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番外編
最終話 13年後、いつまでも変わらずあなたと共に
「ツェリーちゃーん、トワがどこに行ったのか知らない?」
ジェスロの赤い屋根の家に大賢者と呼ばれる600年以上生きている男の声が響く。
そして身体は20歳のままだが、実年齢は33歳になったツェリシアがイグリードに答える。
「今日はミレイちゃんとデートだって言ってたわよ?」
「えーー、せっかくトワと遊ぼうと思ってたのにぃぃ。ガールフレンドが出来てからトワってばちっとも遊んでくれなくなったぁ~」
「トワももう13歳だもの。いつまでもバルちゃんとイタズラばかりして遊んでるより好きな女の子と一緒にいる方がいいのよ」
それを聞いて、イグリードはソファーに突っ伏した。
「つまんないよぉ~☆」
「かわいそうなバルちゃん、でもこればかりは仕方ないわね」
「えー……」
ツェリシアとアルトの子、トワが生まれて13年。
アルトの師であるイグリードは、自身が名付け親になったトワを殊の外可愛がった。
かつて弟子のアルトにそうしたように精霊魔術を教え、数々の言語を教え、古代史や異世界の事を教える。
ただトワの父であるアルトと違うのは、最も心血を注いで伝授したのはイタズラであった事だ。
物心つく前から側でバルク=イグリードという男を見て育ったものだから、トワもふざけた事や面白い事が大好きな少年に成長した。
ほんのつい最近までバル・トワコンビで数多のイタズラを成功させてはアルトに怒髪天を突かせていたものだ。
そんなトワも町の公民館で運命的な出会いをしたらしい。
ジェスロ市長の娘、准男爵令嬢のミレイという少女だ。
輝くブロンドの髪に透明度の高いアンバーの瞳。
完全に一目惚れだった、とトワは言っていた。
もう寝ても覚めてもミレイの事しか考えられないほどに、トワは彼女に夢中になった。
そして一大決心をしてその想いを彼女に告げ、同じようにトワに一目で心を奪われていたミレイと晴れて両想いになったのだそうだ。
甘酸っぱくてくすぐったい、微笑ましい恋物語である。
トワは隔世遺伝なのか、祖母であるアミシュにそっくりでなかなかの美形である。
我が息子ながら町一番の美少女ミレイの心を射止めたのも頷けた。
近頃はほぼ毎日、ミレイと図書館に行ったり公園に行ったりとデートを楽しんでいるようだ。
「あーあ、子どもの成長ってあっという間だねー、まぁトワがハッピーならそれでいいけどネ。じゃあ僕、久しぶりに精霊界に行って精霊王と遊んでくるよ☆」
「そんなふらっと近所の友達の家に遊びに行くみたいに」
「あはは☆だってトモダチだもーん。あ、アルトが戻って来たら知らせて?もう2日も王宮に行ったっきりだもんね」
「ええ。わかったわ」
ツェリシアが快く返事をするとイグリードは
「よろぴく☆」と言って精霊界へと転移して行った。
そう、夫アルトは2日前にハイラム王家のシルヴィー王女殿下に呼び出されてから、一度も帰って来ていないのだ。
今年17歳になったシルヴィー王女は大賢者の弟子であるアルトの事をとても気に入っておられるらしい。
その王女殿下に「相談にのって欲しい」と王宮に召されたのが2日前。
その間一度だけ“王女の頼みでアデリオールに行く”と、精霊にメッセージを届けさせたっきり、まだ帰宅していないのだ。
なんか厄介事の匂いがぷんぷんするこの件に、ツェリシアは眉根を寄せずにはいられない。
「今までは王女殿下も子どもだったから特に何も思わなかったけど…もう17歳になられたのよね、お年頃だわ。アルトは本っっ当に素敵だから会いたくなるのはわかるけど……」
もやっとしながら夕食の支度をしていると、
何やら浮かない顔をして息子のトワが帰って来た。
「ただいま母さん……父さんは?」
開口一番そう尋ねてくるトワにツェリシアは答えた。
「まだ王宮から帰ってないわ?どうしたの?お父さんに何か用事?」
「う、うん……」
なんだか気まずそうに言い渋る息子を見て、ツェリシアは訝しげな顔をする。
「何?なんか言い辛そうね、なにか問題でも?」
「……今日、ミレイに聞いたんだけど……」
「何を聞いたの?」
「ミレイは、自分の父親のアドレス市長に聞いたらしいんだけど……」
「一体何を?」
「アドレス市長は王宮勤めをしている親戚から聞いたらs……「そこはもういいから!」
ツェリシアがバッサリ言うと、トワはツェリシアの顔色を伺いながら恐る恐る言った。
「……シルヴィー王女殿下が父さんにプロポーズしたって……!」
「は?」
「ミレイの親父さんの姪っ子が王宮勤めをしてるらしいんだけど、その姪って人が王女殿下の部屋の前を通りかかった時に、途切れ途切れだけど聞こえたんだって、“私しと”、“コルベール”、求婚”、“あなたしかいない”、“お願い”っていう言葉が聞こえたらしいんだ」
「はぁっ!?」
「その人はミレイと付き合ってる俺が、アルト=ジ=コルベールの息子だって知ってるから、誰にも言わないで秘密にしてくれてるらしいんだけど……」
「………」
「母さん?」
「アルトはわたしの夫なんですけどね!」
「いや知ってるよ。それを俺に言われても……」
「アルトは何て返事したのよ!」
「いや知らないよ。俺に訊かれても……」
その後はぷんすこしながらトワと共に夕食を食べたが、ツェリシアのイライラはおさまらない。
『まさかアルト、若くて美しい王女殿下にプロポーズされて満更でもないとか!?だから帰って来ないの!?』
イライラとモヤモヤがピークになって、もういっそ夫の元に転移んで真相を確かめてやろう!と思った瞬間、ふいにかつての記憶が走馬灯のように頭を過ぎった。
『……わたしったらバカね。
アルトがそんな簡単に絆されるわけないじゃない』
自分を救う為に10年という年月を懸けてくれた人だ。
ただ偏に。
一心に。
わたしだけのために。
そんな人が簡単に心変わりをする筈がない。
ツェリシアは心を静めようと、庭に出て星空を眺めた。
あの日、あの丘で見た星空を
今でもありありと思い出せる。
あの日と同じ思いで、ツェリシアは星空を見上げた。
『なんであんなくだらない話を信じちゃったのかしら。きっと2日もアルトに会っていない、その寂しさのせいね』
その時、すぐ後ろで自分の名を呼ぶ声がした。
「ツェリ」
「………」
どうしてあなたは……
「ツェーリ」
いつも絶妙なタイミングで現れるの?
ツェリシアは後ろを振り返った。
途端に見知った香りに包まれる。
彼の腕の中はわたしだけのものだと言い張れる、
ツェリシアだけの特別な居場所。
大好きな夫に抱きしめられ、
心から多幸感が溢れ出す。
でもとりあえず、腕の中で抗議はしておく。
「……2日も帰って来なくて心配したんですけど」
「ごめん」
「シルヴィー王女殿下にプロポーズされたって聞いて、びっくりしたんですけど」
「え?」
珍しくアルトの素っ頓狂な声を聞いて、ツェリシアは『レアだ……』と内心思いながらトワが言っていた事を話した。
するとアルトは大きなため息を吐いて、事の真相を話してくれた。
シルヴィー王女が求婚したのはアルトではなく、
アデリオールに短期留学した時に出会ったとある騎士の青年なのだとか。
その青年は新人の近衛騎士で、留学中の王族の警護の為に魔術学校に派遣されて来たらしい。
その青年に一目惚れした(近頃やたら一目惚れという言葉を耳にするな☆)シルヴィー王女が帰国した後も彼を忘れられず、17歳になったと同時に求婚したいと言い出したそうなのだ。
「でも何故アルトにその話を?」
「その意中の青年が、俺の幼馴染の息子なんだよ」
「ああ、それで……だからアデリオールに行くって知らせて来たの?」
「そう。アデリオールに行って、俺からその青年と両親に王家からの婚約を打診をして欲しいと言われた」
「それで?どうなったの?王女殿下が求婚してもよいと許されるお家柄の人だという事よね?」
さっきまでのモヤモヤはどこに行ったのやら。
ツェリシアは物語の続きをせがむように身を乗り出して訊いた。
「その青年の父である俺の幼馴染は侯爵家の次男だからな。彼自身は父親から伯爵位を譲られているし。家格的には問題ないのだが……」
「何か他に問題があったの?」
「シルヴィー王女の想い人は既に……」
「既に?」
「アデリオール北方騎士団長、ロードリック辺境伯令嬢と婚約していた」
「あらま!」
幼馴染の家にハイラム王女が求婚の意思がある事を告げに行ったアルトはその時、青年と直接話が出来たという。
その青年の両親が結婚に至る経緯で、かつてアルトが占い師ごっこをしていたイグリードを紹介した事があったのだ。
その話を予てより両親から聞いていた青年が是非アルトに会いたいと、突然の訪問にもかかわらず急遽帰宅してくれたのだ。
青年はこう言った。
「当時の父を母と僕の元へと導いてくれた占い師がじつは大賢者バルク=イグリードだと知った時の驚きは今でも忘れられません。そしてアブラスを厄災から救った賢者の弟子コルベール卿に、どうしてもお会いしたかったのです」
その青年は騎士らしく背筋を伸ばし、尊敬の眼差しでアルトを見ていたという。
その上でシルヴィー王女の求婚の意思を直接伝えると、青年は真っ直ぐな瞳でアルトに告げた。
「大変有り難く、身に余る光栄なお話ではありますが、僕には幼い頃から心に決めた女性がおります。ずっとずっと想い続けて、先日ようやくプロポーズを受けて貰えたのです。僕には彼女しかいない、生涯を共にする伴侶は彼女しか考えられないのです。どうかお許しください」
そう言って青年は深々と頭を下げた。
アルトにはその青年のひたむきな想いが理解できた。
自分も幼い頃からの想いをずっと大切にしてきたのだから。
それはどれだけ年月が経とうと決して変わらない。
時はとめどなく流れてゆくものだが、それだけは鮮明に今も変わらずこの胸に在るのだ。
アルトは青年に、ハイラム王家には自分からきちんと話をつけておくので心配要らないと告げた。
その後は青年やその家族と和気あいあいと食事を共にしたのだという。
そしてハイラムに戻り青年が既に婚約している事実を告げ、先方がこの縁談を辞退する旨を伝えた。
シルヴィー王女は力なく項垂れて残念がっていたが、心を寄せる者の幸せを願いたいと承諾したそうだ。
横恋慕して人の恋路を邪魔するような我儘王女ではなく、分別のある人で良かった……と事の顛末を聞いたツェリシアは思った。
「それで帰りが遅かったのね」
「心配をかけてごめん。でも思いがけず幼馴染に会えて、嬉しかったよ」
「アルトが嬉しいならそれでいいわ。わたしも嬉しい」
そう言ってツェリシアは再びアルトをぎゅっと抱きしめ返した。
「ツェリ……」
アルトが身動ぎしたのを感じ、顔を上げると彼と目があった。
一つだけ残る澄んだ黒曜石の瞳。
やがてゆっくりとアルトの顔が近づいて来る。
ツェリシアは目を閉じてアルトの唇が触れるのを待った……しかしその時、トワとイグリードの声がする。
「ちょっとそこのお二人さん☆家の前でイチャイチャしてないで一緒に精霊界のお菓子を食べようよ♪デューにお土産をいっぱい貰ったんだ☆」
「父さん母さんごめんね、バルちゃんがどーしてもみんなで食べたいって言うからさ☆」
「………お前ら……」
アルトの眉間に深くシワが刻まれる。
「ぷ☆」
このあまりにもいつもの日常が、ツェリシアは嬉しくて可笑しくて思わず吹き出してしまう。
ころころと笑うツェリシアを見て、アルトは毒気を抜かれたように微笑んだ。
「じゃあ家に入るか」
「そうね。みんなでお菓子を戴きましょ」
「やった!トランプをしながら食べようよ♪」
「俺ボードゲームがいい!」
イグリードとトワがもつれ合うように戯れながら家の中に入って行く。
その後を二人で手を繋ぎながら続く。
「ツェリ」
ふいに名を呼ばれ、顔を上げたツェリシアにアルトがキスをした。
「さっきお預けを食らったから」
「ふふ」
繋いだ手が心地よい。
これからもずっと、
あなたとこうして生きてゆきたい。
いつしかトワは巣立って行き、
今の賑やかな暮らしとは形が変わってゆくのだろう。
けどそれでも、いつまでも変わらずあなたと共に生きてゆく。
流れゆく時の中で。
いつも、いつまでも。
終わり
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これにて本編、番外編ともに完結です。
ツェリシアとアルトの物語を最後までお読み頂きありがとうございました。
お話はここで終わりますが、大きい賢者さんと共にこれからも二人の人生は続いてゆきます。
余談ですが、精霊王の愛し子も不老ですが、不死ではありません。
怪我や病気で死ぬ事は早々ないですが、
寿命が尽きる日は必ず訪れます。
それはだいたい2000年~3000年後くらい。
精霊王やエルフと同等の寿命と考えて頂ければわかりやすいと思います。
さて番外編の二話目に出てきたハイラムの王女に求婚された青年。
おわかりでしょうか?
そうです。彼ですね。
あのクマさんのパンツを履いていた彼です。
20歳になり、夢を叶えて騎士になっています。
そんな彼が出てくるあのお話、
『無関係だったわたしがあなたの子どもを生んだ訳』もそろそろラストを意識して参りました。
これからは子どもたちの成長も加速します。
毎週火曜更新、よろしくお願いします。
そして今週の水曜日に新しいお話の投稿を始めます。
タイトルは
『わたしの婚約者の瞳に映るのはわたしではないということ』です。
婚約者に他に想い人がいる事を知ったヒロインのお話です。
常にその想い人ばかりを目で追う婚約者がかなりのモヤり案件になるお話かと思われます。
モヤフィラキシーショックの症状が出ても構わない!という方はお読み頂けると光栄です。
どちらのお話もよろしくお願い致します!
ジェスロの赤い屋根の家に大賢者と呼ばれる600年以上生きている男の声が響く。
そして身体は20歳のままだが、実年齢は33歳になったツェリシアがイグリードに答える。
「今日はミレイちゃんとデートだって言ってたわよ?」
「えーー、せっかくトワと遊ぼうと思ってたのにぃぃ。ガールフレンドが出来てからトワってばちっとも遊んでくれなくなったぁ~」
「トワももう13歳だもの。いつまでもバルちゃんとイタズラばかりして遊んでるより好きな女の子と一緒にいる方がいいのよ」
それを聞いて、イグリードはソファーに突っ伏した。
「つまんないよぉ~☆」
「かわいそうなバルちゃん、でもこればかりは仕方ないわね」
「えー……」
ツェリシアとアルトの子、トワが生まれて13年。
アルトの師であるイグリードは、自身が名付け親になったトワを殊の外可愛がった。
かつて弟子のアルトにそうしたように精霊魔術を教え、数々の言語を教え、古代史や異世界の事を教える。
ただトワの父であるアルトと違うのは、最も心血を注いで伝授したのはイタズラであった事だ。
物心つく前から側でバルク=イグリードという男を見て育ったものだから、トワもふざけた事や面白い事が大好きな少年に成長した。
ほんのつい最近までバル・トワコンビで数多のイタズラを成功させてはアルトに怒髪天を突かせていたものだ。
そんなトワも町の公民館で運命的な出会いをしたらしい。
ジェスロ市長の娘、准男爵令嬢のミレイという少女だ。
輝くブロンドの髪に透明度の高いアンバーの瞳。
完全に一目惚れだった、とトワは言っていた。
もう寝ても覚めてもミレイの事しか考えられないほどに、トワは彼女に夢中になった。
そして一大決心をしてその想いを彼女に告げ、同じようにトワに一目で心を奪われていたミレイと晴れて両想いになったのだそうだ。
甘酸っぱくてくすぐったい、微笑ましい恋物語である。
トワは隔世遺伝なのか、祖母であるアミシュにそっくりでなかなかの美形である。
我が息子ながら町一番の美少女ミレイの心を射止めたのも頷けた。
近頃はほぼ毎日、ミレイと図書館に行ったり公園に行ったりとデートを楽しんでいるようだ。
「あーあ、子どもの成長ってあっという間だねー、まぁトワがハッピーならそれでいいけどネ。じゃあ僕、久しぶりに精霊界に行って精霊王と遊んでくるよ☆」
「そんなふらっと近所の友達の家に遊びに行くみたいに」
「あはは☆だってトモダチだもーん。あ、アルトが戻って来たら知らせて?もう2日も王宮に行ったっきりだもんね」
「ええ。わかったわ」
ツェリシアが快く返事をするとイグリードは
「よろぴく☆」と言って精霊界へと転移して行った。
そう、夫アルトは2日前にハイラム王家のシルヴィー王女殿下に呼び出されてから、一度も帰って来ていないのだ。
今年17歳になったシルヴィー王女は大賢者の弟子であるアルトの事をとても気に入っておられるらしい。
その王女殿下に「相談にのって欲しい」と王宮に召されたのが2日前。
その間一度だけ“王女の頼みでアデリオールに行く”と、精霊にメッセージを届けさせたっきり、まだ帰宅していないのだ。
なんか厄介事の匂いがぷんぷんするこの件に、ツェリシアは眉根を寄せずにはいられない。
「今までは王女殿下も子どもだったから特に何も思わなかったけど…もう17歳になられたのよね、お年頃だわ。アルトは本っっ当に素敵だから会いたくなるのはわかるけど……」
もやっとしながら夕食の支度をしていると、
何やら浮かない顔をして息子のトワが帰って来た。
「ただいま母さん……父さんは?」
開口一番そう尋ねてくるトワにツェリシアは答えた。
「まだ王宮から帰ってないわ?どうしたの?お父さんに何か用事?」
「う、うん……」
なんだか気まずそうに言い渋る息子を見て、ツェリシアは訝しげな顔をする。
「何?なんか言い辛そうね、なにか問題でも?」
「……今日、ミレイに聞いたんだけど……」
「何を聞いたの?」
「ミレイは、自分の父親のアドレス市長に聞いたらしいんだけど……」
「一体何を?」
「アドレス市長は王宮勤めをしている親戚から聞いたらs……「そこはもういいから!」
ツェリシアがバッサリ言うと、トワはツェリシアの顔色を伺いながら恐る恐る言った。
「……シルヴィー王女殿下が父さんにプロポーズしたって……!」
「は?」
「ミレイの親父さんの姪っ子が王宮勤めをしてるらしいんだけど、その姪って人が王女殿下の部屋の前を通りかかった時に、途切れ途切れだけど聞こえたんだって、“私しと”、“コルベール”、求婚”、“あなたしかいない”、“お願い”っていう言葉が聞こえたらしいんだ」
「はぁっ!?」
「その人はミレイと付き合ってる俺が、アルト=ジ=コルベールの息子だって知ってるから、誰にも言わないで秘密にしてくれてるらしいんだけど……」
「………」
「母さん?」
「アルトはわたしの夫なんですけどね!」
「いや知ってるよ。それを俺に言われても……」
「アルトは何て返事したのよ!」
「いや知らないよ。俺に訊かれても……」
その後はぷんすこしながらトワと共に夕食を食べたが、ツェリシアのイライラはおさまらない。
『まさかアルト、若くて美しい王女殿下にプロポーズされて満更でもないとか!?だから帰って来ないの!?』
イライラとモヤモヤがピークになって、もういっそ夫の元に転移んで真相を確かめてやろう!と思った瞬間、ふいにかつての記憶が走馬灯のように頭を過ぎった。
『……わたしったらバカね。
アルトがそんな簡単に絆されるわけないじゃない』
自分を救う為に10年という年月を懸けてくれた人だ。
ただ偏に。
一心に。
わたしだけのために。
そんな人が簡単に心変わりをする筈がない。
ツェリシアは心を静めようと、庭に出て星空を眺めた。
あの日、あの丘で見た星空を
今でもありありと思い出せる。
あの日と同じ思いで、ツェリシアは星空を見上げた。
『なんであんなくだらない話を信じちゃったのかしら。きっと2日もアルトに会っていない、その寂しさのせいね』
その時、すぐ後ろで自分の名を呼ぶ声がした。
「ツェリ」
「………」
どうしてあなたは……
「ツェーリ」
いつも絶妙なタイミングで現れるの?
ツェリシアは後ろを振り返った。
途端に見知った香りに包まれる。
彼の腕の中はわたしだけのものだと言い張れる、
ツェリシアだけの特別な居場所。
大好きな夫に抱きしめられ、
心から多幸感が溢れ出す。
でもとりあえず、腕の中で抗議はしておく。
「……2日も帰って来なくて心配したんですけど」
「ごめん」
「シルヴィー王女殿下にプロポーズされたって聞いて、びっくりしたんですけど」
「え?」
珍しくアルトの素っ頓狂な声を聞いて、ツェリシアは『レアだ……』と内心思いながらトワが言っていた事を話した。
するとアルトは大きなため息を吐いて、事の真相を話してくれた。
シルヴィー王女が求婚したのはアルトではなく、
アデリオールに短期留学した時に出会ったとある騎士の青年なのだとか。
その青年は新人の近衛騎士で、留学中の王族の警護の為に魔術学校に派遣されて来たらしい。
その青年に一目惚れした(近頃やたら一目惚れという言葉を耳にするな☆)シルヴィー王女が帰国した後も彼を忘れられず、17歳になったと同時に求婚したいと言い出したそうなのだ。
「でも何故アルトにその話を?」
「その意中の青年が、俺の幼馴染の息子なんだよ」
「ああ、それで……だからアデリオールに行くって知らせて来たの?」
「そう。アデリオールに行って、俺からその青年と両親に王家からの婚約を打診をして欲しいと言われた」
「それで?どうなったの?王女殿下が求婚してもよいと許されるお家柄の人だという事よね?」
さっきまでのモヤモヤはどこに行ったのやら。
ツェリシアは物語の続きをせがむように身を乗り出して訊いた。
「その青年の父である俺の幼馴染は侯爵家の次男だからな。彼自身は父親から伯爵位を譲られているし。家格的には問題ないのだが……」
「何か他に問題があったの?」
「シルヴィー王女の想い人は既に……」
「既に?」
「アデリオール北方騎士団長、ロードリック辺境伯令嬢と婚約していた」
「あらま!」
幼馴染の家にハイラム王女が求婚の意思がある事を告げに行ったアルトはその時、青年と直接話が出来たという。
その青年の両親が結婚に至る経緯で、かつてアルトが占い師ごっこをしていたイグリードを紹介した事があったのだ。
その話を予てより両親から聞いていた青年が是非アルトに会いたいと、突然の訪問にもかかわらず急遽帰宅してくれたのだ。
青年はこう言った。
「当時の父を母と僕の元へと導いてくれた占い師がじつは大賢者バルク=イグリードだと知った時の驚きは今でも忘れられません。そしてアブラスを厄災から救った賢者の弟子コルベール卿に、どうしてもお会いしたかったのです」
その青年は騎士らしく背筋を伸ばし、尊敬の眼差しでアルトを見ていたという。
その上でシルヴィー王女の求婚の意思を直接伝えると、青年は真っ直ぐな瞳でアルトに告げた。
「大変有り難く、身に余る光栄なお話ではありますが、僕には幼い頃から心に決めた女性がおります。ずっとずっと想い続けて、先日ようやくプロポーズを受けて貰えたのです。僕には彼女しかいない、生涯を共にする伴侶は彼女しか考えられないのです。どうかお許しください」
そう言って青年は深々と頭を下げた。
アルトにはその青年のひたむきな想いが理解できた。
自分も幼い頃からの想いをずっと大切にしてきたのだから。
それはどれだけ年月が経とうと決して変わらない。
時はとめどなく流れてゆくものだが、それだけは鮮明に今も変わらずこの胸に在るのだ。
アルトは青年に、ハイラム王家には自分からきちんと話をつけておくので心配要らないと告げた。
その後は青年やその家族と和気あいあいと食事を共にしたのだという。
そしてハイラムに戻り青年が既に婚約している事実を告げ、先方がこの縁談を辞退する旨を伝えた。
シルヴィー王女は力なく項垂れて残念がっていたが、心を寄せる者の幸せを願いたいと承諾したそうだ。
横恋慕して人の恋路を邪魔するような我儘王女ではなく、分別のある人で良かった……と事の顛末を聞いたツェリシアは思った。
「それで帰りが遅かったのね」
「心配をかけてごめん。でも思いがけず幼馴染に会えて、嬉しかったよ」
「アルトが嬉しいならそれでいいわ。わたしも嬉しい」
そう言ってツェリシアは再びアルトをぎゅっと抱きしめ返した。
「ツェリ……」
アルトが身動ぎしたのを感じ、顔を上げると彼と目があった。
一つだけ残る澄んだ黒曜石の瞳。
やがてゆっくりとアルトの顔が近づいて来る。
ツェリシアは目を閉じてアルトの唇が触れるのを待った……しかしその時、トワとイグリードの声がする。
「ちょっとそこのお二人さん☆家の前でイチャイチャしてないで一緒に精霊界のお菓子を食べようよ♪デューにお土産をいっぱい貰ったんだ☆」
「父さん母さんごめんね、バルちゃんがどーしてもみんなで食べたいって言うからさ☆」
「………お前ら……」
アルトの眉間に深くシワが刻まれる。
「ぷ☆」
このあまりにもいつもの日常が、ツェリシアは嬉しくて可笑しくて思わず吹き出してしまう。
ころころと笑うツェリシアを見て、アルトは毒気を抜かれたように微笑んだ。
「じゃあ家に入るか」
「そうね。みんなでお菓子を戴きましょ」
「やった!トランプをしながら食べようよ♪」
「俺ボードゲームがいい!」
イグリードとトワがもつれ合うように戯れながら家の中に入って行く。
その後を二人で手を繋ぎながら続く。
「ツェリ」
ふいに名を呼ばれ、顔を上げたツェリシアにアルトがキスをした。
「さっきお預けを食らったから」
「ふふ」
繋いだ手が心地よい。
これからもずっと、
あなたとこうして生きてゆきたい。
いつしかトワは巣立って行き、
今の賑やかな暮らしとは形が変わってゆくのだろう。
けどそれでも、いつまでも変わらずあなたと共に生きてゆく。
流れゆく時の中で。
いつも、いつまでも。
終わり
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これにて本編、番外編ともに完結です。
ツェリシアとアルトの物語を最後までお読み頂きありがとうございました。
お話はここで終わりますが、大きい賢者さんと共にこれからも二人の人生は続いてゆきます。
余談ですが、精霊王の愛し子も不老ですが、不死ではありません。
怪我や病気で死ぬ事は早々ないですが、
寿命が尽きる日は必ず訪れます。
それはだいたい2000年~3000年後くらい。
精霊王やエルフと同等の寿命と考えて頂ければわかりやすいと思います。
さて番外編の二話目に出てきたハイラムの王女に求婚された青年。
おわかりでしょうか?
そうです。彼ですね。
あのクマさんのパンツを履いていた彼です。
20歳になり、夢を叶えて騎士になっています。
そんな彼が出てくるあのお話、
『無関係だったわたしがあなたの子どもを生んだ訳』もそろそろラストを意識して参りました。
これからは子どもたちの成長も加速します。
毎週火曜更新、よろしくお願いします。
そして今週の水曜日に新しいお話の投稿を始めます。
タイトルは
『わたしの婚約者の瞳に映るのはわたしではないということ』です。
婚約者に他に想い人がいる事を知ったヒロインのお話です。
常にその想い人ばかりを目で追う婚約者がかなりのモヤり案件になるお話かと思われます。
モヤフィラキシーショックの症状が出ても構わない!という方はお読み頂けると光栄です。
どちらのお話もよろしくお願い致します!
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10年で師匠と並ぶ実力を得ているのもすごいし、イフリードのハートを掴んで手綱を握ってしまっているのもすごい。
しかし話としては完全にイフリードの幸せ物語。
家族が増えて孤独がさらに消えて良かったね(ほろり)。作者さまのイフリード愛が感じられます。
ジュリもきっと草葉の陰で喜んでいることでしょう( ᵒ̴̶̷̥́ ⌑ ᵒ̴̶̷̣̥̀ )✨
お読みいただきありがとうございました✨💕
ましゅろう先生の作品は登場人物が繋がってるので前後作を行ったり来たりしながら楽しめますね♡
ルシアン、ちびゴジラちゃん⭐︎イグリード大賢者さま⭐︎コンベール一族⭐︎もう最高に楽しい作品ばかりで気分が上がりますね〜
前作コンプまで19話 今度は誰が登場するのかワクワクして堪りません
いつも有り難うございます♡
たくさん読んで頂けて嬉しいです🥰✨
時代は違えど、1つの世界線で物語をつくるのを決めております。
これからもよろしくお願いします💕
ましゅろう先生こんばんは☆
少し前から作品を読ませて頂いています。
感極まって、感想を書かせて頂きました。
最終回ウルウルしてしまいました(ToT)
も〜〜〜!アルトがかっこよすぎる!!
惚れてまうやろ〜〜〜!!!
ツェリちゃんといつまでも幸せにね〜!!と母親の気持ちになってしまいました。
師匠も相変わらずで、最後はトワちゃんも産まれて、ホンワカ温かい気持ちになりました。
今先生の作品を下から順番に読んでいるので、まだまだ寝不足の日々が続きそうです(^_^;)
なろうの方も楽しませて頂きますね!!
これからもステキな作品楽しみにしています♪
わ〜💕ありがとうございます!!
アルトは作者が昔から考えているお話の中でも古い方のキャラで、作者が一番好きなヒーローなんです🥰
二番目はレガルド氏かな?
アルトは他の作品にもちょくちょく出ているのでよろしければ探してみてくださいませ💕
最後までお読みいただきありがとうございました😍💕