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吸血鬼城

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彼女は王女と俺の重さを苦にすることなく蝙蝠の羽で力強く飛んでいた、ぐんぐんと上昇し、山よりも高く空の上に達すると羽ばたきをやめて落下するような滑空を始めた。速い。触手でしっかり彼女の腰に巻き付く。彼女を離したら真っ逆さまだ。
俺たちは人間たちと小競り合いを繰り返して苦労して地上をてくてくと進んでいたのに、この吸血鬼の姫は俺たちがその苦労して進んだ距離に匹敵する距離をその羽で一気に飛翔し、古びた城の城壁の上へと舞い降りた。
「はい、到着、我が父の城へ、ようこそ。ああ、王女様は幼いころに来たことあったわよね」
吸血鬼の姫は王女に近寄り、久しぶりの再会に笑みをこぼしていたが、俺はスッと二人の間に割って入った。
「なに? 従属魔のくせに、幼馴染との再会を邪魔するの」
吸血鬼の姫が、明らかに不満そうな顔をする。
「なぜ、今頃になって彼女を迎えに来た? そのあんたの羽なら、もっと早くに助けに来られたんじゃないのか?」
勇者を易々とあしらった実力を俺は見た。あれだけの力があったのなら、もっと早くに助けに来てもおかしくはない。それが俺の疑念だった。
「もしかして、王女が勇者に殺されるのを待っていたのか?」
「なんで、あたしがそんなことを」
「王女が人間の手によって殺された、その復讐のために立ち上がれ魔界の民よ。魔王たちの無念は我が引き継ぐという演説をぶって魔界の勢力をまとめるつもりだったんじゃないのか」
後半の方は、彼女の後ろに現れた美形の吸血鬼に向けて言ったものだ。
「なるほど、王女様の迎えが遅れたのは、このコーネル・ドン伯が、王女の死を望んでいたからと言うのかね。ふふふ、従属魔にしては、なかなか面白い考察をするね」
急に現れたこの城の主である伯爵がぱちぱちと俺に手を叩く。
吸血鬼親子は、この俺が王女の使い魔かただの下僕と思っているようだ。
「それほどの用心深さがあったればこそ、王女様を今日まで無事に守り通したのでしょうな」
「おいおい。俺の疑問に答えてないぞ」
「実は、人間どもが、最近、この城を包囲しておりまして、城の外の情報が入るのが遅れたものでしてな」
「包囲?」
あまりにも高速で運ばれたので、気づかなかったが、俺が目玉のついた触手を伸ばして、城壁の下を覗くと、まるで砂糖に群がる蟻のごとく人が城に迫っていた。
「私が、迎えに行きたいといっても、城の外に出るのは危険だの一点張りだったでしょ」
娘が父を咎める。
「おいおい、娘を愛するが故の父の気持ち、分かって欲しいのぉ」
「けど、勇者たちに追い回されていると聞いて我慢できるわけないでしょ」
魔界の実力者である伯爵が、そんなわがままな娘に肩をすくめてみせる。
「父上のは過保護というのですよ。そして、子は親離れしたがるものです」
「おいおい、そんなに早く私のもとから去っていくつもりかい」
「私は、もう親離れできるくらい十分に大きく育ったと思いますが」
吸血鬼の姫が父を睨む。
「そうだね、確かに大きくなった、お父さんが悪かったよ。とりあえず、お客様におもてなしを。立ち話もなんだからね」
伯爵は、娘の性格を考慮して、そう話をそらそうとした。
「王女様を城にお招きして何も出さないのは失礼だと思うがね」
「そうね、わたしったら、ごめんなさい」
父と言い合うよりも先に王女をもてなす方が先決と吸血鬼の姫は頭を切り替えて苦笑して、自分で連れてきた客人たちに頭を下げる。
「失礼しました、王女様。長旅でお疲れでしょう、まずは、お茶でもどうですか」
「では、伯爵様も?」
「いやいや、今、私は人間どもの相手で忙しいので、正式なご挨拶は、このあとの晩餐で」
「では、詳しい話はその時にということで」
王女と伯爵が、お互いに笑みを返す。
「とにかく、王女様。ご無事で何より」
伯爵は王女の前で跪き、その手の甲にキスをした。
「では、また、のちほど」
俺は、ひょいと触角の先の目を城壁の下に向け戦況を見た。確かに、のんびりと王女の相手ができる状態には見えなかった。
うじゃうじゃいる何万もの人間が城壁を必死によじ登ろうと悪戦苦闘しているが、城の守りである翼のあるガーゴイルが飛び回って人間どもを払い落としていた。
人間一人一人は魔物に弱いが、その数が、万単位になれば、脅威である。
しかも、俺と王女が空からこの城に入城したのを見られたのか、人間どもの動きがあわただしい。
なるほど、これから伯爵自ら防衛戦の指揮をというところか。伯爵は城壁から飛び降り、娘と同じ形の翼で戦場へ向かった。それを見送ってから、吸血鬼の姫に案内されるまま、王女とともに城内に入る。

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