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リアム 01

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『すき……です。私、好きなの……』

 何度夢を見てもそれが覆ることがない。その日から毎日のように見る夢。
 心の底から愛した人が、俺じゃない男に告白する夢。──そして、それはたしかに現実だった。

 俺には一方的な想いで繋がった婚約者がいる。
 その婚約者は幼いときからずっと俺の兄が好きで、俺はそれを知りながら卑怯は承知で弱味を握って彼女の婚約者となった。
 馬鹿な女だと思う。わざわざ好きでもない俺を庇って、王太子妃となれたはずのその身体に傷を作って、まんまと俺の婚約者にされてしまったんだから。
 そもそも、彼女──シルヴィアは兄の婚約者候補として登城した。兄とは年齢が離れているものの、彼女の父親は稀に見る優秀な人材で、その娘もまだ四歳でありながら家庭教師から優秀だと評判が高かった。
 そこで彼女の父親を気に入っていた王が、兄の婚約者にどうかと、俺たちとシルヴィアの出会いの場が用意されたのだ。

 白銀の天使に一目で恋に落ちた。
 どうしようもない想いが胸を貫いた。
 のちに、シルヴィアが兄の婚約者候補として登城したことを知っても、想いを止めることはできなかった。
 シルヴィアと兄の婚約が進まなかった理由は、俺が頼み込んだからだ。猶予は兄が社交界デビューをする年まで。それはシルヴィアには最悪の結果をもたらし、俺には最高の結果をもたらした。

 シルヴィアは家で休まるときがないのか、よく城の薔薇園で泣いていた。決まって側にいるのは俺で、慰めるのも俺。
 これで俺のことを好きになってくれないかな、っていう下心もあったと思う。というか、下心しかなかった。
 シルヴィアを自分のものにしたくて、勉強を頑張った。騎士団の訓練にも入れてもらったりして、シルヴィアを守れる男になろうと思った。
 その過程でドラゴンに遭遇して、俺の想いに共感してくれたやつが自分の妹を契約ドラゴンとしてどうかと差し出してくれた。
 シルヴィアの名前からルビーと名付けたドラゴンとの仲は良好で、幸いルビーもシルヴィアを気に入ってくれた。ドラゴンに気に入られた人間は大切にされる。シルヴィアが傷つくことがない事実に安心した。
 ルビーと契約して勉強がさらに忙しくなったが、それもシルヴィアを手に入れるためなら我慢できた。

 シルヴィアに初めて出会った四歳のときから、俺の生活はなにごともシルヴィアのためが基本になっていた。
 シルヴィアの好きな人が兄だとしても、俺はシルヴィアを守るためならなんでもすると決めていた。


「リアム。ならば、お前は犯罪に関わっているであろう女たちから話を聞き出せ。そうするとお前の評判は地に堕ちるが、本当にいいんだな?」
「はい、父上。それでこの国を守れるなら、俺はなんだってする」
「──……わかった。これは極秘だ。他人に漏らしてはいけない。 しかしシルヴィア嬢には……」
「言いませんよ。彼女に危険が及んだらそれこそ大変だ。それに……シルヴィアは俺に興味なんてないですから」

 自分で言った自虐的な言葉が胸に突き刺さる。
 父上と宰相たちを集めて交わされる密談。
 将来、俺はシルヴィアの父であるグレイ侯爵のように犯罪者を取り締まる地位に就くことになる。そのために俺は自分から、なにかできることはないか、と申し出た。
 渋る大人たちに与えられた仕事は、他の女から話を聞き出すこと。俺に色を持って、女たちから話を聞き出せとのことだった。
 女は犯罪に関わってる自覚がなくとも、重要なことを握っていることが多い。特に首謀者の妻なんかは。
 第二王子という高い身分で、若くて顔もいい俺は、彼女たちから話を聞き出すには最適な存在だろう。実際、俺が女たちを持ち上げながら話を聴くと、彼女らは簡単に口を開いた。
 俺の評判が地に堕ちようともどうでもいい。
 これはシルヴィアと結婚して、幸せで平和な家庭を作るのに必要なこと。そう考えればシルヴィア以外の女に色目を使うことだってできる。
 どうせシルヴィアは俺には興味がない。シルヴィアがいつだって興味があるのは兄だけ。
 兄にも婚約者ができたのだから諦めればいいのに、最近のシルヴィアは兄の婚約者と張り合うように自分磨きを必死に行なっている。
 俺のためではなく、兄のため。
 もう傷つくことすら出来ない。そもそも傷つく資格など俺にはない。
 本来であればそのまま兄の婚約者としていられたシルヴィアを、俺の事情で引き摺り下ろしたようなものだ。

「俺がこれから先、いつだってシルヴィアを守るから」

 傷の痛みで喘ぐ彼女にそう誓った。彼女もしっかり頷いた。
 俺のせいでできた身体の傷。そのせいでシルヴィアは兄に嫁ぎ、王妃になるという道を奪われた。そして彼女は俺の婚約者になるという道しか残されていなかった。

 傷の痛みで苦しむ彼女の横で、歓喜していた自分の汚さには気付いていた。
 それでも、俺はシルヴィアが欲しかった。
 例え愛されなくとも、愛する人間と家族になりたかったのだ。

 シルヴィアはいい女だ。博識で慈悲深く、それこそ王妃に相応しい。バーミリオン公爵令嬢なんかよりもよっぽど。
 たかが傷のせいでその道を閉ざされた。シルヴィアが愛する人と一緒になる道を奪ってしまった。
 罪悪感のせいで、俺はシルヴィアを影から見守ることで精一杯だった。

 社交界に出て女たちから情報を貰いながら、シルヴィアのことを思う。
 シルヴィアにとったら、俺は女遊びを繰り返す婚約者。少しでも気にしてもらえるのだろうか。
 それでもシルヴィアは俺になにも言わない。ただ黙って微笑み、俺とファーストダンスだけを踊ると兄とバーミリオン公爵令嬢の元へと戻ってしまう。
 兄と一緒いるときのシルヴィアはいつだって自然体で楽しそうなのに、俺の前にいるシルヴィアはいつも緊張したように身体が強張っている。幼いときのように俺に縋るように泣くシルヴィアの姿はもう何年も見ていなかった。


「リアム」

 ねっとりとした甘い声。湧き上がる嫌悪感を押し潰しながら、笑みを浮かべて答える。

「やあ、レティ」

 レティは現在他国との繋がりがあると睨んでいる家の女だ。
 この女は婚約者のいる高位貴族に粉をかけ、まんまとこの女の色仕掛けに引っかかった伯爵家の男から情報を引き出した。情報自体はさほど大したものではなかったが、他国にその情報が流れていたとあってはこの女の存在は無視できない。
 身の程知らずに王太子である兄にも色目を使ってきたこの女を俺が引き受けた。
 この女は所詮使い捨て。この女と繋がっている者たちを引きずり出さなければならない。
 シルヴィアにすら呼び捨てになどしないのに、こんな女に名を呼ぶ許可を出すなど吐き気がする。しかし、この女は狡猾でなかなか情報を漏らさない。
 夜会ではファーストダンスを踊ることを強請られ、この女の言う通りにしていたら、シルヴィアは中庭で男に迫られているし、その上兄の護衛騎士とファーストダンスを踊っていた。
 そのときの絶望感をどう表現していいのかわからない。
 いつだって、彼女はファーストダンスだけは俺と踊ってくれていたのに。
 悠長にレティから情報を引き出そうと考えている場合じゃないのかもしれない。他国へと情報を流しているなら、俺を足がかりに王家へと口を出してくるかと思ったのだけど。

 さっさと蹴りをつけるために、レティから誘われたデートに頷いた。まさか当日にシルヴィアが来るなんて知らせが来るとは思わなくて、慌ててレティへデートの断りを入れてシルヴィアを招き入れた。
 自分の部屋にシルヴィアがいることにドキドキと心臓がうるさい。
 なんとか平静を装って、シルヴィアへと挨拶をする。
 シルヴィアが俺の部屋に来てくれて嬉しい。シルヴィアと話すことができて嬉しい。
 けれど、昨夜シルヴィアが俺以外の男とファーストダンスを踊っていたことが頭から消えない。
 憎まれ口を叩く俺に、シルヴィアは困ったように眉を下げる。
 ……まあ、そりゃあそうだ。先にシルヴィアを差し置いて、レティとファーストダンスを踊ったのは俺。自分がだいぶ理不尽なことを言っている自覚はある。

 落ち着こうと、紅茶に砂糖を一つ入れてかき混ぜる。クッキーを摘んで口に入れようとして、けれど、次に口を開いたシルヴィアの言葉にクッキーを落とした。

「わたくし、エスタ様と殿下の結婚式が終わったら、修道院に入ろうと思います」

 絶望が俺の心を染めた。
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