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新米魔王の初仕事

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略式の戴冠式が終わった翌日、伯爵と姫様が俺のもとに来た。
「魔王様、大変申し訳ありませんが、我が居城をいつまでも見知らぬ奴らに占拠させておけませんので」
「自分の城に戻るということですか」
俺に魔王を押し付けたので、何となくそうする気はしていたので驚かなかった。
「その代わり、うちのメイド連中と我が娘をここに残していきますので、ご自由に」
「よろしく、魔王様」
俺に身柄を預けることにされた姫様は、お気楽そうに笑っていた。
「それは助かる。こっちは魔王になったばかりで、分からないことが多いからさ」
獣人メイドはともかく、かわいい娘まで俺に差し出すとは、意外だった。
「姫様をここに残して、本当にいいのですか? これから先、人間との戦いが激しくなるかもしれません」
勇者クラスの人間は少ないようだが、今後、わらわら出てこない保証はない。人間どもとて、やられっぱなしではないだろう。
「いえ、ここに残るなと申し付けても、これの性格では、無理でしょう。ならばいっそ、娘には大事な役目を」
「役目?」
「はい、まだ魔王様は妃を決めておられません。私の娘を選んでいただくために、暫くおそばに」
「はい?」
「もちろん、娘も承知の上です」
「はい、魔王様」
にこやかな娘とは対照的に、伯爵は苦渋の選択という感じだった。
自身が魔王になる気はなくても、娘を魔王に嫁がせる。魔界での影響力を持ちつつ、自身が楽できる妙案であるが、その表情から提案したのは姫様だろう。父親とは違って、姫様には野心が感じられた。
「俺の妃、ですか・・・」
「私がそばにいたら、なにか都合が悪いことでも、触手様?」
姫様は自分の胸元をグイとよせて上げて俺に迫った。
「魔王様は、結構、私の胸を気にいってらっしゃるようですけど」
「・・・」
確かに、触手で締め付けたときの姫様の胸の柔らかさと重量感はたまらない。
「あら、心配なさらなくても触手様には私が付いておりますけど」
ふとその場に現れた王女が、胸を強調する幼馴染の姫様をけん制するように睨んでいた。
「新しい魔王様の妃には、召喚者であり前魔王の娘の私以外にはないと思いますけど」
「え、ええと・・・」
王女と姫様がバチバチとにらみ合いを始めたので、俺は触手をオロオロさせた。二人が喧嘩するところを俺は見たことがなかった。俺が困っていると二人の視線が俺に向いた。
「え?」
「触手様は、どちらが妃に相応しいと考えておいでですか」
エロゲーならいずれどちらかを選ぶ選択肢が出て来るだろうとは思っていたが、実際に出てくると返事に困る。
どっちを選んでも、やばそうな二択だった。
「ふははは、これは娘の結婚式に呼ばれる日も近そうですな」
伯爵が、肩をすくめて笑っていた。
戦費がきつくなり人間たちが魔界から逃げ始めているようだ。実際、人間たちは魔王城を放棄して、我々が取り返した。面倒な役目は俺に押し付けた。あとは自分の城に戻って、人間どもを城から追い出すだけだという余裕からか、伯爵は本気で気楽そうだった。
「あ、あの伯爵、城を取り返すとき、人間の小さい軍師は無傷で見逃してほしいんだが」
俺はお気楽そうな伯爵に、大事な頼みごとをした。
「ああ、魔王陛下が、停戦工作を頼んだという敵将のことですな」
伯爵は、俺や娘から、小さい軍師のことを聞いていた。
魔界の片隅で惰眠をむさぼりたい伯爵としても、その人間を生かしておくべきだということは理解しているようだ。
そうして伯爵がわずかな手勢で魔王城から去り、城に残った吸血鬼の姫と人狼の王率いる人狼たちは魔界中に魔王城の奪回と新魔王誕生を告げて回った。幸い、新魔王の即位に反対する勢力はなく、新魔王即位の報は魔界の隅々まで広がった。
俺はそのついでに姫や人狼たちに、敵である人間だけでなく他の魔族たちの動向を調べるように頼んだ。俺が魔王を名乗ることで魔界の情勢がどう変わるか知りたかったからだ。今のところ明確な味方は伯爵しか知らない。
伯爵と交流があり、人間どもが気に入らない武闘派は、魔王城に向けて即集結した。だが、中には、日和見を決めてじっとしていた魔族もいた。彼らを腰抜けだとは思わない。大軍である人間の手ごわさは、あの小さな軍師が証明している。一人一人の人間は弱くても効率よく戦えば、伯爵でさえ、手を焼いた。
次の一手を考えるための敵味方双方の情報を集めるのが、俺の魔王としての初仕事だった。


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