16 / 54
一章 異世界に帰ってきたらしい?
12話 『愛し子』の真相
しおりを挟むエイリがアルフレッドの診療所に入院して4日目。
エイリの体温は平熱となり全快したのだが、また竜車で移動している間に魔力が急激に蓄積しないようエイリの首筋に特殊なインクで魔力の蓄積を抑える魔法陣を描く処置がとられた。
「エイリはニホンという異世界にいたんだったね?そこではこのような高熱は出なかったかい?」
診察でアルフレッドがエイリに質問する。
彼はルエンからエイリが長年暮らしていた日本の話を聞いたのだという。
「なかったと…おもいます…。」
日本で物心着く前の頃はどうなのか分からないが、意識が朦朧とする程の高熱を出した記憶はエイリにはなかった。
アルフレッドによるとこの『スティリア』で生を受けた全ての者には魔力をつくる器官が体の中にあるのだという。
生まれたばかりの頃は機能しないが成長すると機能し始め、1才になる頃に機能し始める者や生涯機能しないままでいる者など個人差が激しい。
エイリは日本育ちだが両親はこの『スティリア』の人間で異世界人だ。
なのでこの器官はあるはずだというのに何故日本では圧迫する程の魔力が体に溜まらなかったのが不思議だった。
「他にニホンで何か変わったことは?例えば…君はちょっとヤヌワ寄りだからねぇ…瞳の色が変わった他に腕力とか周りの人より無かったかい?」
ヤヌワは魔力を筋力に変換してしまう種族で主に腕力に影響が出ることが多いのだそうだが…。
瞳の色の他…、エイリは顔付きが偶に茶色のカラーコンタクトレンズを目に入れている時でも少し日本離れしているのか"外国人のハーフなの?"と他の人間に質問された覚えがあったが…。
「あしが…すこしほかのひとよりはやかったです…。」
エイリは足に関係する運動神経が周りと比べ飛び抜けて良かった。
運動会の駆けっこも常に一位だったしハードルや走り高飛びも高成績だ。
中学高校共に脚力がズバ抜けていたことで陸上部やサッカーなど部活の勧誘はされたが、勧誘した人間はエイリのことをエイリ個人ではなく部の成績を上げるための戦力としてしか見ていないような声で気色悪く勧誘の度にバイトなどを理由に断っていた。
そして何より、脚がやけに調子良く動いた後はとても疲れ空腹も酷かった…。
今思えばそれは実父ルエンの血筋であるヤヌワの体質が日本でも発揮され、酷い疲労と空腹は魔力が脚力として変換されていたのだろう。
「君はヤヌワ寄りでも珍しく魔力を脚力に変換しやすい体質のようだ。だとすると…この世界に帰ってきてから君の魔力をつくる器官が激しく機能し始めかもしれないね…」
アルフレッドによると何かがきっかけで魔力がつくられる量やスピードが上がることがあるらしい。
エイリは『スティリア』に帰ってきたことで魔力の生産スピードが上がってしまったのかもしれないという診断だった。
この診察の時は魔法陣をエイリの肌に描く処置がありルエンは病室にいなかったのでアルフレッドはルエンに経過の話をしてくると病室から出て行った…。
ー別室ー
「エイリはまだ精霊の声を聴くことはできないけど魔力の成長がフィリより早い…。これは早めに魔法使いの師をつけるか精霊と契約するなりして魔力量の調整をできるようにしないとまた魔力が余分に溜まってしまうぞ」
エイリに施した魔法陣、これは一時凌ぎでしかなくエイリの体が膨大な魔力に耐えられるようになるのにはまだまだ年数がかかるうえにこの魔法陣を描くのに使ったインクはアルフレッドでも入手は困難なほどとてつもなく稀少で高価な代物だった。
ルエンは冒険者としての実力と知識はあるものの魔法や魔力に関しての知識は一般常識範囲しかなく、魔法使い向けではないヤヌワでありほぼ独自の感覚で魔法を使っている彼がいくらヤヌワ寄りとはいえエイリに魔力量の調節を教えるのは難しい。
娘に魔力の制御方法を学ばせる為に『愛し子』だったフィリルルの師であり、かつてルエンが刃を交えた相手、ハーセリアの元宮廷魔法使いであったこのアルフレッド・レスティオスに頼みたいところだが…。
「そうしてやりたいのは山々なんだけどねー…、私も年だからなぁ…。」
アルフレッドは今年で60歳だ。
魔法使いは一般人より平均寿命は長い方とはいえエイリと長年師弟関係を結ぶのならフィリルル、ルエンとも面識と事情を知る相手を師にするのがベストだろう。
「そういえば"エルフィン"はザンザスの所にいないのかね?」
「ギルド勧誘の手紙は出しているようだが、来るかどうか…」
エルフィンはアルフレッドの弟子、もといフィリルルの妹弟子にもあたる女性でエルフィネス・プレツィリアというのが彼女のフルネームだ。
彼女は錬金術師だが魔法使いとしても優秀でフィリルルを"実姉"以上に慕っており、ルエンとザンザスともかつては旅の仲間だったので彼女がエイリの師になった方がルエンも安心なのだが…、彼女もフィリルルが亡き後は行方知れずである。
「あとの候補は…居場所が分かる人間だと"フェルネス"か…。フェルネスもまさか髪の色と名前を変えてよく生きてたものだ…。あの我儘なお嬢様育ちの娘が孤児院で働いているとは驚いたねぇ…。」
「正気か…?クソジジイ(国王)とプレツィリア家があの女を『金色の愛し子』に仕立て上げる為にフィリが利用されどれだけ苦しめられたか、あんたがよくわかっている筈だ!改心したというが俺はあの女が信用できん」
何よりもあの女は散々娘に知られたくなかったことを吹き込んでいたのが余計に腹が立つと、ルエンは付け足した。
フェルネスはエルフィンの実姉でありアルフレッドの弟子ではないが優秀な魔法使い、実はルエンより先にエイリと面識があった。
何故なら…、フェルネスことフェルネシィナ・プレツィリアはエイリが始めに世話になった孤児院にいたハンナの本名なのだ。
彼女の生家、プレツィリア家は長女のフェルネスを『金色の愛し子』に仕立て上げたかったが彼女に『愛し子』であれば必ず持っている"ある能力"が欠けていた。
プレツィリア家に『愛し子』が生まれたとなれば貴族としての名が上がる、その為だけに本物の後に『白銀の愛し子』と呼ばれるようになる当時奴隷だった幼いフィリルルがプレツィリア家に買われ良いように扱われてきたのだ。
本物の『愛し子』を虐げることは勿論、偽の『愛し子』を公表することは『スティリア』にある国では重罪にあたる。
偽の『愛し子』を公表した家は上流階級者は階級の剥奪、それ以下の者は世界中の町での居住を禁止されるなどの罰則が各国共通で科せられる。
ハーセリア国王は『愛し子』が奴隷出身では強国として箔がつかんとハーセリアという人種と身分差別の強い国ならではの理由でその事実を黙認していたのだ。
最終的にその事実が他国の国王に知られハーセリア国王はプレツィリア家に責任を擦りつけプレツィリア家は貴族としての階級を剥奪された。
『金色の愛し子』と『白銀の愛し子』という2人の『愛し子』がいた真相はそれを見抜けなかった国王達が国民に批判されるのを恐れ公表されなかったのだ。
ルエンが仲間のエルフィンの生家であるプレツィリア家とフェルネス(ハンナ)を恨んでいるのはこれが原因だった。
彼がフィリルルは『金色の愛し子』と呼ばれる『愛し子』であったことをエイリに教えたのはフィリルルが英雄の1人『白銀の愛し子』であることを隠したかったからだ。
自分達が奴隷であったこと、『白銀の愛し子』だったフィリルルの"最期"を何処かで聞いてしまうかもしれないと精神的に大人でも今のエイリには重荷になるだろうというのがルエンなりに考えた結果だった。
「…取り敢えずは成熟した精霊がいる場所を探り精霊と契約させようと思う。エイリ相手なら精霊は簡単に契約するだろう…。それからザンザスのギルドでエルフィンを待つ…」
「そうしよう。本当にあの子のこれからの成長は楽しみだが…心配事も多い。そもそも『愛し子』自体の研究もあまり進んでいないというのにエイリは前代未聞の『愛し子』が生んだ子供だからねぇ…。」
『愛し子』は100年前後に精霊の加護を受けて生まれる女性であり、精霊王を神として信仰している『スティリア』においては生きた国宝、または聖女とも呼ばれることもある精霊王に次ぐ尊い存在だ。
しかし、『スティリア』の歴史に西暦という年号がついて1896年経つが『愛し子』が何故100年前後に1人もしくは2人同時期に生まれるのか、歴代の『愛し子』達は何故皆女性なのかなど判明していない部分が多い。
それは『愛し子』を保護している国が『愛し子』の存在を隠し、歴代の『愛し子』達の文献の写しを過去に保護した国に取り寄せようとしても国家機密を理由に拒否されたりなどしてあまり『愛し子』に関係した研究は進んではいないからだ。
そして、歴代の『愛し子』達は皆ラメルか亜人だったのに対しエイリはヤヌワの血を色濃く引き継いでいながら魔力量も高いだけでなく前代未聞の『愛し子』が生んだ子供だった。
「君のことだからあの子エイリに歴代の『愛し子』達の最期は言ってなさそうだね…」
「当たり前だっ…歴代の『愛し子』達が皆10代で死んでいるなど言えるわけがない…。何が精霊の加護だ、あれはもう呪いだ…」
ルエンは忌々しく吐き捨てるように言った。
何故歴代の『愛し子』達が今まで子を宿さなかったのかは『愛し子』の性質が原因だった。
精霊の加護は精霊だけでなく私利私欲に染まった者やとんでもない"モノ"まで引き寄せてしまう。
ある者は『愛し子』を保護した国の繁栄を妨げる為に暗殺され、『愛し子』を取り合うように戦争を起こしその戦火で散った者、魔脈の調律で身体機能が停止する程の魔力を消費しそのまま衰弱死した者、王から『愛し子』の保護を命じられた者が欲にかられそのまま連れ出し取り合いになりそれが原因の事故で死んでしまった者…。
こうして歴代の『愛し子』は皆10代で子を成さぬうちに死んでしまったのだ。
歴代の中で1番新しい『愛し子』のフィリルルは…全体が黒く形状を留めていない姿をした魔物に殺された…。
その時のフィリルルはまだ18歳の若さだった…。
彼女が奇跡的に子を成せたのは運が良かっただけでなく彼女を思う仲間に恵まれたのと彼女を常に命懸けで護る為だけに力を磨き続けていた夫の『煉獄のロウ』の存在があったからだ。
歴代の『愛し子』が皆10代で死んでしまっている事実をエイリが知れば正式な『愛し子』だと認定されていなくともいつ来るか分からない"死の恐怖"に怯えるのではないかとルエンが愛娘エイリに告げられる訳がなかった。
最悪なことにルエンに重傷を負わせ、フィリルルの命を奪った魔物は討伐されていない。
彼はエイリが成人し自分の身を守れる程にまで成長した頃に真実を全て話し、娘の前から姿を消してから件の魔物を討つ形で裏側から娘を護るつもりでいたのだ…。
1
あなたにおすすめの小説
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。
まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。
温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。
異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか?
魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。
平民なんですがもしかして私って聖女候補?
脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか?
常に何処かで大食いバトルが開催中!
登場人物ほぼ甘党!
ファンタジー要素薄め!?かもしれない?
母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥
◇◇◇◇
現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。
しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい!
転生もふもふのスピンオフ!
アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で…
母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される
こちらもよろしくお願いします。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる