36 / 54
三章 消えた精霊王の加護
27話 消えた加護
しおりを挟むピピピッ
6時半に目覚ましが鳴るよう設定された携帯電話が電子音を発する。
エイリは携帯電話の目覚まし音を止めるボタンを押すと起きるのでもなくまた眠ってしまった。
5日前からアビリオと一緒にクロの散歩をしながら町の市場で買い物をするなどして外出するようになったので以前より疲れも溜まっていたのかエイリはただ条件反射で携帯電話を止めただけで起きる気配がなかった。
「ピュィ♪」
エイリが目覚まし時計で起きない時はクゥの出番だ。
はじめはエイリの耳元でクゥが可愛らしく鳴き優しく起こそうとしたが鳴き声だけでは起きる様子はなかった。
「ぶっ!」
起きぬエイリに痺れを切らしたクゥはエイリの顔面に狙いを定めダイブし突然顔に衝撃を感じたエイリはやっと目覚めた。
「クゥ~、おこしかたがざつだよー…ふぁあ~」
エイリは大きく欠伸をした。
ここまではそんなに変わらないエイリの仮拠点で迎える朝だった。
ただこの日、エイリは『何か』が自分の中で欠けているような違和感を感じた。
その違和感の正体は精霊に関しての常識と知識には無知のエイリには気付くはずもないものだった…。
「今日の飯も美味そー!」
エイリが一通りギルドの仮拠点にいつもある食材で応用できる朝定番メニューをアビリオに教えたので最近の朝食は完全にアビリオに任せている。
この日の朝食は麦飯、エノルメピッグの塩漬けを使ったハムエッグ、野菜がたっぷり入った味噌汁。
そしてクゥと新しく番犬として加わったクロの食事はエイリが前夜のうちに作った犬に食べさせてはいけない玉ねぎが抜かれた竜鳥のつみれ汁を麦飯にかけた物だ。
クゥの物は塩で味付けをされているがクロは精霊ではなく普通の狼なので無塩の物と分けている。
初日の食事はクゥにはエイリと同じ人間用の食事を与えていたのだがクゥは意外と嫉妬深くエイリがクロの為だけに犬用の特別メニューを作るのが気に入らなかったらしい。
クゥがクロの食事を奪ってしまったりしたので見た目はクロと同じでも味付けだけは人間向きの物をクゥに用意することにしたのだ。(クゥがクロの食事を奪った時はあまりの味気なさに撃沈していた)
一見手間が掛かっているようにみえるがズープのベース自体は同じでクロの分を盛ってからクゥ用に味付けして盛っているので大して手間は掛かっていない。
「今頃団長は美味い飯が食えなくて残念がってるだろうなぁ」
とグランドンが言った。
ザンザスは前日から建設している本拠点の進行状況を確認をしにラニャーナ向かっているので不在。
今回ザンザスが乗車した竜車はエニシ屋ではなくハラスとラニャーナの間にある町にハラスで収穫した農作物を売りに行くのに使用されている竜車だ。
すっかりエイリが日本で覚えた料理を異世界にある食材でアレンジしたものを食べているうちに舌が肥えてしまったようでザンザスは仮拠点から出発する前に「ここのメシが暫く食えなくて辛ぇ…」とボヤいていた。
ー竜車での移動中は調理だけじゃなくて食事に時間なんて掛けられないだろうし今度何か瓶に詰めた調味料でも持たせようかな…。
とエイリは竜車での移動中に便利そうな調味料は何が良いだろうかと考えながら味噌汁を飲んだ。
「ん?どうしたの?ビビだけじゃなくてシンクもめずらしいね」
小さくて今まで気付かなかったがルエンの着物から滅多に出ることがないシンクがエイリの匂いを嗅ぐかのように密着していた。
そしていつもエイリの見える場所にいるビビもいつもより距離が近く鼻をヒクヒクと動いていた。
それが暫く続いた。
気が済むとビビは台所にいるアビリオの元に行き何かを報告しているかのように鳴き、シンクはいつも通りルエンの着物の中にすっぽりと隠れてしまった。
「おとうさんもどうしたの?なんかきょうはビビもシンクもなんかヘンだよ…」
ルエンの表情はいつものように硬い。
だがこの日のルエンの表情はいつも以上に険しく何か只ならぬ異変を感じるものだった…。
「…エイリ、なるべく仮拠点(ここ)から出るな。出るならアビリオ(もやし)と一緒に行動しろ。そこのチビ猫達もだ」
チビ猫達とは猫耳姉妹を指しているらしい。
常人から見ても恐れられる顔付きのルエンを未だに怖がっている猫耳姉妹は互いに抱き合いながら無言で頷いていた。
「どうしたんだよルエンさん…。いつも以上にピリピリさせて…」
ルエンのいつもと違う様子に他の団員達も只ならぬ雰囲気を感じた。
「…ここ1ヶ月魔物は出てないんだったな?そろそろ"大物"が出るかもしれん。只の冒険者としての勘だがな」
冒険者の勘。
まだ駆け出し当然の冒険者3人は数々の修羅場を掻い潜ってきた先輩冒険者であるルエンが言うのであれば間違いないとルエンの言葉に納得した。
そしてアビリオがいつもは2人ずつペアを組んでの見回りだが暫くは4人で組んで見回りするよう不在のザンザスの代わりに指示を出し、幼児の3人にはアビリオ無しでの外出は禁止と言った。
こうして重々しい空気の中で皆残りの朝食を摂っていた…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
朝食の後、ルエンは話があると団長室にアビリオを呼び話し合いをしていた。
「…お前も契約精霊から聞いたと思うがエイリから『精霊王の加護』が消えた」
『精霊王の加護』
それは精霊王から『愛し子』に与えられる加護。
精霊界に住まう精霊王が『愛し子』に『精霊王の加護』を送ることで魔物から『愛し子』を護っている。
エイリが今まで魔物と直に遭遇しなかったのはこの加護の恩恵によるものだった。
『精霊王の加護』がエイリから消えたのは精霊界と『スティリア』を繋ぐ経路か精霊王に異常が発生したかのどちらかだと『愛し子』を良く知る2人は考えたが、根本的な原因はこの2人どころか契約している精霊達にも分からなかった。
ただ分かるのは突然エイリが魔物に襲われ命を落とす危険性があるということだけ。
今日に限ってザンザスはラニャーナで建設している本拠点の様子見に行っており手紙でエイリから『精霊王の加護』が消えたことを知らせ引き返してくるにしても今日中に戻ってくるのは難しいだろう。
ハラスで見回るエリアからは角ウサギとレッドボアの幼体が出没するとは聞いていたが『精霊王の加護』無い以上どのような魔物が出るか分からないのだ。
見回りを担当するグランドン、ハロルド、カインの3人の中ではグランドンの攻撃力と防御力は高いが冒険者として実践経験が浅い2人より少し強い程度のもの。
もし普段以上の魔物が出没した場合対処出来る団員はルエンとアビリオの2人しかいない…。
「…エイリ1人で拠点の外に出ることはないと思うが気を付けろ」
仮拠点に待機して2人掛かりでエイリを守護するよりいつも通りルエンは団員達と魔物が出没しやすいエリアを見回りアビリオは仮拠点でエイリと猫耳姉妹から目を離さず魔物の襲撃に備えようとアビリオも同じことを考えているだろうが敢えてルエンは提案した。
1番魔物と遭遇する確率が高いのは見回りをする団員達だ。
団員達が強敵と遭遇し負傷、最悪の場合命を落とせば例えまだ知り合って1ヶ月程の者であっても心優しいエイリの心に深い傷跡が残るだろう…。
ルエンが外からの魔物の侵入を防ぎ、もし町中に魔物が入った場合はアビリオが対処することを改めて話し合い決定した。
「…エイリは『精霊王の加護』どころか『愛し子』のことすらまともに知らん。絶対に話すな」
「アンタに言われなくともそんなの分かってるよ…」
アビリオはブスっとした表情をしながら言った。
この2人は昔、魔脈調律の旅をしていた頃からフィリルル絡みで仲が悪くアビリオに至ってはまるで母親の愛情を取られた子供のように拗ねてルエンからの指示を全くと言っていいほど聞かなかった。
アビリオが今回ルエンの提案を聞き協力的なのは命の恩人であり姉として慕っていた『白銀の愛し子』フィリルルの忘れ形見であるエイリを護る為だった。
0
あなたにおすすめの小説
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。
まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。
温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。
異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか?
魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。
平民なんですがもしかして私って聖女候補?
脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか?
常に何処かで大食いバトルが開催中!
登場人物ほぼ甘党!
ファンタジー要素薄め!?かもしれない?
母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥
◇◇◇◇
現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。
しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい!
転生もふもふのスピンオフ!
アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で…
母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される
こちらもよろしくお願いします。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~
御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。
十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。
剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。
十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。
紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。
十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。
自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。
その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。
※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる