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軍師のお茶会

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門の近くの駐屯地に建てられた人間たちの屋敷の一室で、そのお茶会は催された。その軍師のお茶会に招待された勇者たちは久しぶりに私服を用意して出席した。出席者は新魔王の被害者の会という顔ぶれだった。主催者の軍師、私服が珍しい勇者と、槍を持たない私服だと普通の美人さんの女戦士、私服が可愛い魔法使い、生真面目っぽい賢者と、もっとも新しい被害者の赤備えを脱いだ女騎士と、給仕として吸血鬼の城で軍師を守ろうとあの伯爵に切りかかった忠犬の騎士が部屋の隅に執事のように控えていた。
「なるほど、あの触手を味わったわけだ」
「それは大変でしたね」
すべてを打ち明けて、勇者たちに同情され、赤備えを脱いだ私服の女騎士が赤面して恐縮する。
「あ、あの・・・」
その部屋で唯一の男性である忠犬の騎士が気になる。
女性としては、あれはあまり男性に聞かれたくない話だ。
「あ、大丈夫、こいつ、私の犬だから。ただの置物か何かと思って気楽にして、大丈夫ですから、皇女様」
「皇女は、やめてください、ここでは一兵卒に過ぎません」
彼女はこの魔界遠征軍の主力である帝国の立派な皇女である。だが、腹違いの9人兄妹の末であり、帝位の継承権が低く、いずれ、帝国の友好国に嫁に出されると思われていた。だが、それは面白くないと、多くの猛者が亡くなって人手不足なのを利用してひとりの騎士として、この前線である魔界にやって来た。彼女は舞踏会よりも祖父のような高齢な帝国の将軍から孫と遊ぶように剣を教えてもらっていた。彼女に貴重な神官が付き、神聖魔法の恩恵が得られたのも、それなりの手練れだからではなく、皇帝の娘だったからという理由が大きい。もし、得体のしれない魔物に汚されたと知られれば、自らの地位を高めるどころか、帝国の体面を保つため本国に強制送還されて、辺境の領地に幽閉される可能性もあるだろう。
「皇女というのなら軍師殿だって、それなりの御身分ではありませんか」
皇女は軍師に言い返していた。
小さい軍師は、姫君と呼ばれてもおかしくない他国の血筋を持っている。戦術を練るための学を学べるのは、どうしても時間を贅沢に使え書物を豊富に持つ身分の高い者に限られる。小さい軍師も帝国の皇女ほどではないが、国が他国に狙われず平穏なら、魔界などでお茶会などをせず、祖国の豪奢な屋敷の庭園で他の貴族の娘たちと無駄話をしていたかもしれない身分だった。
勇者を魔界に送り込む前、人間たちは大軍を持って魔界を蹂躙するつもりだったが、先代魔王が優秀で、侵攻してきた人間たちを返り討ちにした。その際、人間側の有能な将軍の多くが戦死し、その犠牲を反省して、少数精鋭の勇者たちを魔界に送り込み、先代魔王に狙いを定めて、勇者は、一気に魔王を討った。魔王を倒したと聞いた人間たちは調子に乗って再侵攻を企てた。だが、先の戦いで優秀な人材を失っていたので、小さな軍師や王女がここにいた。
「ま、それは置いといて」
勇者が話を進めようとする。
「あの触手の化け物が、新しい魔王になったということは、魔族が我らとの停戦を本気で考えているのは間違いないと思います。あれはスケベですが、血みどろの戦いが好きなようには見えませんでした」
その身を触手になぶられた勇者だが、そこから新魔王の本質を感じ取っていた。
停戦を望んでいるという話を持ち掛けられたときも、こちらを混乱させる欺瞞かと疑った。たが、皇女様からの話を聞いて、確信をもった。正直、あんな化け物が新魔王に即位したという噂を聞いたとき、それを疑った。が、魔界の王女を守り、勇者たちと幾度か戦い、魔王城を奪い返されたりしている現状では、あれが、この戦いの主導権をとりつつあり、停戦を願っているというのも筋が通っているような気がする。
「しかし、あんな触手の化け物が魔王になるとは・・・」
「だが、信じられなくても、信じるしかあるまい」
あの触手に触れたことのある彼女たちが、うんうんとうなずき合う。
「あれは、ただのスケベだとは思うけど、人間を皆殺しにするような真似はしないだろう」
「するとしたら、触手で揉みごたえありそうな巨乳女を寄こせとか」
「ああ、それ、言いそう」
その場にいたら、「誰が、スケベじゃ、お前らの方が、俺の触手に喜んでたくせに」と俺は反論していただろう。
だが、そのお茶会の参加者で、あの触手が気持ちよかったと、正直な感想を口にする者はいなかった。
「で、あの触手と知り合った皇女様にも、ぜひ、奴らとの停戦に向けての協力を」
軍師の言葉に、人間界のお茶とお菓子をいただきながら、女騎士もうなずいた。
「そうですね、あの触手のバケモノの思い通りに動くのは気分が悪いですが、この戦い、もう終わらせてもいいでしょう」
「はい、私も同感です」
勇者は、全員に向けて笑みを浮かべた。反対意見はなく、彼女たちは、お菓子を頬張り、お茶を楽しんだ。軍師の忠犬が、有能な執事のように彼女たちに新しいお茶を注いでいた。
こうして、後世の歴史に大きく名を残していく、人類最強の勇者と天才軍師と帝国の皇女たちとの初めてのお茶会は和やかに終わった。

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