Blood harena(ブラッドアリーナ)

painy rain

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第14章

プロローグ

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飛行船は、アクエリアスの軌道に乗った。アクエリアスには大きな衛星が1つ寄り添っている。アクエリアスを3周したあと、高い山の上に着陸した。着陸に向けては、何度も何度もシュミレーションをしていたが、実際に地面が近づいてくるとひどく緊張し全身に汗をかいた。それは操縦をしているスパンだけでなく、それを見守っていたトーイもイブもカーミラも同じだった。着陸の静かな衝撃が去ったとき、スパンたち全員が大きく安堵のため息をついた。

アクエリアスの大気は、スパンたちが生息するには適したものだったが、いざ地上に降り立つと不安と恐怖から、みんな顔を見合わせた。
スパンが大きくうなづくと、一人で地上へ降りた。
恐る恐る大地に足を下ろした。静かに深呼吸をしてみる。
空気がおいしい。
マリアスと比べると、この惑星は気温が高く、湿気を含んでいるが、青い空も、澄みきった空気も、緑豊かな木々もすべてマリアスと変わらない。
スパンは海が見たいと思った。太陽の光をいっぱいに浴びた海をみたかった。
運命に導かれたのか、いや、運命を動かしたのだ。それぞれの意思で。
先になにがあるのかはわからない。
マーリスの頂上で、飛行船に乗り込んだそのとき、運命は動いた。いや、もっと遡る。サマーズで、ただ悲しくて、さびしくて、逃げたいと想った、あの瞬間からか。それとも、
ここから遠くの何処かへいくあてもなく、それでも逃げたいと思った、そのときからか。
だが、躊躇している暇はなかった。自分で決めて突き進んだ結果だった。その先に何があろうとけして後悔することはない。

東のはるか遠くに、海のようなものが見える。その少し手前は草原のようだ。
東以外は、南も西も北も、深い樹木に覆われていて、その下になにがあるのか見えなかった。その間を縫うように何本もの大小の川が流れている。
気温は少し高め。体にまとわりつく重い湿気。西に太陽が沈み夜の闇がやってくると、空には、大きな衛星が輝きあたりを昼のように輝かせる。その光の届かない先は満点の星・星・星。この星たちのどこかにマリアスがあるのだ。
ときどき、何かの動物の叫ぶ声が聞こえてくる。この惑星には危険な動物がいるのだろうか。トーイの希望で飛行船の近くにエヴァの埋葬した。
(エヴァ、君が望んでいたアクエリアスの地で、永遠の眠りを。)

この惑星は、よく雨がふる。今がそういう季節なのか、それとももともとそういう惑星なのかはわからない。激しく降り続く日があると思えば、カッと照りつけるように太陽が照り付けることもある。
雨が沢山降ると、スパンは麓が気になってしかたなかった。外に出ると蒸し暑く、重い大気が体にまとわりつく。地面がぬかるみ、あちらこちらに水溜りができている。スパンはときどき足をぬかるみに取られては、何度か転びそうになった。
山の上から見下ろす麓は、水浸しになっていた。川の水が氾濫し木々がなぎ倒されていた。その自然の力強さに圧倒されて見ていると、また、雨が激しく降り始めた。ほどなく大粒の雨となり空がカッと白くなったと思うと、雷が落ちた。
スパンは、雷に驚いたはずみにぬかるみで足をとられ、そのまま転倒してしまった。
ぬかるみで仰向けになったまま、空から降り落ちてくる雨をみていた。こんなふうに雨に打たれるのは何年ぶりだろう。雷の音さえ懐かしかった。
大きな雨粒が、顔、体の至るところを打ち続ける。
パタパタ、パタパタ。
スパンは、心地よさにうっとりとしていた。
飛行船で出発してからは、すべてが初めての体験だった。興奮・不安・期待・悲しみ・絶望。そんな中で頭を持ち上げてきそうになる、数々の思いを、スパンは無理やり自分の心の奥に押し込んでいた。
飛行船で出発した日、コニータのこと、もうひとつのスパンの知らない記憶のことも…。
それは突然に甦った。

「ねえ、スパン、雨が降ってるのよ。そんなところで眠ったら、溺れちゃうわよ。」
楽しそうなコニータの笑い声がする。スパンは、サマーズの海岸、波打ち際で、波に揺られながら寝そべっている。突然の夕立は日に焼けた肌に気持ち良い。抜けるように青い空から、透明な水滴がパタパタとおちてくる。スパンは雨が好きだ。キラキラと太陽に輝くこの雨が好きだった。
チャプチャプという波の音と、パタパタという雨の音がまるで子守り歌のようだ。
コニータはスパンの鼻をつまむ。スパンは、まぶしそうに薄目をあけてコニータをみる。雨に濡れた髪が、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
「ほんとうに溺れちゃうわよ」クスクスとコニータが笑う。
「もし、溺れたら、助けてよ」
そういって、スパンはコニータに手を差し出す。スパンのコニータ。愛しいコニータ。
コニータは、スパンの唇にそっとキスをしてくれる。



「スパン。雨に濡れてはいけないわ。この雨は危険よ」
リーの声がする。スパンは、この世界の終わりを感じていた。度重なる、化学兵器の実験。化学工場が吐き出す煙、汚水。いつのまにかこの世界はこんなに汚れてしまった。
雨に濡れると、スパンの白い髪にも、白い服にも転々と黒い染みがつく。
スパンは、黄色くにごった空を見上げて、その高みから降る雨を全身で受け止めている。
リーが傘をさしながら、大きなお腹をかばうようにして、駆け寄ってきた。
「スパン。どうしたの。この雨が危険だってこと知っているでしょう。あなたはいつも雨が降ると外に出てしまうのね。」
リーが小さな子供をしかるような口調で言う。
「ほら、雨であなたの髪は、真っ白よ。これ以上、白くしないで。」
タオルでスパンの顔や髪についた黒い雨をふき取る。
「ごめん。わかってるんだ。だめだって。危険な雨だと知っていても、やっぱり雨にぬれると気持ちがいいんだ。」
「もう。」
リーはスパンの頭をクシャクシャとかき回す。まるでいたずらっ子な息子を愛しそうにみつめる母のような瞳で。
「ごめん。君まで濡れてしまったね。お腹の子供に障るといけないから、家にはいろうか」
スパンはリーの臨月の体をかばいながら、家の中へと入っていった。



雨だ。ああ気持ち良い。
僕は雨が大好きだ。
そう思いながら、長く太い首を持ち上げる。
広い空を見たいのに、空は半分しか見えない。
スパンは自分の短い前足と後ろ足をみつめる。長い尾をみつめる。
いつもスパンは思う。
自分の足がもう少し長かったら。首がもう少し長かったら。きっと空を全部眺めることができるのに。と。
じきに首が疲れ、岩の上に頭を降ろし、小さくため息をつく。
岩場を見渡すと、数匹の仲間がスパンと同じように寝そべっている。
尻尾をゆるゆると動かしているもの。
岩についた苔を必死で食べようとしているもの。
荒い波の打ち寄せる磯で、スパンは昼の惰眠を貪る。ちょっと空腹を抱えながら。



ベチョ。
激しい痛みとともになにかの音がした。倒れたスパンの視線の先に肉の塊が夕日を受けてヌメヌメと光っている。
何が起きたのか、スパンにはわからなかった。これから自分が死ぬのだということはうすうすわかった。巨大なとかげの形をした自分の手が見えた。その手の向こうにヌメヌメと光っている肉片があった。空は真っ暗で、空気が薄かった。その光っている肉の塊が自分の脳だというこにすら気が付かず、彼はこの世の最後の景色を眺めていた。



スパンは激しい頭痛でパッと目を開けた。思わず自分の頭に手をあてた。なんともない。
少し大きくため息をつく。
もう一つの記憶。いつの記憶だろうか。僕はなんども、死んで生まれ変わったというのか?それとも僕はやはり頭が可笑しくなったのか。もう一つの自分の記憶は、スパンの知っている限りの知識をめぐらせても、解らなかった。

頭の上で、ぴしゃっ、ぴしゃっと足音がした。閉じていた目を開けるとカーミラが上から覗き込んでいた。
「スパン?」
いつの間にか雨は止んでいた。
「ああ、カーミラか。」
「また、眠っていたんですか?」
スパンは起き上がろうとして、ぬかるみに手をとられ、再び仰向けのまま転んでしまった。泥しぶきが飛んで、カーミラにかかった。カーミラが苦笑する。それを見てスパンは声をあげてわらった。声を出して笑ったのは、久しぶりだった。どれくらい僕らは笑っていなかったのだろう。スパンはふと遠い昔、惑星マーリスの日々を思った。
カーミラが手を差し出した。スパンはカーミラの手を借りて立ち上がった。
「あはは、ごめん。ごめん。滑って、転んでしまった」
スパンは照れ笑いをする。カーミラが困ったような瞳をしている。
「どうかした?」
「実はブルーの様子が変なんです。ミルクを吐くんです。」
「ミルクを?」
胸騒ぎがした。
医務室に入ると、イブとトーイが医学書を調べていた。スパンの姿をみるとイブがちょっと怖い顔をした。スパンが声をかけるより先にイブが言った。
「その格好。それでブルーに触らないでね。」
スパンとカーミラは顔を見合わせると、居室に向かった。

飛行船の仕組みはわからないが、宇宙空間にいたときも、このアクエリアスに着陸してからも、お湯も水もたっぷり使えた。自分たちの祖先の偉大な技術力にスパンはシャワーを浴びるたび、食事をするたび、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
シャワーを浴びたとき、ピッリと手のひらに痛みを感じた。手のひらに小さな擦り傷があった。恐らくさっき転んだときについたのだろう。
「擦り傷なんて久しぶりだな。」
スパンは少ししみるのを我慢して、シャワーを浴びた。
ふと、昔聞いた話を思い出した。
スパンがずっとずっと小さいころの話だ。両親とキャンプに行ったときのことだった。同じキャンプ場にいたスパンと同年代の子供が高いところから落ちて死んでしまったという話だった。どこから落ちたか、その時両親から「あなたも気をつけて」と耳が痛くなるほど注意されたのに、細かいことは忘れてしまった。その子は落ちた拍子にお腹を強く打ち、ひどく吐いてそれが原因で死んでしまったということだった。確かその話の中に、あまり吐くので病院にいったらとか、そんな話しだったような気もした。もう少し違う話かも知れなかったが、スパンにはよく思い出せなかった。ひょっとしてブルーもお腹を強くうったのだろうか?スパンは不安になり、急いで服を着ると医務室に向かった。
「ブルーはどう?」
頭から、水滴をポタポタと落としながらスパンが医務室に入ってくるのをみて、イブはまったくと小さくため息をつきながらも、なぜか憎めない人だと思った。イブの知っているスパンはそんなに多くない。砂と戦って、諦めて、そして、そして…ふと思った。(私、この人のこと何も知らない)。コニータはスパンのことをどれくらい知っていたのだろう。きっと、きっと沢山知っていたに違いない。そう思うと胸がちりちりと痛む。過ぎてしまったことをあれこれ考えるのはイブの性分ではないが、どうにもならない感情だった。このところよくコニータと砂が出る前に知り合ってたらどうだったんだろうか?コニータがいるから私には目も向けてはくれなかっただろうか。ふとそんな気持ちが起きた。

トーイが小さくため息をついた。。
「…ミルクを飲まないんだ。吐いてばかりいる。なにがなんだか…」
「ブルーのお腹をどこかにぶつけたとか、強く押したってことは?」
三人とも首を横にふる。イブが言う。
「本にも載ってないの。それらしいのはあるけど…」
スパンは液晶板を取ると、ペンで画面を切り替えていく。確かにそれらしい記述はみつかるが、それがブルーに当てはまるかというともうひとつわからなかった。
「熱は?」
トーイが首をふる。
「泣き方は?」
「湿疹は?」
スパンは本に書いてあることをみんなに質問する。

結局、原因はわからなかった。ブルーは泣き声も弱く眠ってばっかりしていた。重苦しい空気がみんなを押し包んだ。
翌朝、雨は相変わらず降り続いている。ブルーの様態は芳しくなかった。ぐったりして、顔が赤かった。
「暑いのかしら?」
「熱、あるみたい」
ブルーの熱は時間とともに上がり、ぐったりとしている。
原因は誰にもわからなかった。
船内にある医学書では、スパンたちには原因を見つけることができなかった。
ただ、弱っていくブルーを見守るしかない自分たちに、みんな苛立ちを焦りが募っていく。

スパンは医務室の隅っこの床に丸くなって眠っていた。寒くて、けだるかった。みんなの話し声を聞いて、立ち上がろうとて、世界がぐらっとした。
気が付くと床に倒れこんでいた。
イブが駆け寄り、スパンを抱き起こそうとした。
「熱い!スパン。どうしたの。」
イブの瞳にみるみる不安の色がひろがる。スパンの意識は闇のなかへと吸い込まれてしまった。次に意識がもどったのは、ベッドの上だった。隣にブルーがいる。トーイがブルーの小さな手を包み込むように握っている。
「…トーイ…」
スパンは搾り出すような声を出した。体中がだるく、熱く、そして寒い。のどが焼けつくようだった。トーイがハッと顔をあげる。
「スパン。気がついたか?」
スパンは小さく頷く。そして、目でブルーの具合を聞く。トーイは弱々しく笑った。
「眠ってる。だんだん力が弱くなって、呼吸も弱ってきてる。」
スパンは天井を見て、目を閉じた。パタパタ…雨の音を思い出していた。
「トーイ。雨は?」
トーイは哀しげな目をトーイに向けたが、すぐにブルーに視線を戻した。
「止んでると思う。多分」
スパンは起き上がろうとした。どうしてだか空が見たかった。
「トーイ、頼む。空が見たい。」
トーイはスパンの瞳を見つめた。
「ブルーと一緒に、このアクエリアスの空を見たい。頼む。」
トーイはブルーを抱き上げるとそっとスパンに預けた。
「ブルーを落とさないでくれよ」
そういうと、疲れきった表情で笑った。

この前の雨の空とは打って変わって、どこまでも青空が続いていた。ぽつんぽつんと白い雲が浮いている。
地面は、まだところどころぬかるんでいるものの乾いていた。
スパンは小さく息を吸う。
“おいしい。” 
それまで眠っていたブルーが目をあけた。その黒い瞳が真っ青な青に染まっている。トーイはブルーのその瞳を見つめて微笑んだ。
「エヴァにそっくりだね。」
トーイはブルーの額にキスをした。
「ブルー愛してるよ。俺の宝物だ。」
小さくブルーが何か声を出す。トーイの瞳が濡れていた。
ブルーはゆっくりと目を閉じる。スパンは腕の中のブルーが急に軽くなったような気がした。
「ああブルー。君はもう行くのかい?」スパンは心の中でつぶやく
スパンの目の前には真っ青なアクエリアスの空。
マリアスの空も青かった。
ちがうのは、風が少し湿っている。マリアスの風は乾いていた。
サラサラと砂の音がきこえた。
いや、葉擦れの音だ。ここには砂はない。スパンはそのアクエリアスの青空一杯にコニータの笑顔をみていた。
スパンの体の中で、なにかがささやく。
スパンの体の中で、何かが動いている。
“ああ、そうか。”とスパンは思う。
もう遠くなりつつ意識のなか、光に包まれ、スパンは思う
“ああ、そうか。”
スパンの手のひらから入り込んだ微生物は、スパンの体を蝕みその命を光に変えようとしていた。
スパンの体は、波と化す。
寄せては返す。
寄せては返す。
寄せては返す。

“ああ、そうなんだ。”
スパンとブルーはいまから土になる。その体はエヴァの体と同様に地中の微生物によって分解され土に返される。
その微生物を栄養分とする虫や植物がいる。
その虫や植物を餌とする動物や虫がいる。
その動物や虫を食べる動物がいる。

すべて消化され、吸収され、細胞の一部に取り込まれる。
なんども、なんども繰り返される。永遠かと思うほど長い、長い年月をかけて遺伝子に組み込まれ、進化へと導かれる。
新しい生物へと変化が始まる。
スパンの体は長い時を経て、いろいろな生物の体のなかで変化しながら新しい生物へと生まれ変わる。
惑星ビーズから旅たち惑星マリアスに着陸し、死んでしまったスパンの魂は、なんどでも生物に宿る。
その魂は時を経て、このアクエリアスの生物に宿った。四本足で歩く巨大なとかげのような生物、スパン。
また、その魂はマリアスのスパンの魂としても宿る。生物は形をかえ、入れ物を変えながら、永遠とその時を紡いでいるのだ。
時は紡がれ未来へと繋がる。絶望の先にみた未来は、スパンの魂が紡いでいく未来。
この惑星アクエリアスで新しい生物としての未来を紡いでいく。

スパンのまわりで、トーイ、イブ、カーミラが何か言っている。
もうスパンには聞こえなかった。

イブは叫んでいた
「スパン、しっかりしなさい。あきらめないんでしょ。最後まで生きるんでしょ。
なんで、なんで死にかけてんのよ!しっかりしなさい」
イブは必死でスパンの頬を叩いた。
「コニータとの約束を忘れたの!」
スパンの、意識が戻った。スパンの目はうつろに彷徨い、イブを見つけた。
「イブ」
「スパン、しっかりして、生きて。お願いだから、私を…」
「イブ…」スパンは震える手を伸ばした。いつのまにかブルーはスパンの腕の中にはいず、トーイがしっかり抱きしめ、泣いていた。
イブがスパンの手をとる。スパンはせいいっぱの気力を絞り手を握った。
「トーイ…すまなかった。僕が…キミたちを巻き込んでしまった。あのまま、マリアスにいたんら、エヴァは死なずに住んだ。ブルーもだ。ただの思いつきで逃げてしまった僕についてきてくれて…今はそれだけが後悔なんだ。」
「おもいつきなくらい知ってたさ。俺は、スパンが言ってくれて、正直ほっとしたんだ。ずるいと思われるかもしれない。いや、俺は臆病でずるいんだよ。あのまま、あそこにいたら、俺はもっと後悔していたよ。エヴァは最後は本当に幸せだったんだ。」
「そう…か…」
「お前に、責任を全部任せるようなことをして…そんな風に言われたら、おれは、おれこそ後悔してる。みなんな、同じ思いなんだ。責任なんて、どうでもいい。目指す先が同じで、求めるものが同じなら、誰がいいだしても本当はよかったのかもしれない。
だから、自分を責めるな。責めないでくれ。そんなこと言われたら、俺は…俺は…」
トーイは、激しく泣き出した。
「そうよ、スパン。私もしってたわよ。思いつきだって、あなたが、ずっとそれを後悔してるってことも。だけど、それでもよかったのよ。私には怖くていいだせなかった。赤い砂漠を越えるのは、辛い旅になる。旅の途中のやりきれない不安や、恐ろしさは、思い出したくもないようなことだわ。
私は、旅のさきに、スパンたちがいたから、報われたわ。でもそこから先はなかった。
そうでしょ。赤い砂が襲ってこない場所なんて、あの惑星には、なかったのよ。スパン、あなたが自分自身を責めるなら、ここにいる私たちは、あなたにただ責任を押し付けるだけのくだらない人間になっちゃう。
私たちは、ただ、口にする勇気がなかっただけよ。
だから、だからお願いよ。自分のせいだなんて思わないで。
あそこにいるより、ずっと生きているって感じてこれたのよ。ほんとうよ!」
「ありがとう。」
スパンは浅く息を吸い込む。まるで浅瀬で喘ぐ魚のような呼吸だった。
「イブ、君に任せる。」
「え?」
「コニータの願い、僕の思い、すべて君に託す。生きてくれ。みんなの分…生き続けることができなかった、僕らの分。君に託す。なにがあっても、あきらめないでくれ」
「なっ!!冗談じゃないわ。
なに、都合のいいこと言ってんの!!一緒に、スパン生きるのよ。あなたの諦めないって気持ちに、私たちはついてきたのよ。
一緒に生きるのよ!
お願いだから、お願いだから、スパン。私をおいていかないで。お願いだから諦めないで」
「僕は、諦めてはいないよ。ただ、もうこの体は生きられない。それだけのことなんだよ。
きっと、いつかどこかで、僕らはまためぐりあう。きっとね、きっと、生き物は、そうやって命を紡いでいくんだ。」
「そんなの、認めない。絶対いやよ」
「イブ…僕はね、ぼく…」
スパンは何かをささやいた。精一杯のイブへの気持ちを。
「何?なんていったの?」
イブはなんども聞きなおそうとしたが、スパンにはもう声を発する力も残っていなかった。スパンは息を小さく吸い込んだ。そのままその息を吐き出すことはなかった。
しばらくして、スパンの目から一筋の涙が流れた。その涙は、悲しみなのか、悔しさなのか。それとも、安堵なのか。

スパンは、心の中でイブに、カーミラに、トーイにささやいた。

みんな僕は先に未来へ行くよ。
はるか未来に、僕たちの遺伝子は伝へられるだろうか。
僕たちに似た“人類”と呼ばれるものが誕生するだろうか。
僕たちの魂は時間を紡ぐ。僕たちの魂は、未来へと続く。


スパンは、はるか未来をみた。
大勢の人で溢れてる世界。
その中に、コニータ、君を見かけたよ。 


(了)
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