い時の中で、眠れぬ夜を過ごすだけだ。
「デューフィリュス、彼女がツェリシアです。どうか、どうか今すぐ彼女に加護を」
アルトがそう言うと、
デューフィリュスは眠るツェリシアの顔を覗き込んだ。
「この娘には夢の中で既に逢うた。その時に感じたものより更に禍々しい気を感じるな……では急ごうか」
「お願い致します」
アルトは深々と頭を下げた。
ツェリシアはアルトと精霊王デューフィリュスによって、精霊の館へ運ばれた。
精霊の館とは精霊王が精霊界を統治する居城だ。
館などと呼ぶ規模ではないのに、何故かこの世界では“館”と称されているのだ。
まぁ人の持つ感覚と精霊たちの感覚を同じように捉えても仕方ないのだが。
ツェリシアは精霊の館に運ばれ、
そこでイグリードやアルトと同じく精霊王の愛し子となる。
召喚した異界の悪魔、ベルゼブブの胃袋をツェリシアの体から取り除き、奴に叩き返す為には……“器”である人間を壊す他方法はない。
悪魔の臓器は術式により適合者の体内に入れた途端に他の内臓と深く癒着をし、一体となる。
それを取り除くという事は、適合者の内臓も全て取り除くという事になるのだ。
未知の悪魔の魔障を受けた傷や臓器に回復魔法は効かない。
魔物や闇魔法による魔障とは訳が違うのだ。
古今東西あらゆる文献を読み漁り、調べ、ならばと新しい方法を模索したが、入れ物となった人間が死ぬ以外道は無かった。
今までの封緘者が即時に殺されて来たのはその為だ。
『こんなモノをツェリの体に入れやがって……!』
アルトは改めて、この方法を思いついた術式師とアブラスの為政者たちを憎んだ。
しかし憎むだけではなんの解決にもならない。
考えに考え抜き、ある時ふと一つの方法に辿り着く。
殺しても死なない体を手に入れられればよいのではないか。
そんな人外的な、この世界の摂理から外れるような事が可能なのか……
答えはアルトの目の前に転がっていた。
暖炉の前に敷いたラグに寝転がって本を読んでいる。
イグリードと同じく、そして自分と同じく精霊王の加護を受けた身体を持てば、死ぬほどの傷を受けても精霊力によって全て復元、治癒出来るのだ。
もちろんその治療は精霊力溢れる、精霊界で行わなければならないが。
アルトは直ぐに師イグリードに相談した。
「やっぱりアルトもその考えに至ったか。わかった、デューに頼んでみるよ」
どうやらイグリードも前々から同じ方法を考えていたようだった。
アルトが精霊王の愛し子となる事はもう何年も前から決まっていた。
愛し子となった時点で身体の変化(成長や老化)は止まる。
なのでアルトは成人した翌年に愛し子となれるようにと、事前に決まっていた。
未成年のままで長い時を過ごすより、やはり成人男性の姿の方が何かと都合がいいとイグリードが決めたのだ。
イグリードの時は彼の望みではなかったらしい。
イグリードを気に入り過ぎたデューフィリュス達が密かに飲み物に自分の血を入れて飲ませたのだ。
それを知った時、怒りも喜びも悲しみも何も感じなかったそうだ。
ただ「ああそうなんだね」と思っただけだったらしい。
怒りや悲しみではなく、虚しさと寂しさをを感じるようになったのは300年ほど過ぎた頃だったとか。
それから更に時が経ち、ジュリ王妃に出会うまでは一人、いつまで続くかわからない眠れぬ夜に、膝を抱えていただけだったという。
そんな師の話を聞いて成長してきたアルトに愛し子になる事への迷いは無いのかと問われたら、今も昔も無いとはっきり答えられる。
ツェリシアを救う為に必要ならば、どんな事でもやってやる。
その気持ちがブレない限り、アルトに迷いはなかった。
しかしツェリシアはどうだろう。
本人が望んだ訳ではないのに。
起きて目覚めれば人でありながら人の身では無くなっているのだ。
嘆き悲しむだろうか……
アルトはその全てを受け止める覚悟を固めた。
気の遠くなるような長い時を彼女に寄り添い、償ってゆこう。
だから今はただ、全てが上手くいくように。
それを願うだけだった。
精霊の館に運ばれたツェリシアは直ぐに精霊王が血を与える事になった。
眠ったままのツェリシアに、アルトが口移しで血を含んだ果実水を飲ませる。
それから催眠魔術をかけ、術式により内臓ごと奈落と呼んでいた悪魔の一部を取り除く。
その施術はアルトが行った。
そしてその後直ぐに精霊力による治癒を施され、失った内臓も血液も元通りになった。
これは精霊界の精霊達が施術してくれた。
全てが終わった後に氷の様に冷たかったツェリシアの指先に温かみが戻ったのを確認した時、アルトは一人涙を流した。
ツェリシアの手を握りしめながら、
安堵の涙を只々流す。
「ツェリ……よかった……ツェリ……」
その時、誰かがアルトの頭にふれた。
そっと力なく、でも優しく頭を撫でてくれる。
アルトはハッとしてツェリシアの方を見た。
一つだけ残った目で。
ツェリシアはベッドに横たわりながらも顔をこちらに向けて見つめていた。
ツェリシアもまた、静かに涙を流しながら。
「っツェリ……」
「夢の中でね、アルトが片目を失うところを見たの……ごめんね、ごめんねアルト……わたしの所為で……」
「ツェリの所為じゃない、ツェリは悪くない。俺がしたくてした事だ、全て俺が独断で決めた。悪いのは全部俺だよ……」
「どうしてアルトが悪いの……?あなたはわたしの為にしてくれたのに……さっき別の夢の中でね、白い頭の人に色々と教えて貰ったの。あの人精霊王だったのね、彼に全て……聞いたわ……」
「ごめん、ツェリ。キミの人生なのに勝手に決めた事、本当にごめん……」
アルトはツェリシアの手を握ったまま、その手を額に押し頂いた。
「……でもわたし……事前に聞かされていてもちゃんと理解できなかったかもしれないわ。この体になって初めてわかる理もあるのね……」
「ツェリ……」
「アルトも……精霊王の愛し子なのよね?」
「うん」
「同じくらい長く生きるのよね?」
「ああ」
「わたしは……もう自由なのよね?死ななくてもいいのよね?」
アルトは頷きながら答えた。
「逆に簡単には死ねない体になったよ」
「ずっと……ずっと一緒にいられる?わたしの側にずっと一緒にいてくれる……?」
「もちろんっ……ツェリが許してくれるなら……」
「どうしてわたしの許しが必要なの?アルトは何も悪い事はしていないのに……むしろ謝らなくてならないのはわたしの方よ……」
「ツェリが謝る必要はこれっぽっちもない」
「ならアルトが謝る必要もこれっぽっちもないわ……」
「ツェリ……」
「アルト、もうあなたに謝るのはやめるわ。そうではなくお礼を言わせて。わたしを助けてくれてありがとう……わたしの為に頑張ってくれて、本当にありがとうっ……」
「ツェリっ……!」
ツェリシアはアルトに向かって両手を広げた。
起き上がる力はなかったけれど、
アルトを抱きしめたかった。
夢の中でも。
そして今も。
自分の為に頑張ってきてくれたアルトを、この胸に抱いてあげたかったのだ。
アルトは身を屈めてベッドの中のツェリシアを抱きしめてくれた。
二人、これが初めての抱擁だ。
今までの互いの距離を埋めるように、隙間なく身を寄せ合う。
温かさと愛しさで胸がいっぱいになる。
もう別れる事を考えなくていい。
これからはずっと一緒だ。
それがただ、本当に嬉しかった。
どれくらい二人でそうしていたのだろう。
やがてアルトが身を離し、ツェリシアにこう言った。
「二つの大術の後だ。もう眠る事は出来ないだろうけど、あと少し横になっていた方がいい。その間、俺は向こうに戻って後始末をしてくるよ」
「後始末?」
「せっかくツェリが命懸けで守った国だ。思うところは沢山あるけど、あの国の問題を片付けてくるよ。師匠に任せっ放しも情けないしな」
「何をするの?」
ツェリが尋ねると、アルトはふっと笑って答えた。
「大した事じゃない。戻ったら教えてあげるよ」
とそう言ってツェリシアの額にキスを落とした。
ツェリシアが真っ赤な顔をして額に手をやる。
アルトは優しげに微笑み、
「可愛い」と呟いてどこかへ転移して行った。
後には林檎のように頬を赤く染め上げたツェリシアだけが残された。
と、思っていたら、数体の小さな精霊が扉の所でニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。
ツェリシアの容態を見に来ていたのだろう。
「……………」
ツェリシアは無言でそーっと布団を頭から被った。
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次回、師弟の絆を見せつける?
ーーアルトの声が聞こえる……
ここはどこなのだろう。真っ暗で何も見えない。
暗闇の中で手を伸ばし、手探りで彼を探す。
その瞬間、炎の柱が天を焦がすように立ち上がった。
そして耳を劈くけたたましい咆哮が聞こえた。
真っ暗闇の中、炎の明かりに照らし出されたアルトの姿を見つける。
ーーアルト!
しかしツェリシアの声は向こうには届いていないようだ。
「……欲深い悪魔め……コレをくれてやるからそれで我慢しろ」
そう言ったアルトが自らの左目に手をかざし……
ーーえ……?アルト、何をする気?
やめて。
やめてアルト。
ツェリシアの願いも虚しく、
アルトは自らの左目を魔法でくり出し炎の柱の向こう側に居る何かに向かって投げた。
そしてより一層炎の火力を上げ、こう言い放つ。
「胃袋が戻ったら後は大人しくこの世界で引き篭もってろ。下手な真似をしたらその時は容赦なく、殺す」
暗闇の中、炎の側で失った片目から涙のように血を流すアルトが見える。
ーーアルト……どうしてそんな事をっ……
悲しい……辛い。
黒く澄んだアルトの瞳。
大好きな大好きなアルトの瞳。
その瞳が自分の所為で失ったのだとわかるから余計に悲しい。
闇の中、ツェリシアもまた涙を流す。
アルトを抱きしめてあげたかった。
満身創痍で闇の中に立つ彼を。
ーーアルト………アルト……
「…………アルト……」
「ツェリ?」
抱き抱えたツェリシアが自分の名を呼んだ。
意識はまだ戻っていない。
夢でも見ているのだろうか……アルトはそう思いながらツェリシアを見下ろした。
厄災の元凶となる魔力を悪魔の胃袋に収め、意識を失ったツェリシアを連れて転移したその先……
アルトは精霊界の地をその両足で踏んでいた。
先ほど炎の精霊を知らせに走らせた。
すぐにでもあの方が来るだろう。
やっとここまで辿り着いた。
あともう少し、もう少しでツェリシアを苦しみから解放出来る。
アルトは腕の中で眠る愛しい存在を見つめた。
『目が覚めた時、キミは怒るだろうか。
相談もせず、勝手に決めた俺の事を憎むだろうか。
それでもいい。
ツェリシアが生きて、
これからの長い時を幸せに暮らしてくれるなら』
アルトはそっとツェリシアのこめかみにキスをした。
「連れて来たか」
声が聞こえ、アルトはゆっくりと振り返る。
振り返った先に立つのは、
白く光り輝く長髪に中性的な顔立ちをした、アミシュの夢にイグリードと共に出て来たあの白い頭の男だった。
「ご無沙汰しております精霊王デューフィリュス」
「先日会ったばかりではないか、我が友の教え子よ。そして我が愛し子よ」
どこまでも澄みきったクリスタルを思わせる美しい声でデューフィリュスは言った。
そうだ。時間の流れ方が違うのだ。
アルトにとっては一年ぶりの対面でも、デューフィリュスにとっては昨日くらいの感覚なのであろう。
精霊王デューフィリュス。
精霊界を統べる、自然の創造と摂理を司る賢神。
かつてイグリードに朽ちぬ体を授けた者だ。
そしてそのイグリードの弟子であるアルトにも朽ちぬ体を与えてくれた。
そう。
アルトは一年前に、師イグリードと同じく精霊王の“愛し子”となり、眠る事も朽る事もない体を手に入れていた。
暴食の悪魔に会いに異界の地を踏む為には、人の身である事を捨てねばならなかったからだ。
そのおかげで彼の地を踏み、悪魔との折衝を無事に終えて帰還すること事が出来た。
人の身のままでは到底適わなかっただろう。
家族とは刻んでゆく時間を違えてしまったが、後悔はない。
これから気が遠くなるくらい長い時の中で、眠れぬ夜を過ごすだけだ。
「デューフィリュス、彼女がツェリシアです。どうか、どうか今すぐ彼女に加護を」
アルトがそう言うと、
デューフィリュスは眠るツェリシアの顔を覗き込んだ。
「この娘には夢の中で既に逢うた。その時に感じたものより更に禍々しい気を感じるな……では急ごうか」
「お願い致します」
アルトは深々と頭を下げた。
ツェリシアはアルトと精霊王デューフィリュスによって、精霊の館へ運ばれた。
精霊の館とは精霊王が精霊界を統治する居城だ。
館などと呼ぶ規模ではないのに、何故かこの世界では“館”と称されているのだ。
まぁ人の持つ感覚と精霊たちの感覚を同じように捉えても仕方ないのだが。
ツェリシアは精霊の館に運ばれ、
そこでイグリードやアルトと同じく精霊王の愛し子となる。
召喚した異界の悪魔、ベルゼブブの胃袋をツェリシアの体から取り除き、奴に叩き返す為には……“器”である人間を壊す他方法はない。
悪魔の臓器は術式により適合者の体内に入れた途端に他の内臓と深く癒着をし、一体となる。
それを取り除くという事は、適合者の内臓も全て取り除くという事になるのだ。
未知の悪魔の魔障を受けた傷や臓器に回復魔法は効かない。
魔物や闇魔法による魔障とは訳が違うのだ。
古今東西あらゆる文献を読み漁り、調べ、ならばと新しい方法を模索したが、入れ物となった人間が死ぬ以外道は無かった。
今までの封緘者が即時に殺されて来たのはその為だ。
『こんなモノをツェリの体に入れやがって……!』
アルトは改めて、この方法を思いついた術式師とアブラスの為政者たちを憎んだ。
しかし憎むだけではなんの解決にもならない。
考えに考え抜き、ある時ふと一つの方法に辿り着く。
殺しても死なない体を手に入れられればよいのではないか。
そんな人外的な、この世界の摂理から外れるような事が可能なのか……
答えはアルトの目の前に転がっていた。
暖炉の前に敷いたラグに寝転がって本を読んでいる。
イグリードと同じく、そして自分と同じく精霊王の加護を受けた身体を持てば、死ぬほどの傷を受けても精霊力によって全て復元、治癒出来るのだ。
もちろんその治療は精霊力溢れる、精霊界で行わなければならないが。
アルトは直ぐに師イグリードに相談した。
「やっぱりアルトもその考えに至ったか。わかった、デューに頼んでみるよ」
どうやらイグリードも前々から同じ方法を考えていたようだった。
アルトが精霊王の愛し子となる事はもう何年も前から決まっていた。
愛し子となった時点で身体の変化(成長や老化)は止まる。
なのでアルトは成人した翌年に愛し子となれるようにと、事前に決まっていた。
未成年のままで長い時を過ごすより、やはり成人男性の姿の方が何かと都合がいいとイグリードが決めたのだ。
イグリードの時は彼の望みではなかったらしい。
イグリードを気に入り過ぎたデューフィリュス達が密かに飲み物に自分の血を入れて飲ませたのだ。
それを知った時、怒りも喜びも悲しみも何も感じなかったそうだ。
ただ「ああそうなんだね」と思っただけだったらしい。
怒りや悲しみではなく、虚しさと寂しさをを感じるようになったのは300年ほど過ぎた頃だったとか。
それから更に時が経ち、ジュリ王妃に出会うまでは一人、いつまで続くかわからない眠れぬ夜に、膝を抱えていただけだったという。
そんな師の話を聞いて成長してきたアルトに愛し子になる事への迷いは無いのかと問われたら、今も昔も無いとはっきり答えられる。
ツェリシアを救う為に必要ならば、どんな事でもやってやる。
その気持ちがブレない限り、アルトに迷いはなかった。
しかしツェリシアはどうだろう。
本人が望んだ訳ではないのに。
起きて目覚めれば人でありながら人の身では無くなっているのだ。
嘆き悲しむだろうか……
アルトはその全てを受け止める覚悟を固めた。
気の遠くなるような長い時を彼女に寄り添い、償ってゆこう。
だから今はただ、全てが上手くいくように。
それを願うだけだった。
精霊の館に運ばれたツェリシアは直ぐに精霊王が血を与える事になった。
眠ったままのツェリシアに、アルトが口移しで血を含んだ果実水を飲ませる。
それから催眠魔術をかけ、術式により内臓ごと奈落と呼んでいた悪魔の一部を取り除く。
その施術はアルトが行った。
そしてその後直ぐに精霊力による治癒を施され、失った内臓も血液も元通りになった。
これは精霊界の精霊達が施術してくれた。
全てが終わった後に氷の様に冷たかったツェリシアの指先に温かみが戻ったのを確認した時、アルトは一人涙を流した。
ツェリシアの手を握りしめながら、
安堵の涙を只々流す。
「ツェリ……よかった……ツェリ……」
その時、誰かがアルトの頭にふれた。
そっと力なく、でも優しく頭を撫でてくれる。
アルトはハッとしてツェリシアの方を見た。
一つだけ残った目で。
ツェリシアはベッドに横たわりながらも顔をこちらに向けて見つめていた。
ツェリシアもまた、静かに涙を流しながら。
「っツェリ……」
「夢の中でね、アルトが片目を失うところを見たの……ごめんね、ごめんねアルト……わたしの所為で……」
「ツェリの所為じゃない、ツェリは悪くない。俺がしたくてした事だ、全て俺が独断で決めた。悪いのは全部俺だよ……」
「どうしてアルトが悪いの……?あなたはわたしの為にしてくれたのに……さっき別の夢の中でね、白い頭の人に色々と教えて貰ったの。あの人精霊王だったのね、彼に全て……聞いたわ……」
「ごめん、ツェリ。キミの人生なのに勝手に決めた事、本当にごめん……」
アルトはツェリシアの手を握ったまま、その手を額に押し頂いた。
「……でもわたし……事前に聞かされていてもちゃんと理解できなかったかもしれないわ。この体になって初めてわかる理もあるのね……」
「ツェリ……」
「アルトも……精霊王の愛し子なのよね?」
「うん」
「同じくらい長く生きるのよね?」
「ああ」
「わたしは……もう自由なのよね?死ななくてもいいのよね?」
アルトは頷きながら答えた。
「逆に簡単には死ねない体になったよ」
「ずっと……ずっと一緒にいられる?わたしの側にずっと一緒にいてくれる……?」
「もちろんっ……ツェリが許してくれるなら……」
「どうしてわたしの許しが必要なの?アルトは何も悪い事はしていないのに……むしろ謝らなくてならないのはわたしの方よ……」
「ツェリが謝る必要はこれっぽっちもない」
「ならアルトが謝る必要もこれっぽっちもないわ……」
「ツェリ……」
「アルト、もうあなたに謝るのはやめるわ。そうではなくお礼を言わせて。わたしを助けてくれてありがとう……わたしの為に頑張ってくれて、本当にありがとうっ……」
「ツェリっ……!」
ツェリシアはアルトに向かって両手を広げた。
起き上がる力はなかったけれど、
アルトを抱きしめたかった。
夢の中でも。
そして今も。
自分の為に頑張ってきてくれたアルトを、この胸に抱いてあげたかったのだ。
アルトは身を屈めてベッドの中のツェリシアを抱きしめてくれた。
二人、これが初めての抱擁だ。
今までの互いの距離を埋めるように、隙間なく身を寄せ合う。
温かさと愛しさで胸がいっぱいになる。
もう別れる事を考えなくていい。
これからはずっと一緒だ。
それがただ、本当に嬉しかった。
どれくらい二人でそうしていたのだろう。
やがてアルトが身を離し、ツェリシアにこう言った。
「二つの大術の後だ。もう眠る事は出来ないだろうけど、あと少し横になっていた方がいい。その間、俺は向こうに戻って後始末をしてくるよ」
「後始末?」
「せっかくツェリが命懸けで守った国だ。思うところは沢山あるけど、あの国の問題を片付けてくるよ。師匠に任せっ放しも情けないしな」
「何をするの?」
ツェリが尋ねると、アルトはふっと笑って答えた。
「大した事じゃない。戻ったら教えてあげるよ」
とそう言ってツェリシアの額にキスを落とした。
ツェリシアが真っ赤な顔をして額に手をやる。
アルトは優しげに微笑み、
「可愛い」と呟いてどこかへ転移して行った。
後には林檎のように頬を赤く染め上げたツェリシアだけが残された。
と、思っていたら、数体の小さな精霊が扉の所でニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。
ツェリシアの容態を見に来ていたのだろう。
「……………」
ツェリシアは無言でそーっと布団を頭から被った。
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次回、師弟の絆を見せつける?
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